ドッペルゲンガー
訳アリの旅行だったから目立つわけにもいかなかったのだが、偽装に利用している女が行きたいと言うのだから仕方がない。
私達は、その国でも有名な心霊スポットに来ていた。
普通その手の場所は何が起こるか決まっているものだが、『何が起こるか分からないが、何かしら心霊的なことが起こる』のが、そこの売りらしかった。
確かに荒涼とした、冷気にまみれた場所ではあるが……
「あ!!見てみて健君!!月が出てるよ!!」
女がその豊満な胸を押し付けるようにしながら、私の腕に絡みつく。
そこいらの男ならこれだけで嬉しいのかもしれないが、逃亡中の身にとって見れば、ありがた迷惑な話だ。あまり目立つことはやりたくない。
「ほらほら!!星がきれいだよ健君!!」
……もう少し頭の回る女を利用するべきだっただろうか。所詮私の顔につられてほいほいついてくるような女だ。贅沢は言えないのは分かっているが……
女の言う通り真ん丸な月に照らされながら、雰囲気だけは抜群のその場所を行軍する。
しばらくくだらないことを言い合いながら歩いていると、やがて前方からやってくる人影が目に入った。
「あ!!ほら、健君!!人だよ!!人!!」
見れば分かる。
しかし、徐々にその人物との距離が縮まるにつれて、女は怯えたような声を出した。
腕をつかむ力が強まる。
「……も、もしかして幽霊とかじゃないよね。」
そんなわけないだろう。いくら心霊スポットとはいえ、そんなものは迷信の類にすぎん。
がくがくと震える女を尻目に、ずんずんと前に進んでいく。
やがて星明りに照らされて、相手の輪郭がはっきりしてきた所で、女が叫んだ。
「きゃ!!と、とっぺるげんがー」
その男は、私と同じ顔をしていた。
驚いて腰をぬかす女の傍で、しばし見つめ合う男二人。同じ顔で、同じ表情で、一点の違いもないその輪郭……
十分に観察を終えた後、ほぼ二人が同時に叫び声をあげた。
「「あのやぶ医者め!!」」