1.俺のうしろに席がある
初投稿です! よろしくお願いします! 誤字脱字が多い人なのでご了承ください。
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「清水飛沫です」
一瞬のためらいが俺の言葉にそれ相応の間を開けさせる。さっきまで机に伏せて眠っていたせいか、うまく頭が回らない。
「沢北中出身です。よろしくお願いします」
ざわざわとまではいかないが、教室の空気が変わる。
さっきまで外から聞こえていたセミの鳴き声も、はっきりと耳に届かなくなった。
それもそうだ。俺はここで、「ああ間違えてしまったな」と思った。寝起きの状態で新学期初日の自己紹介に太刀打ちしようなどとは愚かだった。たしかに、俺みたいな奴が出身中学を述べているのもおかしなことだ。
俺みたいにダブった奴が。
そう、留年したのだ。
高校二年目にして高校二年生ではない。イニシャル「し」なのに渡辺の後ろ。出席番号四十番。それが俺だった。
季節は秋。どこかの大学の事例が上手くいったとかで、数年前から秋入学の高校が全国的に増え始め、それが一般化しつつあるこのご時世。ここも例外ではなかった。
秋とは言ってもそれは日本古来の暦の上での話だ。夏休みが明け数日が経った今でも暑さは一向に和らぐ気配もなく、前述したように校庭の木々にしがみつくセミたちは「俺たちまだ生きてる! 最期まで燃え続けるぜ!」と言わんばかりに大騒ぎを継続している。そこに半分死んだ顔の俺だ。
そしてそんな俺に向けられる世間の目は想像以上に冷たいようである。それを知ったのが今日であり、凶だった。
これ以上何を言っても悪あがきになりそうだったので、必要以上のことを述べることなく俺は席につく。クラス全員の自己紹介の完了である。
全くやれやれだぜ。なんて呑気に言ってしまえば昨今のラノベ主人公っぽいかも知れないが、実情はそんなに軽いものではなかった。こんな陰湿な雰囲気漂う空間で一年間、いや三年間か。そんな期間、本当にやっていけるのかね、俺は。
先生も、留年した奴をご丁寧かつ判りやすく出席番号の一番後ろに持ってこなくてもよいものを。まあ、ある程度交友関係を築いたあとにバレて微妙な空気になるよりは潔いか。”ドベくん”なんてあだ名がつかないといいなあ、などと思っていた――のだが。
「苗加羽込です。霜上中出身です。よろしくお願いします」
後ろから声が聞こえる。ああ、俺の後ろの席のやつの自己紹介か。
え?
後ろ?
ちょっと待て、自己紹介は終わったはずじゃ?
というか俺の後ろに席なんてなかっただろうが。そんな疑問も先生の一言ですぐに解決された。
「ごめんなさいね、苗加さん。机の手配遅れちゃって」
ああ、なるほど……。まあさっきまで俺寝てたし。入室後に机の出入りがあっても気づかないのも当然か。
苗加と名乗り、同じ名で呼ばれたその少女は「いえ」と一言返す。ってか俺の後ろにいるってことは出席番号四十一番……いやまさか。机の手配が遅れたから一時的に一番後ろに配置されただけだろ。生徒ひとりひとりの番号と名前のシールが張ってある全部の机をずらすのも面倒だろうし。
「留年したのでみなさんより一つ年上ですが、私のことなど気にせず勉学に勤しんでください。以上です」
これマジ? こマ? それを自分から言っちゃいますか。お前がそれ言っちゃうと留年について言及しなかった俺は潔くない人みたいなビジョンがクラス内に出来上がっちゃうじゃないですか。というかやっぱりマジで留年なのかよ。
”ダブってるキャラ”すらダブってるとか、最悪だな。
かぶりキャラは上手くやれば同胞として心の友になり得るが、ルート分岐で選択を誤ると一気に強敵へと変貌を遂げる。一方は友達いるのに一方はいない。みたいな。そんなの嫌だよぅ。
俺は警戒レベルを高める。脳内では浮かび上がった「Warning」の文字とともに、「ヴィーン……ヴィーン……」とブザーが鳴り響き警告をする。
だが考えてみれば、今の挑発的発言で苗加羽込は確実に全クラスメートのヘイトを集めた。そういう意味で俺はマシな留年生へところてん式に押し上げでランクアップすることができたのではないだろうか。ありがたい限りである。
そんな発言を入学初日の自己紹介からかましてしまった苗加羽込とはいったいどんな人物なのだろう。ものぐさである俺もさすがに気になってきた。
立てこもり犯の家に突撃するかのごとく慎重に後ろを振り向くと、まさかのまさか。そいつは美少女――想像を超える絶世のそれだった。ほんと、世を絶つくらいの。
身長は高校生女子にしては高い方で全体的にスラッとした出で立ちだ。清楚系っぽい印象を受けるが髪の色素は少し薄めで、横を向いたとき頭に小さなお団子を乗せているのが見えた。あら可愛い。席が窓際に位置しており、なかなか逆方向を向かないためよく見えないが、恐らく右側にはお団子がない。どうやら左側だけ丸く縛っているようだ。あまり見ない髪型だな。
でも他の奴らと違うのはその整った容姿と先ほどの挑発的な物言いくらいのもので、その他から感じられる雰囲気は普通のそのものだった。「宇宙人未来人異世界人超能力者がいたらあたしのところに来なさい」とかも言わないし。いや、この時点でそんなオーラ出してたらヤバイけどさ。
こんな普通の子が、ねえ。
いや、騙されてはいけない。ダブってる奴が普通なわけがないのだ。お前が言うなとか言うな。泣くから。
多分よくある容姿端麗だけど中身がクズで、語尾に「のだけれど」とかつけるあれだ。ふぅー、危なかったぁ。危うく間違った青春ラブコメ始めちゃうとこだった。
俺はそいつを目の保養対象&保養大賞に認定し、それならいっそ最後尾のほうが後方から保養対象見やすくて良かったな、などと思いながら彼女を眺めていた。
自己紹介のとき、その対象に目を向けるのは普通のことだ。しかも位置関係的に合法ローアングル。素晴らしいね。
すると少女がこちらを一瞥した。
今、ナチュラルに見下された?
苗加という少女も多くを語ることはなく、必要事項を述べ終えると席についた。
自己紹介が完了すると、担任の出海先生は気だるそうに二十分程度で諸連絡を終わらせた。
入学式前に「去年こんな先生いたっけかなぁ」と思ったが、やはり今年赴任してきたばかりらしい。クラスを持つのも初めてのことだそうだ。
疲れた様子なのも新年度のゴタゴタでいろんなストレスが溜まっていたからのだろう。
そんなこんなで、新入生の顔合わせである入学一日目の全過程が終了した。
* * *
なんなく高校一年生二年目の一日目を終えた俺はそそくさと帰路につk……ん?
早まる足に右手だけが遅れを取る。動かないよ?
見ると、誰かが俺の制服の袖を掴んでいる。
おっとこの人、人違いをしているな。だって俺の袖掴んでくる人なんてこの学校――少なくともこの学年にはいないもんね!
俺、ボッチだもんね!
人智を超えた処理速度で我が脳がそう判断を下したので、俺は無視することを決断。歩みを進めようとすると、今度は左手まで動きを止める始末だ。やれやれ参ったぜ。
どうやら俺の中の闇のアレが俺の体にアレしているようだ(適当)。
静まれっ! じゃなかった。動けっ、俺の両腕!
「清水飛沫くん」
ははあなるほど。そっちのパターンか。
「何ですか先生っ!」
ファサァっと爽やか(多分)笑顔で振り返ると、そこにいたのは先生ではなかった。
……は?
「なんで私を先生だと判断したのかを聞くと同情を禁じ得ないくらい悲しい事実を聞かされそうだからやめておくけど、ちょっとついて来てくれないかしら」
あっ、やべっ、ニゲヨッ。
ほら、だって俺人気者だからさ。こういうのってトラブルのもとだからさ。入学初日から告白とかされて翌日クラスで噂になったりしたら、嫉妬する輩が大量に発生しちゃうじゃん?
ごめん全部嘘。虚構。俺ボッチだもんね!(二回目)
とにかく、危険だ。
なぜそう思ったかというと女の子が放課後、俺一人をどこかに呼びだそうとしていたから。もっと言うとそいつが留年していた同級生だったから。
もう危険な匂いプンプンプン。そして顔もなんかプンプンプン。怖い怖い怖い。
「素直に従って欲しいんだけど……。逃げないほうが長い目で見るとお得だと思うわよ。リスクも伴わないし」
リスクって何。リスクって何!
「長い目で見ると」とか怪しい骨董品を高値で売りつける詐欺師がいうセリフだよ? ボクシッテルヨ。とても、とても逃げたい。
でも、これ多分ダメだわ。
――中略。そして体育館裏。
いや、もっと場所なかったのかよ。
「良いバイトがあるのよ。やらない?」
いきなり何を言い出すんだこいつは。
「そこで”はい、やります”と答える奴は真性のイエスマンか精神錯乱まで追い込まれた人生崖っぷちの人間くらいだと思うぞ」
「ごめんなさい。順を追って話すわ」
そのセリフを言う順序自体が正しくないんだよなぁ。
二番目に持ってくると信憑性だだ下がりなんだよなぁ。
「まずちょっと聞きたいんだけど、あなたってなんで留年したのかしら」
順を追って話すためにまず最初にそれですかそうですか。
「お前に教える義理はないと思うけど」
「まあいいじゃないちょっとくらい。ほらほら、ちょっとお姉さんに教えてご覧なさい。悪いようにはしないから」
突然の悪代官顔。いや、エロオヤジ顔? 何だこいつ。キャラつかめねぇ。
何で俺の留年理由なんて教えるしかないんだ。
しかし、ここで俺の中の悪魔が囁く。これもいい機会なのかもしれない。俺もちょっと知りたかったし。この状況を使わせてもらおう。
「それはフェアなやり方じゃない。だから聞かせてもらうが」
逆の立場になった映像が頭をよぎり一瞬胸が傷む。
でも仕方ないよ。相手に尋ねるときはまず自分からだよ。
「お前は、何で留年したんだ」
「めっちゃバイトしていたのよ」
「アホか」
意味分からん。いや、ホント、意味分からん。
「正確に言うと派遣かしらね。日雇いの」
うっわ嘘くせぇ……。
いろいろツッコミたいが、とりあえずそれ法律上アウトでしょ……。どんな企業だ。
「じゃあ次はあなたの番……。さあ、ちょうだい……。情報を……。ありったけのあなたを私に……」
うわー、やめときゃよかったー。こいつの情報、聞くんじゃなかったー。
その手と顔やめろ。色々台無しだぞ、美少女よ。
うーん、でも言うしかないよな。信憑性はともかく、俺もこいつに留年理由尋ねちゃったんだし。でも俺の留年理由って……。まあいいか。
「引っ張っておいて申し訳ないが、面倒になってサボりすぎただけだよ」
うん、間違ってない。
「へえ。じゃあ何で面倒になったのかしら」
「それは……」
言い淀み、足元を見る。なんとなく答えたくない。
「何かゲームとかにハマってしまったとか?」
「特にないな」
「じゃあ、学ばなくてはいけないという社会へのアンチテーゼ」
「そんなコトする人間に見えるか?」
「知らないわ。あなたの存在知ったのも今日だし。それにもっと早く知っていたら……。いえ、なんでもないわ」
よくわからない奴だ。
いくつかの質問に否定を重ねたが、口から答えが出ることはない。何をそんなに躊躇しているのだろうか、俺は。
「じゃあ親の会社が倒産して……」
「もういいだろ。何もないんだよ。理由なんて」
面倒になった俺は、とうとう言ってしまった。だけどそこで、隠すことに意味なんかなかったことに改めて気づく。だってそうなんだよ。本当に。
「それが聞きたかったのよね」
「は?」
「何も理由がない。突然の倦怠感があなたを襲った。そういうことでしょう?」
「だから何なんだよ……」
実際こいつの言う通りだった。
回想。今年の春。
桜の散る景色がいとおかしなあの季節。突然この世のものとは思えない、今まで体験したことのないような感情が俺の中で芽生えた。それが俺の留年理由に当たる、最たるものだった。つまり、「倦怠感」。
そしてつい先週、それがさっぱり無くなった。何の前触れもなく突然に、だ。
それに苛まれていた間、俺はまるで俺では無いようだけどたしかに俺で、それでもって記憶も意識もしっかりあって……。気付いたら、人生半分詰んでいた。
取り返しの付かないことをしてしまったのである。親には泣かれ、世間には蔑まれ、思い出したくないようなことが山ほどあって、それをこれから片付けていかなくちゃならない。そんな忙しい時に……。
「それって、何か秘密があると思わない?」
「秘密? お前、話聞いてたのか?」
「ええ聞いてたわ。あなたはこの半年間と少しの間、魔法にかかっていた。そういう話だったわよね」
「何そのファンタジー……」
ああなるほど、こいつ痛いやつか……。
普通とは違う立ち位置の俺を良いネタを見つけたと思ってここまで連れてきやがったな。潜伏期間の長い中二病だなぁ。
「もしそうならあなた、まだやり直せるわよ」
苗加がビシッとこちらに人差し指の先端を向ける。人を指さしてはいけません!
「何を言って……」
「前例があるの。あなたに似たような症状? と呼んでいいのかしら。まあそれに理由があって、治って社会的立ち位置も回復したという例が」
「んなっ」
話に乗せられてすまし顔を崩してしまう俺はまだまだだね。疲れて思考が鈍っているんだろうな。そんな――
「そんなうまい話が、あるわけないだろ」
「それは私に向かっていったのかしら。それとも自分?」
苗加の問いかけに、俺はまた答えない。答えられない。適当に声を出し言葉を濁すことさえできないくらいに、その問いは曖昧な答えを許してくれそうなものではなかった。
「まあ前者だと思って続けさせてもらうとね、今から私が提示する条件を呑めば、その可能性があるって話よ」
何なんだ。話した感じだと、面白いギャグお姉さん系同級生にしか見えないんだけど。その上不思議ちゃん? 本当につかめない。
だが、こいつが俺をこんなくだらない会話に付き合わせる理由はもっとわからないし、些細ではあるがたしかにこいつは自分の情報を提供した。嘘くさいけど。
言いたくないであろうことをさらして、俺の信頼を得ようとした。俺はこの半年間のクズな自分を消し去って、人間として清らかでありたい。それなのにここで会話を無下に断ちきるのは、そんな人間がやることか。
――否。
「ああいいよ。言ってみろ」
「それはね、私と――」
「お前と、……どうすればいい」
息を呑む。
「私と…………」
心なしか苗加の頬が紅く染まったように見える。
一呼吸、二呼吸、そして三呼吸目で大きく息を吐くと、意を決したように彼女は俺に言った。
「一緒に、日雇いバイトをやりなさい。今、卑猥なこと」
「考えた奴がいるとすれば俺ではなく、このやりとりを見てる誰かだろうな」
ってか完全にわざとやってたじゃねぇか。俺は騙されない。変な期待なんかしてないもん!
「ってか働いて解決って、そんな胡散臭いこと信じられるかよ。それに立ち位置の回復も何も、俺はこの学年だって別に構わないんだよ」
二言目は、少し嘘だった。苗加羽込はそれを容易く見抜く。
「でもあなた、この学年に友達いないじゃない」
「うぐっ」
おいやめろいまそれかんけいないだろ。容易く見抜くだけにしといてください。ダメージ与える必要あった?
いやそれに、ボッチとはいってもね? 俺はどこぞのキャラクターみたいに友達できないことにかこつけて孤高を気取って悦に浸っているような悲しい奴とは違うし……。
留年したというちゃんとした理由があって、友達ほしいけどいない。コミュ力ないわけでもないし、敬遠されるようなこともしてない。ただ何となく常時つるむような友達を得ることができないっていうパターンだから。
つまりは……!
「俺は、ちゃんとしたボッチなんだよ」
「……かわいそう。というか本当に、どういう思考をしてそういう回答に至るのか第三者目線だと全く分からないわよ?」
俺のほうが悲しい奴だった件。
「でも、ボッチという点ではお前も同じだろ。初っ端からあんな発言してさ」
「私は、ちゃんとした神だから」
「お前の思考回路のほうが遥かに理解不明だ!」
お互い涙が溢れる前に強引に話の軌道を本筋へ戻す。俺は質問を重ねた。
「最後に一つ。お前、留年何回目だ」
「さすがに失礼ね……。一回目。そこには嘘偽り全くないわ」
まあそうですよね。容姿的にも。というかそこ以外は嘘偽りあるみたいな言い方したよね、今? まあいいか……。
「そうか。情報ありがとう。だが生憎、この件は割の良いバイトで稼いだお金でも解決できなくてね。むしろ、そんな労働してる暇なくてね」
「いや、そういうことじゃ」
早く帰りたいという気持ちが自然と俺を早口にさせる。
少女に背を向けると、部活に勤しむ生徒たちの姿が目に入る。誰もこちらに目を向けることはないけど、案外丸見えなのね、ここ。
「まあ俺と同じような立ち位置のやつと知りあえてよかったよ。一年間よろしくな」
「ちょっと、そうじゃなくてバイトっていうのは」
何か言いかけた苗加羽込を背に、俺はそこを立ち去った。