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降魔一郎の東方異聞録~見える  作者: めけめけ
第3章 好奇心
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好奇心 Episode1

"好奇心は身を滅ぼす"

「これは私がたどり着いた一つの真理だが、もちろん唯一の真理ではない。真理を追究するのが私の目的でない以上、果てしてその先の真の真理、絶対無二の真理などというものにたどり着こうなどと、これっぽちも思っちゃいない。つまるところ、そのような"好奇心"こそ、身を滅ぼすのだと私は言っているのですよ」


 田宮一郎はテーブルに両肘をつき、やや前かがみになりながら、ゆっくりと語りだす。顔の前で組まれた両手の親指を、時折くるくると回すのが彼の癖である。或いはそう見せるのが、彼の目的だと言わんばかりに見せつける。


「しかし、もちろん"好奇心"は生きる上で重要な役割を果たすともいえる。"生き残るために"と言い換えてもいい。たとえば窮地に追い込まれたとき、好奇心から得た情報が役に立ち、九死に一生を得るということがある。死に直面するほどの窮地などというのは、案外珍しくもないものだ。残念ながら人はそういうことに無頓着だ。無頓着でいられる。なぜなら、人は知っているからだ。"好奇心は身を滅ぼす"と」


 田宮一郎は現在『降魔一郎ごうまいちろう』というペンネームで大衆雑誌『東方倶楽部』に『降魔一郎の東方異聞見聞録』なる怪異譚や都市伝説を紹介するコーナーを持っている。"人に見えないモノが見える男"という肩書で、よくある怪談や心霊スポットの話題を独自の切り口で紹介、解説をする。たまに読者からの投稿に対してのリポートなども行っていた。


「たとえば自転車やバイクに乗っていて、駐車している車の横を通った時、そこには後方を確認せずにいきなりドアを開けてしまうような輩が載っているかもしれない。注意深く観察していれば、車の中の運転手が慌てて外に出ようとしていることに気付き、少し車から離れることで何事もなかったかのように危険を回避できるだろう。しかしそのときたとえば、ちょっとした好奇心で、その運転手の様子をより詳しく観察したとしよう。車の中は移動する密室だ。搭乗者は家の中にいるかのように、その中ではふるまうものだ。ドアを開けて外に出た瞬間から、自分は公の場にさらされるのだというスイッチが入り、警戒度があがる。しかしその一瞬前まではどうだ。普通、無防備だろう。その無防備な中にあって、観察者は何か"重大な秘め事"を見つけてしまうかもしれない」


 それは不倫をしている男女の別れのキッスかもしれない。

 それは違法な薬物を鞄に仕舞い込むところかもしれない。

 たとえばサバイバルナイフを手に無差別殺人を企てる狂人が乗っているのかもしれない。


 一郎は、まるで見てきたことのように話をする。これと言って具体性もなければ信憑性もない。しかしその言葉には説得力がある。何もないのに何かがあるかのように聞こえる。たとえばベトナム戦争を扱った映画にこんなシーンがある。一人の兵士に靴磨きの少年が近づいてきて靴を磨かせてくれとせがむ。兵士は少年の申し出を断る。しばらく少年は他の兵士に声をかける。やがてひとりの兵士が靴磨きを依頼する。次の瞬間、その兵士は爆音とともに吹き飛ばされた。少年の靴磨きの箱には爆弾が仕掛けてあったのだ。爆弾テロである。最初に断った兵士の身体に少年の者とも、仲間のものとも分からない肉片がへばりつく。その兵士は何年たってもその光景を忘れられずに苦しむということが語られるのだが、一郎はそこまで具体的でピンポイントな話をしているわけではない。しかし、最近ニュースや週刊誌に取り上げられたような話題のキーワードを盛り込むだけで、聞き手には十分に記憶の中からその映像を蘇らせることができる。


「十に一つも万に一つも、起きてしまうことは起きてしまう。それは当事者にとっては一分の一、死を客人として向か入れる一期一会というわけだ。誰も死からは逃れられない。その事実の前に、やはり人は死に対して無頓着であろうとする。そうやって生きているのが人だ。そこが獣とは違う。獣は常に自分の死と向かい合っている。好奇心などで身を滅ぼすことはしない」


 まるで屁理屈なのに、一郎の言葉は人の心を揺さぶる。仏教における原子レベルの最小単位である極微ごくみや永久に近いほぼ無限の時間である億劫おくこうの話しではないが、想像しえる"ないもの"と、想像しえる"あるもの"の境界線をあやふやなものにさせる危うさ、或いは思考を別の段階へといざなう見えざる手のような"神秘性"や"魔性"が内包する。つまり限りなく詐欺師に近い教祖か、教祖に近い詐欺師である。


「そしてあなたはこの"田宮一郎"に興味を持った。それは"好奇心"なのか或いは"正義感"、いや"罪悪感"なのだろうか。いずれにしても、賢い選択ではなかったと、申し上げたい。津川正輝つがわまさてるさん」


 私はこの男が寄稿している雑誌の副編集長とつながりあがる。その男の紹介でこうして田宮一郎にあっている。この男の言うように、私は罪悪感と正義感、そして何より好奇心を満たすためにここに来た。ここは取材でよく使うホテルにある喫茶店だ。午後3時。時間と場所を『東方倶楽部』の副編集長で、飲み仲間の倉田浩介に伝え、1時間ほど早めに来て他の取材のメモをまとめていた。2時40分を過ぎた頃、田宮一郎は現れた。上下黒のスーツに身を包み、右手にグレイのコートを抱えていた。11月。思えばこの男のことを知ったのは3月のことだった。その時は嫌悪感しかなかったが、ふとしたことから知り合いに降魔一郎について何か知らないかと聞かれ、しぶしぶ連絡方法を彼女に教えたのであった。


「彼女に――そういえば私はあの女の本名を知らないんだった。確か『望月茜』とか名乗っていたか。くだらん名前だ。そういう入れ知恵をしたのはあなたなんでしょう? 津川さん、津川正輝さん。これは、偽名じゃないですよね」

 ふてぶてしさは聞いていた通りだ。初対面の相手に対して、よくもここまでずけずけと物をいう。少し前、この男は待ち合わせよりも20分早く店に現れ、人を探すことなくそのまま私のテーブル席から3つほど離れた席に付き、コーヒーを注文した。私はあっけにとられしばらく男の様子をうかがっていた。店には私と同じように一人できている客は数名いた。約束時間の前だからといって、相手が先にきていることもある。それなのにこの男はまるでただ一人でコーヒーを飲みに来た客といった感じでそこに座り、コーヒーを飲んでいる。こちらが立ち上がり、声を掛けようとすると、田宮一郎は座ったまま、コーヒーカップを左手に持ったまま、右手を私の方に突き出し、大きな手のひらで私を制したのである。

「お構いなく。まだ時間はあります。どうぞ仕事を続けてください」


 確かに私の手元には数枚の名刺と取材ノートが広げられており、こんなに早く田宮一郎が来るとは思っていなかったので、店に現れた瞬間を見逃してしまっていた。声をかけるタイミングを逸し、その間、無防備な私の姿をあの男は観察し、私がタイミングよく作業を切り上げられる時間を見積もったに違いない。私はそれから5分で仕事を片付け、田宮一郎に声をかけた。

「お待たせしました。フリーのライターをやっている津川正輝と申します。このたびは――」

「念のため申しあげておきます。ここでは降魔一郎の名を呼ばないでいただきたい。私は本名を田宮一郎と申します」


 先んじて迎え入れ、取材の主導権を握ろうとした私の試みは約束の時間前に看破されてしまった。やはり手ごわい。田宮一郎、一筋縄ではいかない。私はこの男に関わった二人の人物について思いをはせ、気を引き締めた。





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