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バトルフィールド 2

 ◆ ◆ ◆


 私はリーゼを真正面から見据えた。


 対戦前には相手のポイントとランクがケータイで見れる。だがそんなもの見なくても、私はこの二人の顔と名前を覚えていた。後ろの物知らずの下僕に教えるとまたうるさいので、さっきはさっさと承認したわけだ。


 藤野千鶴とリーゼ。彼女たちはシーズンワンのエリアチャンピオン。現在も保有ポイントで二位以下を大きく突き放している。勝てるはずがない。私の中の冷静な部分が言う。わかってる。でも、勝ちたい。それでも勝利が欲しい。


 こちらの世界への簡単な適応カリキュラムを終え、一人で初めて人間社会に出た日、ふらふらと見物していた私は大勢の妖精と人間が街頭の大型モニターに見入っているところに出くわした。

 

 中継されていたのは、世界最強のRFプレイヤーを決めるアヴァロントーナメント、その決勝戦だった。剣戟が火花を散らし、魔法は天地を割る。苦痛と粉塵にまみれてもモニターの中の彼女たちは美しかった。輝いていた。


 あそこにはきっと、熱くて素敵な世界最高の体験があるに違いないと思った。だから私もあそこへ行きたい。彼女たちのようになりたい。幼稚なくらい単純な憧れだ。身の程を知らない愚者の願いだ。でも、十分だ。

 

 私は勝つと信じなければならない。相手が何者であろうとも勝たなければならない。あの日、胸に灯った炎は今も燃え続けている。冷たい理性が無理だと言うなら、たぎる熱情で焼き尽くす。


 私はレイシャ。世界最強。デビュー戦を華々しい勝利で飾ってみせる。


「アクセス!」

「アクセス」


 私とリーゼは同時に、武装魔法の起動を叫んだ。


 虚空からアーマーが現れ体にセットされていく。さらにツインハンドガンを掴み取る。


 リーゼは想定通り、ヘヴィーアーマーとバスタードソードを選択していた。以前、観戦した時もこの装備だったし、デュラハンタイプであることを活かすならば重武装はベターな選択肢だ。まずは間合いを取って出方を見よう。 


 試合開始のブザーが鳴った。


 リーゼが大きくなった。違う。信じられない速度で接近されて目の前に来られたから大きくなったように感じただけだ。全身がバラバラになったような衝撃の次は、なにも感じなくなった。まったく見えないのだから推測するしかない。たぶん、斬られたのだろう。もう意識が保てない。こんなに! こんなに差があるの……?


 ◆ ◆ ◆


「えっ?」


 ブザーが鳴ったのと同時に、私にはリーゼが消えたように見えた。そして物を思いっ切り叩きつけたような音。像を結んだリーゼはバスタードソードを振り切った姿勢になっていた。リーゼの下には、クレーターとそこに埋まったレイシャがあった。


 レイシャは全く動かなくなっていた。再びブザーが鳴る。終了の合図なのだろう。終わり。ゲームセット。負けた。


 相手は特別なことはなにもしていないように見えた。アプリも使っていない。ただの剣の一撃で負けた。


「リーゼ。真剣にと言ったでしょう」


「申し訳ありません。あまりに反応がなかったので剣が緩んでしまいました」


 たしなめる藤野先輩にリーゼが謝っている。そうなの? そういうやり取りになるの?


「ごめんなさい、鏡島さん。でも楽しかったわ」


「……楽しかった?」


 藤野先輩は穏やかに微笑みかけてくる。そこに裏の意味や、つまらないイヤミなどは読み取れなかった。本当に楽しかったと思っているようだ。


 けど。心臓がチリチリと帯電したようなこの感情は。


「また、遊んでくれるかしら?」


「……はい。私も……楽しかったですよ」


 私のあからさまな社交辞令にも藤野先輩は笑みを深めた。


「楽しみにしてるわ。じゃあ、また会いましょう」


 リーゼは一礼し、藤野先輩がなにかケータイを操作すると、二人の姿はふっと消えた。このフィールドから離脱したのだろう。


 無音の世界に立ち尽くす。智子にも釘を刺されていたし、いきなり勝てると思っていたわけじゃない。まあこんなものだ。けどちょっともやっとするこの感じはなんだろう。


「レイシャ。起きて」


 反応はない。近づいて、コンクリに体が埋まったレイシャを助け出す。砕けたコンクリの感触に少し怯んだ。一体どれだけの衝撃がかかればこんなになるのか。


 気を失ったままのレイシャを手のひらに乗せて、ホコリを払っていく。レイシャは目を覚まさない。静かな世界で私の手が動く音だけがするのは現実感がなかった。


「レイシャ! ほら、いつまで寝てるの」


「……うぅん」


 小さなまぶたがゆっくり上がっていく。目が合うと、レイシャはびくりと身を震わせた。私は弱く笑いかける。


「負けちゃったね」


「……そうね」


 短く重い返答が落ちた。きっとレイシャはとても傷ついている。RFに詳しいレイシャなら初戦で勝つのは難しいと理解していたはずだ。でも負けを許せるような性格でもない。


 フォローの言葉をかける前に、ケータイからアラートのような音が鳴った。見ると、RETURNとあってその下の数字がカウントダウンされていた。


「これを押せば元の世界に戻るのか」


「数字がゼロになると自動的にに戻されるから注意なさい。もっとも、ある程度補正されるから、戻った途端人にぶつかるなんてことはないわ」


「ん。じゃ行こっか」


 ボタンを押すと、次の瞬間には元の世界に戻っていた。一気に街の喧騒、生物の気配に包まれる。人の流れに乗って、適当に歩き出す。


「どうする? 疲れたなら帰る?」


「なに言ってるの。さっさと次のマッチングをなさい」


「はいはい」


 ケータイを操作してマッチング開始。地図上の赤い点を目指しつつ、横を飛んでいるレイシャを見る。明らかに元気がない。レイシャの好きなRFの話題を振ってみる。


「アプリデッキはこのままでいい? 次も一撃でやられたりしたくないし、防御系増やしたほうがいいかな」


「このままでいきましょう。あのレベルの相手にそうそう当たるとは考えにくいわ」


「あのレベルってどのレベル? そういえば藤野先輩を知ってるような口ぶりだったけど」


 レイシャは、こちらにちらりと視線を送ってから続けた。


「彼女たちは、シーズンワンのエリアチャンピオン。現在のシーズンツーでも保有ポイントは独走状態。圧倒的な強さでクイーンなんて呼ばれたりもしてるわ」


「そんなの……」


「勝てるはずがない?」


 喉まで出た言葉を、強い口調で先に言われた。無意味なことを口走るところだった。私は首を横に振る。


「ううん。ラッキーだなって。そんな相手の実力を知ることができたんだから」


「……実力を出したとは言えないでしょうね」


「突進の速度は本気だった。収穫はあったよ」


 レイシャは難しい顔で黙る。


「今朝ね、智子と話したの。世界最強は遠いから小さい目標を立てようって。それでとりあえずエリアチャンピオンって言ったら、難しいって却下されちゃった」


「変態のわりには妥当な判断ね」


「だからあれは違うんだってば。……じゃなくて。妥当でもないと思う。だって、エリアチャンピオンでもこの程度なんだ、『これはイケる』って思ったもん」


 レイシャは、ぎょっとしている。


「ねえ、レイシャはどうして世界最強になりたいの」


「なによ唐突に」


「藤野先輩の先になにを見てるのかなと思って」


「……どうかしら。ただ高みを目指すことに理由をつけようとは思わないわ」


「じゃあなんでRFなの?」


「愚問ね」


「好きだから……か。好きだからどこまでも行きたくなる。うん、いいね。絶対なれるよ、世界最強」


 テキトーなこと言ってると自分でも思う。でもこれでいい。


 硬くなっていたレイシャの雰囲気が崩れる。生命力の熱を取り戻したレイシャは、自身の迷いを溶かしたみたいだ。


「当然ね」


「さっきのは、たまたま調子が悪かっただけ、でしょう?」


 私がにやりと笑うと、レイシャもお得意の高慢な笑みを返す。

「わかってるじゃない」


 赤い点が近づいてきた。緊張はあるけど不安はない。


「よし。勝とうか」




 で。ヒドかった。十戦十敗。ボロカスに負けた。


「うーん。やっぱり甘くない……」


「さすがの私も疲れたわ……」


 二人してぐったりしていた。


「帰ろっか。もうしんどいし今日は外で食べよ」


「仕方ないわね。最後に一戦してからにしましょう」


 疲れてるけど、このままで終わりたくない気持ちも確かにあった。


「オーケー。じゃマッチング開始……っと」


 赤い点はかなり近かった。ケータイの画面がすぐ相手の情報に切り替わる。けど、相手の姿が見えない。


「アイリス・コナーさん。外国人?」


「はっ、はーい」


 ケータイの情報を読んでみると返事があった。幼い少女の声だ。もしかして、と目線を下げてみる。いた。


 まるで行き交う人が火の着いた爆弾だと思っているかのように必死に避けている女の子。背丈からして多分小学生ぐらいだろう。動くたびにクセのある長い金髪が踊っていた。私の方へ来ようとしているみたいだけど、怯えまくった小動物みたいにちょこちょこと動くだけで全然進めていない。


「ひぃぃっ」


 悲鳴を上げて女の子はパニック寸前になっていた。パートナーらしき妖精が声をかけているけど耳に入ってない様子だ。さすがに見かねて私は手を伸ばす。


「こっち来てね」


「あわわわ」


 小さな手を掴んで、通りの端まで引っ張っていく。人波から脱出して多少は落ち着いたようだ。女の子は、ほっと大きな息を吐いた。


「あっ、ありがと……ひゃあ!」


 手を振りほどいて逃げられてしまった。電柱の陰から上目遣いで探るように見てくる。


「あなたの邪悪な本性が見抜かれたようね」


「レイシャの極悪非道オーラがダダ漏れだったせいじゃないの」 


 バチッと視線の火花が散る。そこに、爽やかな風のようなアルトボイスが割って入った。


「やあ。すまないね。私のパートナーが迷惑をかけて」


 声の主は肩をすくめた。さっぱりしたショートカットに凛々しい顔立ち。山英にいたら藤野先輩とは別の意味で人気が出そうだ。もっともそれは人間だったらの話で、妖精の彼女の背中からは鳥のような羽が生えている。セイレーンタイプのようだ。


「私はサクラという。そちらは鏡島優奈さんとレイシャさんだね。よろしく頼むよ」


「うん。よろしくお願いします」


「それで、あなたのパートナーはどうなっているのかしら?」


「アイリスは極度の人見知りでね。克服して友達を作るならRFだと薦めたのだが、この有り様でね」


「はあ。なんか大変ですね」


 扱いにくい子をパートナーに持つと苦労するということだ。なんだかシンパシーを感じてしまう。


 レイシャもさすがに困ったのか、微妙な顔になっている。ここは私が行くしかないか。怯える少女にゆっくり近づき、軽く腰を屈めて目の高さを合わせた。宝石のようにキレイな碧眼は、警戒と緊張に揺れ動いていた。


「こんにちは。アイリスちゃん」


「こっ、こここんにちは!」


 顔を紅潮させて一生懸命答えてくれた。可愛い。


「日本語わかる? 英語のほうがいい?」


「えっと……日本語で、いいです。英語わかりません」


「そうなんだ。じゃあアイリスちゃんはずっと日本に住んでるのかな?」


 こくこくうなずいて肯定を返してくれた。


「お姉ちゃんは名前は鏡島優奈っていうの。仲良くしてね」


「……は、はい」


 返事は一応って感じで、まだまだ緊張しているみたいだ。


「そうだ。なにか甘いものでも食べようか」


「でも……ママから知らない人に物もらっちゃダメだって言われてます」


「じゃあ今からお友だちになろう。それならいいでしょ」


「まるっきり児童誘拐犯の手口ね。やめなさい」


 いつの間にか寄って来ていたレイシャに水を差される。


「誰が誘拐犯よ。仲良くなろうとしてるだけでしょ」


「物で釣るなんて下品な真似はやめなさい。まず、私たちには共通の話題があるでしょう」


「そっか。アイリスちゃん、RFは好き?」


「え、えと……今日始めたばかりだからわかりません」


「そうなんだ! 実は私たちも今日始めたばっかりなの!」


「そそ、そうですか……」


「お揃いだね!」


 にっこり笑いかける。アイリスちゃんは、じんわりと胸が暖かくなるような、はにかんだ笑みを返してくれた。


「お、お揃い、です」


「可愛い……! アイリスちゃんは天使? 天使なの?」


「怯えているでしょう。通報するわよ、ペドフィリア」


「誰がペドよ! このくらいの歳の子はみんな可愛いし、アイリスちゃんは特に可愛いってだけじゃない」


「そこに異論はないけれど、あなたの『可愛い』からは邪悪な響きがするわ」


「まあまあ二人とも」


 サクラが、睨み合う私とレイシャの間に入る。


「アイリスが初対面の相手とこんなに話すとは驚いたよ。よかったなアイリス、仲良くしてくれる人に出会えて。私も薦めた甲斐があったというものだ」


「うん! ありがとうサクラ」


 アイリスちゃんが満開の笑みを浮かべて、周囲にぱぁーっと幸福的ななにかが放射される。天使だ。


「さて。心を伝えるのは、歌と戦だと決まっている。この辺りで対戦して、より理解を深めようじゃないか」


「いい思想ね。私の崇高な魂をその身に刻んであげるわ」


「そういう言い方はやめなさいってば。えっとアイリスちゃんの成績は」


 ケータイに目を落とす。藤野先輩との対戦のあと、事前に相手の情報を確認出来ることを知らされていた。


「二十戦二十敗……」


「そっちは十戦十敗ですね……」


「あ、あははは」


「はぅ」


 底辺初心者同士でマッチングしてしまったらしい。


「じ、じゃあ正々堂々がんばろうか」


「はいぃ」


 少し距離を取って、ケータイのボタンを押す。アイリスちゃんも同じように操作して、世界がRFのフィールドに切り替わった。



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