歩くしかないじゃない
──本当にどうしてこうなった。
見渡せば、ファンタジーではお馴染みの緑の大地。遠くに森があったり街道が走っていたりと、実にのんびりとした雰囲気を醸し出す。
そんな街道の脇に俺達は座り込んでいる訳で。
「はぁぁぁぁぁぁぁ…………。これからどうすりゃいいんだよ……」
「ほらほら、溜め息なんか付いちゃ駄目だよ。幸せ逃げちゃうよ?」
「じゃあお前は涙流すなよ。幸せ流れていくぞ」
「えぐっ……ひぐっ…………ぐすん」
そんな感じの会話を繰り返すこと数十分。状況は何一つ変わりはしなかった。
変わったとしたら、記憶の最後では素っ裸だったのに目を覚ませば私服を着ていた事だろうか。ちなみに俺はTシャツに黒いジャケット、土色の長ズボン。百合は初対面時と同じく学生服。確実にこんな世界だと目立ちすぎる。
しかしこれからどうしたものか。元の世界に帰れれば、そんなに嬉しいことはない。だが最悪、こちらで永住も考えなければならない。永住するなら家が必要。家を手に入れるには金が必要。金が欲しいなら働くしかない。働き口を見つけるには町に行かないといけない。
よし、町に行こう。
「よし、百合。町に行くぞ」
「ええっ? 町の場所分かるの?」
「知らない」
即答だった。
「まぁ、街道歩いていけば何時かは着くだろ」
「そ、そんな無責任な……」
「立ち止まってる訳にもいかないし、鋼の心で風のように歩いていくしかないだろ」
「うぅ……確かにそうだけど」
百合も渋々承諾してくれたので、取り合えず歩き始めた。街道は近くの看板に《←東 西→》と書かれていたので、東に向かって歩き出した。かのサンテグジュペリも砂漠で遭難した時に東に歩きまくって救助されたから、希望を見出だす為に習っておこう。
「そういえば……」
「ん、どした?」
唐突に百合がこちらを向いて呟いた。
「そっちの名前……まだ聞いてなかったよね?」
「あー、そういやそうだったな……。俺は神崎薫。薫でいい」
「へぇ、薫……か」
それを聞いて、百合は何やら顔を伏せて微笑んでいる。名前を教えてもらったのがそんなに嬉しいのかこいつは。
────ちょっと待て。
今更ながら、俺はとんでもない事に気が付いた。
「ところで……何でお前普通に歩いてんの?」
「? というと?」
「お前幽霊なんだよな? だったら何で浮遊移動しないんだ?」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
「……ああっ!? そういえばそうだ! なんで私歩いてんの!?」
「うん。お前アホの娘決定な」
何故にこいつは四年も幽霊やっててそんな重大な事実に自ら気付けないのか。先に気付けた俺の方が余程頭良いぞ。
しかしそんな俺をよそに百合の奴は生身の身体に感激してそこら辺で狂喜乱舞していた。お前可愛いんだから少しは自重してくれ。
「やった……これで今夜……今度こそ薫を……」
「おい今なんつった」
蚊の羽音程の聞き捨てならない呟きを受信し、百合の頭を後ろから鷲掴みする。
「え、えっと……。元の世界で薫としようとしたら未遂に終わったから……今夜改めて……」
「え、あれ結局未遂だったのか?」
「うん……。薫の○○○を×××に▼▼しようとしたら意識が飛んで……。気付いたらここにいたから」
あろうことに伏せ字の行進だった。こうでもしないと神の鉄槌が下されるから注意を怠らないようにしないと。
けど、よかった。百合の話が本当なら、俺はまだ童貞卒業してない。18年守ってきた貞操、早々手放すわけにはいかない。しかし、同時に今夜それを失う可能性もまた然り。どっかで縄見つけて寝る前に百合を木にでも縛り付けておくか。
「んじゃ、町目指して少しでも前進しますか」
「オッケー!」