夕暮れの一時
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そのまま歩き続けること数時間。未だ町の影すら見えてこない。町までの距離を示す看板等も見掛けないので、まだしばらくは歩き続けないといけないようだ。
気付けば日も暮れ始め、辺りは夕闇に包まれかけていた。どうやら今日は野宿に決定せざるを得ない。
「それじゃ、今日はここまでにして寝床探すぞ。早くしないと暗くなる」
「わ、わかった……」
歩き疲れてすっかりお疲れのご様子の百合はその場にぺたりと座り込む。流石に俺も数時間歩き続けて脚が棒のようだ。早いとこ安全な場所を確保しなければ。
あ、それと「あれ」を見つけなければ。
「なぁ、百合。そこら辺に縄落ちてないか?」
「え、縄? 縄なんてどうするの?」
「お前を縛る」
「えっ…………!? ま、まさか……薫って緊縛プレイが好みなの……!?」
「なんでそういう考えに発展するんだよ! そんな甲斐性ねぇしそもそも童貞つってるだろ!」
「いやほら、エロ本とかで見て実践して見たいとかぶちょ!?」
ごす。
「んな甲斐性ないっつってるだろ」
このままだと暴走しかねないので脳天チョップで黙らせる。
「えぅぅ……。なんで薫は私を受け入れてくれないの……?」
「お前は過程をすっ飛ばしすぎなんだよ。こっち来る前に呟いてたのを聞いたが、俺に惚れたなら友達以上恋人未満から始めてやる。まずはそこからだ」
あくまで個人的意見だが、恋愛というのは順序立てて実らせる物だと思う。人生と同じように、こつこつ地道に努力していけば最後に大成功を収められるはずなのだ。一年とか二年とか、そのくらいの余裕をもって毎日毎日。それが確実な恋愛で、俺の中での恋愛論だ。
まぁ、途中で過程をすっ飛ばすのも有りかも知れないが、百合に至っては早すぎる。せめてあと一~二週間は欲しいわい。
「むぅー……」
「はい、では互いの貞操に関する話は一旦置いといて、持ち物確認だ」
膨れっ面の百合を適当に流しながら、俺はポケットの中に存在するあらゆるものを取り出す。どこぞのゲーマー兄妹もやっていたが、異世界での持ち物確認は優先事項というのをすっかり忘れていた。これをするかしないかで今後の運命が希望と絶望のどちらに転ぶか分からないというのに、だ。
で、結果俺ら二人の所持品を総合すると──
ハンカチ&ティッシュ×2、去年修学旅行で手に入れた砂金入りのストラップ(俺)、あぶらとり紙(百合)、スマートフォン×2、太陽光携帯充電器(俺)、ビー玉×4(百合)、カロメ×2箱(俺)。
──というラインナップ。
まさかスマホに太陽光携帯充電器まであるとは驚きだ。この二つは確か引っ越し前日に、行列の出来るドーナツ店に新作ドーナツを買いに行ったときの持ち物。あの時は数時間待つのは必至と見越してこれらを携帯していたのだ。
カロメは朝食の+αとして常備していた物。チョコレート味が好きなんだよねチョコレート味。
それに加えて砂金入りのストラップは本当に役に立ちそうだ。ストラップには悪いが叩き壊して砂金を取り出せば少しは金になる。
対する百合は幽霊にしては謎過ぎる持ち物ラインナップ。ビー玉は別にいいとして、幽霊にあぶらとり紙は必要無いだろう。まさか幽霊になってまで美容に気を使っていた訳ではあるまいし。
「取り合えず金の元手は出来たとして、問題は食糧だな」
「だよねー」
互いに地面の上のカロメ二箱を見つめる。
カロメはカロリーが高いからエネルギー源としては大丈夫だ、問題ない。しかし問題は本数。二箱なので合計して八本しか無い故に、どうやって遣り繰りするかが課題となる。
「うーむ……。今後の食糧問題を考えると、今夜は食わない方が良いな」
「ん? 何か言った?」
「のあぁあっ!? 百合てめっ……貴重な食糧に軽々しく手を付けんじゃねぇぇぇっ!?」
今後の先行きを考えずにモソモソと咀嚼する百合から、電光石火の早業でカロメの箱を強奪する。
──が、健闘虚しくカロメ一本が百合の餅肌の頬に吸収される。
「あぁ……ブルジョワの兵糧が……」
「べつにいいじゃん。はらへってるんだし」
「お前は極限の空腹状態に苛まれた時の食べ物の大切さを知らんのか……!」
思い返せば二年前。母親からの月一度の仕送りが底をつき、約一週間飢餓に苦しんだことがあった。冷蔵庫に残された砂糖と塩、そして水道水を糧として辛うじて命を繋いだが、最終的には部屋に出てきたアシダカグモやGを食う始末。気紛れで遊びにきた妹が母親に連絡を取ってくれなかったら今頃廃人だっただろう。
それ以降、俺は食べ物の有り難みを知り、極限まで弁当や学食は残さないことに努めた。例え嫌いなトマトだろうが、ドレッシングを大量にかけて味を相殺して完食した。
その苦しみを再び味わうやも知れんのだ俺達は。
「えぇー? もう、そんなに食べたいなら……」
と、不意に百合がこちらの膝に上に乗って顔を近付けてくる。
まさか、と俺に電撃走る。
「お、おい……何す──」
ぶちゅう。
刹那、俺の言葉を塞ぐように百合の唇が俺のそれに押し当てられる。
そう、俗に言う──キス。
しかも百合の進撃は止まる所を知らず、舌を滑り込ませ、二人の結合を更に深く。舌を、唾液を、否応なく掻き回す。
「んぅ……かおう……はんうん…………あえう……」
口内で百合がそう告げると同時に、何かがこちらに送られてくる。舌ではない。もっと表面が粗く、尚且つ舌より湿潤。
それに──甘い。愛情や感情的にではなく、物理的に。
まさかこれは──カロメ?
「わ……わたひばかい……あと……ふこうえい……と……おもっ……て」
喉の奥に押しやったそれを飲み込ませると、百合は再び呟いて唇を離した。
「あ…………あ……?」
長いような一瞬のような、そんな突然の出来事を前に俺は茫然自失となるだけ。
そして当の百合本人は、紅潮した頬に手を当て満足そうにうっとりしていた。
「はふぅ……これがキスの味かぁ……。ファーストキスはレモンの味って言うけど……これはそれ以上に……はぁ」
「お、おまおまおまおまえ…………いま……なにして……」
「何って、口渡しでカロメ分けてあげたんだけど? ついでにファーストキスを交わそうと思って実行に移しただけだけど」
「な…………!?」
ここに来て、ようやく思考が覚醒する。
何だかんだで一連の出来事を纏めると。
カロメの口渡しを口実にディープキスされた。
「うぐのわだびぇっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」
空を越え天を越え宇宙すら天元突破してしまいそうな勢いで大空に叫ぶ。
変な叫び声とかそんな突っ込みはどうでもいい。とにかく叫びたかった。
ま、まさか……俺のファーストキスが……こんな……物のついでみたいなシチュで奪われる……だと? せめて愛の告白とかされた後とかに取っておこうと思った俺のファーストキスが……奪われた?
奪われた? 奪われた? 奪われた? 奪われた? 奪われた? 奪われた? 奪われ──。
そんな思考が脳内で反響を繰り返し、気付けば俺の意識はフェードアウトしていた。
作者の小説の主人公達は全員トマト嫌いという設定(裏設定)がありますが、それは作者がトマトが苦手だからです。
感想、評価共にお待ちしておりますm(__)m




