第二章 サークル活動開始 01話
妖怪探求会発足からすでに一ヶ月ほど経った。
五月が終わり、六月にさしかかろうとする今日この頃。春は少しずつ終わりを迎えようとし、少しずつ暑さを感じるようになってきた。
それにしても疲れる。
妖怪探求会というのは、本当に疲れる。
発足直後、鈴美音さんからの衝撃発言以来、鈴美音さんが妖怪のことを直接おれに問いただすことはなかった。それはありがたいと思っている。
だが、二回目に妖怪探求会一同が集まった際、発表した活動内容が問題だった。
「私たちの常時活動は、妖怪を探求すること。サークル名そのまんまだね。というわけで、妖怪の伝説を追うことにします」
鈴美音さんは自信満々に言った。
抽象的すぎて何をするのかわからない。
それを察したのか、もう一度言いなおした。
「具体的には、妖怪について記述された文献を片っ端から調べて、この妖怪は実在するのか!ということを本としてまとめたいと思っています。それで、文献と言うのはこれ」
守屋が大きな紙袋を二つ、机の上に置いた。守屋の紙袋を持ち上げる際の表情からして、かなりの重さ。つまりかなりの量の文献があることが理解できる。
「これはほんの一部だよ?ほとんど昔の文字だから、古文とか読めないと解読できないけど、これを現在の言葉に翻訳して、まとめてみて」
「部長!どのようにまとめればいいんですか!」
守屋は勢いよく聞いた。
「自分のやりやすいように。調べて何をするってわけじゃないけど、知識は蓄えておいて」
「わかりました!」
いや、わかったのか。おれは今の言葉にすごくツッコミを入れたくなったぞ。
「そんな適当でいいんですか。ぶっちゃけていうと、活動の方針が今一つ掴めません。それにその活動、地味じゃありません?」
誰も聞かないので自分自身で聞いてみる。
「適当で良し。地味で結構。活動の方針は、まあまだ詳しく決まっていないけど、後々きめていくことにしよう。他に良い活動を思いつく?甲坂君」
反論できない。
こうしておれたち妖怪探求会の活動は始まった。
活動内容自体は言うまでもなく大変だ。とても古い古文書のようなものがあり、それらはほとんど今の言葉で書かれてはいない。それを読み解くのも一苦労だった。まさか大学に入ってから、高校で習った古文の読み解きは役立つようになるとは。ただ、意外にすんなり読めるときもある。それはひとえに、昔おれが妖怪について興味津々だったころ、確か小学生だったときに一生懸命古い文章を読み解く勉強したからであろう。ただ、これが活動として成り立っているのかと言われれば、違う気がする。言いたくないが、全く無意味な活動をしている。
しかしそれ以上に大変なのは鈴美音さん本人だ。
探求会の活動日は実質的に火曜日の放課後と決めたものの、彼女からの呼び出しがあればすぐに集まらなければならない。いきなり電話で「今日集まってね」と一方的に言われ、一方的に切られる。こっちの予定も考えてほしいものだ。まあ、他に何かあるわけじゃないが。
そんな日々が続き、現在に至る。
一ヶ月も過ぎれば多少はそんな日常にも慣れてくる。
そんなことより、この一ヶ月間鈴美音さんの真意について考えていた。
あれから直接的に妖怪のことをおれに聞いてはこないが、それが余計に怪しく思える。
そもそも守屋や早乙女は妖怪のことをどれほど知っているのか。そもそも妖怪の存在を信じているのか?
そういえば、おれはあの二人のこともよく知らない。
一ヶ月付き合えば、二人の性格や趣味が何となくわかってくる。守屋は鈴美音さんに従順で、否定は一切しない。おれになにかと突っかかってくることは最初会ったときから相変わらずだが、それでもこちらの問いや話には答えてくれる。時々は世間話もする。やはり意外と良い奴だった。
早乙女は見かけどおりクールだ。しかも細かいところをさりげなく突いてくる。完璧主義者とは言わないが、それに近い分類だろう。笑えばどんな男子でも虜にしてしまいそうなほどの美人だが、笑顔はおれや守屋には絶対に笑顔を見せない。なぜか鈴美音さんにだけは時折微笑むことはある。女同士の絆でもあるのだろうか。
鈴美音さんを含む、三人の表面的なことしかわからない。
どうして鈴美音さんは妖怪探求会を作ったのか。
どうして守屋と早乙女は妖怪探求会に入ったのか。
しかし、思えばおれのことだって話していないのだ。三人の過去を知らないのと同様に、三人はおれの過去を知らない。自分だけ知らないということはない。
まあ、そこまで三人のことに興味や関心があるわけではない。
この学校の中で一番近しい仲になったのは確かだが、そこまで知る義理はない。
鈴美音さんが何を考えているかなんて、知ったこっちゃあない。
どうせいつかはやめるつもりなのだから。体験期間が終わるまでの付き合いだ。
たまの休日であるこの土曜日。おれはベッドに寝っ転がってバイトの求人情報誌を見ていた。
そろそろバイトしないといけないよなあ。
親の仕送りで生活費はなんとか賄えるが、娯楽として使うお金までは蓄えられない。
とはいえ、娯楽でお金を使うことはあまりないのだが。
やっぱり楽に稼げるところがいいよなあ。そう簡単にそんな仕事ないと思うけど。
一つため息を吐き、求人誌を閉じて床に放り投げる。
本当にお金に苦労した時に改めて考えればいいか。
今日は学校に行く必要はない。鈴美音さんに呼ばれる心配もないだろう。昼寝でもして日頃の疲れを癒そう。
目をつぶり、睡眠。
しかし電話の着信音がそれを妨げた。
なんとバッドタイミング。
渋々その電話に応じる。予想はしていたが、鈴美音さんだった。
「もしもし」
「もしもし。甲坂君、今ひま?」
忙しい、と嘘を言うつもりだった。
「今は……」
「暇だよね。これから学校で探求会の活動をするから、全力疾走で来て」
ガチャリと電話が切れる。
「ちょっ」
あ、あの女……。今日は土曜だぞ。いくら学校は開いているからって。せっかくの休日を邪魔するなんて。
こうした急な誘いを、いつも無視しようかと考える。
一度そうしたことがあったが、その後電話でこっぴどく叱られた。怒鳴ってきたのではなく自分の間違いを諭すように叱ったのだ。電話を切ってもすぐにかけ直してくる。携帯電話の着信自体無視しようとしたが、懲りずにまたかけてくる。それに耐えることができなかった。その時から無視することはできないという結論に至った。
いつ活動するかわからないのに、このままじゃバイトなんてできないぞ。
そう思いながら着替える。
現在午後二時過ぎ。三時までには着くな。
気が乗らないが、仕方ない。行くとするか。