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殺しの現場

作者: 吉武 石生

 おれが仕事をこなすために入った部屋には黒い上下でスタイリッシュに決めた若い先客がいた。違うといいなと思ったら、やっぱり同業者だった。ただ、おれの仕事のやり方とは違う。先客はナイフを使うやつだった。頸動脈でも切ったんだろう。おかげで部屋は飛び散った血で汚れ放題になっている。これだから、若いってのは困るんだ。まったく……。

 

 おれは飛び散った血で自分の靴が汚れないように、部屋の真ん中に置かれたソファーに向かって歩きながら先客に訊ねてみた。

「で、あんたはこの仕事はじめてどのくらいなの?」

「ぼくはまだ半年くらいです。あの、あなたは?」

「おれはもう何年もこの仕事で飯食ってるよ」

 ソファーまでたどり着いたのはいいけれど、座ろうとしてソファーを見ると、ソファーにまで血が飛び散っていて座る気にはならなかった。仕方がないのでそのまま立っていることにした。

「半年ねえ……。で、今回がはじめて?」

「あ、はい」

 先客はそう言いながら激しく咳込んだ。

「おい、風邪かよ。マスクしてこいよマスクを。それに、あ、はい。じゃないよ。なんで、頸動脈切っちゃうかなあ。どうするのこの部屋。あんた一人で片付けられるの?」

「いやあ、ちょっと時間かかりそうですね。あの、血って拭いたらキレイに落ちるもんですかね?」

「乾いてきちゃうとなかなか拭いただけじゃ落ちないよ。どうしようと思ったの? 殺して終わり? 後片付けのことまで考えなきゃダメだよ。まったく、最近のやつはこれだから困るんだよ」

「はあ、すみません」

 先客はどうやら反省している様子で、肩を落として手に持ったままのナイフをだらりとさせて俯いていた。

 おれはそんな先客を見てると自分の若いころを思い出した。おれも若い頃はかっこ良く仕事をこなしたいと思って、色々考えて派手にやったもんだった。衣装だって全身黒で揃えてスタイリッシュに部屋に入ってじっくりとターゲットを観察する。誰が見てるわけじゃないんだけど、この仕事のイメージってそんな感じだと思って、自分なりにとにかくがむしゃらだった。

 それが今ではジャージ上下。寝起きでそのまま現場に行くことがほとんど。誰が見てるわけじゃないから別にいいかと思って、少しずつ面倒になっていったらこの有様だった。

「あ、あの。片付けを手伝ってくれたりしませんよ、ね?」

「しませんね」

「ですよね……」

「あのね、自分の仕事は最後までしっかりと自分でやらなきゃだめでしょ。なんでも人に頼るのは良くないよ。そもそも、どんな段取りで仕事をやろうとしてたの? 仕事っていうのはね段取り八割なの。段取りが全て。とくにこの仕事は段取りをちゃんとしないと後で自分が困るもんなんだよ」

「はじめての依頼なんでつい舞い上がっちゃって。すみません……。でも、段取りが大事なのはわかってます。わかってますけど、やっぱりナイフでスタイリッシュに頸動脈をサッとやりたいって言う気持ちがあったんで、一週間前からそのことばっかり考えてました」

「いや、うん、気持ちはわかる。わかるよ。おれも昔はスタイリッシュに仕事やりたいって思ってたもん。でもさ、やっぱり片付けまで全部やって仕事だよ」

 おれは目の前にいる駆け出しの若者に話していて、おれも説教臭くなったもんだと自分で自分のことを笑いそうになった。ターゲットだった人間は机の横で倒れている。頸動脈を切られた時に必死で傷口を抑えたんだろうか、首筋を抑えたままで絶命している。

 おれは一通り部屋の様子を見渡して、帰ろうと思って出口に向かおうとまた血が飛び散っていないところを探してひょこひょこと歩いたところ、先客が声をかけてきた。

「あの、帰っちゃうんですか。ぼく一人で片付けまでやってたら捕まっちゃいます。お願いです。手伝ってください」

「知らん」

 おれはそう言い残して部屋の出口に向かいながら心のなかで、若者よそれが段取り不足で招いたことなんだよ。どうやってこの場を切り抜けるのかも経験として学んでおくれ。と思いながら部屋をあとにした。

 

 帰り道、コンビニに寄って酒とおでんを買って家に帰った。ソファーに腰を下ろしてワンカップの蓋をあけ、おでんをつまみながらテレビでスポーツニュースを眺めていた。時計をみると、もうすぐ日付が変わる頃だった。

 あの若者はいまごろ必死であの部屋に飛び散った血を掃除してるんだろうな。掃除したあとは死体の移動と処理があることに気がついてがっかりするんだろうな。ま、そうやって少しずつ覚えて段取りの大切さを学んで欲しいものだ。

 そもそも、あの男は殺さなくても死ぬということを知らないということは、まだまだリサーチ不足だし勉強不足だ。ま、経験不足だし知らないことなんだから仕方がない。

 そんなことをぼんやり考えていたら、気が付くと酒もおでんも無くなってしまっていた。面倒だとは思ったが、飲み足りない気持ちもあって、おれはまたコンビニに行こうと部屋を出るところで携帯が鳴った。

 ポケットから携帯を出して画面を見てみるとメールが来ていた。嫌な予感がした。

 メールを見ると嫌な予感が当たった。新たな依頼のメールだった。

 ほう、こんな珍しいこともあるもんだ。

 メールに添付された画像を見ると、画面に写っているのはさっきの若者の顔だった。おれはまだ若いのに可哀想にという思いもあったが、知らずにまだあの部屋を掃除していることがなにより哀れに思った。

 面倒だけれど、仕事だから行くしかない。なるべく早く現場に向かってあの若者の掃除を止めさせてあげようと思ったおれは、タクシーを捕まえて向かった。

 

 現場に戻ると、さっきの若者が半べそで掃除をしていた。部屋に入ったおれの姿をみつけるととたんに笑顔になった。

「あ、さっきの。もしかして掃除手伝ってくれる気になって戻ってきてくれたんですか。ありがとうございます」

「いや、掃除は手伝わない。その代わり、あんたにいい知らせと悪い知らせを持ってきた。いい知らせは、もう部屋を掃除しなくていいっていうこと。悪い知らせは、あんたはもうすぐ死ぬということだ」

「そんな、悪い冗談はやめてくださいよ。ぼくが死ぬ? なんで? 誰かに殺されるようなこともしてないし、もちろん狙われるなんてこともないんですから」

「あんた、ちゃんと病院行ってるか? 健康診断には行ってるのか? あんた肺癌で死ぬんだ。どんだけタバコ吸ったらそんな若さ癌になるんだよ。まったく……」

「え、肺癌? ぼくが? 死ぬ? もうすぐ?」

「ああ、もうすぐだ。だからおれがここに来た。見届けるためにな。死の近くにいるやつには見えるんだよ、死神っていうのがな。それと、もう一つ教えてやる。あんたが頸動脈をサッとやったそいつな、あんたがやらなくても心筋梗塞で死ぬことになってたんだ。残念だったな」

 でも……、おれがそう言いかけると、若者は咳き込みだして口元を抑えて倒れこんでしまっていた。

 

 でも、お前のナイフさばきは見事だったぞ。おれは若者にそう声をかけてまたひょこひょこと靴が汚れないように気をつけながら部屋をあとにした。

 

 

−了−

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