間章
走る。
暗闇の中を必死で走る。
どれほど経っただろうか、見当もつかない。
目に見えるのは薄く照らす月の光、そして周りの木々。
ここが森のような場所と言うことは理解できた。
けれど、どこの森なのかは分からない。
休みたいが、休んでいる間に逃げ出したことが分かり追手が来るかもしれない。
後ろを振り向く。
誰も追ってくる様子はない。
体は正直だ。その事実が分かると、走るのをやめ立ち止まってしまう。
ハア、ハアと息を整える。
一旦休んだ体は、頭に冷静さを与えてくれた。
大丈夫。朝までは気づかない。あいつは一人だけだ。恐らく寝ている。気づいていない。
ただ、自分一人だけなのが心細い。
いつも私たちは三人一緒だった。とある山のなかでいつも遊んでいた。二人といるだけで幸せだった。
なのに突然あいつが現れて、私たち三人を捕まえようとして、私たちを引き裂いた。
一番鈍くさい私だけが捕まり、二人は私を取り戻そうと追いかけてくれたけど、あの奇妙な、鉄の馬には追い付くことはできなかった。
目隠しされたままどこかの家に入り、目が見えた時は暗く、狭い部屋だった。
鍵がかかっており、中からは抜け出せないようにしてあった。
しかし諦めるのは早い。さっそく抜け出せないか試行錯誤し、行動に移した。
暗闇の部屋にわずかに入った月の光を頼りに、使えそうなものを探し出す。それらを鍵穴に差し込み、開かなかったら違う物で試し、それを繰り返し行った。
その結果、ついに開いた。
そっと扉を開け、壁伝いにそっと外へ行く。
そこから先はずっと全力疾走だ。
こうして今に至る。
他の二人は大丈夫だろうか。無事にいるだろうか。
きっと大丈夫。鈍くさい私と違って二人は賢い。きっと無事でいるはずだ。
……会いたい。
自然と涙が溢れてくる。
本当に一人きりになるのは、これが初めてだった。
一人の夜がこんなに寂しいなんて。
一人の夜がこんなに怖いなんて。
泣いている場合じゃない。早く遠くへ逃げないと。
再び走り始める。
斜面を下っているから、恐らくここは山だ。
私たち三人が暮らしていた山とは違う。暗くても、それはわかる。
早く帰りたい。だけどここがどこなのかもわからない。
とにかく前に走り続ける。
しばらくすると広い場所に出て、眩しい光を放つあの鉄の馬を見つけた。
「あいつ」かと思ったが、どうも形が違う。別のもののようだ。
鉄の馬は止まっている。男が一人、鉄の馬から出て、赤い光を放つ短い棒を口にくわえてだした。
すると、今度は変な音が聞こえてきた。その音が鳴る物をポケットから出し、耳にあてる。
なにやら話している。不気味だ。誰もいないのにそこに人がいるように話す姿は。
ふと、考えた。
あの鉄の馬は、あいつの物とは違って後ろに大きなスペースがある。様々な物が積まれているが、それの影に隠れて乗れるのではないか?これからも歩くより、あの鉄の馬で移動した方が断然早いはずだ。
それに、何かと話している男は先ほど「町」という言葉を言った。
「町」とは、人々が多く暮らす場所だという知識を持っている。昔、三人で遠くからそれを見渡した思い出がある。
なんだか、行ってみたいという衝動に駆られる。
もちろん、二人がいる場所へすぐ帰りたい。しかしここがどこだかわからないうちは、とりあえず移動するのも手だ。
……行ってみよう!
素早く鉄の馬の後ろの空いたスペースに乗り込む。そして前にいる男には気づかれないよう物陰に隠れる。
「町」というのは人間が多く住んでいる。それは不安だ。
しかし、私たち「妖怪」の多くもまた、人間に溶け込んでいると聞いたことがある。私を助けてくれるかもしれない。
もし、妖怪を見つけることが出来なかったら。
やむを得ない。最悪の場合、「妖怪のことを知っている人間」を当てにするしかない。運が良ければ助けてくれる。
問題はどうやって探すのか。
……難しいことを考えるのは苦手だ。
とにかく、「町」とやらに行ってみよう。