第一章 そのサークルの名は『妖怪探究会』 04話
八畳一間の自分の家に戻ると、どっと疲れてベットに横たわった。
だ、駄目だ。久しぶりに体力使ってもうヘトヘトだ。
このまま眠りにつきたいところだが、一人暮らしの学生たるもの、夕食を自分で調達しなければならない。走り回ってエネルギーを使った分、ちゃんと栄養を取らなければ。
冷蔵庫にまだなんかあったかな。
重い足を動かし、食べるものを探し始める。
昨日炊いたご飯と、卵と、玉ねぎとニンジン。これしかないのか。
しかたない、チャーハンでも作るか。
一人暮らしをし始めてまず思ったのか、家事は面倒くさいということだ。炊事、洗濯、掃除。こういうものはだんだん慣れていくものだろうが、まだそれほど経験がないおれにとっては面倒くさいものだった。
一人暮らし初日の夕食は散々なものだったのを覚えている。それに比べれば今の料理の技術はそこそこ上がった方だろう。とはいえ凝った料理を作れるわけでもないが。
適当に作ったチャーハンは、それなりにおいしそうな香りを放っていた。
これ食ったら風呂入って寝るか。どうせやることないし。
では、いただきます。
一口目を食べようとした瞬間、ケータイの着信音が鳴った。
誰かが電話してくるなんて珍しいと思い、発信源を見てみると知らない番号だった。
はて、一体誰だろう。
とりあえず出てみることにした。
「もしもし」
あろうことに、今日中で聞き慣れた声が声が返ってきた。
『もしもし、甲坂ゆと君?私ですよ!』
「鈴美音!?……さん」
虚を突かれた。なぜおれのケータイの番号を知っている?
『いま君、どうして番号を知っている!って思ったでしょ。それはそうと、走り回る時はちゃんと落し物に気をつけた方がいいよ~』
その言葉にハッと気づき、鞄の中身をチェックする。
ない。
財布がない。
ということは、落とした?走り回っているときに。
だとしたらなぜ番号を知っているのかも理解できる。電話番号、そして住所までもが記載された学生証を、財布に入れていたからだ。それを見て彼女は電話番号を知ったのだろう。
「……どこで拾った?おれの財布」
『学校から一歩出たところだよ。ほんと感謝してよね。誰かに盗まれるかもしれないところを拾ってあげたんだから』
「それはどうも。で、返してくれないかな」
『あら?それは一つ上の先輩に対しての口の聞き方なのかな?』
なんて嫌味なやつだ。。
「どうか返してくださいませんか?鈴美音センパイ」
『ふふ、冗談。慣れた言葉で話しても構わないよ。ていうか、私の名前覚えててくれたんだね』
言われて気づく。
確かに彼女は一度しか名前を名乗っていなかった。
本来、おれの性格上人の名前を覚えるのはとても苦労している。それは昨日話しかけてきた男の名前をいまだに思い出せない(確か、昨日電話帳で調べて確認したはずだが)ことから実証済みだ。
けれど、彼女に関しては下の名前まで思いだせる。鈴美音怜奈だ。
きっと、珍しい名字だったからだろう。
「そうですね。その誠意に免じて返してくれる気になりましたか?センパイ」
『口調がさっきのままだよ。慣れた口調でいいって言ったのに。でも、まあいいでしょう。別にねこばばするつもりはないし。返してあげる。だけど、条件がある。察しがついてるでしょう?』
「……妖怪のサークルに入れということですか」
『失礼しちゃうな。妖怪探求のサークルよ。正式な名前は決めてないけどね。君さえ入ればサークルの発足届が出せるんだけどな~』
発足届?まだサークルとして成り立っているわけではないのか。
「ちなみに、現在何人くらいなんですか?」
『君で四人目だよ。あ、私もその中に入っているから』
おれがすでに数に入れられている口ぶりがいささか引っかかる。
それにしても四人?そんな少ない人数でサークルを作れるものなのか。
「おれ以外でも入りたい奴はいるでしょう。それに、手当たりしだい誰か声をかけていけば、妖怪について興味を持ってる人もいるんじゃないですか?部員も多く集まるだろうし。むしろそういう人たちの方がいいんじゃ」
そんなおれの言い分を、彼女は一蹴する。
『ダメ。まず一つ、私は私が選んだ人間にしか入部してもらいたくないの。そのためにサークル紹介のポスターを貼ったり、他の人に勧誘も頼んでもいないもの。
二つ目、妖怪に興味があるなしじゃダメなの。まああった方がいいけど、それよりも私が見た、感じた何かがないとダメ。
三つ目、私、人が多いの苦手なの。下手にたくさん来られると嫌なので、少人数で活動したいと思ってるの』
なんとも独裁的なサークルだ。彼女が独裁者として君臨するのが容易に思い浮かべられる。
いや、現時点で三人しかいないでサークルと呼べるのか?
『で、どうかな。部に入ってくれるなら、ちゃんと財布も返すよ?』
電話の向こうで面白がっていることが分かる。
財布がなければお金がない。預金通帳、または預金を引き出すカードがあれば中身の金はなんとか諦めることができるが、預金通帳は実家に置いたままだし、カードは財布に入れたままだ。
このままじゃ明日から暮らしていけない。
それに金以外にも保険証、CDショップの会員証など。もちろん学生証も入っている。あの大学はとにかく学生証をカードキーとして使うことが多いから、かなり必要なものだ。再発行するにしても、金がかかる。その金を今は持ってない。
となると相手の条件を呑むしかない。
しかし……。
「どうしても入りたくないんですが、ダメですか?」
懇願する。正確にはそのふりをした。
そういう素振りを見せれば、同情されて少しは考えが変わるかもしれないと期待した。
その期待は見事に打ち破られる。
『ダメ』
非情なまでに言い切る。
やはりあの人には冷酷な裏の顔があるんだろうか。
考え込んでいると、向こうから提案してきた。
『じゃあさ、仮入部の気持ちで入るのはどう?サークルとして発足するために、君の籍は置いてもらうけど、入ってみてどうしても嫌だったら辞めてもいいよ』
おや、意外にすんなりハードルを下げてくれた。
さっきの懇願作戦が効いたのか。
「すぐにやめてもいいんですか?」
念を押すように言う。
『気に入らなければね。けど厳密には仮入部期間としてそれなりの期間はいてもらうことになるけど』
おれは考えた。
仮入部期間と言ってもそんなに長い間じゃないだろう。なら、それが終わったらそれで彼女の独裁国家からさよならすればいい。
「……わかりました。入部すればいいんでしょう」
そう言った途端、彼女は明らかにテンションが上がったようだ。
『良かった!聞き分けのいい子ね。お姉さんはとってもうれしいよ!』
なにがお姉さんだ。歳一つしか違わないくせに。
『じゃあ明日、昼休みの時間に別館1の108講堂に来て。わからなかったらまた電話しなさい。それじゃあおやすみ、いい夢を見てね』
プツリと電話が切れる。
まずため息をつく。そして状況を整理する。
つまりおれは、明日から晴れて妖怪サークルの仲間入りか。だが短い期間だけだ。仮入部期間とやらが終われば、縁は無くなる。
財布が知りもしない誰かに拾われるよりはマシだと最初は思ったが、そうでもなかった。
いっそ知らない誰かが拾って交番にでも届けてもらいたかった。そんな生真面目な奴が世の中にそうそういるもんじゃないかもしれないが。
気がつくと、先ほど作ったチャーハンは冷めていた。
一口食べてみる。生ぬるさが何となく不満だった。