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子ウサギ妖怪との非日常的な日々  作者: 樫 ゆう
第一章 そのサークルの名は『妖怪探究会』
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第一章 そのサークルの名は『妖怪探究会』 05話

 翌日、昼休みにはおれは学校の別館1の前に建っていた。

 米山大学は敷地内に、本館、別館1、別館2、体育館、職員棟、図書館の六つの大きな施設がある。一番大きいのは本館だが、次いで大きいのが別館2、その次が別館1である。

 授業によってこの別館を使うこともあるが、本館と違って学生の溜まり場になるようなところではない。なにせ、本館に比べ建物が古めかしく、設備も整っていないからだ。

 この建物は、学校を設立する以前からあったらしい。講堂の数が本館だけでは足りないため、元々あったこの建物を利用することにしたそうだ。一応リフォームしたようだが、最新設備の整った本館に比べると過去の産物という感じだ。

 自動販売機もない。食堂もない。テレビもない。そして別館の窓口にいる警備員のおじさんが怖い。あらゆる理由から別館1は、授業のためだけの施設と化していた。

 そんな別館1に、昼休みにわざわざ出向くことになるとは。

 昨日から今日の朝にかけて雨が降り、学校に向かう時間は激しく降っていた。一時限目が終わって晴れ間が差したが、ちょうど二時限目が終わってすぐにまた降ってきた。ただでさえ気分が滅入っているのに、雨のせいでさらに気分が悪くなってしまう。

 雨というのは、嫌な予感をさせる。

 入り口を通ると、まず右側に怖い顔した警備員が座っているのが見える。目が合うと、何も悪いことをしたわけじゃないが突然謝りたくなる衝動に駆られる。

 うわ、すごい威圧感。

 そんな警備員を何とかスル―し、目当てに108講堂を探す。

基本、10がつくのであれば一階だ。予想どおり10がついた101講堂をすぐに見つける。101、102講堂と順に横切ってゆき、この建物の一番端と思われるところに到達する。

 107講堂までしかない。その先は二階に上る階段しかない。

 まさかおれの聞き違いか?そうではないはずだ。確かに別館1の108講堂と言った。

 じゃあどこにある?

 そう考えた時、二階に上がる階段からあの女が現れた。


「来てくれたんだね!甲坂ゆと君」


 一気に階段を下りてきて、おれに詰め寄る。


「やっと四人目が来た!もう他の部員は集まってるよ。早く来て!」


 突如、おれの腕をグッと掴み階段を駆け上がる。


「一階じゃないの?」


「ううん、二階だよ」


 予想が大きく外れた。10がつくのは一階に限らないのか。

 あ、そうか。もしかして10は別館「1」を表しているからか。

前から思っていたが、彼女はおれが異性という意識を全く持っていないようだ。話すときは顔をくっつけようとするぐらい詰め寄るし、今だって何の躊躇もなく腕を掴み引っ張る。

 対するおれは、動揺とはいかないが困惑してしまう。

 ここまでマイペースだとどう振る舞っていいかわからない。

というか、もう少し異性として扱ってくれ。こっちが恥ずかしくなる。


「ここだよ」


 108講堂は階段を登りきってすぐのところにあった。

 入る前に聞いておく。


「おれの財布はちゃんとあるんですか?」


「もちろん、あるよ。後で渡すね」


 今渡す気はさらさらないということか。

 促されるまま講堂に入る。

 そこには、頭に包帯を巻いた、いかにも活発そうな茶髪で短髪の男子が一人。

 そして、眼鏡をかけた、いかにもクールそうな、黒髪で長髪の女子が一人、こちらを見ていた。

 こいつらが部員か。

 目を合わせると、活発そうな男子が叫んできた。


「こいつが新部員っスか。鈴美音さん」


「そう。甲坂ゆと君。(じゅん)。同じ男子同士よろしくね」


「鈴美音さんの頼みなら、まあ……」


 おれへの視線に敵意を感じる。

 まだ何も話していないのにこの睨みようはなんだ。

 クールな女子も何か言ってくるかと思ったが、何も言ってこない。手に持っている文庫本に集中しているようだ。


「じゃあ、揃ったところでとりあえずみんなで自己紹介しましょう」


 そう言われると、四人で真ん中を囲むように席に着いた。


「最初は純。自分の名前と、あと適当に特徴的なことを言って」


「わかりました鈴美音さん!」


 勢いよく返事し、彼は立った。

 なんて元気な奴だ。


「俺の名前は守屋(もりや)純だ。米山大学一年生でもある。呼び方は守屋でも純でも構わない。それと、あえて言わせてもらうが、おれは鈴美音さんに仕え、奉仕する義務を持っている!そこのおまえ!」


 いきなり指差され、面食らう。


「お、おれ?」


「そうだ。お前以外誰がいる。鈴美音さんにちょっと優しくされたからって調子に乗るんじゃないぞ。おまえに鈴美音さんと対等に話す資格は本来ない。それをこうして同じサークルの身内として話せるということを重々理解しておくんだな」


「はあ?」


 ……何を勘違いしているんだ?こいつ。

 それに鈴美音さんに仕えるって、大げさな言い方だ。まさか時代劇みたいに本当に仕えているわけじゃあるまいし。

 何か言い返そうとしたが、やめた。最初から空気を乱すようなことはしたくない。


「はい、じゃあ次は(あおい)ちゃんね」


 クールな女子が立つ。さすがにさっきの文庫本は机に置いている。


早乙女(さおとめ)葵。米山大学二年生。このサークルに入ったのは怜奈に誘われたから。趣味は読書。嫌いなものは人ごみ。よろしく」


 淡々と自己紹介をする。

 ていうか、一度も目を合わせなかった。

 おれに限ってじゃなく守屋に対してもそうだった。向かい側にいる鈴美音さんにだけしか目を合わせなかったようだ。

 それでも守屋と鈴美音さんは「よろしく」と言ったので、おれも習った。


「じゃあ次は甲坂くんね」


 順番が回ってきた。

 息を整え、立ちあがる。


「甲坂ゆとです。大学一年生です。この部に入ったのは、鈴美音さんから脅迫されたからです」


 少しだけ鈴美音さんに対して嫌味を込めた言い方をした。

 けれど当の本人はなんの悪びれた様子もない。


「脅迫?なんだそりゃ」


 守屋はからかうように聞いてきた。

 鈴美音さんは他の人には言ってないのか。

 その経緯を教えようとした時。鈴美音さんが遮った。


「まあ、それはそれ。じゃあ次は私の番ね」


 強制的に終わらせられた。


「みんな知っているとおり、二年生の鈴美音怜奈です。このサークルの部長を務めさせていただきます。みんなで一緒に妖怪を探求しましょう」


 その言葉に守屋は大きく拍手。早乙女は小さく拍手。おれはものすごく適当な拍手をした。


「では、今日集まってもらったのは、ここにいる私たちの新たな仲間、甲坂ゆと君にこのサークル発足届に四人目の部員としてサインすることによって、妖怪探求会が誕生することを、みんなで祝おうと思ったからです」


 一枚の紙を天に掲げるように持っている。

 その紙には、すでに三人の名前が書かれていた。鈴美音さんはまるっこくていかにも女の子の字だ。ついで守屋の名前が、いかにも男っぽく書きなぐったように書いてある。早乙女はきれいな字だが、すべての字の右側に擦れたような跡が残っている。


「では、ゆと君。ここにサインをしてください」


「待って。おれの財布は・・」


「ちゃんとサインしてくれれば返すよ」


 用心深いな。

 守屋は興味津々で財布のことを追求してきたが、それを軽く一蹴する。

仕方なく自分の名前を書いた。

 鈴美音さんは満足げにそれを見る。


「これで妖怪探求会は発足だね!じゃあ次は」


 そこで鈴美音さんの言葉を遮る者がいた。


「待ってください。俺から提案があります」


 守屋だった。

 鈴美音さんはきょとんとした顔で守屋を見つめる。


「どうしたの?」


「鈴美音さんは、こいつは頭が良いって言ってたじゃないスか。それがこの部に入部させる決め手になったと。けど、俺はまだこいつがそれほど役に立つ奴なのか信じられない。そこでだ」


 守屋は机をバンと叩く。


「今、この場で何かを推理してみろ。そして使える頭があるか、おれたち三人で見極めてやる」


 おれはもちろんそれを拒絶する。


「はあ?いきなり言われてもできるわけないよ。第一、元々使える頭なんてない」


「ううん、おもしろそう」


 鈴美音さんを見ると、また満面の笑みでこっちを見ていた。

 やばい。本能で悟った。


「じゃあ、何でもいいから推理してもらいましょうか。何を推理するかは君に任せるから」


 なんでもいいから推理しろと?

 いい加減だ!

 無理にもほどがある。

 また反論しようとすると、鈴美音さんは言った。


「推理したら、財布を返してあげるよ?」


 小悪魔め。


「選択の余地ないじゃないですか」


「そうね。だから、早く考えてみて」


 うう、仕方ない。

 しかし、何でもいいというのは本当に困る。何かテーマがあった方がいい。

 この部屋のなかで推理するもの。題材となるものは……。

 やはりこの三人だ。この三人から一人、誰かを選んで、何かを言い当てよう。


「どうした?できないのか?」


 守屋の茶化す声が聞こえる。

 ちょっと黙っててくれ。

 まず鈴美音さんから見ていこう。

 鈴美音さんの今の特徴は、上着は薄いピンクということ。スカートは黒色のものということだ。いや、別に服だけ見てるわけじゃないよ。髪の先から足のつめ先まで見たが、題材となるものはない。

 鈴美音さんについてははずそう。

 次はクールそうな女子。えーっと、名前は確か早乙女……なんだっけ?

 まあいい。とりあえず外見だけ見てみる。自己紹介の時は真面目に参加していたが、今では右手のみで文庫本の続きを読んでいる。服については飛ばそう。黒髪、眼鏡、文庫本、左腕には腕時計、鞄はおよそ平均的なサイズで、靴は真新しいスニーカー。それと傘を持っている。傘の先の床には、小さな水溜りができていた。

 なにか推理できそうな気がするんだけどな。


「あまりじろじろ見ないでくれる?」


 文庫本を読んでいるから気がつかれないと思ったが、いともたやすく気づかれた。


「あ、ごめん」


 まあ、女子をじろじろ見るのは趣味が悪いだろう。

 とりあえず保留にして、今度は守屋の方を見る。


「俺の何かを当てるつもりか?やってみな」


 小馬鹿にしている。

 挑発に受けず、冷静に観察してみる。

 パッと見、こいつが一番推理しやすい気がしたが、すぐにはわからない。

 頭の包帯が一番印象的だ。ちょっと大きめの鞄を床に置いており、靴はついたばかりであろう泥が結構ついている。こいつも傘を持っていて、下に水溜りができている。

 ふむ。

 推理できるのは二つだ。

 一つはごく簡単なもので、恐らく間違いはない。

 二つ目はちょっと複雑で、間違える可能性がある。論理的には合っているが、どことなく不安だ。

 できれば最初の一つで納得させたいが。


「わかった。じゃあ推理する」


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