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降魔一郎の東方異聞録~見える  作者: めけめけ
第4章『降魔一郎の東方異聞録』消えた電話ボックス
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消えた電話ボックス(3)

『降魔一郎の東方異聞録』 消えた電話ボックス(3)


 その男は、地方から出てきて、東京の大学に通っていました。決して裕福でなかった彼は、奨学金制度を利用し、親からのわずかな仕送りと夜、居酒屋のアルバイトでなんとか生計を立てていましたが、経営不振から父親の会社が多額の借金を抱えて倒産すると、仕送りもできなくなり、彼は必死にアルバイトをしながらなんとか奨学金を返しながら、大学を卒業し、一流とは言えないまでも、そこそこ名の知れた企業に無事、就職することができました。

 その後両親は離婚、家族は離散し、音信不通の時期が続きましたが昨年の暮れに父親が首つり自殺をしたという連絡を親戚から聞くことになります。彼は後悔しました。なぜなら彼は、父親とは喧嘩別れをしたきり、一度も口をきいていなかったのだと言います。年が明けると追い打ちをかけるように彼の母親が病気で倒れたという連絡を受けます。

 病院に駆けつけると、母の身体は病魔に侵され、もう助かる見込みはない、余命1ヶ月と宣告と聞かされました。幸い母にはまだ意識があり、彼はできる限りの延命治療と看病を行い、春には桜を見に一時外出が許可されるほどに回復しましたが、5月に入るとめっきり弱り、声を掛けても時折返事をするくらいで、もう長くはないと彼も覚悟をしていたそうです。

 そして梅雨を迎える頃、母親は静かに息を引き取ったそうです。彼に残されたのは肉親を続けて失った喪失感と、看病の疲労感、そして空っぽになった預金通帳でした。そこに追い打ちをかけるように彼の会社の業績が悪化し、社内に悪い噂が広がります。もう、長くはないと。


 まぁ、どこにでもある話ではあります。そう、ここまでは、特にあなたを驚かせるような、或いは同情を引いたり、社会に対する怒りを覚えたりとか、そういうことはないでしょう。問題はこのあと、彼は見つけてしまったということです。仕事が終わり、最寄りの駅からアパートまでの帰り道、いつもとは違う風景を目にします。


"こんなところに、電話ボックスなんてあったか"と。

 もちろんそれは、真新しいものではなく、酷く町の風景に溶け込んだ、当たり前の風景のはずでした。彼の目の前を一人の男性が横切ります。彼はあらぬ方向から人が目の前を横切ることに違和感を覚え、彼の行動に目が行き、そして男が電話ボックスの中に入り、財布から小銭を出して電話をかけるところを目撃します。ご存じのとおり、電話ボックスはシースルーで、誰が何をしているのか外から見てわかります。


 その男は一言でいえば特徴のない、影が薄い男でした。しかし彼がその男を注視してしまったのは彼の行動でした。普通電話は10桁や11桁の数字を押すことになります。しかし、彼は明らかにその半分にも満たない回数、プッシュボタンを押し、そしてすぐさま受話器を電話機に置いてしまったのです。


「何をしているのだろう」と気にはなったものの、まさかずっとその様子を眺めているのも不自然なので、彼はそのまま視線を切り、先に進むことにしました。しかし、やはり気になります。彼が振り向くと、そこにはもう、その男の姿はありませんでした。彼は足を止め、周りを見渡します。片側3車線の道路には、タクシーやトラックが行きかっています。人通りもぽつぽつある広めの歩道。少し目を離した隙に姿を消すことなど、できるものなのかどうか。

 彼は気になり、電話ボックスへと戻ります。電話ボックスには電話番号が印刷されたステッカーが何枚か貼ってあり、新しくもなければ昭和の時代からずっと佇んでいたという懐かしさもない。ただ無機質にそこにあるだけでしたが、一度もこの電話ボックスがあることを認識できていなかったことに彼は改めて不審に思います。


"なぜ、今までその存在に気付かなかったのか"と。


 次週につづく



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