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子ウサギ妖怪との非日常的な日々  作者: 樫 ゆう
終章 日常の始まり
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終章 日常の始まり 02話


 ピンポーン、という音が部屋の中で響いた。

 来客の予定はない。セールスか何かか?

 誰であっても、今は取り合う気分にはなれない。居留守を使うことにする。

 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。

 鳴り止まない、だんだんその音にイラついてくる。


「ああっ、もう!」


 右足を引きずりながら、怒り任せに玄関の扉を開ける。


「セールスならお断りです……けど」


 大きな声を出したものの、語尾が小さくなってしまう。無理もない。目の前には知って

いる人物がいた。

 鈴美音さんだ。


「久しぶり!っていっても二週間くらいか。なんだ、元気がないって聞いてたけど、思っ

たより元気そうじゃない」


 いつもの、明るい鈴美音さんがそこにいる。二週間前のことが、まるで何もなかったよ

うにいつも通りの笑顔をおれに向けている。


「なんで……?」


「なんでって?あっ!そっか。見舞いに一度も来なかったこと?ごめんね。ちょっとやることがあって、そっちにかかりきりだったんだよね」


 唖然とする。本当に鈴美音さんはいつもどおりだ。

 それを見て、おれは腹立たしさが増す。


「どうでもいいです。今は一人にしてください」


「冷たいなぁ」


 おれは扉を閉めようとする。だが鈴美音さんは無理やり閉まる扉に足を挟ませた。そして手をかけ、勢いよく入口を全開に開けた。


「なにするんですか!」


「話は終わってないよ。中に入れてくれないかな?」


 おれは聞く耳持たなかった。もう一度扉を閉めようとするが、鈴美音さんがズイッと前に出てきて、すでに部屋の内側にまで入り込んでいる。右足に力の入らない今のおれが、力任せに鈴美音さんを追い返すことは不可能だった。

 仕方なく鈴美音さんが部屋に入ることを許す。入れたところで、鈴美音さんの話なんて聞くつもりはなかったが。おれは一直線にさっきまで横たわっていたベットに向かい、ふて腐れたように再度横たわる。顔は鈴美音さんの方を向けないようにした。


「あら、寝ちゃうの?お茶くらい出してくれてもいいのに」


 知るか。

 何も答えずにいると、はあ、というため息が聞こえた。この場には鈴美音さんしかいないから、彼女のものだろう。ドカドカと床を歩く音が聞こえ、近くまで来たと思った瞬間いきなり肩をがっしりと掴まれ、左に上体を半回転させられ、無理やり仰向けにされた。


「!?」


 もちろんおれは驚く。目の前には鈴美音さんの顔がかなり近くにある。ほんの十センチほどしか離れていなかった。


「いつまでもいじけててカッコ悪いと思わないの?いい?ちゃんと私の話を聞きなさい」


 さっきの笑顔はもうなかった。いまは、初めて出会った次の日の、おれがどうでもいいことを推理したときのような、冷たく、何者にも拒絶させない顔をしていた。

 無言のままでいると、それを肯定と受け取ったのか、おれの肩にかかる力を緩めた。


「聞いてくれる気になったみたいね」


 またさっきの笑顔に戻った。そして少しだけ顔を遠ざける。

 話を聞く気などなかったが、無理やり聞くことを余儀なくされる。


「さっき言ったけど、私はこの二週間、手が離せないことをずっとやり続けた。何してたと思う?」


 そんなの見当もつかない。首を横に振る。


「そう。ま、わかんないよね。最初から順に話そうか。


 まず私は東郷神社を調べに行ってたの」


「……なんのために?」


「葛生が言っていたよね。あの地には異常な妖力が集まるって。葛生は『日輪』を使ってその力を利用した。なら、私もその異常な妖力を利用できないかと思ったの」


「……でも、あの日すべての妖力を使ってしまってはずじゃ」


 葛生も言っていた。子うさぎの妖力をすべて使うことによって、子うさぎたちは消えてしまうと。


「甲坂君。考えてみて。葛生は『子うさぎの妖力をすべて使った』と言っていた。つまりあの地に集まった妖力は全て使っていない可能性がある。そう思わない?」


 言われてみればそうだ。だが、その妖力がどうしたというんだ?


「その異常な妖力、調べてみたらまだあったの。でもほんの少ししかなかった。その力を引き出すのに、昨日までかかってしまったの」


「ちょっと待って。妖力を引き出すとか、どうして鈴美音さんにできるんっ……!?」


 鈴美音さんの手でおれの口は抑えられた。黙れということだろう。


「質問はなし。最後まで話を聞きなさい」


 今度は首を縦に振る。すると抑えられていた手は離れた。


「引き出した後も大変だった。それを今度は妖術を使うエネルギーに変換するから。『日輪』のような専門の妖具があったらもっと楽だったんだけど、でもそこはどうにか頑張った」


 さっきから話が見えない。つまり、何をしたんだ?


「そう、つまりね……」


 鈴美音さんはようやくおれの肩から手を離した。そして……。



「ゆと様……」



 反射的に声がした方を振り返る。


「……楓?」


 目の前には、楓がいた。上体を起こし、目を凝らしてよく見る。やはり二週間前に消えた時と同じ姿で、楓はそこにいた。


「ゆと様!」


 楓はいきなりおれに飛びかかり、抱きつく。


「ちょっ!な、なんで?どうして?」


 あまりの驚きに、思考が追いつかない。


「だから、東郷神社に集まったわずかな妖力を使って、子うさぎという存在に妖力を送ったの。葛生は完

全に消える、なんてこと言ってたけど、そんなこと実際はなかった。調べてみてわかったんだけど、君の

願いがどう具体的に叶えられたかというと、『日輪』を壊しただけ。それで子うさぎたちはほっとけば五十年後には復活したの。けど、そんなに待てないでしょ?だから私が妖力を子うさぎたちに送って……ま、難しい話はもういっか」


「ゆと様!またお会いできてとっても嬉しいです!」


 楓は涙を流しながら言う。


「痛い!そんなに抱きつくな!こっちは怪我人なんだぞ!」


 引き離そうとするが、楓は離れない。

 でも、本当に良かった。

 この二週間感じることのなかった深い安堵感がおれを包む。


「あ、やっと笑ったね」


 言われて気づく。おれ、今笑った。二週間ぶりに。


「他の子うさぎたちは?」


「椿ちゃんも柊ちゃんも、みんな無事です!三輪山にいます。鈴美音様、本当にありがとうございました!」


 鈴美音さんは珍しく照れた素振りを見せる。


「私だって、楓ちゃんがいなくなったら寂しいもの。当然のことをしただけだよ」


 そんな照れた素振りをいつもやっていれば、いつも可愛く見えるものの……。


「もったいないことしてるよなぁ」


 自然に毒舌が出てしまう。自分でも意外だった。安堵した瞬間に前の調子を取り戻しつつあるらしい。


「なに、もったいないって?」


 鈴美音さんは聞き逃さなかった。しまった、仕返しが来る。

 そう思った瞬間、玄関の方からガチャリと扉を開ける音が聞こえてきた。ズカズカとおれの部屋に入り込んできたのは、守屋と早乙女だ。


「おいおい、前とはえらい違いだな。楓ちゃんのおかげか?」


 勝手に人の家に入るな、と言いたいところだが、今はどうでもいい。守屋の皮肉めいた言葉が、とても懐かしく感じる。


「守屋、早乙女!お前たち、知っていたのか?」


「さっき知ったばかりだがな。にしても、『私が合図するまで楓ちゃんを入れるな』なんて、甲坂を驚かすためとはいえ粋なことを考えるッスね」


 鈴美音さんが考えた演出だったのか。


「ああ、楓ちゃん!!」


 早乙女は楓をおれから無理やり引き剥がし、楓をギュッと抱きしめる。


「さ、早乙女様……。さっきもこうしたじゃないですか……」


「そんなこと関係ない!ああ、本当に良かった!」


 いつもはクールなのに、楓の前では本当に人が変わるなこの人。

 そういや、この二週間、おれの態度は二人にとって絶対ウザかっただろうな……。

そして、おれは守屋と早乙女に対して言うべきことがあることを思いつく。


「守屋、早乙女」


 深呼吸。


「ごめん。二週間迷惑かけて」


 二人ともきょとんとした顔をしている。

 一瞬の沈黙。あれ?空気を読まなかったか?

途方に暮れると、守屋は大声で笑い始めた。


「なんだ、気にしてたのか?」


「べ、別にそんなんじゃないけど」


 笑いの区切りがついたのか、少し真面目な顔をして言った。


「ま、気にすんな。友達だろ」


 早乙女もまた、クスリと笑っていた。


「いつもどおりに戻ったのなら、よかった」


 二人とも許してくれた。


 友達……か。しばらくそんな縁の深いもの作りたくないと思っていたけど、いまはちょっと変わった。あんな大きな出来事に直面し、一緒に乗り越えたこいつらとなら、そう認めてもいいかもしれない。


「ゆと様!」


 呼ばれたのと同時に、また勢いよく飛びつかれる。今度は楓の頭が腹部に直撃し、思わず「ごふっ」という鈍い音を立ててしまった。


「私、また三輪山で三匹一緒に暮らすことにします。それでなんですが……あの、またここに遊びに来てもよろしいですか?」


 素直に「いいぞ」と言いたいが、なぜかおれのプライドが邪魔し、すぐには言えない。


「いいよ、いつでも来なさい」


 言ったのはおれじゃなかった。鈴美音さんだ。


「鈴美音さん!それおれが言うセリフ!」


「いいじゃない。私が言っても」


 何がいいんだ。わけがわからない。


「まあ、いいけど、さ」


 正面切って言うと恥ずかしい。


「ありがとうございます!ぜひお邪魔させていただきます!」


 でも、さすがに頻繁に来られすぎるとちょっと困るかも。


「じゃあ、甲坂君も元気になったことだし、楓ちゃんも三輪山まで送らなきゃいけないから、帰りましょう。甲坂君、寂しくさせちゃうけど、ごめんね」


 何が寂しくなるだ。何歳だと思ってる。


「甲坂、またな!」


「甲坂君、楓ちゃんを悲しませたら殺すわよ」


 各々のさよならを聞き、二人は部屋から出て行く。

 二人?守屋と早乙女だけ?

 鈴美音さんと楓はまだ部屋に残っていた。


「どうしたんだ?」


 この問いは二人同時に向けたものだった。


「楓ちゃんが、別れる前にしたいことがあるんだって」


 鈴美音さんはまた面白がっているように見える。


「ゆと様……ではまた!」


 そう言って三度おれに駆け寄る。だが駆け寄っただけではなかった。


「!?」


 なんと楓はおれの頬にキスをしたのだ。楓の顔は真っ赤になり、その場を颯爽と駆け抜け部屋から出て行く。

 ……なぜキス?


「……何のつもりだったんだ?」


「そんなの明らかじゃない。今回のお礼」


 お礼なのか?しかしさすがにいきなりのキスはびっくりする。


「よかったじゃない。これで甲坂君もロリコン主義に目覚めたね!」


「目覚めるかっ!」


 なんだかおれのツッコミがパワーアップした気がする。前はそれほど反応しなかったような気がするが。


「それはそうと甲坂君。君、妖怪探求会やめようと思っていたでしょ」


 鈴美音さんは確信を持ってそう言い放った。

 ……なんでわかったんだ?


「楓ちゃんがいなくなったのは自分のせいと考えて、、君は全ての責任を自分に押し付けて、また誰とも

相容れない日々を過ごそうと思っていた。そうでしょ?」


 図星だった。


「どうしてそう思ったんですか?」


「三ヶ月くらい一緒にいたら、君の考えていることなんてわかるよ」


 おれが推理するような、小難しいことはさっぱりわからないくせに。

 どうやら鈴美音さんには、人の考えや心を読み、それを推理することの方の長けているようだ。


「……そうですね。やめようと思ってました」


「じゃあ、楓ちゃんが無事に戻ってきた今の心境は?」


 今の心境……か。

 妖怪探求会に入ってからは面倒くさいことが増え、自分には利益がないことが多々あった。これからもそれは続くのだろう。

 それはそれでいいのかもしれない。もちろん今までの自分を変えようだなんて全く思っていない。無関心主義を直そうだなんて塵一つ思っていない。けれど、たまには何かに関心を持ったり、純粋に興味を持ったりすることも、悪くはない。

 そして、少しは心が許せそうな奴らと一緒にいてもいいのかもしれない。


「妖怪探求会、せっかくだからこのままやってみようかな」


 我ながら意地を張った中途半端な言い方だ。

 それに気付いたのか、鈴美音さんは不満足そうな顔をしている。


「あら、そんな言い方しかできないんだったら、こっちから君なんて願い下げなんだけど?」


 相変わらず嫌味な人だ。

 大きく息を吸い、意を決したように言う。


「このまま続けてみようと思っています」


 これでも最大限丁寧に言ったつもりだ。だが鈴美音さんを満足させるものではなかった。


「ど~しよっかな~」


 こ、この悪魔。

 咳払い。今度は正座までした。


「どうか妖怪探求会にいさせてください。お願いします部長様」


 言ってるこっちが恥ずかしくなった。さて、鈴美音さんの評価は……。


「うん、いいでしょう!」


 今度は鈴美音さんも満足したようだ。

 うう、いつか仕返ししてやる。

 とりあえずこのことはさておき、鈴美音さんにはまだ聞きたいことがあった。

 別に他のみんながいる前で聞いてもよかったのだが、なんとなく、二人きりで話した方がよさそうという直感が働き、実際二人きりになったので、聞いてみることにする。


「それはそうと、鈴美音さんはどうして妖術なんて使えるんだ?」


 鈴美音さんが妖術を使えたおかげで楓たちは生き返ることができた。そのことはとても感謝している。だが、どうして妖術が使えるのかという疑問が新たに生じる。

 鈴美音さんは妖怪のことに詳しかった。守屋も、早乙女も、全て妖怪がらみで鈴美音さんと関わっており、二人とも鈴美音さんのおかげで助けられたと言っていた。

 出会ってから思っていたことだが、鈴美音さんには謎が多い。


「鈴美音さんは一体、何者なんですか?」


 自分なりに核心をついた質問だった。果たしてどんな深刻な答えが返ってくるのか。

 おれはグッと固唾を呑み答えを待つ。

 しかし鈴美音さんは、深刻とは程遠いいつもの笑顔で答えた。


「言ったよね。君と私は、同じ匂いがするって」


 そういえば、出会った当初からそんなことを言っていた。


「君と私、多分同じような経験をしてきた。それは匂いでわかったの。私を君自身に照らし合わせて考えてみて。君なら私がわかるはず」


「……鈴美音さんも昔、妖怪に出会った、そして妖怪しか友達がいなかった……?」


「そうだよ」


 その経緯はおれと同じだ。だが、それと妖術がどう絡んでくる?おれの経験を照らし合わせて考える。鈴美音さんがおれなら、おれが鈴美音さんなら……。

 おれは妖怪たちと出会って妖怪たちの物語や知識を得た。鈴美音さんもそれは同じだ。それでもし、妖怪たちが妖術のことを話していてくれたら?もちろんおれは進んでもっと知りたがり、妖術を使ってみたいと思っただろう。じゃあ鈴美音さんは……。

 妖怪たちから妖術を教わった、と考えることができる。


「君と私は似ている。妖怪と触れあい妖怪のことを知った。けど、いつの日か私の目の前からいなくなったの。君も同じなんでしょ。どう思ったの?」


 妖怪たちが突然いなくなった時、おれは裏切られたと思った。友達だと思っていたのに、さよならも言わずいなくなった。そして、誰も信じられない日々を過ごしてきた。

 鈴美音さんも同じ体験をしたなら、おれと同じ気持ちになったんじゃ……。


「私はね、何か理由があるんだと思ったの」


「……理由?」


「そう。だって、消えてしまった妖怪は私の親友なんだもの。どんな理由にせよ、それは仕方がないことで、姿を消すしかなかった。そう信じたいの」


 信じる……。

 おれはその時、信じなかった。鈴美音さんはおれと似ていると言った。けど、決定的な違いがそこにある。

 あの時信じたか、信じられなかったか。


「以来、私は積極的に妖怪たちに関わるようになった。私の大切な友達といつか会えると思って。様々な妖怪たちと出会って、友達のことを調べて……。純と葵ちゃんは、その途中で知り合ったの」


 守屋も早乙女も、鈴美音さんと出会ったのは妖怪がらみの時だと言っていた。


「それでね、数年探し回って、気付いたの」


「何をですか?」


「ただ探し回るだけじゃなく、待つのもありかなって。帰ってきたときのために快く迎えられるように、居場所を作ってあげようって。そう考えたの。だから私は、妖怪について理解のある人間がいる、妖怪探求会を作ることにした」


 そんな経緯で、妖怪探求会が作られたのか。

 強い。素直にそう感じる。

 鈴美音さんはとても強い心を持っている。いなくなった親友である妖怪を恨むことなく、むしろ積極的に関わり、多くの妖怪たちと出会ってきた。中には、危険なこともあっただろう。それでも彼女は妖怪を恨まなかった。そして、親友をずっと待つことに決めたのだ。


「それと、探求会を作った理由がもう一つある。いろんな妖怪と出会ってわかったんだけど、妖怪っていうのは人間よりも繊細で、傷つきやすい。困っている妖怪が多いの」


「だから、力になりたい?」


「そう。妖怪たちの理解者なんて、滅多にいるものじゃないもんね」


 薄々わかっていた。単に鈴美音さんは妖怪たちに興味本位で調べたいと言っているのではなく、調べな

がらも妖怪たちの理解を深めようとしていた。楓に出会ってから、鈴美音さんの楓に対する態度を見てそう思った。


「だから、何者ですかと聞かれたら、ただの妖怪好きな、可愛い女の子としか言えないな」


 可愛い女の子って、言ってて恥ずかしくないのだろうか。もう二十歳近いのに。


「少しイタいですね。鈴美音さん」


 口に出して言うと、鈴美音さんはムッとした顔をした。


「冗談よ。そこツッコミしなくてもいい」


 いつも本気で言ってそうだから、何が冗談なのか判断がつかないんだが。

 けれど、この話で鈴美音さんとの距離が少し縮まったように思えた。


 プップーという音が外から鳴る。早乙女の車のクラクションだ。


「あ、ヤバい。話し過ぎちゃったみたい。葵ちゃんたちを待たせ過ぎちゃった」


「早く楓を送らないと、日が暮れちゃいますよ」


 そそくさと鈴美音さんは部屋の玄関に向かった。

 楓の件が無事済んだ今、今度はゆっくり、何の気兼ねも無く眠ろうと思う。

 だが、そう思った瞬間、また鈴美音さんが戻ってくるのを見た。

 どうしたのかを聞こうとしたが、おれより先に鈴美音さんが口を開いた。


「一応言っておかなくちゃと思ったんだけど……」


 なんだ。まだ何か言うことがあったのか。

 さっきのこともあったので、何を聞かれても驚かないように、心の準備をしておく。


「その……ありがとう」


「……へ?」


「純たちに聞いたんだけど、真っ先に私と楓ちゃんを追ってきてくれたんでしょ。それに、一番に東郷神社まで来てくれた。だから、ありがとう」


 鈴美音さんから改めてお礼を言われるのはなんとも奇妙だ。

 まあ、悪い気分にはならない。


「え、と、どういたしまして」


「あと、これはついでだからね」


 何がついでか聞こうとした瞬間、楓が頬にキスした時と同じような感覚になる。

 それもそのはず。また頬にキスされたのだ。ただし、相手はさっきと違う。

 それは、鈴美音さんだった。

 時間が止まったような、だけど一瞬の出来事だったそれは、全く実感が湧かなかった。


「ま、楓ちゃんにさせておいて自分がやらないっていうのも卑怯だしね。ありがたく思ってよ。ゆと君。頬とはいえ、私から人にキスするなんて初めてなんだから」


 鈴美音さんは「じゃあね」と手を振り、呆然とするおれを残して去って行った。

 一人残ったおれは、誰かに押されたようにベッドに倒れこむ。

 さっき楓から受けたキスと同じものだが、なんというか、言葉にできないが何か違う。楓のほうは姿が子供だから子供のキスと割り切れたが、鈴美音さんのはその……上手く言えない。

 突然、メールの着信音が鳴った。放心状態となったおれはその音に驚き、慌ててメールを確認する。発信者は……鈴美音さん?


『明日から活動を再開するよ。いつもの場所、いつもの時間ね』


 鈴美音さんに対する思いが急に反転した。

 相変わらず我がままだ。また急に活動を始めることにして……。

 少しは松葉杖で学校に行くおれの身にもなってくれ。

 ……そうだ。天真爛漫でものすごく我がままで、何をするのか予測できないのが本来の鈴美音さんだ。 きっとあのキスも気まぐれなものだったのだ。

 お、おのれ、少し勘違いしたじゃないか。

 明日会ったら文句言ってやる。もちろん守屋と早乙女がいない時だけど。


 この先も妖怪探求会にいる限り、鈴美音さんに振り回されるだろう。そして、また妖怪たちと会うかもしれないし、暮木戸の時みたいに、気まぐれに人助けをさせられるかもしれない。

 けれど、「三匹の子うさぎ」の事件に巻き込まれてから、人とも、妖怪とも関わるのも悪くないと思うようになった。相変わらず何かに興味を持ったりするのは苦手だけど、この事件で少し考えが変わった気がする。

 こんな大学生活もあり……か。

 そして、遥か昔おれに別れを告げずに去った妖怪たち。特にユズネ。鈴美音さんの話を聞いて、おれもこのことを仕方ないと思うようにする。何かやむを得ない理由があったと、おれはそう信じることにした。

 だから……いつかもう一度、会いたい。そして、また妖怪のことをいっぱい話そう。


 こうして、おれの新たな日常が始まった。


                                   ―――おわり―――

 これで完結です。妖怪ものとミステリーを組み合わせた物語でしたが、いかがだったでしょうか。

 ミステリーものが好きなので一度書いてみたいと思い挑戦してみましたが、なかなかうまく書けず、申し訳ありません。何事も経験ですね。いつになるかわかりませんが、また挑戦してみたいです。


 最後に。今まで支えてくれた方、最後まで読んでくれた方、ちょっとだけでも読んでくれた方、この物語に携わってくれた方すべてに、盛大な感謝の意をこめて。


 ありがとうございました!

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