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降魔一郎の東方異聞録~見える  作者: めけめけ
第1章 見える
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見える Episode4

『なるほどな』と思わせる。どんな些細なことでもいい。『なるほどな』と一度思わせ、すかさず次の『なるほどな』を体験させる。それを2度、3度と重ねていくことで、論理的な合意と共感的合意の境が少しずつ、いい加減になる。そこを突破口に、突拍子もない、或いは奇想天外な設問と、その解を披露する。


「私は思うのです。人は常に世の中の半分しか見ることができない。それは見ることができるものと、その裏にある、見えざるもの、そして見ていても気づかないものと、見えなくてもそこにあると感じるもの、見たいと思っても見えないもの」

「すべてを知りえるのは、すべてが見える者ということですか?」

「いえ、見えないということを知ることがまず寛容なのです。見えないと知れば、見ずともわかることもある」


 田宮一郎の声は、低く、太く、それでいて軽快なリズムで私の耳、いや、心に語りかけてくる。

「古来、占い師や祈祷師などというものは、見えないものを『見た』と言い、聞こえないものを『聞いた』と言う。人々はそれを信じた。彼ら術者は、見える情報から見えない情報を収集し、分析し、想像し、予測したに過ぎません。見ているものが同じでも、見えるものは違うのですよ」

「洞察力の優れた人に何度かお会いしたことがあります。確かに凡人から見ると、まるで千里眼を持っているかのように思えることがある」


 合意しながら、同調しながら、私は必死で抵抗を試みる。

「しかし、そういう人間ほど、とても現実的で論理的で、懐疑的だ」

「懐疑的、そう。人を信じる力よりも、疑う力のほうが、この世の中では大事なのです。その意味であなたは正しい。新垣さん、あなたは私を、私にまつわるエピソードについて懐疑的だ。だからこうして話を聞きに来ている」

「ライターなんて商売をやっているやつは、総じて懐疑的です。そして執念深い」

「なるほど、執念ですか。執念は大事です。執念こそ不滅を勝ち取る唯一の方法と言って過言ではない……かもしれない」


 言葉のリズムの緩急、そして強弱。この男の話術は、一種独特なものがある。警戒心を持った私でも田宮一郎のペースに巻き込まれそうになる。

「この店は、なかなかいい店ですね。新垣さん。よく使われるんですか?」

「えぇ、取材のときは大抵」

「落ち着いた、いい感じの店です。よほど居心地がいいのでしょうね」


 今では少なくなった個人経営の喫茶店である。初めてこの店に入ったのは10年以上前のことだ。その頃はまだ、夫婦で店を切り盛りしていたが、今は旦那さん一人でやっている。果たして奥さんがどうなったのか。長いこと足を運んでいるが、マスターとはプライベートな会話はほとんどしたことがない。せいぜい天気や季節の話である。


「ここには私がいて、あなたがいる。そしてマスターとその連れの方ですか」

「えっ?」


 不意を突かれた。

 私がマスターの奥さんのことを考えているタイミングで、田宮一郎はこれしかないというタイミングで『連れの方』と言ってのけた。鋭い洞察力のある人間であれば、この店は以前から夫婦でやっていたということがわかるのかもしれない。いや、わかるのだろうと理解している。


「はたして、私にはそれが見えてしまうと言ったら、あなたは信じますか? 新垣さん」

「それで見えないものが見えたと証明しようというのですか? たとえばあなたが見えている『連れの方』の容姿について、僕は質問することができる。しかし僕の記憶と、実際にあなたが見えているものが一意しているかどうか、証明することはできない。不毛なことですよ」

 私は慎重に言葉を選びながら、そして田宮一郎を、田宮一郎が見たといっているものを探しながら言葉をつづけた。

「僕に見えて、あなたにしか見えないもの。僕にとっては注意するに能わないものが、実は見えないものを知りえる需要なアイテムである可能性については、考慮する必要があります」


 田宮一郎は眉ひとつ動かさず、それでいて、明らかにこの状況を面白がっている顔をしながら答えた。

「なるほど。素晴らしい。あなたは常に答えのそばにある。そうです。新垣さんのおっしゃる通り、あなたには何の情報も得られないようなものが、私にとって、多くの情報を与えてくれる。そういうことが当たり前にあるのですよ。初めて見るからわかる。何度も来ているから見えなくなってしまっているもの」


 反論への合意。この男は常に一定の距離を保ちながら、それでいてしっかりと間合いを詰めてくる。できることなら逃げ出したいという感情を抑えることができたのは、この世界で長く飯を食っているという自負からだったのか、或いは生理的に、感覚的に、或いはもっと理不尽かつ不合理な理由で、私は男を認めたくなかったのかもしれない。


 田宮一郎が私から視線をずらす。どうしようもなく、私はその方向を見たくなる。私は困惑する。どうするべきか。どうすればこの男の呪縛から逃れることができるのか。


「ひまわりですか」

 その言葉に、私は思わず田宮一郎の視線の先を見てしまった。


 私は見た。

 ひまわりの絵柄のついたエプロンをした懐かしい人の姿を。

 彼女はにっこりとほほ笑んで私に会釈をした。

 私は笑顔を返すどころか、泣きそうな表情をしながらゆっくりと正面に向き直った。


「ようこそ。こちら側の世界へ」


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