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子ウサギ妖怪との非日常的な日々  作者: 樫 ゆう
第一章 そのサークルの名は『妖怪探究会』
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第一章 そのサークルの名は『妖怪探究会』 03話

 次の日、もう会わないと思っていた彼女にさっそく会うことになる。

 三時限目の授業だった。なんとおれの二つ前の席に座り授業を受けている。

 この学校の授業は、学年別に分かれているわけではなく、どの学年の人間でも好きな授業を履修することができる。だから、二年生の彼女と一年生のおれが一緒の授業を取るのは何ら不思議ではないのだが、それでも昨日の今日のことなので、少々驚いた。

 とはいえ、授業さえ始まってしまえば、途中で気づいてももう話しかけてはこれまい。

 そのまま彼女に気づかれないで授業は始まる。


「さて、君たちの中に特殊相対性理論の運動方式を書けるものいるかな?」


 名前も覚えてない講師が、授業を聞いている生徒たちに向けて意地悪く語りかけてきた。

 この授業の名は「エネルギー原則学」という。なんとなく面白そうな名前の授業だから履修してみたが、受けてみてようやく失敗したと気がついた。講師は自慢げに自分の学説を生徒たちに聞かせ、時々生徒に向けて質問させたり、問題を答えさせようとする。その問題と言うのはとてつもなく難しいのだ。こんなの、ただの学生には答えることはできない。今日もアインシュタインがどうとか、質量とエネルギーの何とか、エネルギー理論について熱心に話し、生徒に問題を答えさせている。授業が始まってからすでに三回、生徒に答えさせようとしているが、誰もまともに答えられなかった。

 こんなのわかるわけないって。

 おれは元々文系で、こういう物理っぽいことはまるっきり駄目なのだ。授業が始まって、ものの五秒で頭の中にはてなマークがいくつも飛び交った。そんな状態が続くと、いつかは船を漕ぎだし、深い眠りに落ちてしまう。こっくりこっくりと体を揺らしているうち、遠くからあの講師の声が聞こえてきた。


「今寝そうになってたお前。立て!」


びくっとして起き上がり、反射で立ってしまった。

 しまった。油断してた。


「寝てる余裕があるのなら、お前にはこの式が書けるんだろう?」


 そう言って、講師は前の黒板を指差した。

 まずい。これは非常にまずい。この講師はおれが解けそうにないこと事を知っている。なのに前の黒板を促すということは、おれに恥をかかせるつもりだ。確かにこの局面で

前に出て、黒板に何も書けずに戸惑っていればいい晒し者だ。

 ……覚悟を決めるか。

 前へ踏み出そうとした瞬間。

二つ前の席の女子が突然立った。そして前に一直線に向かっていく。

 あの人、なんで?

 それは紛れもなく鈴美音怜奈だった。

 黒板の前に立ち、スラスラと式を書いていく。その作業を生徒、講師一同唖然と見ていた。


「この式で間違いないですか?」


 その声の冷たさにおれは驚いた。彼女は纏っているオーラからして、貴族のようだ。しかし昨日聞いた声や表情は、そうした雰囲気を出さない。むしろ貴族とは正反対の温かみを出していた。ところが今聞いた声は鋭く、低く、侮蔑したような声だった。表情も、怒ってるわけではないのに、冷徹に見える。

それに気圧されたのか、講師は


「あ、ああそうだな」


 と短く答え、俺と彼女を座らせた。

 同時に授業が終わる鐘が鳴る。

 彼女はそそくさと荷物をまとめ、その教室を出ていった。

 思っていた。彼女は授業の終了と同時にまた勧誘してくるのではないかと。

 それは的外れだった。

 そしてさっき、彼女が黒板から自分の席に戻ってくる際、一瞬目が合った。なのにまるでおれのことを知らないように、無表情のままだった。席に着いた瞬間、まるで悪いものを見たように両目をグシグシと拭った。

 忘れてほしいと願ったけど、まさか本当におれのことを忘れたのか?目を拭うほど、おれは汚れたものに見えたのか?

 もしそうなら、それはそれでショックだった。

 いくらなんでも一日で忘れ去られるとは……。自分の名前をあんなに大声で叫び、また勧誘に来ると宣言した割に、なんと諦めの早い。いくら興味や関心を持たないおれだって、そんな芸当はできない。彼女自身の一種の才能というやつか。

 ……無駄なことを考えていたせいか、授業が終わってから三分ほど経っている。まあ気持ちを切り替えて、次の授業に行くか。

 教室の外に出ようとする。

 しかしそれは防がれた。


「こんにちは。また会えたね」


 鈴美音怜奈が教室の出口に立っていたのだ。


「へ?なんで?」


 おれの疑問をよそに、彼女は語り続ける。


「何が『なんで?』なの?それより、本当偶然だね!同じ授業を取っていたなんて。昨日は君を見つけるのは骨が折れるかなって思っていたけど、こんなにも運命的に出会えるとは思っていなかった!」


 さっきまでの冷たい態度がどこに行ったのか。さっきとは別人のような雰囲気だ。しかも彼女本人その変わりように自覚がない。

 おれの気のせいだったのか?


「なにその顔。そんなに驚いたの?あ、どうやって君を見つけられたか怪しんでいるんだね?それはね、

君の匂い、だよ!私の嗅覚は人一倍なの。昨日の君の匂いがして、君が見えなくてもいるってわかったんだよ。どう、また驚いた?」


 確かにそのことには驚くが、おれの頭の中では、さっきと今の違いの理由を考えていたため、あまり彼女の言うことは耳に入っていなかった。

 不可解だ。どうでもいい疑問だが、考えてみた。

 彼女は二重人格か?いや、違う。変わったのは雰囲気だけで性格ではない。何より一瞬だけ別な人格が出ると言うのは都合がよすぎる。これは違うだろう。第一、非現実的だ。

 じゃあ、嘘をついてるのか?自分の変わりように気づいてないふりを。あるいは変わったふりをしていたのだろうか。

 それも違う。前に立ってる彼女の目は実に純真で曇りがなさそうだ。嘘をついてる雰囲気はない。それに、おれにそんな嘘をついたって何の得もない。勧誘しようとしているのに、むしろ嫌悪感を持たれて逆効果だ。

 ではさっきと今の違いの理由はなんだ?

 授業が終わってから今の時間まで約三分。

 この時間の間に何かをしたのか?

 前に出ておれと目が合った瞬間、反応はなかった。

 もしおれだと認識できなかったのであれば?

 そういえばさっき言っていた。『匂い』でおれがわかったと。これが本当なら目が合ったあの時、おれだと認識できなかったという裏付けとなる。

 そして思い出す。

 目を擦っていたことを。

 冷酷な雰囲気を出してしまう感情を。


「ああ、そうか」


 つい言葉に出してしまった。


「どうしたの?」


「いや、こっちの話」


 慌てて付け足す。


「それより、サークル入る気になった?」


 その答えはもう決まっている。


「入りません。妖怪なんてものに興味ありませんので」


「いや、君は間違いなく興味があるはずだよ。だって私と同じ匂いがするもの」


 なんて根拠のない話だ。


「でも、今日のことであなたは私に恩があるよね。その恩を返したいなら、私の部に入るほかないと思うんだけどな~」


 あれ?答えられなかった人間はおれだとわかっていたのか。

 それならおれのさっきまでの推理は根本から変わってくる。


「……間違ってたのか」


 また思わず口に出してしまう。


「また何?間違ってたなんて。どういうこと?」


 彼女は興味を持ったのか、深く追求してきた。

 そう詰め寄ってくると、こちらは少し恥ずかしいのだが。

 目をそらすが、また合わせてくる。それが繰り返され、「どうでもいいことだけど」と切り出し、ついにおれは諦めて間違っているだろう推理を話した。


「さっきの君と今の君、全然雰囲気が違うから、その理由を考えていたんだ。最初は気のせいかと思ったけど、そうでもないらしい」


 ふ~んと、彼女は相槌を打ち、先を促す。


「それで?その理由はわかったの?」


「ついさっきまではわかったと思っていた。けど、やっぱり違ったみたいなんだ。だから間違いと口が滑って言ってしまったんだ」


 そう言って話を切り上げようとした。

 だが彼女はそれを許さない。


「いいから話してみて。なんか興味出てきた」

 こんな些細なことで好奇心を持つとは。少しは見習いたいものだ。

 純真な眼差しに耐えきれず、一つため息を漏らし、淡々と喋りつづける。


「間違っていることを前提に言うよ。まず思ったのはさっきと今会うまでに多少の時間があったこと。変わったんだとすればこの間で何かがあったとしか思えない。けどその何かは最初はわからなかった。

 次に、君が答えを書き終えて戻ってきたとき、目が合ったんだ。昨日会ったばかりで、是が非でも入部させたいと思っていたならば、顔を覚えててもいいはず。なのにおれに何の反応も示さなかった。だから、目が合った時おれだとわからなかったんじゃないか、と考えたんだ。しかも、顔が無表情だったけど、あれは今思えば、多少不機嫌だったんじゃないかとも考えた。

 そして、席に着いた瞬間、目を擦っていた。以上の点から踏まえると、あの時だけ目が見えなかったから、具体的に言うと、普段はコンタクトだけどあの時はつけていなかったんじゃないか。恐らく目が痛くて外していたんだ。そして授業が終わると同時にコンタクトをつけに行ってきて、また戻ってきた」


 一気に話した。けど問題に解けなかった者がおれだとわかっていたなら、目は見えていたことになる。だから自分のこの考えは間違いだと思った。

 話し終えてきっかり五秒。彼女は眼を大きく見開いて、「すごい」と囁いた。

 すると、おれの両肩をがっちり掴んで、勢いよく揺さぶり始めた。


「すごいよ君!よくわかったね!そっかあ、あの時目が合ってたんだ。気付かなかったよ」


「ちょっ!やめてくれ!ていうか当たってたの?おれの言うこと」


「そうだよ。君の言った通り授業中だけコンタクトをはずしていたの」


「でも、それじゃあ、どうして解けなかったやつがおれだってわかったの?」

 彼女は当たり前のように言う。


「簡単。『匂い』だよ。先生が声を荒げた方向に、君のにおいがわずかにしたの」


 なんとそんな方法で?その匂いとやらで特定の人を、そしてその距離や方向もつかめるのか。

 この人、本当に人間?


「でもその頭の回転、推理力、よけいに君が必要となっちゃった。どう?本気で考えてみない?妖怪探求会の入部。さっき代わりに問題を答えた恩、忘れてないよね?」


「だ・か・ら、お断りします!」


 そう言って、なんとか隙をついて走り出す。


「こら!まて!」


 またもや背後から叫ぶ声。今度は追ってくる。

だから、おれは妖怪関連から離れていたいんだって。ほっといてくれ。



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