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子ウサギ妖怪との非日常的な日々  作者: 樫 ゆう
第二章 サークル活動開始 
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第二章 サークル活動開始 02話

 学校に着くと、思った以上に人がいて驚いた。

 そうか、おれが土曜日に授業を履修していないだけで授業があるやつは来ているのか。

 それでもやはり、いつもよりは人が少ない。

 どこかの運動サークルの練習風景が見える。数人が固まって、グラウンドを走っているようだ。

 そのなかの一人が叫んだ。


「グラウンドあと三周~!がんばろ~!」


「お~!」


 つられて他の人も叫ぶ。

 見るからに辛そうだ。ご苦労様です。

 いつもどおり、別館1の108講堂に向かう。


 扉を開けると、すでに守屋も早乙女も来ていた。


「二人とも、早いな」


 守屋はむすっとした顔で答える。


「俺たち二人、土曜日にも授業とっているんだ。学校内で呼び出しを受けたら早いに決まっている」


 土曜日に授業をとっているとは。二人ともお疲れ様です。

 気づく。

 呼び出した張本人、鈴美音さんがいない。


「あれ、鈴美音さんは」


「さっき出て行った。お前を迎えに行ってすれ違いになったんじゃないか」


 黙っていればこちらから出向くのに。せっかちな独裁者だ。


「しかし、土曜日にも集まるとは初めてだ。鈴美音さん、どうしたんだろう」


「知らない。気まぐれじゃない?」


 守屋の問いに適当に答える。

 早乙女の方を見ると、この前と違う文庫本を読んでいた。というか、彼女のページをめくる手が相変わらず早い。本当に読んでいるのだろうか。

 前から気になっていたので聞いてみる。


「それ、ちゃんと読んでいるの?」


「読んでる。私、読むの早いから」


 それにしても早すぎる。ページをめくるのに十秒もかからない。

 そうだ、この際だから聞いてみよう。


「なあ二人とも。バイトってしてるか」


「バイト?」

 

 突然の問いに不意を突かれたようだった。

 守屋はすぐに答えた。


「バイトはしていない。家のことで忙しいからな」


「家のこと?」


「俺の家は、まあ、平たく言えば自営業なんだ。親の手伝いをしている」


 律儀な奴だ。例え自営業でも、親の手伝いをしようとする心優しい子供はこの時代そうはいない。


「まあ金には困っていないしな」

 

 守屋はいかにも体育系のガタイをしているので力仕事のバイトをしているかと思ったが、考えが外れたか。

 自営業がなんなのか言わなかったが、そこまでは追及しない。興味がないからだ。

 次いで早乙女が文庫本を読みながら答える。


「私もしていない。疲れることはしないから」


 そんな理由なら、妖怪探求会を続けることはできないんじゃないか?

 しかし、思い返せば活動していて早乙女が疲れた様子を見せたことはない。見た目はひ弱そうなのに、それ以上にものすごい体力があるのかもしれない。


「なんでそんなこと聞いたんだ?」


 守屋は訝しげに言う。


「そろそろバイトを始めようかと思って。別におれも金に困っているわけじゃないから、急いでるわけでもないんだけど」


「そうか、お前は一人暮らししているんだったな。生活費やらは自分で稼がないといけないか」

 

 本当は仕送りのお金だけで十分生活できるのだが、そこまでは言わない。


 考えてみたら、この二人は実家から通っているのだ。家賃や電気代、水道代、ガス代の心配をすることはない。その点は少し羨ましい。


「一人暮らしっていうのは、その、どうだ?やっぱり良いか?」


 守屋は照れくさそうに聞いてきた。

 こういう質問は大学に入ったばかりのころに、友達とは言えない、今ではもう顔も名前も忘れた多くの誰かたちからいつも聞かれた。実家暮らしの彼らにとって、一人で暮らすというのは憧れみたいなものなのかもしれない。


「どうだろうな。確かに自由なのは良いんだけど、家事全般を一人でやるのは大変だな。そのうち慣れてくるだろうけど」


 だいぶ手慣れたものになってきたが、料理の腕はあまり伸びない。今度上級者が作るものにチャレンジしようかと思っている。


「いいよなあ、一人暮らし」


 一人感慨深げに腕を組む守屋。

 こいつ、不器用だから一人暮らしには向かなそうだけどな。

 そう思うおれをよそに、講堂の扉が勢いよく開く。


「みんな!集まってる?」


 鈴美音さんだ。

 いや、鈴美音さんだけではない。もう一人、後ろにいる。

 見ると、鈴美音さんより頭二つ分大きい女性のようだった。


「内海さん、どうぞ入って」


 鈴美音さんは、内海と呼ばれた彼女を中に招き入れる。


「本当におじゃましていいの?怜奈」


「いいの。さ、遠慮なく」


 さも自分の部屋であるかのように振る舞う。

 そしておれ達の方に向き直り、彼女を紹介した。


「この人は内海(うつみ)()(れん)。私の友達。今日は彼女の頼みを聞いてもらいたくて、みんなに集まってもらいました」


 ?事情がよく飲み込めない。


「実は彼女・・・」


「ちょっと待って鈴美音さん」


 手を挙げて割り込む。

 ていうか、割り込まざるを得ない。

 他の二人がこんな状況になっても意見しないのが不思議だった。


「あの、どうしてその、内海さんの頼みを聞かなくてはいけないのですか?ここは妖怪探求会でしょう。悩み相談室じゃない。それとも、彼女の頼みが妖怪がらみだと言うつもりですか?」


 鈴美音さんは満面の笑みで答える。


「まったく関係ないよ。私の友だちが困っているから、みんなで助けてあげたいなって思っただけ」


 なんという友情だ。涙ぐましい。

 じゃなくて。


「いや、だからなんでおれたちで」


「人助けはいいことだよ。それとも、困っている女の子を目の前に、君は助けないというの?」


 嫌みたらしいな。

 そういう問題じゃないって。


「怜奈、別に無理ならいいんだよ。私一人で考えるからたいした問題じゃないし」


 鈴美音さんに遠慮がちに言う。

 内海さんは進んでここに来たわけじゃなさそうだ。

 本人の意思に反するなら、このまま帰ってくれるかもしれない。

 そんな希望が芽生えたが、鈴美音さんはそれをよしとしなかった。


「遠慮しないで。みんなで考えた方が一人で考えるより楽だよ。それにここには、我が妖怪探求会が誇る頭脳の持ち主がいるんだから」

 

 ちらりとおれを見る。

 それっておれのことか?


「じゃあ……せっかくだから頼ろうかしら」


 内海さんは静かに悩みを語り始めた。


 私は米山大学空手サークルのマネージャーをやっているの。この学校の空手サークルは、けっこう県大会でも上位に残るほどの功績を残していて、大会も近いから部員全員が一生懸命練習に励んでいる。でも、一人だけ練習に来ていない人がいる。

 暮木戸(くれきど)正貴(まさき)、三年生で空手サークルの副部長。私の幼なじみでもあるの。真面目で、正義感が強くて、優しい。みんなからも尊敬されてる。そんな人がこの一ヶ月、練習に来てないの。彼と同じ授業を私も取っているんだけど、授業にも出てきていない。彼の友だちも、誰もここ一ヶ月彼を見てないって言ってる。彼が住んでいる家にも行ったんだけど、しばらく帰ってないって。

 あんなに真面目な人が簡単に練習も授業もサボるなんてありえない。きっとなにかあるって思った。でも、なにがあるかは分からない。不安だったけどしばらくそのまま放っておいたの。けどつい一週間前、彼を街中で見かけたの。驚いた。というのも、とてもガラの悪そうな友達たちと一緒にいたから。そして、一瞬彼と目が合ったの。すぐに目を逸らされたけど、なんだかすごく気まずそうだった。心配がさらに輪をかけて超心配になった。そんな時、彼から電話がかかってきたの。

 しばらく一人で出歩くな。最近物騒だから、必ず友だちと一緒に帰れって。

 そのままプッツリ電話が切れた。昨日のことなんだけど。それでどうしようかわかんなくなって、今日怜奈にそのことを話したの。そしたら、助けてあげるって。

 え?どうしてそんなに心配なのかって?だってそれはか、彼がす、す、好……大切な幼なじみだもの……。


 一気に話し終わった。

 黙って聞いていて素直に感じたことは、大変だなあ、ということだけだった。


「で、甲坂君。何かわかる?」


 鈴美音さんが問いかけてきた。


「何かって?」


「だから、どうしてとても真面目な人が空手の練習も授業もサボっているのか。あと、どうしてガラの悪そうな人たちと一緒にいるのか」


「……そんないきなり言われても。いや、全くわかりません」


 素っ気なく言葉を返す。

 鈴美音さんはまだおれに何か言いたそうだ。

 しかし先に口を開いたのは違う人物だった。


「真面目に考えていないんじゃないの?」

 早乙女だ。文庫本から目を離さずに冷静に言った。


「そんなこと言われてもな……」


 だが、真面目に考えていなかったのは事実だ。

気がつくと、守屋は一人黙りこくって何か考えていた。


「暮木戸正貴……」


 ポツリと守屋は呟く。

 いつも元気ハツラツな守屋にしては珍しい。何かを真剣に考えているようだった。


「どうかした?純」


「いや、なんでもないです!」


 鈴美音さんの声でもとの元気な守屋に戻った。


「で、本当に何もわからないの?」


 そうだ。本当にわからない。

 まあ、強いて言うなら一つあるが、それは誰もが気付いてるだろう。わざわざ口に出して言うことでもない。それに、内海さんとやらの前ではよけい駄目だ。


「そう、じゃあ仕方ないな。ごめんね。役に立てなくて」


 鈴美音さんは残念そうに内海さんに言った。

 なぜだろう。鈴美音さんの期待に答えられなかっただけで、少しだけ不甲斐なく感じた。

 思えば、鈴美音さんが問いかける問題に答えられなかったのはこれが初めてだったからかも知れない。

 まあ、どうでもいいことだ。


「いいよ、怜奈。私だってわからないのにみんなにわかるわけないよ。こっちこそごめんね。余計な手間をかけさせちゃって」


 そんなやり取りが続き、内海さんは部屋から出て行った。



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