見える Episode5
「本当に、見えたのか? その……、夫人の姿を」
「わかりません。『見た』か、どうかは、この際、私にとってはどうでもいいのです。『見えた』或いは『見えてしまった』ことがまず問題なのです」
鈴川は煙草の灰を丁寧に落としながら、新垣の様子をうかがった。
新垣から連絡を受けたとき、鈴川もちょうど連絡を取ろうと携帯を取り出したところだった。
「ちょうど今、電話しようと思っていたところなんだよ。例の仕事の件なんだが……」
「その件で、私もお話ししたいことがあるんです。お手数ですができたら私のマンションに来てもらえませんか。そうです、前に原稿を取りに来てもらった……、えぇ、すいません。なるべく早い方が、はい。すいません。お願いします」
鈴川にはどうしても外せない用事があったので、先にそっちを済ませてから新垣のマンションに訪れたのであった。
「今回の仕事、申し訳ないがキャンセルさせてもらうよ。約束通りの金は払う。この仕事はなしだ」
鈴川は灰皿を眺めながら用件を伝えた。しかし、新垣はまるでそのことが耳に入っていないのか、先ほどの話を続けた。
「結論から言えば、取材の裏を取ること自体は、あまり意味がないというか、本当に確認作業でしかないんですよ。そんなはずはないと思いながらも、信じがたい結論に結びつくような事実しか出てこない。これが素人ならまだしも、これでメシを食っているわけですから、疑う余地もない。まったく、困ったものです」
鈴川は、恐る恐る新垣の顔を見上げた。煙草の煙の向こうに、すっかり憔悴しきた新垣の姿が見える。玄関を開けたとき、その変わり果てた姿に鈴川は驚いたが、新垣もまた、鈴川を見て、何か驚いた様子をしていたことを思い出した。
「市川弘樹というんですね。この取材をした記者の名前」
「調べたのか?」
鈴川は灰皿に煙草を押し付けながら、新垣を見た。そしてふとある考えに至ったが、とてもそのことを口にする気にはなれなかった。
「調べては、いないです。知りたいとも思いませんでした。でも……」
「言うな。もう何も言うな。すまん。もっと早く……、いや、私が信じてさえいれば」
「いいんですよ。もう、そんなことはどうでも……、別に恨んでなんかいないですし、彼もそうですよ」
鈴川の体は震えていた。
見えない恐怖に。
新垣の視線の先にあるもの。
鈴川には見えない何かに。
……東京都千代田区にあるリバーベル出版は、同社が出版する刊誌『怪奇プロファイリング』を、3月号を最後に廃刊すると発表しました。『怪奇プロファイリング』は、70年代のオカルトブームの時に出版された『月刊怪奇調査報告』を昨年再創刊したもの。これまでも何度かのオカルトブームのたびに再創刊、休刊を繰り返してきたが、このたび廃刊することを発表した。リバーベル出版では、先月、この雑誌の取材にあたっていた記者が自殺するという事件があり、労働環境などに問題がなかったかどうか、警察の調べが入っていた。そのことを受けて、同社では、雑誌の廃刊を決めたものとみられ、編集長の鈴川氏は取材に対し、以下のようにコメントを残した。
「事態を重く受け止め、誠に残念ではございますが、廃刊することを決断いたしました。今後、このようなことが起きないよう、労働環境の見直しや、取材内容のチェックを厳重に行う所存です」
おわり