心霊スポット(2)
東方倶楽部44号(9月1日発売号)掲載
降魔一郎の東方異聞録
心霊スポット(2)
さて、今回は先週私がご紹介した無粋な若者が心霊スポットに行ったこと、そして私を不快にさせたことで、どうなってしまったのかというお話をしましょう。
彼は郊外の廃墟になった病院を仲間と訪れ、そこで死者の霊を侮辱するようなことを言ったのだということを、私がまんまと聞き出したというところまでお話をしたかと思います。そして私は"背中に気をつけろ"と忠告をしました。普段なら自分の背後など、気にも留めないでしょう。実際あなたも居もしない誰かの視線を背中に感じることなどないでしょう。あなたに後ろめたいものがなければの話しですが。
つまり私は彼が心霊スポットで吐いた暴言を追求することで、後ろめたい気持ちに彼をさせ、そのうえで、背後に彼の背中を睨みつけている男性の姿が見えると言ったのです。最初に私がそう言った時、彼はまるで気にしなかった。"この男は自分を脅すためにデタラメを言っているに違いない"と決めつけていた。決めつけることができていたのです。
些細なことから罪悪感、これは"立場を置き換えたら"とか、大人の私に対して"無礼な振る舞い"をしたことを彼にわかるように"気づかせて"あげたことによる、思考の方向の誘導に成功したわけです。それをあなたは"ペテンにかけた"と思うでしょう。確かにこれは一種の心理ゲーム、或いは詐欺師がよく使う手ということになりますが、いやいや、何も特別なことではないでしょう。
人間社会と言うのは多かれ少なかれ、騙し合いをして日常を過ごしているのです。もっと言えば上手に騙されながら、被害を最小限にとどめるよう努力をしているのです。たとえばどう見ても、誰が見ても、容姿に問題がある女子に対しても、あなたは美人に対応するのと同じように接することができる大人でしょう。子供のようにブスだ、デブだとからかったりはしないでしょう。それはお互いが傷つかないよう、精神が痛まぬように人間が自然と身に付ける生きる手段なのです。
ですから私は普段見えてしまうことを、あからさまに"私には見える"などとは言わないのです。私は子供の頃に大きな失敗をしました。人に見えないものが見えるということが、いかに他人を不安にさせるのかということに無頓着だったのです。私が子供の頃に体験した話は、またの機会にお話をしたいと思いますが、まぁ、ともかく、私はこう言いたいのです。
"ガキが、大人を怒らせるんじゃない"とね。
私は彼に伝えました。君の後ろにいるその男はこれこれこういう格好をしていて、顔立ちはこんな感じで、強いて言えばだれだれに似ている、と彼がイメージしやすい人物像を話して聞かせるわけです。で、そういう人が隙さえあれば、あなたに危害を加えようとしている。今のところは問題ない。放っておいてもいいでしょう。ですが、たとえば人気の少ない駅のホームや建物の屋上は避けた方がいいとか、公園のトイレに入った時は、下手に上を見ないほうがいいとか、夜中に起きてトイレに行ったとき、鏡はなるべく見ないほうがいいとか、そういう話をするわけです。
やがて彼の神妙な面持ちは、もはや鬼気迫るものに変わってきます。そしてどうすれば背後にいるだれだれに似た男の幽霊を払うことができるかと聞いてきます。私は応えます。
残念ながら、私は神職の人間でもなければ、払うことを生業としているわけでもない。ただ見えるだけで、できるだけ見ないようにするにはどうすればいいかを知っているだけです……とね。
まぁ、しかし、憑いてしまったものは元の場所に返すのが一番いいのではと、私は彼に提案しました。私なりのけじめのつけ方をね。
次週、大人のけじめとはどういう物なのか、その話をしようと思います。私はこう見えても大人げないんです。