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私たちが、 3


 レイシャと共に、受付へ向かう。受付の人は、私たちを見るとホッとした顔をした。エントリーの確認作業をしながら事情を聞いてみると、今日の大会参加者がとても少ないのだという。藤野先輩が参加を表明してからキャンセルが相次ぎ、そろそろ受付の締切時間なのに当日確認に来ない人もいるらしい。


 私としては好都合だ。新アプリの性能からして、決勝で藤野先輩と戦うまで消耗は抑えるに限る。それでもさすがにエリアランカーたちは集っているようで、激戦の連続は避けられない。


「開始以後のデッキ変更は認められないか。強敵相手にアプリの選択肢が減るのはキツイね」


「どちらにせよ、千鶴に切り札を見せられないわ。というかそれ以前の問題でしょう。あなたの用意したアレは」


「まぁね。そのつもりではいたけど本番を前にすると……うわ、緊張してきた……どうしよう」


 レイシャとの関係やアプリの開発で気が回らなかったけど大会初出場だし藤野先輩の試合を見るために人やたら多いしそんな中で決勝戦をするとなると……気が遠くなってきた。


「鏡島さんっ」


 振り向くと、金髪のくせっ毛が可愛らしい天使がいた。天使は、悲鳴を上げながら必死に通行人を避けていた。


「アイリスちゃん?」


「こ、こんにちはっ」


「うん。こんにちは」


 アイリスちゃんはパニック寸前だ。サクラが声をかけているけどもう聞こえていないだろう。


「とりあえず端っこに行こうね」


 手を握ると、また違う種類の悲鳴が上がったけど嫌がられてはいないみたいだ。ふにょふにょの柔らかい手を引いて移動。壁際に着いた時には、アイリスちゃんの顔は湯気を吹きそうなほど真っ赤になっていた。落ち着くまで待とう。


「その様子だと上手くいったようだね。重畳だよ」


 アイリスちゃんには聞こえないようにサクラがささやいた。


「おかげさまでね」


「なんの話よ」


「ちょっと相談に乗ってもらったりしてたの。改めてありがとね」


「なに。礼には及ばないさ」


 レイシャは、ふうん、とつぶやいただけだ。深く突っ込まれてもややこしいし、レイシャは関心なさそうだ。サクッと流そう。


「今日はどうしたの? もしかして大会に出る?」


「そうじゃないんだ」


 サクラは、アイリスちゃんに目をやる。復活したアイリスちゃんはこくんとうなずいた。


「お、応援に来ました!」


「応援んん?」


 驚いて声がひっくり返ってしまった。


「はい! 大会がんばってください!」


 考えもしなかった。RFプレイヤーとしての私を応援してくれる人がいるなんて。普段、街でRFプレイヤーと会えば軽くおしゃべりするか対戦するかしかない。でも大会はたくさんの人が集まって、その中には私を応援してくれる人がいるかと思うと……


 気づくと、アイリスちゃんが不安そうな目で見上げていた。私は、しゃがんで目の高さを合わせてからにっこり微笑んだ。


「ありがとう。人多いの苦手なのに、来てくれたんだもんね。その気持ち、すごい嬉しい。がんばって優勝するね」


 頭へ手を伸ばすと、アイリスちゃんは一瞬ビクっとしたけどすぐ力を抜いてくれた。ふわふわの金髪をそっと撫でる。おお。天使の髪触り。


 しばらく気持ちよさそうに撫でさせていてくれたアイリスちゃんは、つっと顔を上げた。青い目は、少し高いところで浮遊しているレイシャを見て、そらして、また見た。その目にあるのは、警戒と信頼を混ぜたような複雑な……私には上手く読み取れなかった。


「がんばってください」


「無論よ」


「アイリス。そろそろ行こうか。まだ準備もあるだろうし、邪魔になっては悪い」


「うん。じ、じゃあ、がんばってくださいっ!」


 ぺこっと頭を下げてアイリスちゃんは人波に突撃していった。可愛らしい悲鳴が聞こえる。


「……ちゃんとガードしてあげてね」


「それが私の務めだよ」


 サクラが苦笑しながらあとを追っていく。


「せっかく端っこ来たんだからここにいればいいのに」


「かなり見物客も増えてきたし、あの身長では前に行かないとモニターが見えないでしょう」


「あーそっか。うえぇ人多いなぁ」


「私たちの力を知らしめる絶好の機会ね」


「やめてー! そういうのプレッシャーになるんだから!」


「アイリスのように応援してくれるのもいるでしょう」


「嬉しいけどやっぱり注目されてることに変わりないじゃない」


「全員あなたの味方だと思っておけばいいのよ」


「期待の重さで潰れる……」


「これだからヘタレは。じゃあもう全員敵よ! 味方は私だけ! これでいいでしょう」


「……へえ? レイシャは味方してくれるんだ?」


 私がにやにや笑うと、レイシャの顔がさっと赤くなった。


「背中から刺されないよう気をつけなさい」


「あはは。味方が言うセリフじゃないよそれ」


 笑って少し気が楽になった。そろそろ集合場所に、と歩きだしたところで静かだけど強い声音で呼ばれた。


「優奈」


「智子? キャスも。もしかして応援に来てくれたとか?」


 冗談めかして言ったけども、智子は真顔で首を横に振る。そうもいかないんすよねぇ、とキャスはとぼけた口調だけど顔つきは真剣だ。


「大会に出る」


「はい!? 聞いてないんだけど!」


「言ってないし、訊かれなかったから」


 そうだけどさぁ……とうめく。


 今日の智子はなんだかピリピリしている。いつもなら、もう一言二言遊んでもいいはずだ。戦闘モードだろうか。そういえば、何度か練習に付き合ってもらったことはあったけど、智子が本気で戦っているのを見たことはなかった。


「じゃあ私たちと戦うかもしれないってこと?」


「決勝で」


「……えっ?」


「トーナメント表、見てない? 私と千鶴さんが同じブロック。優奈は別ブロック。千鶴さんと相談して仕組ませてもらった」


 唖然とする。権力ありすぎるだろう、エリアランカー。


「レイシャは取り戻したみたいだけど、千鶴さんには勝てない」


「そんなこと!」

「勝つわよ」


 私とレイシャが同時に叫ぶ。


「今日のためにがんばってきたのはよく知ってる。努力は認める。でも無理なものは無理」


 厳格な審判者の声で智子が告げた。私とレイシャを知る大橋智子として、藤野先輩に挑んできたエリアランク十位として、この評価の持つ意味は重い。


「決勝でまでに、優奈・レイシャ、千鶴さん・リーゼ、どちらかが敗退した場合はその時点で賭けにも負けたことになる。これは千鶴さんに確認済み」


「……待って。もしかして」


 私の悪寒混じりの困惑を、智子が劫火の宣言で焼き尽くす。


「千鶴さんを倒して、賭けを潰す」


「……そう、なっちゃうよねぇ。智子なら」


「優奈は私が守る」


 くるりと背を向けた智子が肩越しに振り返る。


「じゃあ、決勝で」


 そのまま歩み去ってしまった。キャスも軽く礼してついていく。遠くなっていく背中に、私はなんと声をかければいいのかわからなかった。


「すごい気迫だったね」


「あれなりに思うところがあるのでしょう」


 藤野先輩は、智子の憧れの人だ。私のために、というのはわかる。その一方で、智子にとっても大事な戦いになるはずだ。


「智子を応援したい気持ちはあるけど、藤野先輩とは直接決着つけたいし……うぅん?」


「どっちでもいいじゃない。勝者と戦う。それだけよ」


 そうだね、と微笑んだ。誰も彼も負けられない理由はある。それでも勝敗は決する。


「無理でもなんでも、私たちが優勝する」


 レイシャと熱くうなずき合った。そのレイシャの目の温度がすぅーっと下がる。


「そういえばあなた、藤野千鶴と賭けをしたわね? 解散なんて重要なことを私に無断で賭けるなんてどういうつもり?」


「だって藤野先輩が!」


「事情は聞いてるわ。まったく、愚行の極みよね」


「……えーっと、誰から聞いたの?」


「直接、藤野千鶴からよ」


 そのあたりはサクラから聞いてるけど、矛盾がないように話を合わせるのも面倒だし、レイシャの口から聞いておきたい。


「会ってなかった間の報告会をしよう。時間ないから、重要そうなことの認識の共有と、変化した戦力のすり合わせ。これやっとかないと、決勝戦まで辿り着けないよ」


 ケータイをローカルネットワークに繋げてトーナメント表を見る。


「相手は藤野千鶴とリーゼだけではない……前座に過ぎないとはいえ難敵揃いね」


「またそんなこと言って。レイシャ探すの手伝ってくれた妖精もいるんだから」


「やっぱりキャスと、その他にも妖精たちを差し向けたのは、あなただったのね」


「そのあたりも話すよ」


 ◆ ◆ ◆


 私と優奈は、順当に勝って次は準決勝だ。私たちの準決勝戦の前に、智子・キャスと千鶴・リーゼの準決勝戦がある。サクラたちと合流して観戦することになった。


 眼下では、最前列にいる彼女らのところへと優奈が人を押しのけ進んでいる。飛行出来ない人間は不便なものだ。特に優奈は大きな二つの脂肪のかたまりがとても邪魔そうだ。


「うえぇ~。やっと来れたよ」


「アイリス。もっと詰めたほうがいい」


 なんとかねじ込んだらしい優奈の体は、すでにアイリスと触れそうなほど近い。


「えっ、やっ、でも……」


「もうちょっとこっちね。暑いけど我慢してねー」


 優奈の手がアイリスの肩に回され、引き寄せる。


「なにここぞとばかりにセクハラしてるのよ!」


「なんでそうなるのよ。可愛いか弱いアイリスちゃんを守ってるんじゃない」


「だったらそのいやらしい手つきはなんなの!」


「いやらしくないでしょ! アイリスちゃんの二の腕がすべすべで気持いいのは認めるけど!」


「ふぉわわわ……鏡島さん、む、胸が……」


 アイリスは苦しそうなくせに嬉しそうな、まとめると昇天しそうになっていた。


「サクラも笑ってないで、なんとか言いなさいよ」


「私はこういうことには関しないよ。あえて言うなら、もっとやれ、かな」


「はぁ。優奈、アイリスが窒息する前に解放してやりなさい。私はここでいいわ」


 そう言って優奈の頭の上に乗っかる。甘い髪の香りに包まれるここは結構好きだ。


「私はよくないんだけど」


「あなたの意見は聞く耳ないわ」


「はいはい。……あ、始まるみたい」


 大型モニターに注意を移す。キャスらとは大会開催前に会ったきりだ。普段は優奈にべったりの、あの変態が応援にも現れない。そういえば、さっきも激励の類の言葉をかけなかった。優奈がどうでも関係なく、己の意志を貫き通す……大会にかける並ならぬ覚悟がうかがえた。


 リーゼは、十位相手に万に一つも敗北はないと断言したが、その番狂わせがあっさり起こるのが勝負の世界、RFの世界だ。


「アクセス]

「アクセスっす!」


 キャスとリーゼが武装する。キャスはロッドとミドルアーマー。リーゼはバスタードソードとヘヴィーアーマー。両者ともいつも通りだが、このフィールドではそれがどう働くだろうか。


 装備を完了した二人の遠景には、赤黒い肌がむき出しの高い山がそびえている。その頂上から真っ赤な溶岩が噴き上がった。同時、フィールドのあちこちに走っている地割れからも灼熱の壁が天高くほとばしる。フィールドを赤と熱と爆音で染めていたマグマたちは十秒のあと、地中へと沈んでいった。

 

 この火山フィールドでは二分ごとにマグマが噴き出す。マグマが直撃すれば確実に戦闘不能。かすっただけでも大ダメージは免れない。マグマに当たらなくてもこのフィールドは気温が高く、体力の消耗が激しい。疲れたところを地割れに叩きこまれてあっけなく勝負が決まる、それがあり得るフィールドだ。


 炎の操作が得意なジャックオーランタンは暑さに強い。ここはキャスに極めて有利なフィールドだった。


 ブザーが鳴ると同時にキャスはロッドを振るう。次々飛来する火球をリーゼはたやすくかわし距離を詰める。対するキャスは火球をばら撒きながら後退していく。キャスは炎を使った遠距離戦、リーゼはバスタードソードでの近距離戦を得意とする。得意な間合いが違うのだから、どう逃げるか、追うかの戦いになる。


 リーゼの莫大な行使魔力量は、ヘヴィーアーマーをまとってさえ素早い機動を可能とし、着実に距離を縮めさせていった。十位と一位のふざけた力量差。これがリーゼだった。


 剣の間合いまであと一歩、バスタードソードをやや持ち上げ、リーゼが構えを取る。そこで、キャスは後退から一転、前進に出た。小さく振りかぶったロッドは、リーゼの攻撃に先んじてそのヘヴィーアーマーに叩きつけられていた。


 確実に無視できないダメージを受けたはずなのに、リーゼは平然とバスタードソードを横薙ぎにした。素早く戻ったロッドが受け、弾く。翻ったロッドがリーゼの脇を強打。続いて正中へ突き入れる。吹っ飛んだリーゼへと火球が直撃。エリアランク一位は爆炎に飲み込まれた。


 観客席からどよめきが起こる。ずっと遠距離戦主体だったキャスが近距離戦を仕掛けたことへの驚きだ。


 私も驚いている。それは、早い段階で切り札を使ったことへの驚きだ。キャスが近距離戦を取り入れようとしていたことは知っていた。練習の相手をしていたのは私なのだから。山に篭もっての共同練習は充実していたけれど、キャスの近距離戦技術はリーゼに及ぶものではないのも事実だった。通用するのはせいぜい奇襲での一回きりだ。キャスの真意は計りかねた。


 智子と千鶴がなにか話している。観客席では、アプリ使用時以外の、対戦者たちの会話の内容までは聞こえないようになっている。リーゼは下がって千鶴となにか相談し始めた。千鶴はうなずき、


「コシュタバワー」


 アプリの起動を宣言した。


 リーゼの隣の空間が揺らめき、うねり、歪んだ空間の中から大馬が現れる。青白い首なし馬は落ち着きなく身を振るわせ、蹄で空中を叩いた。


 デュラハンタイプの誇る固有アプリ、コシュタバワーの顕現だった。


 感嘆の声があちこちから上がる。今大会、千鶴はまだ固有アプリを使っていなかった。手を抜いていたのではなく必要ないと判断しただけだろう。それをとうとう使わせたのだ。


 リーゼは悍馬にまたがり、手綱を引いた。不気味な喚声を上げてコシュタバワーが疾走する。


 キャスの対応は冷静だった。高度を下げつつ、余裕を持って回避する。コシュタバワーの超高速突進は脅威だが、その速度ゆえ疾走開始後の小回りや軌道修正は効かない。そして、下方へ進めば地面との激突を避けるため早い段階での減速を余儀なくされる。


 地面すれすれで水平軌道へ転じる人馬。火球が降り注ぎ爆発を起こすが、さすがに速い、飛び散る炎は、騎士のすでにはるか後方だ。


 私はここで、キャスが早い段階で近距離戦に打って出た理由はコシュタバワーを引きずり出すためだと推測した。リーゼからすれば、キャスの杖術の仕上がりは測り切れないはずだ。ロッドとバスタードソードでの組み合いに持ち込まれるリスクを嫌って、突進力を活かした一撃離脱戦法を取ったのだろう。


 キャスは、突進からの強力な一撃を食らうリスクを背負ってでも、自由に飛び回られるより直線軌道のほうが与し易いと踏んだのだろう。際どい駆け引きだ。リスクの天秤を大胆に賭けてやっと十位は一位とまともに戦えるのだ。


 予測射撃を織り交ぜたキャスの炎もは当たらず、リーゼの突進も抑え込まれていた。一見、膠着しているように見えるけれど、試合中の四人も、観客席の誰もが理解していた。マグマ噴出の時が近づいていることを。その時、戦況が一気に動くことを。


 キャスはかなり位置取りに苦心しているようだ。リーゼを地割れに近づけさせて少しでも動きを制限したいのだろう。


 対するリーゼは、地割れから離れようとしている。マグマ近辺の攻防はリスクもリターンも高く、リーゼの性格からしてそういったものは嫌う。だが、やや詰まり気味に見える。キャスの猛攻と、フィールドの暑さのせいで疲れもあるのだろう。気迫を欠いている……のは推測だ。リーゼは表情一つ変えず淡々と機を窺っている。


 地響きが始まった。マグマ噴出が迫っている。


「炎獄・猟犬」


 智子が仕掛けた。ロッドの先端から、長く尾を引く炎が吐き出される。炎は酸素を喰らいながら疾駆。首なし馬を炎の猟犬が追い回す。これはかなり追尾性の高い魔法攻撃アプリで、振り切るのは困難だ。


 地響きが大きくなり、地割れから赫灼とした光が射した。直後、マグマが噴出。遠くでは火山が噴火し、天を焦がさんばかりに炎を上げている。赤と熱と爆音が再び世界を支配する。


「パンプキンメテオストーム」


 智子が続けてアプリを使った。


 高く上昇したキャスを中心に炎が灯り、次々、次々と、止めどなく広がっていく。炎はハロウィンの際に作られる、不気味なカボチャの笑い顔を模していた。地からマグマが噴き上がるのなら、これは、天を制する炎の星空だ。


 炎の流星雨が降り注ぐ。炎はキャスが通常放つ火球の数十倍の大きさと爆発力を持ち、それが無数に降り続けるのだ。流星雨は地上で大爆発を起こし、クレーターを広げていく。ジャックオーランタンタイプの固有アプリは、凶悪極まる攻撃範囲と殲滅力を存分に発揮している。


 リーゼはコシュタバワーを駆け回らせ、避け続けているがさすがに楽ではなさそうだ。直線だが大きく速いパンプキンメテオストームと、その合間を縫って追い立てる猟犬、さらに噴出したマグマの壁が機動力を削いでいる。


 見ているこちらまで、熱と、大気の焦げる匂いが伝わりそうな激烈な猛火の光景だ。まさに炎獄。デュラハンは一歩間違えれば即、戦闘不能の、灼熱の檻に囚われてしまった。


 だが、この程度で墜ちるならエリアランク一位ではない。リーゼは右手でバスタードソードを持ち、左手で己の首を外し、掲げた。手のひらに乗った頭をくるりと動かす。すると、先ほどより数段上の見切りで軽やかに回避し始めた。


 デュラハンの擬似全天視野。頭の位置と向きを動かすことで事実上、死角を消失させる強力な特性だ。


 真下から襲いかかった猟犬すら狙いを外した。コシュタバワーの大きな体格は、三次元戦闘において下への大きな死角を作る。しかし擬似全天視野を利用すればその弱点をも打ち消せる。


 不慣れな視野に混乱したり、頭を落とすリスク、武器を片手で扱わなければならないこともあり、この特性を使いこなせるデュラハンタイプは多くない。でもそういうことは出来るのだ。


 ジャックオーランタンの熱への耐性のように、デュラハンの擬似全天視野のように、固有アプリに限らず戦闘に有利な特性を持つ妖精はいる。


「レイシャ? なに?」 


「なにって、なにがよ?」


「こっちのセリフなんだけど。なんかくすぐったい」


 優奈の頭の上で、なにかをねだるように手を動かしていたことに指摘されて気づいた。慌てて手を離す。完全に無意識の行動で、自分でも意味がわからない。なんだか腹立たしいのでとりあえず優奈の頭を叩いておく。


「ちょ、なんなの! ぺちぺちやめて!」


「い、いいから試合に集中しなさい! きっとお互い、ここまではある意味想定通りのはずよ。ここからが見ものね」


 擬似全天視野というカードを切ったリーゼがここぞと攻めこむ。キャスは退かずに、ロッドを構えた。再び近距離戦を仕掛ける? 同じように考えたのか、リーゼの動きが鈍る。


「炎獄・孔雀」


 幾条もの炎の帯がほとばしる。近距離戦の構えはブラフだ! だが狙いが甘い……? 炎の帯はパンプキンメテオストームの一つとぶつかる。違う、これが真の狙いだ。衝撃を受けた巨大カボチャは空中で爆発を起こす。空中で意図的に起爆させ、流星の打撃力ではなく爆発力を利用するのが目的だったのだ。


 爆炎に騎士と馬が飲み込まれた。炎の帯が流星雨へと殺到する。逃れられない。


「オービタルコフィン」


 千鶴が静かに告げた。


 爆炎を突き破り出たリーゼの周囲には五つの棺が、取り巻くように浮遊していた。黒い六角形の棺には、複雑に意匠化された十字架が彫り込まれている。


 業火のただ中、棺を従え首なし馬で騎行するデュラハン。あまりの異様さ、鬼気迫る光景に寒気がする。


「なにあれ……」


 戦慄する優奈に私は答えられない。


「……あんなアプリ見たことも聞いたこともない」


「レイシャが知らないってことは新アプリね。厄介な」


 コシュタバワーが、キャスへと突貫する。取り巻いていた棺は前面へと展開され、それぞれが炎獄・孔雀へと向かう。黒塗りの棺の表面で炎の帯が弾けた。炎獄・孔雀はオービタルコフィンに阻まれ、パンプキンメテオストームを起爆させられない。攻撃の起点を潰すことで防御とする、冷静かつ獰猛な戦術だ。


 だがリーゼの意識は完全に炎獄・孔雀に集中している。背後に迫る炎獄・猟犬に気を払っている様子はない。このままでは、と思った時、一基の棺が後ろへ回り込み猟犬を受け止めた。そこでようやく、リーゼは左手に掲げた頭を回し、背後の状況を確認した。


 角度を変え、なお追いすがる猟犬。背後の棺が、手近なパンプキンメテオストームにぶつかっていく。烈火の炸裂が発生し、爆風で猟犬が消し飛んだ。爆炎の中からおもむろに出た棺は、損傷しているもののまだ機能するようだ。


 棺の頑丈さ、とっさに炎を炎で打ち消す判断力、尋常ではない。いやそれよりもリーゼは絶対に背後からの攻撃に気づいていなかった。棺を、炎の帯にぶつける時は意識して制御していたのは間違いないはずだ。状況によって、自動防御と任意制御を切り替えているのか。


 マグマの噴出時間が切れて、地に還っていく。赤と熱と爆音の時が終わった戦場で、一際の存在感を持つのは、棺を従える漆黒の騎士だ。


 炎獄・猟犬を失い、孔雀も押さえられて、キャスにはコシュタバワーの超高速突進を阻む術はなかった。位置も悪かった。高空に陣取っていたキャスは、とっさに減速を誘うような位置を取れない。


 突進からの凄絶な横薙ぎ。キャスはかろうじてロッドで防御した。衝撃を活かして後ろへ逃れようとしたのだろう、インパクトの瞬間をそらした絶妙な技に私は気づいた。


 だが無意味だった。キャスの背後へ回り込んでいた棺が壁となっていたのだ。受け身を許さない速度で叩きつけられる身体。力なく落ちるキャスを受け止めたのもまた棺だった。ブザーはなっていない。キャスの意識も闘志も消えていない。黒塗りの棺に手をつき膝立ちになる。


 その時すでに、リーゼとコシュタバワーは天高くあった。体軸を大きく傾け、降下の構えを取っている。悍馬の太い蹄が空を叩いた。駆け出す。


 一直線の超高速降下。まるで漆黒の雷だ。それは、愚かにも女王へ挑んだ者への裁きの雷かもしれなかった。響いた音も、斬撃や打撃の音ではなく落雷のそれと言うべき凄まじさだった。


 ブザーが鳴った。モニターには、軽くバスタードソードを振るリーゼの勇壮な姿が映されていた。千鶴が新たに開帳したアプリとそれを用いた派手な決着に観客席は沸いている。


 でも私は込み上げてくる苦いものをこらえるので精一杯だった。観客席の中にも青い顔をしている者が少なくない。そういった者たちはRFプレイヤーだろう。もし自分が千鶴・リーゼと戦ってたら……と考えているに違いない。


 今までの試合も中継されてきたが、ここまでプレイヤーたちが重い雰囲気になることはなかった。エリアランク一位は戦いにもなっていないようにあっさりと試合を終わらせてきたし、皆そんなものだと思っていたからだ。だが今回見せつけた力は、また一つ次元が違っていた。


「まさかビビったりしてないでしょうね」


 下からの挑発的な声に、私は優奈の頭を叩いて答える。


「愚問ね。試合の評価をまとめていただけよ」


「ちょ、だからぺちぺちやめてって……で、どう思ったの?」


「あの変態にしては、アプリの連携攻撃が見事だったのは認めざるを得ないし、火山のフィールドはキャスにとって大幅に有利だった。それでも千鶴とリーゼには届かなかった」


「オービタルコフィン……」


 辿り着いた結論は優奈と同じだったようだ。私は小さく肯定を返す。


「準決勝までもう少しあるわね。場所を変えましょうか」


 サクラとアイリスと一旦別れて、会場の端の方へ移動する。優奈は壁にもたれかかり、私は目線を合わせるために観葉植物の葉の上に座った。


「優奈、気づいたかしら? オービタルコフィンはリーゼがコントロールしているけれど自動防御も行っている。リーゼの反応に関係なく割り込み処理として防御されるの」


「私が気になったのは、あの頑丈さ。パンプキンメテオストームの直撃受けて壊れてないんだもん。用意した新アプリの力なら、壊せるかと思ったけど考え変わったよ」


「撃墜が無理なら、弾き返して道を拓くわ」


「棺の速度自体はまぁまぁだしさ。レイシャならかいくぐれるでしょ」


 優奈がいたずらっぽく目を細めて言う。私は……胸の内からこみ上げてくる温かいものを顔に出ないようにしなければならなかった。……本当に、この阿呆は私を信用しすぎだ。


「やってやるわよ。なんなら棺の上で跳ね跳んであげましょうか」


「あはは! それは楽しみね」


 アナウンスが流れ、準決勝に呼び出された。次の相手も強敵だ。油断はないけれど、負ける気もしなかった。


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