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バトルフィールド 1

 

 放課後、一旦帰ってからレイシャと八汰に出かける。


 八汰は大規模な繁華街で私もよく遊びに行く。一方で八汰は、エリア有数のRFの激戦区でもあるらしい。RFセンターでは頻繁に大会が開かれ、開催日でなくともプレイヤーは八汰に集って日夜戦いを繰り広げている、という情報を智子から入手していた。

 

 エリアというのは、昔で言う県が複数くっついたものだ。その中でも有数のスポットなのだから激しさは推して知るべし、らしい。

 

 駅のホームで電車を待つ間、智子に受けた講義を復習がてらレイシャに話してみた。


「上に行くにはこの街の試合で勝ってポイント稼ぐ必要があるわけね」


「俗に野良試合と言われているわ。他にもRFセンターでの大会で勝てば比較的多くのポイントが手に入るわね」


 補足はあったがレイシャはひとまず満足のようだ。でも、と付け加えて顔が険しくなる。


「奴に教えを受けたのは許しがたいわね」


「せっかく強い人が近くにいるんだから、仲良く……」


「不可能」


「……は不可能ね、わかってたけど」


 チャイムが鳴って電車がホームに入って来る。ホームドアが開いて私たちも整列して順番に乗り込む。今のところ、妖精に乗車賃はかかっていない。妖精の、人間社会での活動も進んでいるため運賃を取る話もあるらしいけど目処は立っていない。


 電車に乗ってからずっと、レイシャは物珍し気に周りを見回していた。


「電車に乗るのは初めて?」


「そうね。魔法を使えない人間なりに知恵を絞った産物という印象ね」


「褒めてるのかけなしてるのか判断しかねる……さ、こっちに来て。妖精でも電車の中では人間のマナーに従いなさい」


 私はポンポンと腿を叩く。ふらふら飛んでいたレイシャは当然のように私の胸に収まろうとする。予測していた私はたやすく捕まえることに成功。腿の上に乗せる。


「頭上の強烈なな圧迫感が不愉快。却下」


 すぐ逃げられてしまった。


「座ろうとしたり邪魔扱いしたり、私の胸ってなんなの……」


「ベッドにしてあげてもいいわよ」


「そういう問題じゃない!」


「静かに。大きな二つの脂肪が本体の下僕でも電車の中では人間のマナーに従いなさい」


「こ、の……! いいからじっとしてて!」


 捕まえようと伸ばした手はひらりとかわされる。


「もちろん、理性ある高等生物の私はそうするつもりよ。でもどうしたものかしら。胸も膝もダメで、肩……も狭いからイヤね。となるとここしかないわ」


 レイシャは私の頭に腰を下ろした。私は無言のまま頭をぶんぶん振る。落とせなかった上に、髪に掴まられてちょっと痛かった。


「猛烈に垂直ジャンプしたい気分なんだけど」


「棚に頭突きする特殊な趣味に目覚めたのかしら?」


「人をヘンタイみたいに言わないで! はぁ。もうそこでいいや」


「仕方ないからここでよしとしてあげるわ。感謝なさい」


 がっくり肩を落とす。またいいようにやられた……


「では戦いの準備をしましょう。RFのアプリを起動して」


「はいはい」


 ケータイを膝の上に置いて、DLしておいたアプリを立ち上げる。ケータイをホロモニターモードに切り替え、結像位置を少し高めに合わせた。私からもレイシャからも見やすいための配慮だ。


「右上からマイページへ」


 指で軽く押す動作をする。カメラがそれを感知してページが進む。マイページには、対戦回数、勝利回数、勝率、そして獲得ポイントと現在のランクなどが表示されている。


「こんなにバッチリ数字出ちゃうものなのか」


「ごまかしが効かないということよ。その右側のセットアップのページへ」


 セットアップのページは、大きく分けて、デフォルトユースの項目とユニークアプリケーションの項目に分類されていた。


「RPGの装備やスキルをセットする画面と同じか」


「そのたとえはよくわからないけれど……とにかく左列の防具を選ぶところに」


 レイシャの指示に従って、防具はミドルアーマー、武器はツインハンドガンを選択する。


「次はユニークアプリケーションに。今回はプリセットのものを使いましょう」


「ねえこれって?」


 プリセットボタンの上にある、アップロードボタンのところで私の指が迷う。


「ここから自分で作ったアプリをアップロードして使えるってこと?」


「そうよ。正確には、そこでレギュレーションチェックをすることで許可が降り、サーバーと同期している私のRFクリスタルを通じて使える、だけれど」


「RFって独自のアプリを使って戦うのがおもしろいところじゃなかった? ていうか装備も言われるまま選んだけどこれでいいの? 作戦は?」


 レイシャがバカを慰める調子で、私の頭をぽんぽんと叩いた。


「やっぱり垂直ジャンプの刑か」


「ただでさえ少ない脳細胞が死滅するからやめなさい。いい? RFではミサイルの雨が降る時もあるし、フルコンタクトの格闘戦を挑まれる場合もある。そんな競技で勝つための作戦はただ一つ。己を貫くこと。では、私たちの『己』とはなにかしら」


「それは……わかるわけないじゃない。ああ。そうか」


「栄光と勝利が確定しているとはいえ、今はまだ手探りの段階よ。デフォルトで用意されているものを色々試してみましょう」


 了解した私はプリセットボタンを押す。大別して、攻撃系と防御系があってそこからさらに細分化されている仕組みのようだ。


「セット出来るアプリは五種類、その内戦闘中に使えるのは三種類と決まっているの」


「デッキ構築の問題ね」


「やっぱりよくわからないけれど……あなたがそのたとえを好きなのはわかったわ」


 指示通りに、攻撃系二種類、移動兼回避系二種類、防御系を一種類のデッキにする。意外と手堅い構成だ。


「レイシャってRF詳しいっていうか、すごい好き? 解説する時テンション上がってるし、智子のことも知ってたし」


「愚問ね。好きでなければ勧誘したりしないわ」


「それもそうか」


 私はちょっと笑ってしまう。


「なに、気持ち悪いわね」


「ううん。RFのことまだ全然だけどパートナーがやる気あるのはいいことだなって。性格は破綻してるけど」


「そうね。パートナーの見た目は大事よね。たとえ性格が破綻している上に愚鈍で低能、恥知らずで主人に手間ばかりかける気の利かない下僕でもね」


「一言どころじゃなく多いわーっ!」


 私のツッコミと、八汰への到着を告げるアナウンスは同時だった。




 八汰をしばらくブラブラと歩く。ここがRFの盛んな街だと知るまでは気に留めなかったけれど、確かに妖精と一緒に歩いている人が多い。今見ている人たちの誰かと対戦するかもしれないと思うと緊張してしまう。


 レイシャもふわふわ飛びながら、街行く人と妖精を眺めていた。その面持ちからは、隠し切れない闘争心がにじんでいる。


「そろそろ始めましょうか」


「う、うん……」


「緊張しているの? あなた本当に小心者、むしろ内弁慶ね。さ、早くアプリからマッチングを選びなさい」


「わかってる!」


 マッチングボタンを押すと、ケータイの画面が地図に切り替わった。自分の周辺地図で、青い点は現在地のようだ。


「この赤い点が対戦相手?」


「そうよ。ここから真っ直ぐ北に行けば会えるみたいね」


 さっさとレイシャは進み出してしまう。私は慌てて後ろをついていく。対戦相手が具体化した分、さっきよりも緊張がひどい。


 急に、レイシャが振り返らないままぽつりと言った。


「大丈夫よ」


「なにが?」


「全部。私もあなたもRFを楽しめるし負けたりしない。私がいるから大丈夫」


 万に一つとして私を気遣ってくれた可能性がなくもない。一応、礼は言っておこう。


「そっちこそ足引っ張らないでよ」


 レイシャはふん、と鼻を鳴らしただけだ。その調子が弾むような満足をにじませていたのは気のせいだろう。




 ケータイの画面と、通りの向こうから歩いてくる人を見比べる。向こうもはっきりこちらを認識しているようだ。赤い点の位置もそうだし、通りの向こうで妖精と一緒なのもあの人だけだ。間違いない。


 最初は、あれ? と思った程度だった。胸が苦しくなる感じに、覚えがある気がした。近づくにつれて、既視感は膨らんでいく。艶めく髪や長い手足、道行く人をことごとく魂の抜けたような顔で振り返らせる圧倒的な美しさ、存在感。


 暴力的な陶酔への誘惑に、私は全身全霊で抗わなければならなかった。


 充分近づいたと判断されたのか、ケータイの画面が、地図から対戦相手の情報に切り替わる。私は表示された名前を、乾いた声で読み上げた。


「藤野、千鶴……先輩」


「その言い方だと山英の子かしら? あら、あなたは……」


 藤野先輩は目をすがめた。睨まれたのでもなく、その目は決して怖い印象を与えるものではない、でも恐ろしかった。吸い込まれそうな目、なんて常套句はウソだと思った。本当の強者の目は、見つめる「だけで」相手を飲み込む。


「朝、会ったわね。一人だけ反応が違ったからよく覚えているわ」


「そうですか」


「すぐに私と気づいたかしら? たまにこの辺りでも山英の子とすれ違うけどいつも気づいてもらえないのよ」


「それはまぁ……服装がアレですし」


 ジャケットにホットパンツにショートブーツ。学校での藤野先輩がお嬢様なら、今はロックスターのようだ。ぱっと見では別人と思っても仕方ない。


「でもあり得ないですよ。藤野先輩に気づかないなんてイカれてます」


「ふふっ。あなた面白い子ね。えっと、鏡島優奈さん」


 ちらっとケータイに目線を落として藤野先輩が言う。


「はい。こっちはパートナーのレイシャです」


「あなたの知り合いはなんでこんなのばっかりなのかしら……」


 レイシャは呆れた調子でつぶやく。


「どういう意味?」


 私の問いを無視して、レイシャは背を反らして思いっ切り息を吸い込む。


「私はレイシャ! 世界最強の妖精よ!」


「ちょ、声大きいから!」


 周りの人たちから生ぬるい視線が刺さる。私は慌ててレイシャを捕まえる。愛想笑いでも浮かべたいところだけど、藤野先輩の前では引きつったような顔にしかならなかった。


 それでも藤野先輩は穏やかに微笑みを返した。


「それは素敵な目標ね。ではこちらも改めて、藤野千鶴とパートナーのリーゼよ」


「お見知りおきください」


 リーゼは両手を腰の前で組んで、ゆっくりとお辞儀をした。丁寧に結い上げた翡翠色の髪がわずかに揺れる。


「……メイド?」


 リーゼはエプロンドレス、いわゆるメイド服を着ていた。


「千鶴様には、幼少のみぎりよりお仕えさせていただいています」


「ふん。私たちとは逆の関係というわけね」


 私の手から脱出したレイシャがなぜか胸を張って言う。


「ややこしくなるから黙ってて」


 さすがに藤野先輩も意味を取りかねていたようだけど、それすらも愉しいかのように穏やかな笑みを崩さないままだ。


「それで……私たちと遊んでくれるのかしら?」


 藤野先輩の声音は今までの穏やかなそれとは少し違う気がしたけど、具体的には理解出来なかった。代わりに私は、その言葉の心情ではなく裏の意味を読み取った。レイシャに小声で尋ねる。


「対戦ってパス出来るの? 正直さっさと逃げたいんだけど」


「一日一回だけ拒否権があるわ。けれど今回はパスをパスよ」


 レイシャがなにかケータイを操作した。STAND BYと大きく表示される。


「あーー!」


 大声を上げたせいでまた注目が集まる。というか、壮絶な美人とメイド、それに何故かふんぞり返ってる妖精という取り合わせはすごく目立っていた。私は特に見られてない……と思うけどやっぱり顔に血が上る。RFは特殊な空間内で行われると思い出した。早くとにかくこの衆目から逃れたかった。


「さあ! 始めましょう!」


 裏返りまくった声で言う。藤野先輩は笑みを深めてうなずいた。


「ええ。ありがとう」


 藤野先輩がケータイを操作した瞬間、ぱっと世界が変わる。


「ここが、そうなの?」


 周りの人は消え、車や信号機は止まっていた。私たち四人以外に動くものはいない。


「ここがRFのフィールド。デュエリストたちのバトルフィールド」


「別に見た目で変わったところはないのか」


「この世界の半径は十km、基本的には通常世界の物理法則に従うわ」


 ふんふんとうなずいて辺りを見回す。とりあえず、と私は一歩踏み出してみる。


「えっ?」


 体が軽い! 軽すぎる! あっという間もなく私は壁に真正面から激突していた。


「な、なに……?」


 狐につままれた気持ちで壁から身を離す。絶対に無事で済まない速度で突っ込んだはずなのに、なんともない。というか今の速度は絶対に人間の限界を超えている。レイシャに説明を求める目を向けた。私のパートナーは半笑いのまま視線を合わせようとしなかった。


「……言うのを忘れていたけれど」


「ホントに忘れてたの?」


 ジト目で問いただす。レイシャは咳払いを一つして真面目な顔を作った。


「残念ながらね。そうでなければ、下僕のこんなみっともない姿を……くっくく」


「笑うな! 説明!」


「くく……つまりねこの世界では人間には特殊な魔法がかかるの。RFの高速、かつ立体機動戦闘についていけるように、感覚の増強と、移動に関する限りで物理法則が解除される魔法よ。今のあなたは、並の銃弾なら見切れるし空も飛べるわ」


「そういうことか」


 私は意識して、ゆっくり歩いてみる。いける。軽く跳ねて空中で一旦静止。一定の集中さえあればかなり自由に動ける手応えがある。


 それよりなにより素晴らしいのは、体が軽いこの感覚だ。今私は、常にこの身を苛んできた、二つの大きな重みから解放されているのだ!


「エクセレント……」


 レイシャは怪訝そうな顔をしていたけど特に感想はなく、説明の補足のために口を開く。


「人間にもシールドが張られているのは、クリスタルを入れた時に話したわね。ただし故意に人間を狙うのは反則。妖精にもシールドがあって、絶対に怪我はしないけれど、部位に応じて痛みは通る仕組みになってるの。頭に直撃を受ければ、死にはしないけれど死ぬほど痛いということね。そうして、体力を削り切る、端的に言えば気絶させれば勝ちよ」


「オーケー。……お待たせしました」


 藤野先輩に軽く礼をして、頭の中のギアを切り替える。


「初々しくていいわ。私たちも最初は、右も左もわからない状態だったわね」


「懐かしいです」


 藤野先輩に、リーゼは恭しく答える。二人は本当に主従といった感じだ。ゲッシュをするような関係にも色々あるらしい。


「RFは初めてなのね。ポイントがかかってるから勝たせてはもらうけど、手ほどきのようなものをしたほうがいいかしら?」


「舐めないで!」


 私が答えるより先にレイシャが叫んでいた。

「私が望むのは真剣勝負、そして勝利! たとえあなたでも手を抜けば軽蔑するわよ!」


 レイシャの憤怒に、藤野先輩は申し訳なさそうに眉尻を落とす。でも今回は言いたい事を言ってくれたのでフォローはしない。


「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったのよ。礼節を持って真剣に相手させてもらうわ。リーゼ」


 リーゼが前に出る。藤野先輩が下がったのを見て、私もそれにならう。始まりだ。



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