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ガール ミーツ フェアリー 3

 疲れで足が重かった。なにか気分転換になることを考えよう。ケータイ向けアプリのディベロッパーをちまちまやってたりする私はこういう時、新しいアプリのネタを考える。さっきの変則チェスは面白かったけど、勝手に借用するのはよくない。でも今さら引き返して許可を得るなんて出来るわけない。


「優奈!」


 レイシャだ。思わずブレーキをかけて振り返る。遠くて小さいレイシャの表情はわからないけれど、声には気迫が満ちていた。

 私を関係者だと認識した通行人たちの注目が一斉に集まる。かあっと顔が熱くなる。


「声大きいって。あいつ何考えてるの……!」

「やっぱりあなた以外なんてあり得ないわ! 観念して私の下僕になりなさい!」

 どっと始まるヒソヒソ話。私の羞恥ゲージが限界突破。逃げるっ!

「待ちなさい!」

「さよならーっ!」


 地面を蹴って急発進。魔力の強さにもよるけど、妖精の飛行速度はめちゃくちゃ速い。


「後部カメラをメインモニターに!」


 ハンドル中央部のホロモニターに後ろの様子が映し出される。レイシャがすごい勢いで追いかけてきていた。怖っ!


「待てって言ってるでしょ!」

「さよならって言ってるでしょ!」


 速度じゃ勝てない。ここは地元だ。地の利を活かして撒いてやる。私は左の角を曲がる。続いて右の角を曲がって……すぐ前に路上駐車のトラックがあった。急ブレーキをかけて目一杯ハンドルを切る。ABSのおかげか私はギリギリで回避に成功した。レイシャは?


 自転車から飛び降りる。しびれる足で地面を蹴りつけて飛ぶ。衝撃。


「ったぁ……って、そうでもないか」


 間一髪。私は、トラックに激突する寸前のレイシャを、胸で受け止めていた。特にダメージもない。不本意ながら、この大きな脂肪のかたまりが役に立ったようだ。


 ぷはっ、とレイシャが埋まっていた胸から顔を上げる。何度かまばたきをして状況を理解したらしい。何か口をもごもごと動かす妖精の顔は真っ赤になっていた。


「……ふん。下僕が身を呈して主人を守るのは当前よ!」

 急上昇したレイシャのドロップキックが、私の額を直撃する。

「ったぁ。って、そうでもない二回目!」


 苦笑してしまう。一応、多分、感謝はしてくれてるようだし、真っ赤になってそっぽ向いてるのがちょっと可愛いし、無事だったし、もういいかなと思ってしまった。


 倒れたままの自転車を起こす。一応、壊れている箇所がないかチェックしていく。


「……平気なの?」 

 その様子を見ていたレイシャが恐る恐るといった感じで声をかけてくる。

「ん。一応だって。普通この程度じゃ壊れないよ」

「そうじゃなくて! つまり……その……」

 レイシャは顔を赤くしてうつむいている。私は、にやぁっと笑ってしまった。


「へーえ。心配してくれるんだ?」

「そ、そうよ。私は下僕思いの良い主人なの」

「はいはい、どうも。下僕じゃないけどね」

 チェック終了。異常なし。

「今度こそじゃあね。もうついて来ないでよ」

 私は自転車に乗って、強く念を押す調子で言う。

「わかったわ。ついて行かない」


 胸の前まで移動したレイシャは、おもむろに私の制服のボタンを外した。

「は?」

 前を向いたレイシャが私の胸にむぎゅっと埋まる。

「出発!」

「しない!」

 レイシャを引っこ抜いて投げ捨てる。

「……ったくなんて事するのよ」

 ボタンを止めて制服のシワを伸ばす。


「ついて来ないでと言ったから、乗ってあげたのに何が不満なのかしら」

「全部よ、全部!」

「それにしてもあなたの胸は素晴らしい心地ね。私の指定席にしてあげるわ」

「ソファーみたいな褒め方されても嬉しくないから!」

「注文の多い下僕だわ」

「だから下僕じゃないって言ってるでしょ! いい加減にしてよ、何様のつもり!?」

「つもりではなく、事実としてご主人様よ」

「あーもー! 違ーう!」


 ぜえはあと肩で息をする。つ、疲れる……。

 レイシャは、なぜか得意げに胸を張ってふふんと笑った。その笑みが、瞳が、キラキラした生命の粒子を振りまいてるように見えて、


「諦めないわよ」


 そんなこと言うから、私はとっさに言い返せずに息を飲むしかなかった。顔をそらして、なんでか熱くなってるのを隠す。


「とにかくっ、RFには興味ないし関わりたくないし、ゲッシュもしないしぶっちゃけレイシャとも仲良く出来ると思えないんですけど!?」

「あ、そう。ところで喉が渇いたわ」

「話の流れが自由すぎるわ、このご主人様もどきめ!」

「喉が渇いたわ」


 睨み合い、視線が火花になって散る。が、私はすぐにがっくり肩を落とした。もう疲れた。私もかなり善戦してると思うけど、レイシャのバイタリティーはやばい。


「はぁ。いいよ、私も喉渇いたし。ウチすぐそこだから来れば」

「最初からそう言えばいいのよ」

 レイシャは満足そうにうなずいて、またしても私の胸の前に移動する。

「さてと」

「やめなさい」


 ボタンを開けようとするレイシャを素早く捕まえてハンドルに乗せる。

「ここじゃ揺れるでしょう。気の利かない下僕ね」

「大丈夫。サスペンション完備。約三分の快適な旅をお約束」

 レイシャは名残惜しそうに私の胸を見つめてくる。

「や。そんなに気に入られても困るし恥ずかしいんだけど……」

「まぁいいわ。御者の仕事も出来るところを見せてちょうだい」

「はいはい」



 約三分後。私たちは家の門の前にいた。

 私の家は、そこそこの庭があったりする比較的広めの二階建てだ。ただ、二階の上の方から異様にくねっていて屋根なのか、家に三日月が刺さってるのか判断不可能になっている。そこからさらに羽が生えていたりして、我が家ながら意味不明だ。


「すごいことになってるわね……」

 さすがのレイシャも、ぽかんとしている。

「気にしないで。してたら身が持たないわよ」


 自転車を降りて、門の横にあるセキュリティーパネルの前に立って手を当てる。網膜に虹彩、指紋、汗腺、静脈、など各種チェックをパスしていく。


「ただいま」


 最期に声紋認証をパスして門が開く。自転車を庭に止めて、玄関前へ。鍵を差し込んで回す。カチリという音と同時に、ピコンと軽快な音がする。シリンダーと量子の二重ロックが同時に解除された証拠だ。鍵を抜くと、ドアが自動で開く。


「一応はお客さん扱いするから」

 レイシャは遠慮無く、私の頭の横を通りすぎてさっさと入ってしまう。

「客ではなく主人でしょう」


 靴を脱いで家に上がる。レイシャは玄関口でフリーズしていた。妖精の前には、縮小サイズの肉食恐竜の化石から樹が生えたとしか見えないオブジェがあった。


「触らないでよ。それひとつで車買えるくらいの価値あるんだから」

「……これが?」

「母さんの作品なの。芸術ってやつ。私には理解不能だけど」

「珍しく意見が一致したわね」

「家中あちこちにその系統の物体あるけどスルーしといて」

「そう言われてもね……」

「じゃ、こっちね」


 困惑するレイシャを連れてリビングへ。

 バッグを置いて、歩きながら脱いだブレザーはソファーにかける。


「ちょっと待って」


 人間と妖精が話すような場合、妖精はだいたいテーブルの上などに座る。そうしないと人間と目線が合わないし、妖精が浮いてる状態は人間が立っているのと同じようなもので、浮いたままではくつろげないらしい。


 私の家には、幼なじみが妖精をよく連れて遊びに来る。その時のやり方を思い出しながら、テーブルの上にティッシュを敷いて、足拭き用のウェットティッシュも取り出す。


「ここに靴置いて」


 レイシャは、ティッシュの上でバレエシューズを揃えて脱いだ。そのまま、当然のように足を差し出す。

「自分でしなさいっ」

「ふごっ!?」


 投げつけたウェットティッシュの中でもがいているレイシャを放置して冷蔵庫の中をチェック。ジュースが残ってたので自分のグラスに注ぐ。そこで気づく。


「妖精用のグラスがない」

 なくはないけれど、あれはいつも来る彼女用のものだ。

「私も同じものでいいわ」

 復活したレイシャが飛んで来て言う。


「グラスないからペットボトルの蓋でいい?」

「馬鹿なことを。今すぐ最高級のを用意なさい」

「ないから。あんまりうるさいとコーラを入れたジョッキに沈めるわよ」

「出来るものならやってみなさい。まあ今日のところは、底の浅いグラスと短くしたストローで我慢してあげるわ」


「おお。なるほど」

「工夫を知らない下僕ね。この先が心配だわ」

「底の浅いグラスと短いストローはなぜか製氷室にあるから取ってくれる? 原因不明の理由で手が滑って閉じ込めてしまうと思うけど救助は来ないと思って」


 レイシャは鼻で笑ってテーブルに戻っていった。うわー腹立つ……

 自分とレイシャの分のジュースを用意して席に着く。お互い、軽く喉を潤してから、レイシャがおもむろに口を開いた。


「さて、RFに参加する気になったかしら?」

「いきなり話戻った上に、私をその気にさせるようなイベントなかったよね?」


 レイシャは少しの間考え、真剣な表情で話し出した。


「あなたがさっきのチェスで見せた、数学的戦術思考と、瞬発的かつ総合的な判断力はRFのオペレーターとしての才覚を暗示しているわ。もちろんプログラム経験者というのも大きい。あなたの未来はこっちよ、鏡島優菜」


 どうやらマジな話のようだ。でも本当にやりたくない。どうしたらわかってもらえるか、レイシャよりも時間をかけて考えた。


「ウチね、父さんは建築家で母さんは芸術家。アーティスト夫妻ってやつ。家を見たらわかるだろうけど……まぁ破天荒な親でね。ほとんど家にいないくせに、いきなり芸能人呼んでパーティー始めたり、バカ高いオブジェ送りつけてきたりね。子供の頃からずっと振り回されてきた。もううんざり。そんなだからRFみたいな派手なことは苦手なの。向いてないと思う」


「フッ」

「人が家庭の事情打ち明けたのに鼻で笑うとはどういうつもりよ!」

「そうやって小さく縮こまって生きていくのね」

「慎ましくやりたいだけよ! 悪いっ!?」

「悪いわ。この世に生を受けた以上、世界を手中に収めるくらいの気概を持ちなさい」

「そんな大昔の覇王みたいな思想はいりません!」


「繰り返すけれど、あなたの能力はRF向きよ。親から離れたいのなら有利ではないかしら。大きな大会で勝てば莫大な賞金が入ってくるもの」

「大金とかいらないから! RFに関わらなくたって普通に食べていければいいのっ」


「あーうるさい! せっかく地の底に潜るほど下手に出てあげればごちゃごちゃとゴタクを並べて! 恥を知りなさい、このヘタレ!」

「ヘ、ヘタ……? 誰がヘタレよ!」


「あなたよ鏡島優菜! 低脳で鈍間で愚図で工夫知らずの恥知らず! 偉そうな口をきくくせに自分の力からは逃げている臆病者! きっと必要な栄養が胸に吸い取られてしまったのね、ああ可哀想に!」

「こ、の……! な、ん、で、あんたにそこまで言われなきゃならないのよ! いいわよ! やってやるわよ世界最強! 私をパートナーにしたこと後悔するくらいボロカスに使ってやるから覚悟しなさい!」


「やっとまともな返事になったわね、手のかかる下僕だわ」

「だから下僕じゃ、な……」

 さぁーっと、耳の奥で血の気が引く音がした。頭の中がブルースクリーン状態になった私が再起動するのにどれくらいかかったはわからない。


「……今のはなかったことに」

「確かに『まともな返事』は言い過ぎたわ。日本語に聞こえなくもない豚の鳴き声といったところね」

「そっちじゃないし、人間の尊厳とかをもっと大事にして!」

「もちろん、あなたは家畜ではなく下僕よ」

「それも違ーう!」


 絶叫してエネルギーを使い果たした私はぐてっとテーブルに突っ伏す。すぐ目の前のレイシャは高慢な澄まし顔のままだ。


「疲れたの? 根性なしね」

「誰のせいだと思ってるのよ~」

「私と組んで、RFに参加してアヴァロンマスターになるわね?」

「はいはい」


 レイシャは、わずかだけ目を緩め満足げな息をついた。勝ち気そうに笑うのとは違う、嬉しさからの微笑みだ。こうしてると可愛いんだけどなぁ。


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