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私たちが、 2


 午前十時。八汰のRFセンター・ブレイズ。


 大会は午後二時からだけど、レイシャがいつ来てもいいように私は一番乗りで会場入りしていた。ここには北と東、二つの出入口があって、私は正門にあたる北側で待つことにした。ドアが見えるベンチに陣取る。バッグには飲料や携帯食料なども入れてある。持久戦の準備は万端だ。


 開店からしばらくしてだんだんお客も増えてくる。中には、レイシャの捜索に協力してくれたプレイヤーもいて以前メッセや電話でお礼言ったけど改めてしておいた。ぼんやり大型モニターを眺めて待つ。

 

 何度も何度も、レイシャとの会話はシミュレーションしたし本番直前で考えても不安になるだけだろう。こういう時はぼんやりしておくのがいい。それに中継されてる試合が結構面白いのだ。私、やっぱりRF好きだなあ。


 昼食代わりにゼリードリンクをお腹に入れて、


 いた。目が合った。


 あまりに唐突な出現に頭の中が真っ白になる。


 レイシャは完全に真顔でフリーズしたようにこっちを見ている。私も同じようなものだろう。


 見つめ合うこと数秒、レイシャはくるっと背を向けて飛び去る。


「ちょっ、ええっ? なんで逃げるの!?」


「逃げてない! 戦略的撤退よ!」


 慌ててあとを追う。空のパックはゴミ箱へシュート。


「一緒じゃない! 待ちなさい!」


「私に指図するなんて百年早いわよ!」


「それ逃げながら言うセリフ!?」


 このやり取り、覚えがある。確か初めて出会った時もこうだった。あの時は私の方が逃げてたっけ、と少し笑いそうになる、笑ってる場合じゃない。今はRFセンターの中だからいいけど、外へ出られたら絶対に追いつけなくなる。


 周囲のプレイヤーからの野次馬な視線がグサグサ刺さって怯んでしまう。おまけに運動が得意じゃない私は、何度も人にぶつかりそうになってますます距離が開いていく。


 このままだと追いつけない。どうしよう。レイシャがまた目の前から消えてしまう。そんなのイヤだ!


「私はー! レイシャ以外考えられないの! おとなしくパートナーになって!」


 ぴたっと時間が止まったような世界の中、私だけが肩を大きく上下させている。あ、あれ……? しばらくの静止のあと、周りからは、おお~っといったどよめきと共に拍手なんかも聞こえてきた。


 羞恥ゲージが急激に上昇。逃げたいっ! けどブチギレ顔のレイシャに睨みすくめられて腰だけ引けたまま動けない。間近に迫ったレイシャが思いっ切り息を吸い込んだ。


「ていっ」


「むきゅ!?」


 指先で素早くレイシャの頬を挟み込む。奇妙な声が細い喉から聞こえたけど、とにかくなにか余計なことを言おうとしていたのは間違いない。レイシャを摘んだまま、迅速に離脱。愛想笑いを振りまくのも忘れない。隅にある休憩スペースは幸い誰もおらず、そこに連れ込んだ。


「はあっ! この、いい加減離しなさい!」


 指バサミから顔を引っこ抜いたレイシャが恨みがましい目を向けてくる。……だんだん頭が冷えてきて、立場や状況を思い出すと目をそらしての気まずい沈黙になった。


 ここは私が打開しないと。意を決した時、レイシャが低くつぶやいた。


「あなたはわかってないわ」


「わかってないって、なにが?」


「私たちは組むべきじゃない」


「それは……!」


 違うと、喉まで出るけど、さっきのことを思い出して顔が熱くなって喉まで出たものも引っ込んでしまう。相手のペースに乗ってはダメだ。切り口を変えよう。


「そだね。組むべきじゃないのかもね」


 含みのある口調に、レイシャが怪訝そうな顔をする。


「私、これでも怒ってるの。レイシャが隠しごとしてたから」


「心当たりが多すぎて困るわね」


「それは私のほうが困るわ! はっ、時々食べ物が減ってた気がするのはもしかして……」


 レイシャは薄笑いを浮かべるだけ。私の口から長いため息が出た。


「真面目な話なの。レイシャは出会った時から、巧妙に立ち回ってきたんだもんね。数ある隠しごとの中でも、最も恐れていることを話して」


「さぁ? わからないわね」


「とぼけても無駄。これ以上怒らせないでよ」


 本気の怒りが伝わったのか、レイシャはわずかに身を縮ませる。無言の圧力をかけ続けると、とうとう観念したらしく、大きく肩を落とした。レイシャは目を閉じ、暗唱するかのように語り出した。


「RFには妖精のタイプごとに固有アプリが与えられている。セイレーンのケイオスメロディ、ジャックオーランタンのパンプキンメテオストーム、デュラハンのコシュタバワー……固有アプリはいずれも極めて強力で戦いの切り札に成りうる」


 いったん息を吸って、続きを一息に吐き出した。


「ピクシーは戦闘において見るべきところはなく、これを反映した結果、ピクシーには固有アプリは与えられていない。これは生まれついての才能の絶対差であり、事実、世界ランキング百位以内にピクシータイプは存在しない」


「ありがとう。話してくれて嬉しい」


「隠し通せるものではないと、わかってはいたのよ」


「修行期間前は固有アプリを使うまでもなくボコボコにされてたし、その後は、相手が切り札を出すより先にこっちが圧倒してたからね。それでも気づかなかった私がバカだった。RF関係の知識はレイシャに教えてもらうままで、勉強不足だったのも認める」


「そうなるように御していたのよ」


「私が悲しいのは、ううん。怒ってるのはこんなつまんないことで……」


「つまらないことじゃない!」


 激昂するレイシャはクールにスルー。


「つまんないことで、私を裏切ったこと。なによりレイシャ自身を裏切ったのがムカつく」


「あなたへの背信は認めるわよ。でも私がなにを考えて、どう行動しようが私の勝手でしょう」


「アヴァロンマスターになりたくないの?」


「……なるわよ」


「じゃあなんで隠したの? こういう情報を共有していないということは、勝敗に直結すると思わなかったの?」


「それは……」


 レイシャはうなだれてしまう。


「あーもう! こんなはずじゃなかったのに!」


 初手で大失敗したせいで混乱してしまった。こんな風にキレる予定じゃなかった。


「本当は今日話すことちゃんとまとめてきたんだよ。レイシャのことずっと考えて、全然わかんなくて嫌になったりしたけどね……レイシャは私のこと考えてくれてたのに、私は自分のことばっかりだったなって」


「なんで私が下僕のこと考えないといけないのよ?」


「だってレイシャは自分のこと弱いと思ってるでしょ」


「私は世界最強よ」


 こっちのペースに乗ってきた。ここから切り返していく。


「うんうん。で、私のことは恐ろしく強いと思ってる」


「はぁ? それ誰から聞いたのよ!?」


「あ~やっぱりそうなんだ」


 レイシャは嫌そうな顔で黙った。情報の出どころは秘して、私はカマかけに勝った顔で笑う。


「でね、レイシャは私から逃げたんだと思ったの。ついて来れないんだなって」


「そうね」


「でも違うなって。もっと考えてみたらレイシャはそんな決断はしないだろうって思ったの」


「なに勝手に決めつけてるのよ」


「レイシャは一人で山にこもって修行する時間が欲しかったんだよね。一緒に生活してると不便なこともあるもんね。うんうん」


「……ええ?」


 レイシャの顔には、とうとうこいつ頭のネジが外れたのか、と書いてある。


「おかげで私もはかどったよ。なんとか新しいアプリも間に合ったし」


「作ったの!? この短期間で!?」


「突貫もいいところだけどね。バグはないよ」


「呆れた……無茶しすぎよ。だいたい、あなたと別れたのは……相性が悪いからよ。修行がどうとかではないわ」


「はいはい。わかったわかった」


「その生温い視線をやめなさい。躾けるわよ!」


「どうしても私と組む気はないの?」


「くどいわね」


「じゃあもうRFやめる」


「それはダメよ!」


 血相を変えたレイシャが絶叫する。


「レイシャと一緒じゃなきゃやらない。意味がない」


「あなたは……『違う』のよ。己を理解しなさい」


 説教口調なのに、レイシャは泣きそうになっていた。


「それはこっちのセリフ。レイシャはピクシーで固有アプリはない。妖精のタイプ別の強弱で言えば、チェスのポーンみたいなものかもしれない。けど、勝ってきた。次のエリアチャンピオンシップだってきっと出れる」


「でもこの先は!」


「無理だって言うの? 勝手に諦めないで。限界を決めないで」


「客観的な事実よ。厳然たる差が存在する!」


「理由にならない」


「あなたは強いからそんなこと言えるのよっ!」


 レイシャは肩を震わせて、うつむいてしまった。


「もう、いいでしょう。優しくしないで。厳しくしないで」


「やだよ。だって私、レイシャのパートナーだもん」


 レイシャが首を大きく左右に振ると、広がったピンクの髪が合わせて揺れた。


「勝てたら嬉しくって、それはレイシャも同じだって全然疑わなかった。レイシャが悩んでるのに気づいてあげられなかった……謝らないよ。レイシャは完璧に演じきったし、わからないものをわかるはずって考えるのは、傲慢だと思うから」


「……ええ」


「でもね、私は、私とレイシャを別にして考えたことはなかったよ。いつも私たちで、二人で負けて、勝って、強くなってきたから。『違う』とかやめてよ。私だけ別扱いとかさ、寂しいじゃない」


「だって……でも……」


「レイシャは今は、世界最強じゃない。でも私のパートナーであるのに充分な理由ならある。だってレイシャは世界で一番がんばってるから」


 はっと上げられた顔の、エメラルドグリーンの瞳から大粒の涙がこぼれていった。真っ赤になった頬を透明な雫が次々と伝っていく。それはなんだかとても貴いもののように……というか可愛い。指先で涙を拭ってあげる。


「優奈……」


「レイシャはずっとがんばってきて、意地張ってきて……休んでもいい、弱音を吐いてもいい、って一応言っておくけどさ。どうせしないでしょ。だから一緒に走り続けてあげる」


 やだな。私もちょっと泣きそうになってる。


「世界最強になりたい。これ、レイシャに会えたから生まれた目標だよ」


「知ってるわよ……」


「だからレイシャと一緒じゃなきゃイヤ。レイシャの隣にいる。レイシャと同じ速さで進む。一緒になろう。世界最強」


 レイシャは泣いたまま笑っていた。


「しょうがない子ね。私がいないとダメなのだから」


「それはお互い様じゃないかなぁ」


 私は笑って、レイシャの小さな左手を取った。これからすることは絶対にやろうと決めていたけど、いざとなるとかなり緊張する。ドキドキしてきた。


 咳払いして表情を改める。真剣な顔でレイシャを見つめる。


「私からもう一度、ゲッシュさせて」


 レイシャは大きく息を飲んで、やっぱり泣いたまま、笑ったままで、うなずいた。いっぱいいっぱいな感じが嬉しくて、頬が緩みそうになるけど真面目な顔のままで告げた。


「誓約を」


 私は、自分の左手の薬指を、唇に押し当てた。やばい。唇に当てた指が震えていた。すごくドキドキしてる。それを意識してしまったまた体が熱くなる。


 目元を拭ったレイシャが、厳粛な面持ちを作り応えてくれた。


「誓約を」


 左手の薬指を、レイシャの左手にそっと重ねる。溶けた、と思った。熱い指先が溶けてレイシャと確かに繋がった。


 しばらく多幸感に身を浸す。……だんだんドキドキより恥ずかしさのほうが強くなってきた。


「あ、あ~そうそう! さっき言った新しいアプリ見てよ」


「え、ええ! 早く出しなさい!」


 私は手を引っ込めてバッグからケータイを取り出した。まだ熱い顔で、にやっと笑みを作る。


「相性が悪いなんて言ってくれたけど、撤回させてあげる」


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