第五章 願いを叶える場所 03話
静かに、自分の気持ちを正直に打ち明ける。
おれの返答を予想外に思ったのか、葛生は笑わなくなった。
「あんたは自分自身がよければいいと思っている。その点は、おれも同じだ。おれ以外の誰がどうなろうと、知ったことじゃない。おれ自身が何の不幸も無く生きていけるなら、それが一番いいって今でも思ってる」
「なら、君もわかるだろう?この私の気持ちが!」
葛生の傍らにいる鈴美音さんは、おれを黙って見つめている。何か言いたげだが、今は無視しておく。
「私は願いを叶え、『不老不死』となる。人間の憧れだ。永遠の命の中で私は自分の欲望に忠実に生きる!私自身がよければ、それでいいのだ」
おれは首を横に振る。
「あんたに共感できるのは、自分自身がよければそれでいいってだけだ。あんたの欲望については残念だけど理解できそうもない。不老不死?おれはなりたいなんてこれっぽちも思わない。欲望?おれはそんなに欲を持っていない。不満なく生きていければそれでいいと思っているだけだ。
ただ、最近はその考えが変わってきている。おれ自身の『おれ』っていう枠組みが、どうにもわからなくなったんだ」
「何を言っている……?」
「今まで『おれ』っていうのは本当におれだけのことだった。だけど、今は違う。例えばそこにいる鈴美音さん。彼女がいなくなったら、面倒なことに巻き込まれずに済むんだけど、それはそれでおれの日常が変わる。日常が壊れるのはおれは嫌でさ。つまり鈴美音さんがいなくなったら、『おれが』困るんだ。そして楓。あいつの好奇心の強さは本当に参るんだけど、あいつと過ごしている日常がもう出来上がっているんだ。だから、楓もいなくなったら『おれが』困ってしまうんだ。
わかるか?『おれ』って言う言葉に、自分以外の他の人のその他諸々の事情も入ってるんだ。結果的にいうと、おれとあんたの『自分』っていうのは、まるっきり違うってことなんだよ」
おれは自分の気持ちを一気に言ってしまった。自覚していなかったことも、ついに喋ってしまった。一度言い始めると、おれの口はもう止まらなくなった。
「だから、今のおれはおれの日常に深く関わってしまった奴がひどい目に遭うのを、見過ごすわけにはいかない」
葛生はおれの話をおかしいと思ったのか、また高笑いし始めた。
「なんだその理屈は!わけがわからないよ。……フリートークはここまでにしようか」
そう言って、葛生は右手を「日輪」に向けた。
「ようやく『日輪』の妖力と子うさぎたちの妖力がリンクしたようだ。始めるとするか」
突如、「日輪」の石で造られた円の中心に不気味に輝く陣のようなものが展開された。
その光に呼応するように子うさぎたちも光り出し、倒れていた体も宙に浮き始めた。まるで空中に立っているかのようだ。
こんな超常現象が現実にあるなんて……。
「さあ、子うさぎたちよ、お前たちの力を引き出せ!」
子うさぎたちの光が一層強まった。
「きゃああああああああ!!」
同時に子うさぎたちの悲鳴が上がる。彼女たちから発するその光によって、自らの体を締め付けられているようだ。
「楓!」
なんとか助けようと思うが、楓達は空中だ。いくらおれがジャンプしようが、楓達には届かない。なら、やはり彼女たちを拘束している「日輪」をどうにかするしかない。おれは「日輪」に近寄ろうと走り出した。
「動くなと言ったはずだ」
葛生の冷たい声が耳に障る。葛生は鈴美音さんの頭をがっしりと掴み、こちらを睨んでいる。おれがこれ以上動いたら、彼女を殺すと目が語っている。
くそ……。まだか?そろそろヤバいぞ……。
子うさぎたちの悲鳴が響き渡る。楓も、他の子うさぎたちも、その表情はとても苦しんでいる。見ていられない。葛生の先祖もこれを見てこれ以上願いを叶えられないようにしたんだろう。その気持ちが、今ならわかる。
だんだん焦りが募ってきたとき、ポケットに入れているケータイの振動が鳴る。
来たぞ、合図だ!
おれは大きく息を吸って、子うさぎたちの悲鳴に負けないくらい大声で言う。
「葛生!こっちを見ろ!」
葛生は怪訝な顔でこちらに視線を送る。
「おまえの企みは絶対にやめさせる。あんたの下らない願いは、一生叶わない!」
場違いなことに少年漫画みたいなくさいセリフだったなと一瞬思うが、そんなことよりこちらに注意を向けることが重要だ。
「何を言っている?」
薄ら笑いをしている葛生。だが、その余裕もここまでだ!
「今だ!」
次の瞬間、葛生の右にあるすぐ傍の草陰から、守屋が飛び出してきた。
「なに!?」
葛生は虚をつかれ、反応が一瞬遅れていた。その隙に守屋は葛生の間合いに入り込み、一発を顔に、そしてもう一発は腹にパンチをお見舞いさせた。
葛生は「ゴフッ!」という鈍い音を出し、守屋の三発目のパンチを顔面に食らって、一メートルほど吹き飛び倒れた。
「やった!」
計画通りだ。かなり無謀な作戦だったけど、上手くいった。
おれはここに来る前、この状況をある程度は予想し、奪還作戦を即席で考えた。
まずこの作戦には守屋が必要だ。おれは先に東郷神社まで赴き、早乙女は守屋を待つ。そして東郷神社まで来てから、守屋は攫った奴の傍まで行き、そこで待機する。そこに移動するまで、おれが時間稼ぎをするのも重要だった。準備が整ったら、おれのケータイに連絡をよこし、それでおれのケータイに着信の振動音が鳴ったら、相手をおれの方に引き付け、その隙に守屋が打ち倒す。雑な作戦だったが、結果は上手くいった。
ここまで来る道中、トラックの中で守屋と早乙女が無事に合流してこっちに向かってきていると連絡を受けたものの、守屋が不良たちに襲われ万全の体勢なのか不安だったし、かといって守屋達を待って乗り込むのは手遅れになると思い、時間差をよく考えもせずに乗り込んで大丈夫なのかも不安だったし、かなり無謀な作戦だった。
「守屋、礼を言う!先に鈴美音さんを解放してくれ!」
守屋は「おう!」と微笑んで返す。
敵はもういない。あとは何とか楓たちを解放しなければ。
そう思い、楓たちに近づこうとしたときだった。
「うわあ!?」
守屋の素っ頓狂な声が聞こえた。
いつの間にか守屋はロープで縛られている。
いや、ロープではない。薄黒く鈍く光る煙のようなもので縛られている。「日輪」や楓たちが放つ光とはまた別のものだった。
「なめないでもらいたいな」
葛生はいつの間にか、上半身だけ起こして右手を守屋に向けていた。そしてゆっくりと立ち上がり、右の拳をギュッと握った。
それと同時に守屋を縛っているモノはさらにきつくなり、痛みを与えた。当然守屋は叫び声を上げ、数秒後、地面に倒れこんだ。
「守屋!」
駆け寄ろうとした瞬間、腹に殴られたような痛みが走った。だが目の前には誰もいない。どうしてだ?
一発だけでは終わらなかった。今度は足、肩、顔と何発も痛みが走った。たまらず地面
に膝をつく。
「さっき言ったな。私の先祖は妖術の知識を持っていると。本来の伝説が記されたものと
一緒に、その知識が記された本も私は手に入れた。十年でその知識を全て身に付けたよ。
これくらいの術、造作もない」
息が苦しい。こんな超常現象を身を持って味わうとは。
なんとか呼吸を整えようとするが、痛みで意識がはっきりしない。
「ほうふぁふぁふん!ふゅん!」
鈴美音さんの叫ぶ声が聞こえた。恐らく名前を呼んでくれたんだろうが、呼びかけられ
てもこの痛みはどうしようもない。
「ずいぶん姑息な真似をしてくれたじゃないか?」
葛生は倒れている守屋のすぐ前に立ち、蹴りを入れる。
あいつ……。
殴ってやりたいと思うが、この状態では動けない。
「さて、甲坂……と言ったか?君にも私が直に痛みを教えた方がよさそうだ」
うずくまるおれに、じわじわと近づいてくる。




