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勝利の予言 1

 気合を入れたからってすぐに勝てるわけじゃない。あれからしばらく、私とレイシャはそれぞれに訓練をしては、街へ行ってやっぱりボコボコにされるのを繰り返していた。


 レイシャがしているのは、運動部のようなトレーニングだ。妖精も人間と同じように、負荷をかければその分増強されるらしい。ただ妖精は体力と魔力の両方を鍛えないといけない。


 ランニングとは別に、フライングといって飛行するトレーニングもしているようだった。あとは、結界を作ってその中で銃や剣も練習している。私が学校から帰ってきても、レイシャは家にいたりいなかったりして陽が落ちてから汗だくになって帰ってくるのも珍しくなかった。


、私は、レイシャにRFの戦術を教わりつつ、アプリ開発にも手をつけ始めていた。魔法言語の基礎は修得してても、魔力変数や、精製強度周りはサッパリだし、そもそも炎や衝撃などの攻撃的な魔法の構成なんて普通の人間は知らない。


 こういうのは、理論と実践を繰り返すのが大事だ。技術書を読んで、プリセットアプリをリバースして、簡単なものから自分で作ってみる。


「にしても、剣を振るときの速度や角度まで設定するってプログラマの領分超えてない?」


 隣の智子に訊く。前から智子は練習に付き合ってくれると言っていたけどなかなか予定が合わず、今日やっとという感じで、私たちは八汰にあるRFセンターへ向かっていた。


「私たちはプログラマじゃなくてRFのオペレーター。武術や、授業の応用レベルの物理学、科学、それに魔力力学や時空学なんかの知識が必要」


「さすがに気が遠くなるなー……レイシャが自分でやればいいのに」


「その時間を妖精はトレーニングあてるべき。それに、対戦でアプリの選択や使用タイミングの権限を持つのは人間だけだから、自分で作って理解を深めるべき」


「まったくの正論だね。勉強は嫌いじゃないしいいんだけどさ」


「勉強も大事だけど、武器の扱いにはセンスのほうが比重が大きい」


「いわゆる当て勘ってやつ?」


 少し考えて、やっぱり淡々と智子が答えた。


「……もう少し意味の範囲が広い。人間が培ってきた武術は、地に足が着いてるのが前提のもの。RF自体の歴史も浅いし、妖精が空戦をするための武術体系はないに等しい。パートナーが戦いやすいような、専用の武装アプリを作る人も少なくない」


「自分でなんとかしろってことね。ふふ、でもそこがおもしろい、か」


「私の言ったとおり。優奈はRFを好きになった」


「そだね。RF始めてからは毎日しんどいけど楽しい」


「正解者には祝福のキスを」


「ないから! あ、あれでしょ、RFセンター!」


 唇を突き出す智子を押しのけて、無理やり話題を変える。RFセンターの見た目は、やや平地面積の広い普通の二階建てだった。看板にはブレイズとある。  


 RFセンターが近づいてくると、目に見えて妖精の数が増えてきた。RFプレイヤーも多いのだろう。私と智子は学校から直接来て、レイシャと、智子のパートナーとはここで待ち合わせをしていた。


「お待ちしてたっす!」


 快活な挨拶をしてきたのは、智子のパートナーのカサンドラだ。私たちは愛称のキャスで呼んでいる。


「おっすキャス。最近あんまり会ってなかったっけ? 元気だった?」


「あたしはいつでも元気満点っす! 優奈の姉御もお元気そうでなによりっす」


 炎のように真っ赤な髪を揺らしてキャスは言う。


「今日はありがとね。わざわざ時間作ってくれて」


「いえ! こちらこそ先延ばしになってしまって申し訳ないっす!」


「でもキャスがRFのエリアランカーだなんて知らなかったよ。RF始めて思い知ったけどさ、本当にすごいと思う」


「自分はまだまだっす。もっともっと精進するっす」


 少々暑苦しくはあるけど、キャスはかなり出来た子だ。気安く話せるし、レイシャや智子の厄介さに比べればほとんど癒されると言ってもいいくらいだ。


「キャスはいい子だなー。この素直さの欠片でもレイシャにあれば私の心労も減るのに」


「聞こえてるわよ、下僕」


「うわ来た。聞こえてるならなんとかしてよ」


 どこからかレイシャが現れて、いきなり睨み合いになる。


「却下よ。下僕の要求など飲む義理はないわ」


「下僕じゃないから私には適用されないわね。はい。じゃあとりあえず顔つなぎしよっか」


 レイシャとキャスに軽く手招きする。


「こっちはカサンドラ。私たちはキャスって呼んでるけど。あ、でもレイシャは知ってるんだっけ」


 レイシャがキャスを見る目は、複雑なものがあった。強者への敬意と畏怖はあるようだけど、それを素直に出すような性格でもない。


 その敬意と畏怖だって、普段からレイシャにRFについての考えを聞いている私だから読み取れたもので、傍目には顔が怖くなってるだけに見えるはずだ。


「エリアランク十位。戦場を火の海に変える、エリアきっての炎の使い手。シーズンワンのエリアチャンピオンシップで湖上弓子・フィーネの、アイアンスカイを融解させたのは記憶に新しいわね」


「いやぁ後輩に知られてるってのは案外照れるもんっすねえ。レイシャも、キャスって呼んで欲しいっす」


「じゃあキャス。今の内にそうしてるといいわ。すぐに追い抜くから」


「負けん気爆発っすね。張り合いがあって嬉しいっす」


「ごめんねキャス。レイシャは根性は曲がってるし口は悪いけど、根はいい子である可能性も量子論的に信じてあげて」


「解釈の問題ということね」


「私がすでに邪悪なレイシャを観測してしまっているから、どこかのパラレルワールドに善良なレイシャが存在するといいね、という意味だけどね」


「解釈の余地なく躾が必要な下僕であることは決定されているわね。今夜は覚悟なさい」


「いやいや。レイシャは十分いい子だと思うっすよ。智子の姉御に聞いた話から、今日はどんな悪虐非道の輩が来るのかと構えてましたが取り越し苦労だったようっすね」


「へぇ。どんな話をしていたのかしら大橋智子?」


「別に。優奈の家に質の悪い害虫が住み着いたとかその程度の話」


「ではあなたは、『私たちの』家の隣に住んでいる変態ということね」


「駆除する」


「処刑してあげるわ」


 殺気をみなぎらせるレイシャと智子の間に割って入った。


「ストップ、ストーップ! ほらもう行こう!」


 智子の背中を押し、レイシャをつまんで、強引にRFセンターに入る。


 ロビーでは、ベンチに腰掛けた人たちがおしゃべりしたり、ジュース片手に一休みしていた。大型モニターに映し出された激しいバトルを見ながら議論してる妖精もいる。


 モニターには、妖精たちが激しく激突し、その余波で木々が倒れていく映像が映されていた。私の手から逃げたレイシャはさっそく観戦しに行っている。


「あれってプロモーション用の映像?」


「違う。ここでしている試合のリアルタイム中継」


 モニターに目を戻す。魔力砲が巨木を打ち砕き、抉られた大地は土煙を噴き上げている。


「明らかに森の中で戦ってるけど。あっ、そういう空間を作れるってことか」


「さすが優奈は頭がいい。可愛い。好き。愛してる」


「それはいいから」


「RFセンターは状況を設定して対戦したり練習したり出来る。普通のランダムマッチング対戦もあるし、大会もある。私たちがこれからするみたいに二組で同じ部屋を使ってもいい」


「部屋があるんだ?」


「カラオケボックスと同じ仕組みと思っていい」


 智子に連れられ受付カウンターへ。簡単な登録のあとレイシャを回収して、割り振られた部屋へ行く。


 部屋の中は空っぽで、大きさはカラオケボックスの五、六人部屋程度だ。智子が受付で渡されたタブレットを操作すると、一気に空間が広がり体育館ほどの大きさになった。


 登録の際、店側の戦闘フィールド作成魔法に妖精への限定的なアクセス権限を与えている。店が用意したプログラムを、レイシャとキャスが魔力を込めて動かしているというわけだ。これは、野良試合でも同じであっちはRFの管理サーバーからアクセスされている。


「で。どうしよっか?」


「今の段階なら基礎的な力を上げるのがいい。レイシャ」


「なによ」


「キャスに一回攻撃を当てるのが目標」


「それだけ? ふざけてるのかしら?」


「簡単にはいかない。キャスは攻撃禁止、回避と防御だけ。当たったら攻守交代して繰り返す」


「了解っす。あたしはどれくらいの力でやればいいっすか?」


「本気で」


「でもそれじゃ、あたしがほとんどディフェンスすることになるっす。一本取れなかった場合は五分区切りで交代するのはいかがっすか」


「採用する。キャスとレイシャは位置について。優奈は私と一緒にちょっと離れる。解説とアドバイスをする」


 とんとんと話がまとまってしまった。智子は慣れてるようだし、キャスとの意思疎通がとても速かった。私とレイシャはきょとんとした顔を見合わせる。


「えっとじゃあ……そういうことで」


「わ、わかったわ」


 ここがカラオケボックスと同じ仕組みということは、利用時間に応じてお金を払うということだ。もたもたしてても仕方ない。


 ◆ ◆ ◆


「アクセス!」

「アクセスっす!」


 私はツインハンドガンを掴み取る。キャスはミドルアーマーにロッドを装備している。ロッドは魔力伝達効率がよく、炎などを連射するのに向いた遠距離戦用の武器だ。


「始めましょうか。すぐに交代させてあげるわ」


「いつでも来いっす!」


 普通に考えて十位とトレーニングするなんて、かなりの幸運だ。ならば、その強運すら私が世界最強である証だと信じる。


 トリガーを引く。弾丸は、虚しく壁を穿つだけ。キャスはすでにはるか上方だ。リーゼのように見えないほどじゃないにせよ、キャスも相当速い。まともに照準を合わせられない。かすらせることさえないまま、交代の時間になった。


「一回、攻撃見せるんで参考にするといいっす」


 ロッドから放たれた火球が猛然と飛翔、壁で爆発を起こした。ここは特殊な空間なので壁に傷などはないけれど、以前あれで大型トラックを爆砕したのを見たことがある。 


「じゃいくっすよー」


「ふん。よく狙うことね」


「ほいっ」


 目の前に赤が広がった。痛い! 熱い! 体をひねったはずだったのに全然動けていなかった。直撃を受けた私は床に沈んでいた。


「大丈夫っすかー?」


「平気、に……決まって、るでしょう」


 痛いから痛いと言えば、余計に痛くなる。負の言葉を私は使わない。そんな私を、私が許さない。


「根性はすごいっすね」


「それだけじゃ……ないって、すぐ思い知らせてあげるわよ!」


 吼えて一気に飛び上がる。


「交代ね。逃げ回りなさい」


 その後も、攻撃は一度も当てられず、こちらはあっという間に倒されるのを何度も何度も繰り返した。


「そこまで。少し休憩してから、試合形式の練習をする」


 智子の声で、がくんと力が抜けた。


「っとと。お疲れ」


 倒れかけた私は優奈の手のひらに収まっていた。優奈はさっとボトルを差し出してきた。スポーツドリンクというものだろうか。変わった味だけど体に染みる感じがした。


「アーマー解除して。汗拭くから」


 優奈は手早くタオルも用意していた。私は魔法を解いて、体を広げる。


「……なにか言うことはないの」


 これまでの失敗や敗北は「私たちの」と言えたが、ここで私の実力が足りないことが浮き彫りになった。優奈には、パートナーとして私を咎める権利がある。


 私の煩悶を知ってか知らずか、優奈は楽しげに微笑んだ。


「実は今日、アプリを用意して来たの」


「えっ? 自作ということ?」


「そうそう。結構魔力使うの作っちゃったけど、まだ余裕ある?」


「あるに決まっているでしょう。異常な長期戦でもない限り、魔力が枯渇することはないわ。重要なのは総魔力量ではなく行使魔力量よ」


「最大MPよりも一回の魔法で使えるMPのほうが大事ってことね」


「……あなたがわかったならそれでいいわ。とにかく、行使魔力量の限界を超えて魔力を注ぎ込めるようにしたものが攻撃アプリの基本ね。そういう風に作ったのでしょう?」


「それぐらいしか出来なかったんだけどね。まあ試作品だと思って」


「試作品、ね。何故かパートナーに向けて攻撃してしまう愉快なバグを希望するわ」


「どうせなら自爆するバグでもあればいいのに」


「暴発だけはやめてちょうだい。恥ずかしくて消えたくなるわ」


「暴発? そんなにひどいことなの?」


「限界を超えると言っても限度があるわ。百二十パーセントの力はかろうじて扱えても、千パーセントの力を注ぎ込めば暴発する。妖精の行使魔力量不足と、オペレーターのプログラムスキル不足、さらに二人の打ち合わせ不足が一気に露呈する最悪の醜態よ」


「うわー……それはイヤだな」


「魔力変数は数値だけど魔力自体は数値で表わせられるものではないわ。ここが難しいところね。テストを繰り返すしかないのだけれど、最終的には勘頼りになってしまうわね」


「ちょっとソースコード見てくれる?」


 優奈はケータイのホロモニターにアプリリストを表示。そこからさらに詳細を見ていく。


 私は内心、戦慄していた。この短期間でアプリを作ってしまうほど知識と技術を詰め込んだなんておかしい。まともな情熱ではない。平然としている優奈は自分がしたことの凄まじさを理解していない。


「この魔力変数なら暴発はないでしょう。それにしてもこの名前……イタショット……ギュッと曲がり撃ち……壁(強)……あなた、気は確かなの?」


「しょうがないでしょ! 他に思いつかなかったんだから!」


 顔を赤くして叫ぶ優奈は、一応、壊滅的なネーミングセンスに対する自覚はあるようだ。


「あなはた試合中にイタショット! と叫ぶつもり? イタイのはあなたの頭なのに?」


「その時はレイシャもイタイ奴のパートナー扱いなんだからね!」


「傍迷惑な下僕ね。貸しなさい。名前変更程度ならすぐに処理も済むわ」


 アプリの名前を書き換えてレギュレーションチェックを申請。これは公序良俗に反する語句が含まれていないかを審査するだけのもので、数秒で認証の通達が来た。


「パワーショット、カーブショット、プロテクトウォール。あ~……普通だ」


「これを普通だと感じられるならどうして最初から出来ないのか不思議だわ」


「後付けでそう思っただけだし。自分じゃどうにもならないんだってば」


「そういうところも好き」


「さりげなく会話に入って来て、さりげなくない勢いでくっつかないで!」


「そろそろ始めようと思って呼びにきただけ」


「明らかに『だけ』じゃないでしょ!」


 私は智子目掛けてドロップキックを放つ。軽く首をひねってかわされた。


「キャス。炎獄・猟犬」


 ロッドから長く伸びる炎が発射される。酸素を食らいながら迫る様はまさに猟犬だ。


「あれは追尾型の魔法よ。かなりの性能で回避は困難。防御の構えを」


「それよりもこうして」


 優奈は、私をつまんで智子の目の前に運んだ。反射的に、智子と睨み合いになる。


「こうすれば」


 再び移動させられる。直後、炎の猟犬が智子に激突した。傷つくことはないと知っていたも、驚いてしまうものらしい。智子は数歩後ずさって顔を押さえていた。


「優奈、反則」


「いいでしょ、正式な試合じゃないんだし。それよりこのまま流れで始めちゃおう」


 優奈が手を離す。私は素早く武装。智子がまた絡んでくる前にさっさと始める。


「いくわよ!」


「あたしはいいっすけど」


「問答無用!」


 弾幕を張って全速で接近する。キャスもまた、火球を次々発射しながら近づいてきた。


「どういうつもり!」


 さっきより火球が段違いに弱い。私が火球に当たっていないというだけでおかしいのだ。


「だいたいレイシャの力は計ったっすから、それよりちょっと強いくらいでやるっすよ」


「ふざけないで! 全力でしなければ意味がないでしょう」


「練習には適切なやり方ってもんがあるんっすよ」


「考え直させてあげるわ!」


 すれ違いざま、キャスの脇腹へ蹴りを放つ。キャスは膝を上げてブロックの構え。


 私は体をひねり、飛行魔法を制御してへ蹴りの軌道を縦変化。ロッドを蹴り上げてそのまま縦回転する。照準を合わせる前からハンドガンを吠え猛らせて弾幕を形成する。炸裂音と硬質音。ロッドが残像を描いて踊り狂い、弾丸をすべて防いでいた。


「パワーショット!」


 優奈がアプリを起動させる。ツインハンドガンに急速に魔力が収束し、強力な弾丸を形成。私の指がプログラム通り動き、トリガーを絞る。ひときわ重く鋭い音を鳴らして撃ち出された二つの弾丸の一方はロッドに防がれるも、もう一つはキャスの肩を撃ち抜く。衝撃に炎の使い手は大きく吹っ飛んでいく。


「おっとと。いい動きっすね。考え直してもう少しだけ力入れるとするっす」


 火球が飛来する。さっきよりも速くなっている。


「まだまだこんなものじゃないでしょう!」


 私とキャスは空中を駆け巡って攻撃し続ける。交錯する火球と弾丸が 熱波と衝撃波を振りまく。互いに決め手を欠いて微妙な膠着状態だ。もっともこちらは全力でやっているのに対して、相手は余裕を持ってこの状態を演出しているのは間違いない。 


「炎獄・獅子王」


 仕掛けてきたのは智子だ。高く掲げたロッドの先に、並の火球の数千倍はあろうかという極大の火球が生まれる。離れているのに熱さが、そして圧倒的な威圧感が肌を焦がす。


 来た。速い、大きい! 避けられない。


「プロテクトウォール!」


 優奈もそう判断したようだ。私の突き出した両手から、光の壁が広がる。猛炎が防御壁に激突。歪んで見える光の向こうでは、まさに獅子が壁に爪を立てているように、獰猛な炎が暴れ狂っていた。


 私は魔力を限界まで注いで壁を維持する。だが、力の入り方に違和感があった。注いだ魔力に見合う効果が得られていない。魔力伝達式にミスが? いや、この力を入れているのに、抜けていく感覚。そうか、これはもっと質の悪い……


「優奈! この阿呆! これリークしているでしょう!」


「リーク? 漏れてるってこと?」


「そうよ! 力を入れた分だけ抜けていく酷いバグ! 伝達効率の悪いプログラムのほうがまだマシだわ!」


「ごめーん! がんばってレイシャ!」


「簡単に言ってくれるわね……!」


 目の前では炎と光が粒子となって飛び散り続けている。やはり相当加減されている。キャスが本気なら、拮抗状態になることがまずあり得ない。


 私は壁を維持するための集中を左手に預けて、振り向く。


 魔力は比べ物にならなくても、裏の裏はかける。振り向くと同時に右手で射撃。驚愕した表情のキャスの額に弾丸が、届かない。防がれた。


「驚いたっす。後ろに目でもあるんすか?」


「そんなものなくたって……ぐっ! 大技で相手を拘束してる間に、自分自身は回り込んで相手の防御を崩す。たまに見る戦術じゃない。……ぁぐ!」


 壁の維持がかなり厳しい。うめきながらキャスを睨みつける。


「なるほどっす。智子の姉御からRFマニアだとは聞いてたっすけど、こんなのまで読まれているとは思わなかったっすよ」


 本当に感心した調子でキャスが言う。炎の持続時間が切れ、ようやく私も壁を解除する。


「今日は最初に比べて動きもよくなったし、戦術の知識もかなりあるようっすね。なにより根性があるのがいいっす。体力と魔力をつけて、あとは切り札でもあれば、一気に伸びると思うっす。期待してるっすよ」


「言われなくてもそうするわよ」


「その意気っすよ。今日はここらで終わりにするっすか。最後に、現実の厳しさとあたしからの評価を兼ねて、こちらの切り札をお見せするっす」


 キャスが急激に上昇。天井付近で、ロッドを軽やかに二回転させた。


「パンプキンメテオストーム」


 それは合図だったらしい。智子がアプリの起動を宣言する。


 キャスを中心にして、炎が次々、次々と、とどまることなく灯っていく。その炎の形状はハロウィンの時に飾られる不気味な笑い顔のカボチャをしていた。


「ジャック・オー・ランタンタイプの……!」


 一つ一つの大きさは通常の火球の数十倍程度で獅子王ほどの威力はないが、そもそも数が違いすぎた。満天の、炎の空とでも言うべきか。炎はその数と熱量で世界を緋色に染め上げていた。パンプキンメテオストーム。凶悪な攻撃範囲と殲滅力で、タイプ別固有アプリの中でも最悪の一つとされるものだ。


「本当に、期待してるっすよ。レイシャのようなタイプがどこまでいけるのか」


 血液が沸騰して逆流する感覚。炎ではなく怒りで視界が真っ赤になった。


「黙れぇ!」


 ツインハンドガンを乱射していた。降り注ぐ炎の流星雨。私の意識はそこで途切れた。



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