桜の王子様 10
笑いが止まらなかった。
いや、止めてはいけなかった。
「桑野くん、俺・・・いろんな人と付き合ってるんだって。経験人数100人以上なんだって」
笑顔で話す。
でも、明らかに声が震えていた。
「女の子って、純粋で可愛いよね。そんな噂信じちゃうなんて。
俺、まだ人と付き合ったこと無いし、経験も・・・したことないのに」
「・・・・・・っ」
「だからさ、あの子だって誤解が解ければわかってくれるよ。
俺に酷いことしたのも、彼女の正義感がそうさせたんだ」
堪えていたけど、もう限界だ。
慌てて顔を伏せた。
涙が零れるのを見られないように。
「はは・・・そうだよ。女の子があんなことするわけない。
女性は可憐で優しくて、か弱い生き物――」
「黙れ」
暖かい何かが、俺の身体を包む。
そして頭も包まれる。
少し目を上げると、目の前の桑野くんは半袖だった。
ということは、これは桑野くんの・・・上着?
「マゾじゃねぇんだから、殴られて蹴られて笑うな」
「く・・・わの、くん」
「お前がいつも笑ってんの、気に入らねぇんだよ。
こういうときぐらい黙って泣いとけ」
桑野くんがフードをぐいっと引っ張って、
さらに俺の顔を隠す。
桑野くんが今まで来ていた上着。
・・・温かい。
でも、でも・・・
この温かさに甘えるわけにはいかないんだ。
あの女性を怖いと思ったなんて、
殴られるのが嫌だったなんて、認めちゃいけないんだ。
「・・・ありがとう、桑野くん。でも、大丈夫だよ」
「・・・・・・」
「ほら、こんなにフード引っ張ったら伸びちゃうよ。
それに俺は泣きたくなんてないから」
「・・・仕方ねぇな」
桑野くんが呟いたかと思うと、
俺に向かって手を伸ばす。
そして俺を引き寄せて、
胸の中へと、収めた。
頬に触れているのは、
桑野くんの温かい胸。
力強い手が、
俺の頭を胸へと押し付ける。
「これでもう、誰もお前の顔なんて見えない。
泣こうが笑おうが、好きにしろ」
・・・どう、して?
どうして、そんなことを言うんだ。
笑えって言われたら笑えるのに。
泣けって言われれば反発できるのに。
好きにしていい、なんて言われたら、
「・・・・う、っ、・・・ふ」
涙が、抑えられなくなるじゃないか。
「・・・っ、く、くわ・・・の、くん」
「ん?」
「・・・・・・・・・怖、かった」
以前、俺を殴った手が、
今は俺の頭を撫でてくれている。
壊れたように涙を流す
俺の頭を、ずっと。