消えた電話ボックス(2)
『降魔一郎の東方異聞録』 消えた電話ボックス(2)
先週、公衆電話が街から消えて行っているというお話をしましたが、ここ10年の中では多い年には1年で9万台を超す公衆電話がこの世から消えていったとなれば、ついこの前までそこにあったものが、いきなり消えてしまったのであれば印象に残り、そのことを覚えていても不思議はないかとも思えるでしょう。近年でも年間1万台以上減っていっていると聞けば、なおのこと、そのような変化がずっと続いているのであれば、気づかないはずがないと、あなたは思うのかもしれない。
しかしながら、と私は言いたい。だからこそ、あなたの目にはそのような変化は見えなくなるのだと。そしてだからこそ、あなたは見えてしまう。そこに電話ボックスがあることの違和感を。
昔から公衆電話にまつわる怪談や都市伝説はある。たとえば『死者からの電話』というのがあって、とある電話ボックスに何かしらの条件、日付であったり、時間であったり、或いは一度ある番号に電話をかけて、電話を切ると"冥界"と現世がつながり、死者と通話ができるというたぐいのものだ。
また、夜な夜な決まった時間に決まった公衆電話ボックスに現れる女がいるとか、電話をしていると人の気配を感じ周りを見渡すと、電話ボックスの上から男がこっちを覗き込んでいるとか、無言電話の主が、アパートの目の前の電話ボックスからかけられていたとか。
人気のないところにひっそりと青い光を放ちながら立っている電話ボックスというのは、それだけで結構不気味なものです。しかし昼間、人通りの多い街中で、電話ボックスを気味悪がる人はいないでしょう。そう、公衆電話とは、それほど街の中にあって当たり前のものでもあり、また、都市伝説や怪談話をするのにも適した"誰しもが当たり前に目にしているもの"だったのです。
当たり前のものが、街から消えて行き、それを誰も気づかない。見ていない。見えていてもわからない。たとえば今、あなたが。そう、今こうしてこのお話を読んでいただいているあなたが忽然と姿を消したとしましょう。あなたを知る人――家族や友人や知人、職場先や行きつけのバーのマスターなら、あなたのことを心配するでしょう。近しい人ほど探しもするでしょう。しかし、そうでない誰かにとって、それはごく当たり前に街を歩いている見知らぬ人が姿を消したに過ぎない。
警察庁が毎年発行している『家出の概要資料』によるとここ10年の中で多い年には10万人を超える人の家出捜索願――すなわちこの街から消えていなくなっているそうです。もちろん事件も事故もあれば、病気もある。単なる家出ですぐに見つかった人もいることでしょう。しかし、その中に、たとえば電話ボックスにまつわる都市伝説がごとく、この世の中から消えて亡くなった人がいる。そんな話を聞いたら、はたして、あなたは電話ボックスとともに消えてしまった男の話を、はたして嘘だ、作り話だと笑い飛ばすことができるでしょうか?
結構、あなたはしっかりした価値基準をお持ちのようだ。よろしい。話を続けましょう。
これは電話ボックスとともに、消えた男の話です。さて、この"消えた"というのはどういうことか。電話ボックスは確かに年回1万台単位で、日本中から消えて行っています。公衆電話と言うのは人口の多いところほどあるわけですから、あなたの住む街でと言ったほうが適切かもしれません。それはある日突然消えて無くなるのではなく、計画に基づいて、人の手によって撤去され、その痕跡が残らないことを言います。では人が消えるとはどういうことでしょう。
それでは次週、どのように消えたのかをお話しましょう。