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ガール ミーツ フェアリー 2

「後悔しても遅いんだから。ポーンをd4へ!」

「こっちのセリフよ! ポーンをd6に」


 私たちの声に従い、可愛らしい駒たちが激しい戦いを繰り広げる。ユニコーンの角がライオンを盤外へ弾き出し、ウサギのドロップキックがユニコーンを吹っ飛ばす。


 私は慣れない変則チェスでの戦術を考えようとしてみるけど、つい目の前のえげつない光景に気を取られてしまう。苦し紛れの一手は悪手だった。無駄にナイトを失ってしまう。


 盤上から目をそらす。一瞬、レイシャと目が合う。その目は明らかにバカにした色を浮かべて、すぐに盤面に戻った。もうすでに彼女のエメラルドグリーンの瞳は真剣になっている。これはレイシャが作ったものだから、その演出効果も理解しているはずだ。それでも真剣にゲームに向かっている。この程度で動揺しているようでは勝てない、とその態度で語っている。そう私は解釈した。


 やや引いていた心に反撃の狼煙が上がる。チェスはもともとえげつないゲームだ。自軍が壊滅してもチェックメイトすれば勝ちなのだ。頭の中のギアがガチりと音を立て切り替わった気がした。加速した思考は、手番が回ってくると同時に最良の手を返す。


 劣勢だった私の軍隊はあっという間に盛り返していく。私の高速の攻撃に、レイシャは明らかに慌てている。


 それにしてもなんていうか……この子弱い。


 レイシャは偉そうな態度をつくろいながらも目をきょろきょろ動かして、どこかに隙がないかと探しているようだ。もちろんそんなものはない。レイシャの体力ゲージもすでに半分以上減っていた。


「ビショップをa4へ」

 ビショップでルークを撃破。

「……ふん。ナイトをa4へ! 取り返したわよ!」

「残念。クイーンをc6に」

「えっ……待って。タイム!」


 女王の突進にレイシャがうろたえる。


「待ったはなし。はい時間切れ。続けてルークをf8へ。これでチェック」

「えっ、えー……キングをf8に!」

 ルークがキングに取られる。重要な駒を失ったけど、狙いは果たした。

「ポーンをh8へ」

「しまった!」


 チェスにはプロモーションというルールがある。ポーンは敵陣の最奥部に到達するとキング以外の駒に変化出来る。将棋の成りに似ているけど、変化の元に出来る駒は最弱の駒のポーンだけだ。そして、チェスにはクイーンがある。全方位、無制限に進撃する最強の女王が。


「プロモーション・クイーン」

「えっ……ええっ?」

 ポーンの駒が光に包まれ、次の瞬間、エプロンドレス姿の女王が現れた。

「チェックメイト」


 二人のクイーンに挟まれて、レイシャ軍のキングは逃げ場がなくなっていた。あっけない詰みだ。……本当にこの子弱かった。

 どこからともなく軽快なファンファーレが鳴って、チェスセットが消える。

 レイシャはしばらく肩をぶるぶると震わせた後、高度を上げて近づいてきた。物理的に上から目線を維持したいらしい。


「……今日はたまたま調子が悪かっただけよ!」

「ふーん?」

「その生温い目をやめなさい! とにかく……あなたは私のテストに合格したのだから這いつくばって感謝するといいわ」

「テスト? ゲームじゃなくて?」

「そうよ。あなたに特別な権利、兼、義務を与えるわ」

「権利と義務は表裏一体とは言うけど、その使い方は斬新だわ」


 レイシャは勢いだけでしゃべって止まれない状態のようだ。


「うーん。厄介系……」

「なにか言った?」

 ジロリとレイシャが睨みつける。

「そろそろエスケープしたいって言ったの」

「そろそろ義務が欲しいと。いい心がけね」

「空気読んだ上であえて無視してる感じがウルトラウザイ!」


 レイシャは深く息を吸って、じっと目を合わせてきた。改めて見るとレイシャのエメラルドグリーンの瞳はとてもきれいだった。翠緑の海に太陽を沈めたような、透き通った生命力が強い輝きを放っている。


 思わず見とれそうになるけど、ここで気を緩めたら負けな気がする、こちらも気合を込めて視線を返す。緊張の糸が張り巡らされ、わずかな油断も許されない目と目の戦いになる。


 そしてレイシャはもったいぶってゆっくり口を開き、厳粛に告げた。


「鏡島優奈、私とゲッシュを行いなさい」

 張り詰めた緊張の糸がブチンと切れて顔にクリーンヒットした、のは幻覚だけど私は顔を押さえてうめく。

「それ……意味わかってるの!?」

「あなたは私の下僕になる」

「違ーう! ゲッシュはつまり……人間と妖精のその……」

 言ってて恥ずかしくなってくる。


 ゲッシュは日本語にすれば誓約。人間と妖精が結ぶ神聖な絆だ。人間同士の結婚のように法的な力を持つわけではないけど、「じゃあちょっとお付き合いしましょう」というほど軽いものでは決して無い。ことの重大さをレイシャは絶対にわかってない。


「とにかくパス! 会ったばかりの子とそんなの出来るわけない!」

「あなたに拒否権はないわ」

「じゃあチェスで勝った分のなんでも命令出来る権利を使って拒否する」

「この私が命令してるんだから黙って聞きなさい!」

「さっきから言ってることがめちゃくちゃよ!」

「私は常に正しいのよ!」

「その発言がすでに間違ってるから!」


 自分でもなにをしてるのかわからなくなっていたけど、もう引くわけにはいかなかくなっていた。意外にも折れたのはレイシャのほうだった。


「……しょうがないわね。方向を変えましょう。太陽系の端まで譲って、命令ではなく指図ということにするわ」

「それ変わってないよね?」

「では鏡島優奈。私と組んでライオットフェアリーズに参加しなさい」 

「は……い?」

「ライオットフェアリーズ。プログラマの端くれなら知らないはずないでしょう」

「そりゃあ知ってるけど……妖精同士が戦って、相方の人間がセコンド……オペレーターだっけ? まぁそういう感じの役割の競技でしょ」

「そう。最高の戦技と最新の戦闘アプリケーションが火花を散らす至高の戦場。可憐さと勇猛さが咲き誇る、デュエリストたちのティル・ナ・ノーグ」


 なんだかレイシャのテンションが上がってるようだけど、混乱した私はついていけない。


「ちょっと待って。確かにレイシャは妖精で、私もプログラムの心得はあるけど……あ、それでゲッシュか。ん? てことは本来の目的はRF?」


 ライオットフェアリーズ(RF)は特殊なアプリを利用することで成立していると聞いたことがある。そのアプリをインストールためにゲッシュが必要なはずだ。


「察しの通りよ。では話の続き。ライオットフェアリーズで、私と一緒に世界最強になりなさい」

「世界……最強……?」


 十六年の私の人生の中で、こんな言葉を口にしたことがあっただろうか。本当にレイシャが太陽系の端くらい離れた存在に思える。


「世界で最も強いという意味よ。アヴァロンマスターの称号は、全人類全妖精を尊敬と畏怖にひれ伏させる力があるわ」


 それは言い過ぎじゃないかなぁ、と半ば自動的にツッコミを入れながら私はアヴァロンマスターの意味について考えていた。


 RFチャンピオン=アヴァロンマスターを決める戦いはの様子は全世界に中継される。世界的人気競技であるRFの最強決定戦、視聴者数は億か、十億を超えるかもしれない……そんな中に自分がいると考えるだけで頭がぐるぐるしてくる。優勝者ともなれば雑誌やCMの仕事が大量に舞い込むに違いない。そこまででなくてもRFは大会を勝ち上がっていく競技だと聞いている。耐えられない。私は派手なことや目立つことが苦手だ。


「本当にパス。そういうのは関わりたくない」

「あなたに拒否権はないと、何度言えば理解出来るのかしら」

「しつこい。調停官を呼ぶわよ」


 レイシャが顔色を変えて押し黙る。

 人間と妖精は互いの性善説に基づき、緩やかな共存関係にある。それでもやはり、種族間でのトラブルはあり、事態を解決するための公務員が調停官だ。トラブルのほとんどの原因は妖精が調子に乗りすぎたせいだと言われている。もっともそれは人間からすればだけど、今回のレイシャは明らかにやりすぎている。「調停官を呼ぶ」は最後通告に等しい。


「……道の安全は確認済み。結界を解くわ」


 レイシャが低い声で言う。恨めしそうに睨みつけているけど、力の抜けた小さな桜色の唇は悲しそうだった。

 私だって、妖精に調停官の話を出したのは初めてだ。気まずさにみぞおちの辺りが重くなる。自転車に乗って、小さなため息をひとつ。


 次の瞬間、遠くから車の音が聞こえた。元の世界に戻ってきたようだ。周りの通行人たちからすれば、私がいきなり現れたように見えただろう。彼らは少しだけ驚いたような顔をして歩み去っていく。慣れっこなのだ。


「じゃあね……もっとRFに向いてるパートナー探したほうがいいよ」


 レイシャは暗い顔のままなにも答えなかった。私は逃げるように自転車をこぎ出した。


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