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デリバリー・ダブル  作者: つじはねた
第1部
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3.現状もそんなに悪くない

 昨夜の就寝は早かったので、それなりの健康体で目を覚ます。

 入学式の翌日である今日も暖かな日差しが窓から差し込んでいる。察するに、紛うことなき晴天であることは明らかだった。

 その容赦無い日差しビームは寝起きの俺の目に痛く突き刺さる。

 眩しいっ、目が痛いっ。くやしい……! でも……心地いい! ビクンビクン。

 日差しとイチャイチャしていると今日何度目かわからないスヌーズアラームがしつこく鳴る。なんだよ、邪魔すんなよ。粘着気質な目覚ましだな。

 それをイヤイヤ手を伸ばして停止させると、今度は布団から香るおひさまの香り。

 中学の時理科の先生から聞いたのだが、これは日光を浴びて死んだ微生物、ハウスダストとかのニオイらしい。うわぁ……。くやしい……! でも以下略。

 とにかく、悪くない朝の目覚めだ。さすがにこの時期にもなると、朝はそれほどの暑さは感じない……ん?

 「あっつ……」

 意識がはっきりとして気づいた。今日朝からめっちゃ暑くね? 本当に秋かよ。

 なんか我慢できなくなってきた。

 喉が渇いた俺は階段を駆け下りると、冷蔵庫を開き冷えた麦茶のボトルを取り出す。

 朝食の準備はなされていないものの、現代は科学技術が発達しすぎて魔法の箱(トースター)があればどうにかなってしまう。最強かよ。

 したがって、これといった料理スキルを身につけていない俺は、チーズを載せた食パンを魔法の箱にぶち込みドアを閉め、その間にコーヒーを淹れるという至ってシンプルなメニューを常食としていた。

 しかし、今日のように途端に喉が冷たいものを求めた時は、そこからコーヒーを省いた取り合わせになることもしばしばある。そんで代わりに冷水か麦茶ね。要は応用力だよ。ほら、何かカッコよく聞こえるだろ?

 そんなこんなで、いつも通り荷物を揃え学校に向かう。まあ考えてみれば高校一年生二日目で「いつも通り」とか手慣れた準備をしてるのが普通じゃないのだが。

 高校はマンションから徒歩十五分程度の場所にあるが、自転車の使用制限があるわけでもないので雨でも降らない限り俺は自転車を利用して通学をしている。いや、していた。

 昨日は半年前から使っていないマイバイセコーの鍵がどこにあるのか分からず、やむを得ず徒歩で通った次第である。帰ってきてから探したら、「これ、借りてたの忘れてたわ」と母親から返された。おいこら。

 というわけで、今日は愛車にまたがり家をでる。ミーンミンという蝉の鳴き声を筆頭に、ジリジリ、カラカラ、その他大勢の夏の音が混ざり合っている。

 至っていつも通りの筈なのにこの胸騒ぎはなんだろう。

 嵐の前の静けささえもどこ吹く風と言わんばかりに騒ぎ立てるこの感覚に、俺は不安を覚えずにはいられなかった。


    * * *


「おはよう飛沫」

 あ―……。

 胸騒ぎの的中その一。

「なんで居鶴がこの学校にいる」

 昨日下校時に遭遇した奇人幼なじみが、何故か学校にいた。うわぁ……(今日二回目)って感じ。未だかつてないくらいのうわぁdayだね今日。

「なんでって、引っ越してきたからだけど?」

「昨日は見かけなかったぞ」

「越してきたのが結構ギリギリだったからね。荷物の整理やら入学の最終手続きやらで昨日は学校休んでた。今日が初登校だよ」

 頭っから休むとは肝の座ったやつだ。いや、ただ脳天気なだけか。

 昨日会ったとき私服だったのもそういうことだろう。

 しかし気になったのはそれだけじゃない。疑問が溢れ出してくる。

「お前、学年一つ上のはずだろ」

 本来なら一つ上の学年の俺と同年度に生まれているのだ。それなのになぜ、ダブった俺と同じ学年にいる?

「留学してたんだよ。ブリテンさ」

「ブリ天?」

「今、絶対天ぷらの天だったよね。イギリスだよ、イギリス。全く予想だにしないベクトルの冗談に変換してくれるよね、飛沫は」

 イギリスぅ? ベクトル変換とか言われても意図的じゃねえよ。俺は頭悪ぃンだよ。というか俺を誤変換しまくるポンコツIMEみたいに言うな。しかし、なるほどなァ! どこかで聞いたことある地名だと思ったら、イギリスの首都はブリテンといったか。

「ロンドンよ」

「ああ、おはよう真澄」

「おはよう」

 突然現れた真澄に居鶴が自然と挨拶をかける。というか思考読まれた?

 ふむふむ、ロンドンの首都がブリテンっていうのか。誰だ、今蔑んだ奴。

 それにしても、

「真澄までこの学校にいるのかよ!?」

 はい、衝撃の胸騒ぎ的中その二来ました。

「じゃあ真澄も昨日休んでたってことだよな? 体調不良か何かか?」

「わたし……、昨日もずっとしぶくんと同じ教室にいたんだけどな……」

「え」

 ナ、ナンダッテー!

 というか同じクラスなのかよ!?

 そんな可能性、考えてもみなかった。だってここは東京で、しかも普通にしていれば同じ学年にはなり得ないのだ。「だから気づかなかったんだ」と言っても、真澄をさらに怒らせるだけだろうけど。

 昨日会ったときに言っていた、「ずっと話しかけようと思ってた」ってそういうことだったのか……。これは申し訳ないことをしてしまった。早急に謝罪を。

「すまん、気づかなくて」

「いい、大丈夫」

 基本優しい真澄のことだ、こんなことで腹を立てたりしない。よね? ムスッとしてるように見えるけど気のせいだろう。明らかに、分かりやすく怒っていて、絶対許してないように見えるけど気のせいだろう。

「今はしぶくんと同じ学年……。そのうち抜かしそうなの」

「縁起でもないこと言うな」

 やっぱり全然怒っていた。

「でも真澄、昨日会ったとき私服だっただろ?」

「あれは買い物に行く途中。一回家に帰ってから着替えたの。しぶくんこそ、あんな時間まで何してたの?」

 ああ、そうか。墓穴掘った……。昨日は他の生徒と比べて些か長く学校に残っていた。いや、残らされていたのだった。

「初日から変なのに目をつけられてな。ちょっと時間とられてた」

「?」

「まあ、大したことじゃない。上手く巻いたから」

「なんかわからないけど、前途多難ね……」

 ええ、本当に。

 それにしても留年二日目にしてボッチ回避。もう俺、いるべくしてこの学年にいるんじゃないですかね。

 あ、実はダブりって大したことじゃないんじゃね(感覚麻痺)。

「ちなみに僕は二人とは違うクラスだよ」

 居鶴は誤解のないように補足する。

 留年は全員同じクラスだと思っていたけど、そういうわけではないらしい。

 まあそりゃおうちでオールデイズお留守番してたがために学年にまで留まってしまった奴と、意識を高くして国を飛び出してた奴を一緒のクラスにする理由も道理もないか。

 それにしても留学ね……。今はどうか知らんけど、こう見えて居鶴は優等生だったしな。こんなのほほんとしてる奴なのに。くやしい……! でも……いや、これは違うな。

「世界を知ろうと思って一年だけね。でも元の学校に戻ると居心地悪そうだし、ちょうど親がこっちに転勤するっていうからついてきたわけさ」

 居鶴は照れたように頭を掻きながら自分の立ち位置について説明した。

「へえ」

 興味なさそうに真澄が相槌を打つ。居鶴の事好きなんだか嫌いなんだか。

「というか、昨日聞き忘れたけど、そっちこそなんで真澄と同じクラスにいるのさ」

「ああ俺は留」

「ん、飛沫も留学してたの?」

「まあそんな感じだ」

「しぶくん、その発言は事をややこしくするよ……。そういえば、もう一人しぶくんたちと同い年の女の人がいたよね」

 思い出したように真澄は、もう一人の留年生についての話題に切り替える。

「本当に? なんて子だい」

 興味あり気に尋ねる居鶴。

 そこで俺は昨日の体育館裏での出来事を思い出す。

 本当に、何だっただろう。俺以外に留年生がいたのも意外だったし、ましてや放課後そいつに呼び出されてバイトの勧誘だ。全く本心が分からない。これっぽっちも意図が掴めない。そんな謎に満ちた美少女。不思議でおかしな同級生。

「苗加……羽込……」

 意識の外で口をついて出た自分の声に気づき、慌てて口をつぐむ。回想が深層心理に影響したのか、居鶴のその問いかけに、つい言葉を返してしまった。

「珍しいね。しぶくんが一日で人の名前を覚えるなんて」

 ドキリとする。

 更にプンスカボルテージ上昇といった様子で、真澄が俺に対する違和感を指摘した。表情は変えてないのに分かりやすい。不思議だ。

 というか、もしかして昔より怒りやすくなった? カルシウム足りてないのかな。

 とりあえず、変なふうに悟られないように正直に話す。

「昨日少し話した」

「いつ? どこで?」

 寄ってくる真澄。近いよ。

「……放課後……体育館の裏で」

「ふううううううぅん、飛沫が、体育館裏で」

 うわ、うっぜ。繰り返すな。居鶴は俺より優勢だと思うとすぐ調子に乗る悪癖がある。その結果がこれだ。超ウザい。

「言っとくけど告白とかじゃないからな」

 とりあえず真澄のプンスカ含めてどうにかしたかったのでここだけ先に否定しておく。

「じゃあ何だったのさ」

「何……だったんだろうな」

「ふううううううぅん」

 駄目だコイツ。

 これ以上何を言っても無駄そうだったので、俺は話を断ち切って席についた。

 キーンコーンカーンコーン。

 ホームルームの開始を告げるチャイムが鳴る。

 居鶴は焦って自分の教室へ向かうために教室の後ろから出ていき、それとほぼ同時に、前から出海先生が朝のホームルームを行うために入室した。

 朝から波乱に続く波乱でもう既に疲れた俺は、先生の話もろくに聞かず机に突っ伏せる。気づくと諸連絡も終わって先生は退室していた。

 再びチャイムが鳴る。一日の始まりだ。

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