日記 田宮一郎19歳 4月3日
拝啓、母さん、声を掛けても返事がない。そういう場合はたいてい"あいつら"です。
僕は母さんを恨みません。僕を一人残して逝ってしまったことは悲しいことだけれど、人はいつか死ぬ。順番から言っても母さんは僕より先に死んでしまうのだから、それは仕方がないことだと思う。だけれど僕は恨む。母さんは逝ってしまったことをずっと僕に隠していた。隠し事はよくないことだ。僕はとても傷ついたし、悲しかったし、何もかも信じられなくなった。母さんは好きだけど、それだけは許せない。騙すことはよくないことだよ。
もちろん死んでしまっても僕を心配して面倒を見てくれた母さんには感謝をしているし、愛おしく思う。大好きだ。でも、だからこそ、本当のことを言って欲しかったんだよ。僕には母さんが見えたし、話もできたし、触れられもした。そう思い込んでいただけなのかもしれないのだけれど、僕はそれを疑ったことなんか一度もない。
でも全部嘘だった。父さんにもママにもお母さんは見えていなかった。僕だけが見えていた。それがわかるまで、僕はとても苦しかった。そしてそれがわかってからは、もっと苦しかったんだよ。だって、僕にだけ見えちゃうんだ。他の人に見えない誰かが見えちゃうんだよ。誰もわかってはくれない。僕がそんなことを言うとみんな怖がって、気味悪がって、僕を避けるようになるんだ。だから僕は見たままを口にすることをやめなきゃいけなかったし、皆に何が見えて何が見えていないかを観察して、見分けられるようになる必要があった。
だから僕には"あいつら"がわかるんですよ。




