競作 Stray Phone
競作イベント第三回目!! 今回のテーマは『携帯電話』私なりのファンタジックホラーな世界をご堪能あれ!
「いいか、俺は運転担当、お前は脅し担当だ」小柄な木下が目の前の小林に指先を向ける。「店の下見はもう済ませてある。俺の言うとおりにやりゃぁ、今週分の上がりがすんなり手に入るぜ」目の前のグラスに口を付け、ほくそ笑む。
「質問なんだけど……なんでここを打ち合わせ場所に選んだの?」相撲部上がりの大柄な小林は大きな掌を不器用に動かし、枝豆を丁寧に口へ運んだ。
ここは渋谷駅周辺の人気な居酒屋。時は夜の二十時。店は大繁盛でごった返しになり、店員たちは辺りを汗だくになって駆けまわっていた。周囲の客たちは彼ら二人には見向きもせず、飲み会を楽しみながら、同席した女性を値踏みし、自宅へどう誘い込もうか算段していた。
木下は得意げな表情を作り、箸で宙に絵を描くような仕草を見せた。「こーいうヤバい話ってのは、騒がしい場所でするに限るんだよ。静かな場所ほど、誰かが聞き耳を立ててるもんさ。で、だ」上唇を舐め、前のめりになる。「確認だ、時間は?」
「深夜二時」
「場所は?」
「北沢二丁目」
「お前の役割」
「店員を脅して金を出させる」
「俺の役割は?」
「安全運転で西東京までドライブ」そこまで言い終えると、木下は彼の肩を軽く叩いた。
「上出来、お前は天才だ」ワザとらしく拍手し、グラスの中身を呷る。「よし、小道具だ」と、足元の紙袋から携帯電話を二つ取り出す。古ぼけ、塗装の剥がれたガラケーだった。「これから、仕事の時はこれを使う。緊急時以外は使うなよ? 終わったら破壊して捨てろ」
「どこで手に入れた?」懐かしい物を見るように携帯をいじる。
「ツテでな。アシはつかないようにしてある。万が一使うことになったら、俺の本名は口にするなよ? いいな」まるで犬を躾ける様な口調で言う。
「あぁ……」
「よし、おい! おかわりだ!!」駆けまわる店員を捕まえ、ふてぶてしい表情たっぷりに怒鳴る木下。小林はその間、ボロボロのガラケーをつぶらな瞳で眺めた。
彼らの密談から三日後、北沢二丁目のコンビニの十メートル先で一台の車が停車する。時間は計画より早めの、午前二時十分前。辺りは真っ暗で通行人一人、彼らの仕事には好都合だった。「ここらは老人ホームくらいしかないからな。一ヵ月ほど下見して、この時間帯が一番だと判断した。今日は絶好の強盗日和だなぁ……」サングラスを怪しく光らせ、木下は不気味に微笑んだ。
「前が見えない」小林は、玩具屋でかったパーティー用の被り物(現アメリカ大統領)を被り、目の部分に太い指を突っ込んでいた。「お、見えた」
そんな彼を見て煮立った木下は彼に後頭部を殴りつけた。「いいか、二分で終わらせろよ。最大で、二分だ。得物は?」そう訊ねると、彼の目の前に出刃包丁がにゅっと現れる。
「これ?」バナナでも向けるように刃を木下の眼前に近づける。そこでまた殴りつける。
「危ねぇじゃないか馬鹿野郎!! で?! お前の段取りをもう一度確認だ!」
「……うん」小林は、舌足らずな口調で彼自身の役割を暗証させられた。
まず小林はこれから被り物を身に着けてコンビニに入店し、即座に店員に刃物を押し付ける。そこで「有り金全部だせ! 金庫の中身もだ! さっさとやらないと殺すぞ!」と、店員の手を軽く斬りつけ、自分が本気だと証明する。
次に、二つのレジから有り金を全て、持参した袋に詰め、店員を脅しながらカウンター裏の金庫、さらに事務所の金庫の中身を全て袋に入れる。木下の下見通りなら、本日この店の金庫には売り上げ金三十万と店員への給料袋数人分が仕舞われているはずだった。これらを全て頂戴する。
最後に金の袋を持ってこの車に戻り、西東京方面目掛けて安全運転のドライブへ出かける。
小林がそこまで言うと、木下はまたワザとらしく手を叩いた。「すごいぞ、お前は天才だ」木下は小林の肩を軽く叩き、笑顔を見せた。高校時代からの付き合いである小林に対する接し方を彼は心得ていた。小林は飴と鞭がよく効く、典型的なパシリだった。
時刻が二時を示す。「よし、いけ!」木下は彼を追い出す様に尻を蹴飛ばし、車のドアを勢いよく締めた。「ふん、トロイ奴だぜ。だが、計画通りいけば、金は全部俺のモノ♪」
彼の計画では、西東京へ向かい、目的地に付いた後で小林を殺害し車ごと始末するつもりだった。
今日の為に買った千枚通しを内ポケットから取り出し、安全キャップを外して先端を軽く触る。「ふふふ、心臓を一突きすれば……」彼は心臓の位置を頭に叩き込み、心肺蘇生術を思い出す。これを逆手に取った暗殺術を彼は思いつき、現金独り占めを企んだのだった。
彼は一週間後の自分を思い浮かべ、ほくそ笑んでいると、ポケットの中の携帯電話が激しく震えた。「な! なんだよ!!」驚いた木下は、額から一気に冷や汗を垂らし、電話を耳に当てた。「どうした!」
〔大変だよ木下ぁ! 店員の手を切ったら、血が止まんなくなっちまったよぉ!〕
頭が真っ白になる木下。「な、なんだって?」先ほどの口調とは裏腹に、声が震える。「もう一度言ってみろ」そんな余裕はなかったが、信じられない事態に気が一気に動転し、聞き返してしまう。
〔だからぁ、店員の手を切ったら、血が止まらなくなって、顔がどんどん白くなっていくんだ!! どうすりゃいいんだよ!!〕彼の声は、不自然にハッキリしていた。普通はマスクを被っていればくぐもって響くはずだったが……。
「この馬鹿野郎!! マスク取ったのか!! 防犯カメラで撮られるぞ!!」
〔知らないよ、そんな事!! あぁ、店員のスズキさんが……急いできてくれ!!〕
汗だくになり、自分が置かれた状況を頭の中で整理し、額に血管を浮き上がらせる。「だ、誰が行くかよバカ!! 俺は逃げるからな! 捕まるならテメェだけ捕まれ!!」キーを捩じり、エンジンをかけてアクセルを踏もうとする。
〔逃げたらお前の事、全部言うからな! 警察に言うからな!!〕いつもは弱気声な小林はハッキリとした強気口調を飛ばした。
木下はこの犯行に腹の底から怒った。小林は高校時代から木下に対して、ただの一回も反抗はおろか口答えすらしたことが無かった。そんな彼が非常事態に木下を脅してきたのだ。「この……くそったれ!!」怒髪天にきた木下は、千枚通しの安全キャップを外し、車から降りた。「あの木偶の坊! ぶっ殺してやる!!!」と、後方のコンビニへ向かって駆け、自動ドアを潜る。「誰に向かって上等こいてんだ、コラぁ!!!」
「え?」木下の目の前には、被り物を付け、携帯を耳に押し当てながら包丁を店員に突き付ける小林と、傷一つ負っていない店員が立っていた。きょとんとした表情で彼らを交互に見る店員。
「こばやしぃぃぃ!!」目を血走らせ、彼の心臓に狙いを定める。
「え? なんの事? 木下さん! アレ? 待てって言ったじゃないか!! なんでここに来てるんです?!」狼狽を隠そうともせずに小林は彼に顔を向けた。
「なに言ってやがる!!」
「木下さん、やはり強盗は悪いことだ、やめにしようって言ってたじゃないか! 今更遅いですよって言ったけど……あれ?」混乱したのか、首を傾げ、床に目を落としてブツブツ独り言を漏らす。
「あ? 誰がそんな事言ったよぉ!!!」すると、遠くからサイレンの音が近づいてくる。勿論、隙だらけの小林の目を盗んで店員がサイレントアラームを鳴らしたおかげだった。「あ、くそ!! どうなってやがるんだ!!」
慌てる木下の顔を見て小林は出刃包丁と携帯を床に落とし、マスクを取った。「諦めようよぉ、木下さん」と、半べそ顔を覗かせる。
「うるせぇ! そもそも、え? どうなってやがるんだ!! あぁ畜生!!!!」彼は千枚通しと携帯を落とし、頭を掻きむしりながら蹲った。
彼らが落とした二つの携帯電話からは少々陽気な声が静かに漏れた。
〔ふふ、僕らって悪い子♪〕
如何でしたか? 和訳して『野良電話』 一応、付喪神ネタなんですが、まだまだ未熟でしたね……精進します!!
感想評価の程をヨロシクお願いします!! 頂けたら私、失神して喜びます!!