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降魔一郎の東方異聞録~見える  作者: めけめけ
第3章 好奇心
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好奇心 Episode2

「田宮一郎について私が知っているのは、ここまでだ」

 雑誌『東方倶楽部』の副編集長、倉田浩介とは10年近い付き合いになるが、ここ数年は電話やメールでのやり取りがメインで、仕事以外で会うのは数年ぶりだ。この店はふたりが出会ったころによく飲みにきたのだが、あの頃とまったく変わっていない。神田にある小さな居酒屋で落ち合い、ある人物について詳しく話を聞こうとしたのだが、どうにも要領がつかめない。

「それじゃ、今までの原稿はみんなメールのやりとりで、こっちからは連絡が取れないってことか。よくもまぁ、そんなことで枠をまかせたもんだ」


 ある人物、降魔一郎というペンネームで『東方異聞録』というコーナーで都市伝説や心霊スポットの記事を書いている田宮一郎と言う男には謎が多い。

「なんともうさんくさい話だが、しかし、どうしてもと頼まれているんだ。俺はオカルトなことは信じないが、まぁ、ああいう物を見せられては……」

 私は手帳の間に挟んだ一枚の写真を取り出した。そこには女性の太ももにある人の噛み痕が映っていた。

「実際にみたのか?」

「ああ。彼女は俺の知り合いの妹なんだが、まぁ、そいつはもう何年か前に亡くなってね。葬式の時、何かあったら助けになるからって渡した名刺を頼りに連絡してくれた手前、断ることもできなくてなぁ。」

 私は、手帳に写真をしまい、ポテトサラダに箸を伸ばした。この店で必ず注文する品だ。

「正直、俺はおすすめできんがね。いや、業務上の秘密とかそういうことじゃなく、あの男は――」

 倉田の様子は明らかにおかしかった。

「だいたい、その田宮一郎と言う男、どこでどうやって知り合ったんだ。どうにもわからん。何か隠しているとしか思えんがね」

 私は苛立っている素振りをわざと見せつけ、倉田を脅迫した。倉田は仕事ができる奴だがどこか気が弱いところがある。

「この話をしたら、たぶん、お前、怒るな。そして彼女に紹介するという話はなくなるか。それもいいだろう。仕方がない。今年廃刊になった『怪奇プロファイリング』ってあっただろう。お前の知り合いの――」

 私はコショウのよく効いたポテトサラダを箸に乗せたまま手を止めた。

「確か新垣は大学の同級生だったんだろう。彼はその前に自殺をした記者――確か市川というんだが、彼が自殺する前に取材をしていた人物と関わって、おかしくなってしまったらしい。鈴川はそうならないようにケアをしていたんだが、まさか24時間監視するわけにもいかない。ご両親と相談して、入院の手続きをしていたそうなんだが」


 その後のことは新垣の両親から話を聞いていた。少し目を離した隙に新垣は両親の前から姿を消し、車にはねられて命を落とした。心神喪失による自己なのか自殺なのか、はっきりとはしなかったが、運転手の証言によると、目の前に飛び出してきた新垣と目と目があい、彼は笑っていたのだというのだ。


「それ以上ご両親から詳しい話を聞くのはさすがに気が引けてしまって躊躇したんですが、そうですか。つまり新垣の自殺の原因は田宮一郎にあると――でも、どうしてそんなやつが」

「鈴川に頼まれてね。誰もあの男に近づかないよう監視してくれと。だが目の届くところに置いておかないと今後どんな被害が出るかもしれないと言っていた。俺は半信半疑だったが、鈴川のあの顔を見たら、まぁ、無下にもことわれないというか、なんというか」

 鈴川編集長のことは私もよく知る人物だ。このような世迷言を言うような人物ではないし、自分が企画した取材で二人も命を落としているのだとしたら、それは放置もできないだろう。


「まさか警察に話をして、田宮一郎を捕まえてくれとも言えないしなぁ。仮に自殺の原因が田宮一郎による、たとえば恐喝や恫喝だということが立証できれば別だが、こちら側が一方的に取材を申し込んで、それでその記者が何かに怯えて自殺をした。あの男にとってなんの得がある。実際取材の内容はオカルトなことで、そんなことが原因で人が死ぬなんてこと、まともに警察がとりあうはずもない。鈴川に何度もそう言われちゃあ……」

 倉田は瓶ビールを逆さにして落ちてくるしずくを振り落し、ビールを一本追加した。

「だから、まぁ、そういうわけで、あの男には近づかないほうがいい。女性を合わせるなんてもっての外だ」

 グラスに入ったビールを一気に飲み干す。そのタイミングで新しいビールがカウンターに置かれる。私はそれを奪い取るようにして倉田の空いたグラスにビールを注いだ。


「で、実際にあったことはあるのか? その田宮一郎と」

「ああ、一度都内のホテルのロビーで待ち合わせて、簡単な仕事の打ち合わせをした。なんというか、不気味なくらい、不気味な男だった」

 倉田はときどき独特な表現をする。彼独特の言語感覚は私にないものだが、嫌いではないし、その意図はしっかりと伝わった。

「一言でいえば不吉さを身にまとい、不逞をさらして是とし、是を否定して良とする。そんなところか」

 つまりつかみどころがなく、何も怖がらず、避けがたい存在ということなのか。

「面白いな」

「ああ、だが危険極まりない。そして極まらないのがまた危ない」


 私は考えた。それでも彼女ならなんとか対応できるのではないか。依頼人の時枝亮子の兄、時枝克己とは、知人の結婚式で偶然知り合い、当時自分が取材していた芸能事務所のスキャンダルについて妹なら何か情報を聞き出せるかもしれないと紹介してくれた男だ。彼は芸能とは無関係の医療系の事務の仕事をしていたのだが、そこは芸能人がよく来るそうだ。そして妹の亮子は、銀座でホステスをやっていたのだが、その時に知り合った芸能事務所の社長に見初められ、一時はモデルのようなこともやっていたそうだが、マネージメントの才能を認められ、大物芸能人のマネージャーを務めていたという。今は渋谷や青山にあるブティックやヘアサロンのプロデュースを務めるなど、それなりに名の知れた女性だ。


「なるほど、確かにそういう人物なら、ある程度対応できるかもしれんがなぁ」

 私は倉田に彼女の素性がばれない程度に経歴を話し、また、彼女には十分に注意するよう伝えることを約束し、とうとう倉田を納得させた。今にして思えば、彼女や兄に対する恩義は確かに一つの理由としてあったし、新垣の仇というわけではないが、田宮一郎のような男は、もしかしたら女に弱く、しっぽを出すのではないかとか、いろんな理由をあげつらったものの、とどのつまりは自分の好奇心を満たすために他ならないのだという自覚は持っていた。


 倉田から田宮一郎に連絡を取ってもらい、時枝亮子には個人情報をなるべく出さないよう、慎重に行動するように伝えた。倉田と会った10日後、田宮一郎と時枝亮子は合うこととなったのだが、その結果について私が知ることになるのに、一月もの時間がかかった。音信不通になったわけではないが、彼女は私と会う事、話すことを極端に避けていた。そして倉田から連絡が来た。


「ちょっとまずいことになった。また、いつもの店で……そうだなぁ。ちょっと遅いが10時にはなんとか行けると思う」

 電話で要件は済ませられないと倉田は言った。ただ田宮一郎が送ってきた記事について意見が聴きたいということだったので、それが時枝亮子に関わることだと私は理解し、約束を一つキャンセルして倉田と会うことにした。私が田宮一郎と会うことになる3日前のことである。





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