―日常は―
「ねぇねぇ、昨日の番組見たぁ?」
「見た見た!あれでしょーあんたが推してる北山くん出てるやつ!」
「そうそう!やっぱイケメンだったでしょー?」
楽しそうにお喋りを続けながら道を歩く女子高生。
「あ、すいません。はい、はい、確かに。では社の者に伝えておきますので。はい、失礼します。」
通話中のサラリーマン。
「今日は特売日!30%オフだよー!いらっしゃい、いらっしゃーい!」
声を張り上げるバイト。
「ママっ!ママっ!僕あれ欲しいー!」
「はいはい、でも我慢しなさい、まーくんにはお菓子買ってあげたでしょう?」
「えーっ!」
仲睦まじく歩く親子。
どこの街でも見かけるような風景。
そこに属さない者が一人二人。
―さて、今回の噺は?―
シャラン シャラン
鈴の音が響く。
「う~ん、今日もよく寝たな~ん♪」
ぴょんっと軽やかに飛び起きたのは少女。
「おぉ~、今日はいい天気だねっ!」
少女が見つめる先には綺麗な夕日。
ビルのフェンスぎりぎりに立ち、少女はポケットに入ったカードを眺める。
「んーしょっと!」
そうして少女は元気に23階建てのビルから飛び降りた。
「んあ?もうそんな時間か。」
欠伸を噛み殺しつつ夕日を眺める青年。
「今日はパスしようかねぇ。」
ちらりと簡素なカードに視線を送り、青年はカードをポケットに突っ込んだ。
「またおいでやす~」
パタパタとトランプを振る胡散臭い男。
彼からはお香の匂いが立ち上る。
「で、はてさて。どうしたものかなぁ。」
狐の面を上に上げ、少年はカードをトランプと共に混ぜた。
「おじさん、これもう一つね。」
「はいよっ!お姉ちゃん、ここらじゃ見かけない顔だね。少しまけとくよ。」
「あら、ありがとう。」
笑顔で品物を受け取り背を向ける。
「あ、お姉ちゃん、忘れ物だよ!」
「あらごめんなさい。ありがとうございます。」
店主が差し出したカードを受け取り袂に仕舞う。
「彼氏からのかい?」
「まぁ、そんなところかしらね。」
曖昧に返事を返した女性は路地に消えて行った。
―彼らは自由だ―
「ふんふ~ん♪」
少女は気紛れだ。
猫耳のついたパーカーを揺らし、街の中を廻る廻る。
「あ、あれはっ!」
瞳を輝かせた少女は電線の上を駆け抜けた。
ふらふらと街の中を青年は当ても無く歩く。
彼を人がすり抜ける。
「んー、収穫は無しかね?」
だるそうに頭を掻く青年に、小さなかたまりが飛びついた。
「次の方、どうぞ。」
トランプを混ぜながら椅子を指し示す。
「じゃぁ、占って貰おうかしら。」
腰掛ける女性を見て老婆の目が細くなる。
「内容は何にしようかね?」
「んー、そうねえ……。これで良いかしら?」
袂からカードを取り出す女性を見つめて老婆は微笑んだ。
シャラン シャラン
誰も居ないはずの裏路地に鈴の音が響く。
フェンスの上を見ると、紅い目が光る。
「ふむ、もうすぐかな?」
そう呟く声と共に、はっきりと少年の姿が少し差し込む夕日に照らされる。
「あぁ、今日も愉しくなりそうだ。」
手に持つカードを眺めて、少年は独り笑った。
―しかし、時として自由は枷となる―
「黒っくん怒んないでよ~」
「そら怒るだろお前!上から降ってくるバカがどこにいる!」
「ここだよ~?」
「え?んあー、そうだな。うん、今のは俺が悪かったか。」
溜息をつく青年に対し、少女はケラケラと笑う。
「あ、ねーねー黒っくんにも届いてたー?」「ん?」
ヒラヒラとカードをかざす少女の方を青年は振り返る。
「うわぁあぁっ!黒っくん前見て前!落ちちゃうから!」
「誰がんなヘマするか!」
「黒っくん信号にぶつかる!」
「ぶつかるか!」
ひょいと信号をかわす青年と一息つく少女。
「大体桃が悪いぞ今のは!」
「まさか振り返るとは思ってなかったもん!で、どーなの?」
「来てたぞ。桃はどうするんだ?」
「毎日同じことの繰り返しには飽きてきてるからね~。私は行く!」
「そうか。ま、俺もぶっちゃけ暇だし行くかな。よし、しっかり掴まってろよ?」
「あいっは~い♪」
月が昇り始めた空へと布と少女は消えた。
「お嬢ちゃん、今日は君で最後のお客さんだよ。」
「あら、丁度良かったのね。嬉しい限りだわ。私は行こうと思うのだけれど、どうしようかしら?」
「ほっほっほっ、それは愚問じゃの。」
朗らかに老婆が笑う。
「そうですか、ありがとうございます。」
ニコリと笑って女性が煙を吐き掛けると老婆の姿が少しブれる。
「すみませんね、もう今日は店仕舞さ。」
「あら、残念だわ。」
女性が立ち上がると椅子も机も老婆も、全てが消える。
「さて、行くわよ白。」
「はいはい、水姉さん。」
カラコロと鳴る下駄の音とカードを切る音が遠ざかる。
路地には木の葉と煙が残った。
―枷に気づくかどうかは本人次第だ―
「紅々ーっ!今日は何ー?」
「おっ、ちょい桃危ない!身を乗り出すな!」
「平気平気ーっ!とうっ!」
元気よく飛び降りた少女は電線をクッションにしてドラム缶の上に着地。
「痛ってぇな~降りるなら先にそう言え!」
踏み台にされた布はふわりと漂い白い煙に包まれる。
「ってて…。」
腰を軽くさすりながら壁際に青年が現れる。
カランコロン
下駄の音が鳴り響く。
「結局全員集まるのね。」
「まぁ、別に今日は誰も用事が無かったからね~」
路地に現れたのは着物の女性と狐面の少年。
「まさか全員の予定を把握してるってーのか白?」
「やだな黒、誰がいつそんな事を言ったのさ~?」
じっと少年を見つめる青年。
少年はヘラリと笑って受け流す。
「黒、腹の探り合いをしたって無駄よ。ま、あんたもそこまで馬鹿じゃないでしょ?」
「わかってるよ。」
めんどくさそうに返事を返して青年は壁にもたれる。
「そろそろ話してもいいかい?」
フェンスの上から少年が問いかける。
「もっち~♪」「あぁ。」「どうぞ~」「えぇ。」
返事を聞いて、少年は口元に笑みを浮かべる。
「さて、仕事だ。」
―ここからは想像通り。じゃあ、この後は?―
ゆっくりと日がのぼる。日の光が騒がしかった路地に少しずつ差し込む。
「むむっ、眠いと思ったらもうこんな時間ー?黒っくん眠い~」
「まぁ、こんなもんだろーがいつも。あ、こら桃、ここで寝ようとするな!」
「でも今回は中々楽しめたよね~」
「白、あんたは関係無い人まで巻き込みかけてたでしょ?」
「やだな水姉さん、あれはほんの悪戯心ってやつさ~」
青年に少女はもたれ掛かり、へらへら笑う少年に女性は冷たい視線を送る。
「皆、ご苦労様。もう今日は遅い。また何かあれば頼むよ。」
「あーい。」
ゴシゴシと目を擦る少女を青年は担ぐ。
「悪りいけど桃送ってくるわ。おやすみー。」
「黒、桃をよろしく頼むよ。」
「あいよ。」
少年が応えると青年と少女は朝日の差す中、空へと消える。
「紅、私も少し離れてるし先に帰るわ。」
「水姉さん、送りましょうか?」
濃いお香の匂いと共に燕尾服の男が現れる。
「白、戻れ。危険だ。」
「おっと、忘れてた。」
お香の匂いが消えて苦笑いを浮かべる少年が現れる。
「全く。じゃあ水、また今度。」
「まぁ、それがいつになるかは分からないけどね~」
声を掛ける少年とニヤニヤ笑う狐面の少年。
「お見送りは結構よ白。じゃあまた。」
下駄の音を後に残し、女性も明るくなり始めた街へと消える。
後に残ったのは少年が二人。
「白、お前は戻らないのか?」
「今日はのんびりしていくよ~」
「そうか。しかしお前の望むようなものは何もないよ?」
「ふ~ん。何もない……ねぇ。」
じっと少年の紅い目を見つめていたかと思うと狐面の少年はふいと視線を逸らせる。
「ま、いっか。俺も帰るわ。じゃね紅ー。」
ヒラリと手を振り、少年も消える。
―最後に残るものは?―
「黒っくんありがとー」
「おう。」
少女は手を振り、布は少女から離れていく。
「んーん、おやすみ。」
小さく呟く声と共に少女の姿はビルの屋上から消えた。
「さて、俺も帰ろうかね。」
ふわりと風になびく布は街の風景に溶けて消える。
「あーやだやだ。何でここなのかしらね。」
薄暗い路地の片隅、女性は煙管の煙を残して消え、日光が路地を照らし出す。
「結局掴めなかったなぁ~」
狐面を上に上げてぼやいた少年も消え失せる。
日がのぼる
「ふう、白が鋭いとは思っていたけどまさか、ね。しかしまぁ、随分日も高くのぼったもんだ。」
フェンスに腰掛けて空を眺める。
「君達と僕は違う。だからこそ色々と知りたいんだよ。白、まだ君は知ってはいけないんだ。」
そう呟いた少年はカードを空にばら撒く。
「あぁ、今日もまた退屈な昼が訪れる。」
フェンスに腰掛けた少年は、まだ低い位置にある日を眺めた。