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ガール ミーツ フェアリー 4

「ではゲッシュを行いましょう」


 私はがばりと起きて、椅子の背に仰け反っってしまう。


「それは話が別じゃないでしょうか」

「同じよ。RFの参加条件はゲッシュを交わした妖精と人間のタッグなのだから」

「そうだけど……うぅ」


 ゲッシュは人間と妖精の神聖な絆だ。経験がないので実感はないけど、交際相手とキスするかその……それ以上の意味があるものだと理解している。


「ほらもっとこう……雰囲気とかあるでしょ」


 レイシャは意味が取れなかったのか、目をぱちくりとしている。


「レイシャにとってゲッシュってなに? というかなんで私を選んだの? どうせチェスの話は後付けなんでしょ。なんで私に声をかけたの?」

「見た目よ」


 即答だった。


「見た目って……。世界最強目指すならスキルのほうが重要でしょ」

「そんなのは鍛えればなんとでもなるでしょう。でも見た目はそうはいかないわ。あなた、見た目はいいもの」

「微妙に引っかかる言い方ね」


 レイシャは少し考え、付け加えた。


「感触もいいもの」

「フォローになってないから!」

 胸を手で隠す。

「こういうのは普通、お互いをよく知ってからするものでしょ」

「アヴァロンマスターは一日にしてならず、よ。早く手を出しなさい」


 ゲッシュは、妖精が人間の左手薬指に口づけすることで交わされる。私はとっさに手を椅子の後ろに回して隠す。


「あなたはヘタレているだけよ。今までのは口端のことだとごまかせても、ゲッシュはその身に証が刻まれてしまうもの。一線を越えることにあなたは迷っているのよ」

「その言い方はやめて……」


 なんだかいかがわしい匂いがして、顔が熱くなる。


「そうかもしれないけど、やっぱりこれは迷って当たり前のことじゃないの」

「うるさいわね。選択肢がないのだから前に進みなさい!」

「いやだからお互いをよく知ってからとか」

「ない! あなたは私のパートナーなのだから」


 息が詰まった。論理になってない論理。でもレイシャの確信がストレートに乗った言葉は、私の胸を貫いていた。


「私の速度についてきなさい」


 あふれるほどの強い意志。あふれた分は生命力の粒子になって輝いて、キラキラしてて。それはきっと私にはないもので、でもレイシャにはあって。そんなレイシャが私を選んだのが少し……おもしろかった。


「パートナーじゃあ仕方ないな」


 暖かい羽毛で胸の奥を触れられたようなくすぐったさがある。でもそういうのを気取られるのはやっぱりシャクだから苦笑いしてごまかした。


 私は左手を差し出す。


「誓約を」


 レイシャはお得意の高慢な微笑みを浮かべた。その顔が嬉しそうだったのはまあ気のせいだろう。


 表情を引き締めたレイシャが、厳粛に告げた。


「誓約を」


 レイシャが私の左手薬指を掴んで、ゆっくりと屈み込んでいく。


 正直……これはかなりドキドキする。すごい勢いで血管の中を熱いものが駆け巡ってる。私は、空いた右手で心臓が飛び出ないように口元を押さえる。


 レイシャは唇が触れる寸前、ちろりと上目遣いに見上げてきた。彼女の頬も桜色に染まっていた。ドキドキが加速してクラクラする。


「さっきの問いに答えるわ。私にとってのゲッシュの意味は」

「……う、うん」

「あなたが正式に下僕になるということよ」

「台無しだー!」


 口づけを受けた瞬間、全身を弱い電流のようなものが走った。比喩じゃなくてリアルな衝撃だ。


「っつ……なに、今の……?」

「魔力の伝播ショックね。ゲッシュを行った人間はごくわずかに魔力を有するの。あなたの中に、私の魔力が入った証拠よ」

「ふうん」


 そう言われても衝撃は一瞬だけで今はなんともない。

 はぁ~っと長い息をはいた。まだ少し心臓の鼓動は早いけど、一段落だ。そうなると現実的なことに意識が向いてくる。


「一応訊くけど家は持ってないよね?」

「そうね」


 基本的に妖精は家を持たない。樹の上や花畑で寝転がったり、人間の家に居候している場合がほとんどだ。人間社会で経済的に上手くいっている妖精は自分の家を持ってたりするけど、かなり珍しい。


「じゃあウチに住む……?」

「当然、そうなるわね」


 私はこの家でほとんど一人で暮らしてきた。いきなり同居人が増えるのは抵抗がある。かといって、いまさら放り出すわけにもいかない。


「やることやっちゃったし、腹くくろうか……セキュリティーの設定し直して、あと妖精用の生活物資も買い足さないといけないのか。とりあえず買い物行こう。で、フェアリーズショップにも寄ろう」


 フェアリーズショップは妖精用の物全般を取り扱っている店だ。一緒に暮らすなら、グラス一つ取っても妖精用のものが必要だ。


「ちょうどいいわ。RFクリスタルも買いましょう」

「RFクリスタル?」

「あなた本当になにも知らないのね」


 レイシャはバカにし切った調子で首を振る。


「知らないものは知らないの!」

「これは調教に手がかかりそうね、先が思いやられるわ」

「調教とか言わないで!」


 やりあいながらバタバタと出発する。本当に先が思いやられる。




 いいフェアリーズショップが近くにあると、幼なじみが以前話していたのを思い出して、そこで色々と見て回った。フェアリーショップは、人間から見れば実用的な小物屋さんといった感じだ。レイシャの細かい注文に振り回されつつ、なんとか買い物を終えて帰る。


 帰ってから、そういえば、とレイシャに家の中を案内した。


「で、ここが私の部屋だけど……って聞いてる?」

「聞いてるわ……」


 レイシャはぐったりしていた。案内した先々で母さんが作ったオブジェと、にらめっこという死闘を演じていたからだ。謎の芸術的物体と妖精が対決する構図は、それ自体が前衛芸術のようなシュールさだった。


「そんなになるなら、やめとけばいいのに」

「この家で暮らすのだもの。あのような邪悪な物体はなによりまず支配下においておかないと」

「化け物屋敷みたいな言われようね。否定しないけど」


 部屋に入る。私が荷物を置く間に、レイシャはさっそく飛び回っていた。疲れも忘れたのかあちこち興味深そうに見ている。やがて、小物棚の一番上に仁王立ちして告げた。


「ここにベッドを用意なさい」

「えっ、ここで寝るつもり? レイシャの部屋は別に用意……出来ない気がしてきた」


 リビングやお風呂など生活で使う箇所と、私の部屋を除いたこの家の部屋は、物置きと美術室を足して混沌で掛けたような空間になっている。とてもじゃないけど片づけられない。


「ぅう……でもなぁ……」


 一緒に住むのはもう決めたけど同じ部屋は回避したい。


「例えば、ホームセンターに売ってるようなアレを庭に用意するのはどうでしょう」

「犬小屋を想像してるな躾るわよ」

「……じゃあせめて間仕切りするとか」


「この私に制限をかけるつもり?」

「ちゃんと半分にするからいいでしょ!」

「では上下二分割にしましょう。当然、あなたが下よ。イモムシのように這い回りなさい」

「しないからっ! ていうか無理だから!」


「ごちゃごちゃうるさいわよ。パートナーと寝食を共にしてこそアヴァロンマスターへの道は拓けるものよ」

「……そういうもの?」

「そういうものよ。さ、ここにベッドを」


 レイシャは、小物棚をちょいちょいと指さす。


「部屋で一番高いところを選ぶのはさすがだけど、ダメ。なにかの拍子で落っこちたり、小物が倒れてきたりしたら危ないでしょ」


 指摘に恥じ入ったのか、レイシャは頬を赤くして口をパクパクさせる。


「下僕が主人を気遣うのは当然よね」

「あ、そっちなんだ」

「なにか言った?」


 ギロリと睨まれるも、私はにやにやしてしまう。


「可愛いとこあるなーって言ったの」

「くっ……!」


 レイシャが飛び立ち、急降下。私の額にドロップキックをぶちかました。


「ったぁ! ってほどじゃないけど」


 レイシャはくるりと回って、今度はベッド脇のサイドボードに着地する。


「ここにするわ。早く用意なさい」

「ん。いいと思う。引き出し整理したら、レイシャ用のクローゼットにも使えそうってあああもうこの部屋で決まりの流れになってるし!」

「観念なさい。今日から私たちの部屋よ」

「しょうがないか……」

「この私と同室出来るのだから、あなたは幸せ者よね」

「はいはい」


 荷物を解きながら、忘れず言い加える。


「レイシャも一緒にやってよ。私だけだと、どうせあとから注文つけるでしょ」

「指示がないと動けないなんて。無能な下僕を持つと苦労するわ」

「指示じゃなくて相談! あと無能でも下僕でもないし苦労してるのは私のほうだからっ」


 片っ端からツッコミを入れて掃除と片づけを始める。サイドボードの中を入れ替えていって、目処がついたところでこっちはレイシャに任せることにする。私はキッチンで小さな食器類を洗って棚にしまっていく。部屋に戻って最後に、レイシャ用のベッドを置いて作業完了。ベッドは天蓋付きのゴージャスな代物だ。レイシャは満足そうにうなずく。


「さてと、やっとこれに取り掛かれるわ」


 レイシャはそう言って、買い物袋に残っていたRFクリスタルを取り出す。クリスタルは幅一cm、長さ五cmほどの六角柱だ。これは、実は二つ一組になっている。私はもう一つを取って、デスクに置く。


「で、これをどうするの?」


 レイシャはクリスタルを置いたあと、自らの腕をとんとん叩いている。微妙に目が泳いでるし、緊張してる? 


「そうね……まずはRFの公式サイトを開いて」


 PCを立ち上げて、音声指示でサイトへ一発ジャンプ。


 レイシャはクリスタルのある一面を指さしながら言う。


「右上の登録ページへ。そこで、ここに刻まれている英数字を入力しなさい」

「なるほどね」


 住所氏名その他情報、それとクリスタルの英数字を入力して登録完了だ。


「で、これはなんなの? 登録コード配布するだけならこんなのいらないでしょ」

「……あなたはRFがどこで行われるか知っているかしら?」


 質問に変化球で返されて戸惑ったけど、とりあえず答える。


「ゲーセンみたいなところで集まってるって聞いたことがある。あとは、街中でいきなり始めてたり。あれ? でもあの人たち消えてたような」

「そうね。RFセンターやジオナビゲーションはあくまでマッチングのシステム。実際の戦闘は、特殊な空間の中で行われるの」

「そりゃそうか。この世界でバトルしたら大惨事だもんね」


 うなずいて続けるレイシャの顔はやっぱり緊張している。


「その空間に入るための、認証デバイスがこのクリスタルよ」


 妙に素直に説明するレイシャに私は、ふんふんとうなずく。


「……で? もっかい訊くけどどうするの?」


 レイシャはため息をついて、二つのクリスタルに両手をそれぞれ当てた。すると、クリスタルが淡く輝き始めた。綺麗な光に目を奪われたのもつかの間、今度は同じような光が私の胸からも放たれる!


「うわっ、なにこれ!?」


 シャツの襟を引っ張って覗き込む。やっぱり光ってる! ちょうと胸の谷間のところからだ。


「デバイスを差し込むのだから、そこはコネクタよ」


 言いながらも、レイシャはワンピースドレスを引っ張って、私と同じように覗き込んでいた。レイシャの光はお腹の辺りからのようだ。


「差し込む……?」


 嫌な予感がする。レイシャはうんざりした調子で言った。


「同化やあるいは飲み込む、といったイメージでいいわ……それが凄いらしいのよ」

「凄い? どういうこと?」

「端的に言えば、凄まじい快楽ということね」

「かか、か……」

「ゲッシュを行なってあなたも微弱だけれど魔力を有している。だからこれを受け入れられる。平気よ。多分」

「そこは絶対って言って!」


 なんとも言えない緊張でお互い沈黙してしまう。


「こうしていても仕方ないわ」


 レイシャは、きゅっと唇を噛んで気合を入れたようだ。


「まずは主人である私が模範を見せてあげるべきね」

「あ……そうなんだ?」

「意外そうな顔をやめなさい。ノブレス・オブリージュよ」


 レイシャには、レイシャなりに通す筋があるようだ。


「わかった。服はどうする? 着替える?」


 レイシャのコネクタはお腹の辺りだ。ワンピースドレスの構造上、ずり下げるかたくし上げるかしないといけない。


「いらないわ」


 レイシャはためらいなくスリップをずらした。服がばさりと落ちる。インナーはなく、ショーツしかつけてないのに少し驚く。最高精度のキメを持つ裸身は、コネクタの光を受けて全身がうっすら輝いているように見えた。輝きの中で、少女特有の玄妙な体の曲線によって作り出された陰影は捉えがたい美しさがあった。


「私の裸身に見とれるのも無理はないわね」

「……別に、そんなんじゃないけど」


 私のほうが恥ずかしくなって目をそらしてしまう。


「ほら、立ったままだとやりにくいでしょう。気が利かないわね、敷き物を用意なさい」

「ああ……そういうこと」


 自分で自分に強烈な刺激を与え続けるはかなり難しい。どこかで意思と集中力がくじける。だから私に、レイシャへクリスタルを差し込めということか。


 ハンカチをレイシャの足下に敷く。レイシャは軽く鼻を鳴らして、身を横たえた。


 私は右手でクリスタルを持って、左手は羽を踏まないよう注意してレイシャの体に添える。


 クリスタルをコネクタにそっとあてがう。触れた箇所の輝きが増した。


「じゃ、いくよ」

 ゆっくり、慎重にクリスタルを沈める。

「いっ! ……あ、ふ」

 どっとレイシャの全身から汗が噴き出す。

「大丈夫?」

「平気、よ。これくらい……っ!」

「ん。続ける」


 少しずつ進める。レイシャの熱く荒い息が、指先で弾ける。切なく潤んだエメラルドグリーンの瞳に、胸がきゅうっとなった。


「はぁっ! あっ、ふぅ、うぅわあ!」

「もうちょっとだから。がんばって」

「……あう、はっ。みれ、ば、わかるわよっ」

「うんうん。ほら……終わり」


 すうっと光が散って消える。なだらかなお腹には、なんの跡形もない。


 レイシャはさすがにぐったりしていた。軽くねぎらってからキッチンに行く。さっき買ったグラスにジュースを入れて戻る。グラスを渡すとレイシャは一気に飲み干した。


「……ふう。意外とたいしたことなかったわね」

「さっきまでうめいてたのと同じ口から出る言葉じゃないよね」

「なんのことかわからないわね。さあ。次はあなたの番よ」


 今のレイシャの様子を見て気が進むはずもない。


「どうしてもしなきゃダメ?」

「取り込んだクリスタルは認証デバイスであると同時にシールドのマーカーでもあるの。RFで絶対に傷つくことはない。ただし、クリスタルを取り込まず、認証を誤魔化してRFのフィールドに入るような阿呆は、流れ弾で消し飛ぶわよ」


「じ、じゃあせめて明日に」

「ダメよ。私の下僕でしょう、潔くなさい」


 確かにレイシャはやりきった。それを言われると弱い。


「下僕じゃないけど、下僕じゃないけど……」


 ぶつぶつ言いながら私は服を脱いで、下着姿になった。クリスタルを持ったレイシャが胸の前で浮かぶ。その目はなんというか……いやらしい。


「優しくしてあげるわ」

「うわー信用出来ない……」



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