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激突と謁見

 まぶたの上から射す強い光。ピピピ、と電子的な小鳥のさえずりのような音が聞こえる。ギシリと頭のすぐ側でベッドが軋む音。朝だ!


「とうっ!」


 私は覚醒と同時、寝た姿勢のまま真剣白刃取りを決めていた。鼻先には、むにっと潰れた少女の顔。今日もギリギリ阻止成功だ。


「……おはよう智子」


「おひゃよう、ゆうにゃ」


 智子の顔を解放して、ぐてっと腕を投げ出す。智子は私に覆いかぶさったままだ。


「今日もキス失敗。残念」


「智子のおかげで毎朝スリリングだわ……」


「ありがとう」


「今の台詞に感謝成分なかったよね?」


「問題ない。関係ない。愛してる」


 智子はお隣さんで、幼なじみだ。朝が弱い私を、毎朝こうして起こしに来てくれてる。極めて整った容姿の持ち主で、黙っていれば人形のように可愛い子なのだが、性格と性指向が私にとって迷惑なほうに傾いている。


「もーどいてってば」


「結婚しよう、って言ってくれたら、どく」


「私たちまだ未成年だからね?」


「愛さえあれば法律の壁なんて」


「愛がない上に壁は高いなぁ」


 私が生まれるかなり前には完全自由婚姻法が施行されていて、多様な結婚形態が普及している。それでも未成年者の結婚には両親の同意が必要だし、親が認めても私が認めない。


 ドアが開く気配。入ってきたレイシャが驚いていたのは一瞬で、もうその両手には拳銃が握られていた。


「優奈から離れなさい!」


 レイシャは右手の拳銃で智子を狙い、左手は天井に。こもった雷鳴のような音が炸裂した。パラッ……と天井の破片が落ちる。妖精の武器の小ささに騙されてはいけない。魔力の持つエネルギーは、人間の想像を遙かに越える。


「ってええええええーーー!」


「警告があったことに感謝なさい。次は当てるわ」


「待ってレイシャ! これは違うの!」


 レイシャの指はトリガーから離れない。私の叫びは耳に入ってない様子だ。なんでこんなマギレモードなの!?


 智子がゆらりとベッドから降りる。


「不審者。倒す」


「挑む相手を間違えたわね。死刑よ」


 私の制止より早く、レイシャの二丁拳銃が吼えた。智子は身を小さくしてかわす。その弾丸が、私のすぐ上の壁に次々と穴を穿つ。


「うわうわうわー! 待ってってば!」


 ベッドから転げ落ちて顔を上げると、智子の手刀が空を切ったところだった。ひらりと上に逃れたレイシャは何故か右手の拳銃を投げつけた。ゴチン、と頭にヒットするが、智子はそれを無視してカウンター気味のアッパーを放つ。レイシャは拳をかすらせながらも、距離を取って、間合いを計り直す。再度、睨み合う両者。


「待てって」


 私は枕を掴んで、立ち上がりながら体をひねる。 


「言ってるでしょーがー!」


 渾身のフルスイングは、レイシャを撃墜し、智子を打ち倒した。


 で。智子を床に正座させ、暴れるレイシャは枕で挟んで潰してから、サイドテーブルに転がした。私はベッドの上に腕組みして立っている。


「ちゃんと紹介するから聞いて。こっちは大橋智子。お隣さんで幼なじみ。親友って言ってもいいかな。学校も一緒で朝は起こしに来てくれてるの。いわゆる腐れ縁ってやつね」


「フィアンセでもある」


「ありません。ややこしくなること言わないで」


「大橋、智子……?」


 なにかを思い出すようにつぶやいて、寝ていたレイシャが飛び起きる。


「十一位!」


「外れ。昨日十位になった」


 レイシャは目は大きく見開かれていた。驚きもあるけど、少しひきつった顔は恐れおののいているように見えた。


「どういうこと?」


「親友なら知ってなさいよ! 大橋智子、パートナーはカサンドラ、RFのエリアランカーでしょう!」


「いや知らないってば。よくわかんないけどすごいの?」


「反応が薄い! このエリアのRFプレイヤーは約八万人。その中で十位ってことよ!」


「うげ……」


 幼なじみはめちゃくちゃ強かった。強豪とか呼ばれるレベルだ。


「優奈はプログラマなのにRFに興味なさすぎ」


 レイシャがうなずいている。なんだかいじめられてるようでおもしろくない。


「もういいでしょ。それは昨日で終わり。レイシャのせいでそうもいかなくなっちゃった」


 智子は素早く勘付いて、レイシャを見た。


「紹介の続きね。この子はレイシャ。色々あって一緒にRFすることになったの」


「主人でもあるわ」


「ありません。同じタイプのボケ重ねないで」


「……パートナー」


 レイシャを見ていた智子の瞳が急激に鋭くなる。


「そうよ。私の下僕にさっきような行為は金輪際しないように」


 負けじと、レイシャの瞳に剣呑な輝きが灯る。


「断る。優菜とは毎朝こうしてる。レイシャには関係ない」


「優菜はすでに私のものよ。勝手に触らないで」


「優菜はその前から私と将来を誓いあってる」


「なんで妄想を自信たっぷりに語っちゃってるの!?」


 私を完全に無視して、二人は妄言の鍔迫り合いを続ける。


「優菜は私と暮らしているの。昨日も同じご飯を食べて、同じ部屋で寝たのよ」


「それくらい私もしたことある。だいたいレイシャは図々しい。私は生まれる前からの付き合い」


「質より量を誇るとは下策ね。あなたは優菜が快楽に喘ぐ様を知らない

でしょう」


「そっちこそ、ロリ優菜の抱き心地を知らない」


「ちょ! やめてよ、なに言い出してるの!」


「あなたは黙ってなさい」


「優菜は黙ってて」


「そこは息ぴったりなの!?」


 厄介系同士が絡むとウザ係数が跳ね上がる実例だ。朝からしんどい。


「っていうか学校! 時間!」


 ベッドから飛び降りてパジャマを脱ぎ始める。ボタンを外したところで強烈な二つの目線に気づいた。かっと顔に血が上る。


「見るな!」


 パジャマを投げつけると、それを巡ってまた戦いが始まった。あーもう!




 自転車で駅までダッシュして、電車に乗ってしまえばひとまず遅刻はない。今、私と智子は、学校までの並木道を歩いていた。よく茂った広葉樹は、適度に陽をさえぎっている。これは生徒らが不用意に肌を焼かないようにと、学校が植えさせたものらしい。周りは、濃紺のブレザーとチェックスカートの同じ学校の生徒ばかりだ。


 道すがら、私は昨日のレイシャとのいきさつを話していた。


「把握した。優奈は挑発されるとすぐ熱くなる」


「だってレイシャが!」


「そういうの、よくない」


「はい。すいません……」


 思えば昨日はレイシャの口車に乗せられっぱなしだった……落ち込む。


「でも優菜がRFするのは嬉しい」


 智子はわずかに口元を緩める。智子は基本的に淡々としていて、感情が顔に出ることもあまりない。その智子が微笑んだということは、本当に喜んでいるということだ。私も嬉しくなる。


「一緒にがんばる、なんて十位の人相手におこがましいかもしれないけどそう思うよ」


「RFは楽しい。優奈もきっと好きになる」


「だといいけど。とにかくやるって言ったからにはやるけどね、世界最強」


「道のりは遠い。小さな目標設定も大事」


「うーん。とりあえずエリアで一位とか?」


 さっきのやり取りを思い出しながら言ってみる。智子はふるふると小さく、けど実感を込もった重々しさで首を横に振った。


「そう簡単じゃない」


 だよね、と私は苦笑いしてしまう。


「ていうかどうやって順位を決めてるの? 大会とか?」


 智子はちょっと考えてから話し始めた。


「RFはポイント制。自分と対戦相手の順位の補正をかけて、勝利ポイントは増減する。つまり強いプレイヤー倒すとたくさんもらえる」


「じゃあ智子は今、このエリアで十番目のポイント保有者ってことか」


 こくりとうなずいて智子は続ける。


「それとシーズン制。一年を四分割して、スリーシーズンプラスファイナルシーズンになってる。各シーズン最終週に、シーズンのトップランカーが集まる大会がある。大会の順位に応じたポイントが入って、最終的なシーズンの順位が決まる。そしてシーズンチャンピオンたちがファイナルシーズンの高ランク大会で戦う」


「うぅ。ややこしいな」


「気にしなくていい。最初は一勝するだけでも大変だと思う」


「……そんなに?」


「みんなそう。私もそうだった」


「何事も甘くないってことね」


 なんだかしみじみと言ってしまう。


「練習付き合いたいけどごめん。予定が詰まってる」


「いいっていいって。最初は私とレイシャでやらなくちゃ」


「奴は危険」


「仲良く……」


「無理」


「……は無理だろうなぁ。うん、私のセリフに割り込む勢いで無理だなぁ」


 話している内に学校はすぐそこになっていた。私たちが通う山英女学院はなかなか伝統のある、いわゆるお嬢様校だ。ただし、家柄のレベルが高い本物のお嬢様は初等部からの内部組だけで、私や智子のような高等部からの入った外部組は単に入試にパスしただけの一般市民だ。


 エントランスホールに入ると、やっぱり淡々と智子が声をかけてきた。


「ちょっとだけ、委員の仕事。先に行ってて」


 軽く了承の返事をして別れる。エントランスホールにはカフェテリアも併設されていて、たくさんの生徒がそこでおしゃべりをしていた。私は少し急ぎ足になる。そろそろ「お姉様」が来る時間だ。と思った時に、あちこちから黄色い声が沸き起こった。遅かったか。


 彼女がエントランスホールに足を踏み入れた瞬間、天上の音楽が鳴り響き、薔薇の香りに世界は満たされる。その御姿はヴィーナスさえも恥じ入らせ、歩みの一歩一歩が美の概念を更新する……と評したのは文芸部員のクラスメイトだ。


 すらりとした長身に、長く真っ直ぐな髪。ハッキリした目鼻立ちだけど、輪郭や肩の丸く柔らかい感じはいかにも上品なお嬢様って感じだ。私は文学少女じゃないので月並みな表現になるけど、とんでもない美人だと思う。


 藤野千鶴先輩。山英女学院の「お姉様」だ。初等部入学時から高等部二年の現在まで常に学院のスターであり続けている、生ける伝説のような存在だ。


 あっという間に濃紺のブレザー集団に囲まれて藤野先輩はすぐに見えなくなった。


「わからん……」


 確かにもの凄い美人だけどそこまで騒ぐようなことだろうか。狂乱を横目に見つつ、止まっていた歩みを再開する。


「うわ! しまった!」


 人だかりに突撃しようとする生徒の波がすぐそこまで迫っていた。


「ちょ、出してくださーい! ぅええ」


 黄色やら桃色の叫びの中、私のどどめ色の悲鳴が潰れた。それと、甘くささやくような声。もしかして近づいてきてる……?


 後ろから強く押されてとうとう中心部に弾き出されてしまう。正面には藤野先輩。目が合った。


「おはよう」


 そう言って、彼女は微笑んだ。


 その目は、最高級のコーヒーのように深く澄んでいる。視線に一瞬で囚われた。飲み込まれた。

 その声は、甘く耳に染みる。周りはとてもうるさいはずなのに、異様にはっきりと聞こえた。

 微笑みの目元の柔らかさ、唇の角度は完璧。

 

 すぐ前にいても信じられない。こんな人間がいるのか。ただ美人という言葉では済まされない、圧倒的な上位者の風格を彼女は持っていた。それは魂の王冠とでも呼ぶべきもので、王冠は外されることもなく、輝きをさえぎることは不可能で、ただ彼女が存在しているだけで周囲の人間に莫大な影響をおよぼす。


 彼女のすぐ前に来たことで、そんなことが直感として理解出来て、いや、させられてしまった。


 なにが「お姉様」だ。これは女王じゃないか。こんなのに相対して取れる選択肢は二つだけ。魂を明け渡すか、全力で逃げるかしかない。


「お、はよう……ございます」


 なんとかそれだけは喉から絞り出す。ブラックホールから脱出するほどの気力で足を動かし、人だかりに身を投げ出す。流れに逆らって思いっ切り迷惑がられても、とにかく離れる。数十人のかたまりよりも、藤野先輩一人のほうがよほど恐ろしいと思った。


 エントランスホールの端まで距離を取ってようやく私は一息ついた。未だ多くの人を引き連れたまま、藤野先輩は階段のほうへ歩いていった。彼女の周りの人たちは正気なのだろうか。いや……あの魅力の前では人間の理性なんて安いものかもしれない。


「私は関わりたくないな……」


 わざわざ口に出して自分の結論を確かめる。そうしないと安心出来なかったからだ。髪と服を直して教室に行こう。平和な日常のある教室に。



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