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降魔一郎の東方異聞録~見える  作者: めけめけ
第1章 見える
3/33

見える Episode3

「世の中には、『おぎゃー』と生まれた瞬間のことを覚えているという人が居るそうです。新垣さんは信じますか?」

「それはおそらく記憶が後から作られたのでしょう。生まれたときの様子を他人から、親や親戚から聞かされて、それをあたかも自分が体験したように記憶を再構築する。そういうことはあると思います」

「私には残念ながら、生まれたときの、その瞬間の記憶はありません。ただぁ……」

 田宮一郎は、常に会話に絶妙な間を持たせる。魔をもたせる。真をもたせる。


「ただ?」

「生まれる前の記憶はあるのですよ」

「お腹の中に居たときの記憶ということですか?」

「いえ、それなら、生まれたときの記憶も残っているでしょう」

「前世の記憶。違う時代の、違う場所の誰かの記憶……、というあれですか?」

「いえ、同じ時代の、同じ場所にいる身近な人の記憶です。母親の記憶が、私の中にはあるのです」

「それこそ、さっきの話では」

「いえ、母親は私を生んだそのあと、すぐに死にました」

「そ、それは……、えっ、でも、そうだとしても、同じことはありえるでしょう」

「ありえます。常に可能性は複数あります。私は生前の母親のことを、知っていたのです。ただ、これを証明する方法は残念ながらありません。しかし、その後、つまり私が生まれた後、そして母が死んだ後に、私は母親から直に、母親の過去のことを聞いたのです」

「どういうことです?」

「母が死んだということを、私が理解したのは、ずっと後のことでした。なぜなら私には母がずっと見えていたのですよ」


 函館で生まれた田宮一郎の父、田宮貫太郎は、生みの親、田宮こずえが亡くなったあと、姉の田宮和子を頼り、青森に引っ越した。姉は一郎の面倒をよく見たという。一郎が4歳のとき、父貫太郎は現在の妻、幸子と再婚し、一郎は新しい母親とも早くに打ち解けたという。ただ、父親に対してはお父さんと呼ぶのに対して、幸子には母さんとは呼ばず、ママと呼んでいたという。

 両親は、それを一郎の亡き母への思いなのだと、いい直させることはしなかったという。


 一郎は両親がビックリするほどに昔のことを良く覚えていた。読み書きの覚えも早く、ほとんど幸子の手を煩わせたことはない、良く出来た子供だったそうだ。そんな一郎が両親を困らせたことが一度だけあった。それは青森から仙台に引っ越した次の日の朝のことだった。


「お母さんがいない。お母さんが居ないよ」

「どうした一郎、ママならここにいるぞ」

「ちがう、ちがう! お母さん、お母さんがいないの」

「お母さんって……」

 両親はすぐに、一郎が生みの親であるこずえがいないと泣いているのだと理解した。しかし、なんで今になって一郎が泣き出したのか、まるでわからなかった。

「帰ろうよ! お母さんのところに帰ろうよ」


 両親は考えた。環境が変化して、一郎は混乱しているにちがいない。ひとしきり泣きはらした後、二度と一郎は死んだ母のことを口にしなくなった。一郎が小学生上がる前の話である。


「私は本当に知らなかったのです。母の死を。母親はずっと私のそばにいた。姿が見えないこともあったが、疑いもしなかった。どうしていつも一緒に居てくれないのかと尋ねたとき、母は私にこう言った」


 ――お母さんはずっとかくれんぼしているの。だからお父さんやママに見つかっちゃだめなのよ。お母さんがここに居ることは、一郎とお母さんの秘密よ。いいわね。絶対にお母さんのことを話してはだめよ――


「何も不思議に思わなかった。かくれんぼをしているなら、父や幸子さんが居ないときだけ、こっそり会いに来るのは当たり前だと思ったし、かくれんぼ以外の時には楽しそうに3人で談笑していた。私にはそういう風に見えていた」


 どこかで聞いたような話だと思いながらも、新垣は用心を怠らなかった。


「引っ越しの後、初めて気づきました。自分が見えているものと他の人が見えているものが同じとは限らないということを」

「人の言う青色が、自分が思う『青い色』と違うという話ですか?」

「その例えは的を射ていますが、だからといって射抜いているわけではない。その意味では残念ながら的外れですね」


 相手の言うことを決して否定はしない。否定はしないが同時に肯定もしない。そして自分が思う方向に話を持っていく。実に巧妙だが、ありふれているとも言える。しかし、気に入らない。この男はまだ、本気を出していないといった余裕というか、懐の深さを感じる。それでいて脇は硬い。


「私が見ていたもの。それはあるかないかといえば、世間一般にはないものです。生命を終えてなお、その人が見えるというのは、それはもう脳が作る幻覚だとしか説明がつかない」


 正論である。しかしそれでは話が終わってしまう。脳が作る幻覚で人の気がふれてしまう。そんな結末は読者の望むものではなかった。当然、私もそれを望んではいなかった。

「でも、田宮さんが母親と交わした言葉の記憶、その中に、脳が作り出した幻覚では説明がつかないものがあったとしたら、話しがちがってきますね。やはり、そういうことがあったのですか?」


「その話をする前にひとつ、あなたには聞いてもらいたい、考えてもらいたいことがある」


 ここだ――と新垣は思った。

 ここからがやつの本気に違いない。


「見えないもの、つまりはないモノが見えるということと、見えるもの、つまりあるモノが見えないことを、果たして観察者である、つまり観る人には、区別がつくでしょうか?」


ちょっとした矛盾というか、間違いがあったので修正

「いえ、それなら、生まれたときの記憶も残っているでしょう」

「前世の記憶。違う時代の、違う場所の誰かの記憶……、というあれですか?」

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