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子ウサギ妖怪との非日常的な日々  作者: 樫 ゆう
第五章 願いを叶える場所
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第五章 願いを叶える場所 02話

 トラックの運転手にお礼を述べ、道の途中で降ろしてもらう。目の前には、長い石階段が見える。

 この石階段を登った先に、きっと二人はいる。

 慎重に周りを見渡し、誰もいないことを確認する。どうやらおれを待ち構えている人はいないようだ。すっかり暗くなったが、月明かりを頼りに電灯も何もない石階段を慎重に登っていく。

 急がなければならないのはわかっている。けれど、何も考えないまま突っ込むのは危険だ。この一連の出来事の首謀者とも言える存在が、おれの予想どおりの人だったなら、相手はかなり頭の冴える人間だ。何を仕掛けてくるかわからない。

 ここを登り切った際、どんなことが待ちうけているのかはわからない。いくつもの可能性を考えたが、それが役に立つかわからない。早乙女達に頼んだおれの救出作戦もうまくいくかどうかも不安だ。

 だが、危険は承知で覚悟はできている。

 そしてついに階段を登り切り、目の前に大きな広場と、東郷神社が視界いっぱいに広がる。

 広場にある「日輪」が異様な光を放っていた。その光のおかげなのか、広場全体が薄明るくなっている。


「……楓?」


 よく見ると、「日輪」の傍に楓と、あと二人、楓に似た着物姿の女の子が倒れている。

 あの二人が残りの三匹のうちの二匹、椿と柊なのだろう。

 すぐに駆け寄ろうと、足が速くなる。


「やあ、よくここまで来れたね」


 優しげな声色が広場に響き渡る。

 その声色の主は、神社の正面からゆっくりと出てきた。


「どうしたんだい?」


 人を落ち着かせるような優しい声だが、今のおれには狡猾な、汚い声にしか聞こえない。


「白々しいですよ。本当はおれがここに来たことわかってるんでしょう?葛生さん」


 月と「日輪」が放つ光がその人影を、葛生の姿を露わにする。


「なるほど、すでにお見通しか」


 葛生の顔は、昼間に見たものと全く違うように見えた。あんなに優しげで人当たりの良い顔をしていたのに、今では悪人そのものの顔だ。もはや敬語を無理して使う相手ではない。


「あんた、昼間に会った時点から楓が、逃がした子うさぎだってわかってたんだろ」


「そう。あの時は私が直に捕まえようとしたからね。一度は捕まえたんだが、油断したよ。幸い捕まえたのは夜中だったし、顔も隠していたから楓ちゃんに覚えられずに済んだが、今日ここに君たちが来た時はさすがに焦ったよ。まさかあの子うさぎがわざわざ人を連れてここに来るとは思わなかったからね」


 あの時葛生は焦っていたのか。おれがもう少しこの人を怪しんでいたなら、その焦りに気付いたかもしれないのに。とんだ不覚だ。


「それにしても、どうしてここだとわかった?私は極力ここが本当の、『願いを叶える場所』とは感づかれないようにしていたはずだが」


 やはりそうか。おれの仮説は、葛生自身が認めたことで立証された。

 それを葛生に教える義理はない。即座におれは楓たち元へと走った。


「動くな、この子がどうなってもいいのか?」


「……鈴美音さん!?」


 葛生は神社の柱の陰から、鈴美音さんを引っ張り出す。彼女はロープで縛られ、テープで口を縛られているようだった。


「ほうふぁふぁふん!」


 どうやら意識はあるようだ。とりあえず殺されたりしていないことにホッとする。


「君が言う通りにしないと、この子の命はないよ。万が一のために人質となる人間も攫わせておいてよかったよ」


 狡猾な奴め。これでは迂闊に動くことはできない。

 仕方ない。時間を稼ぎたいと思うのは、おれだって同じだ。


「……あんたの持ってた先祖たちが残した『三匹の子うさぎ』の資料さ。それがきっかけだった。悪いけ

ど、その資料は昼間のうちにあんたの隙を見て写真に撮っておいたんだ」


 実際に撮ったのは早乙女だが。

 葛生は「へえ」と苦笑いした。


「その資料を見て最初におかしいと思ったのは、そこにいる鈴美音さんだ。どうして三回目以降の、願いを叶えてもらった記述が存在しなかったのか。その答えは単純だ。三回目以降は誰も願いを叶えなかったからだ。

 正確には、誰も叶えることはできなかったと言った方がいいか。あの記録の資料には、あんたの先祖は二回目の願いを叶えてもらった後、三匹の子うさぎたちを使って願いを叶えることに対して強い後悔の念を記述していた。そして、子うさぎたちが『人の手に渡らぬよう工夫しなければならない』とも書いてある。つまり、願いを叶えることができないよう、どうにかしたんだ。

 まず『日輪』そのものについて。あんたの先祖は同じ形の偽物を作り、それをここ、本当の『願いが叶う場所』に置いた。本物の方は山の頂上に移動した。だがそれだけじゃ飽き足らず、偽物の地図を作り、山の頂上が本当の場所だと記した。上手い考えだよな。『日輪』が偽物でも本当の場所ではない。本当の場所でも、『日輪』が偽物。あべこべになって、惑わせているんだから。ある意味では二重の偽装と言っていい」


 日輪山は元々そんな名前の山ではなかったらしい。恐らく葛生の先祖が「日輪」をその山に置くことによって、「日輪山」という名前を広めたのだろう。そうまでして惑わし、子うさぎたちを守った理由はわからないが。


「ここが本当の場所だとわかったのは、さっき山の頂上にある小屋で何かを運んだような道具があるのを見たからだ。スコップ、ロープ、荷車。どれも最近使われた跡があった。

 おまけにそこにあった『日輪』は、押すと少しグラグラと揺れた。これは土台が下の土に上手く固定されてなかったからだ。最近そこの土が掘り返された証拠だ。そして、昼間にここに来た時に見た『日輪』についている土の跡。あれは地面に固定されていたものを掘り返した時についた跡だ。それでわかった。おまえが本物と偽物の『日輪』を入れ変えたんだ!」


葛生は掌でパチパチと心ない拍手を送った。


「見事だ。概ね君の言う通りだよ。私の先祖は昔、この町の有力者でね。人々に嘘の言い伝えをし、信じさせることは容易だった。山の命名も君の言った通りだよ。そしてもちろん、この私が『日輪』をあるべきところへ持ってきた。だが、今の話ではわからなかった。どうして私の先祖は二回目以降に後悔したんだい?子うさぎたちの身を案じていたなら、一回目でやめると思うが」


 知っているくせにおれに喋らすつもりか。腹立たしいが、鈴美音さんのためにも喋り続ける。


「その答えは簡単だ。願いを叶えたあんたの先祖が一人とは限らない。一回目と二回目は、違う人物が願いを叶えた、ってことだ。昔の資料に照らし合わせて推理すると、一回目の願いを叶えた奴は二回目の、あんたの先祖にそれを伝えた。そして五十年後、あんたの先祖が子うさぎを集めて願いを叶える。実際に叶えたが、その叶え方に不満を持ち、伝説を偽装したんだ」


 そして二回目に叶えた人物が偽装した伝説や記録、子うさぎたちの特徴を残した。

ここまでがおれの推理だ。

 おれの話が終わった時、少しの沈黙があった。とたん、葛生は笑いをこらえきれず不敵に笑い、間もなく高笑いし始めた。


「ハハハ!やるじゃないか。そこまで考えるなんてできないと思ってたよ。君の言う通り、一回目と二回目は違う人物だ。だが、二人とも、私の先祖なのは変わりない。兄弟だったんだよ」


 兄弟……。そこまではさすがに予想できなかった。


「一回目の願いを叶えたのは兄だった。その時代、私の先祖はごく普通の平民でね、この場所は当時なにもなかったそうだ。彼は平民だったが、妖術については誰にも負けない知識を持っていた。彼はこの場所に集まる異常な『妖力』を感じ、その力を利用すべく『日輪』という妖具を作り上げた。その生贄として捧げるため、ある特殊な『妖力』をもった妖怪が必要だった。それが三匹の子うさぎだ。彼女らの妖力を『日輪』に集め、なんでも願いを叶えるという奇跡を生み出すことに成功した。

 彼の願いは『富を得ること』だった。その願いは叶い、町で一番の金持ちとなった。周囲の人々はなぜそんなにも儲けることができたのか尋ねたが、彼は『三匹の子うさぎによって願いを叶えた』としか答えなかった。そして彼は、一番信頼できる弟にだけ、こっそりその出来事を教えた。五十年後、兄は五十年の周期に子うさぎたちが現れると事前に分かっていたため、この場所に神社を建て誰にも邪魔されないようにし、早々に子うさぎを捕まえ、もう一度願いを叶えようとした。

 だが、弟は願いを叶える光景をおぞましく思ったのだろう。兄を止めようとした。兄は聞き入れなかった。弟は力ずくでやめさせようと、兄を突き飛ばした。その際、兄を誤って殺してしまったそうだ。以来、弟は後悔の念に駆られてしまい、君が言った通りのことをしたんだ」


 あの資料に書いてあった「後悔」とは、兄を殺してしまったことも含まれていたのか。

 けど……兄は弟にしか伝えていなかったのに、どうして葛生はわかったんだ?

 疑問を問いかける前に、葛生自らが語った。


「私がこのことを知ったのは、兄が妖術の研究をしていた記録と、弟が後悔の念に駆られて亡き兄に書いた手紙を見つけたからだ。十年ほど前かな。驚いたよ……今まで知っていた伝説がまるっきり違うんだから。そして奇遇にも五十年の周期がもうすぐやってくる。私はこれを天の声だと思った。私が願いを叶えるのにふさわしい人間だと言っていると!」


 葛生は徐々に狂喜し始めた。もう穏やかな優しい声など微塵にも感じさせない。


「そのために……楓を、子うさぎたちを、鈴美音さんを傷つけてもいいっていうのか」


「そうだ、子うさぎの妖怪など、私の願いを叶えるための道具にすぎない。他の人間も同様だ。子うさぎを捕まえるために金で雇った不良たち、あいつらは最後にのみ役に立ってくれたが、理由も聞かずに金だけで動くとは、馬鹿もいいとこだ。そして彼女も、君も、わざわざ子うさぎをこの町に送り届けてくれた、道具だ」


 おれは他の人に関心など持たない。ゆえに、人のために怒るなんてことはしない。自分自身のことでさえ、罵倒を浴びせられても全く気にしない。

 そんな冷めきったおれの心は、昔のあの出来事から変わっていない。変わっていないはずだった。なの

に今のおれは……。


「あんたの気持ち、少しはわかるよ」


 静かに、自分の気持ちを正直に打ち明ける。


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