表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
子ウサギ妖怪との非日常的な日々  作者: 樫 ゆう
第四章 助けた子ウサギに導かれて
20/29

第四章 助けた子ウサギに導かれて 04話

 しばらくして、おれたちは、神社から出ることにした。もう三時を上回ってるが、これから日輪山へ行かないといけない。早くしないと日が暮れてしまう。


「もしこれから日輪山で石碑を探すならば、表側の山道に沿らず、裏側の旧山道を通った方がいい。そっちの方が早く頂上にある石碑に着くと思うよ」


 葛生さんは神社の広場まで見送りに来てくれた。

 学生相手にもこんなに礼儀正しく道を教えてくれるのに、黙って資料の写真を撮ったことに罪悪感を覚える。それを実行した二人は悪びれることはないようだ。現に鈴美音さんは「ありがとうございます。とても参考になりました」と純粋そうな笑顔でお礼を言っていた。腹の中は純粋とは真逆なのに。


「帰りは、お気をつけて」


 葛生さんは深々と頭を下げておれ達を見送った。

 さすが神主。お辞儀までその貫禄が出ている。

 神社の階段を下りる前に、広場にある例の石碑のレプリカをちらっと眺めた。改めて見ても奇妙な形としか思えない。こんな形のモノが子うさぎの拘束具とやらなのか。

 よく見ると、土台と思える下の方に土の跡が付いていた。広場一面は石でできているため土なんて付けようがないから「あれ?」とは思ったが、別に大したことではない。誰かが土のついた靴でこれを蹴ったりしたか、いたずらか、それくらいのことだろう。

 それにしても、本当にこれから山へ行くのか。絶対日が暮れるって。



*******



 山の旧山道は、一応道があるとはわかるものの、荒れ果てていた。


「大丈夫か、この道?」


 葛生さんが言うからには頂上までこの道は続いている保障はあるが、それにしてもわかりにくい。夕刻となっているため薄暗く、足元も気をつけないと何かに引っかかってコケてしまいそうだ。


「早くいかねーと、帰りは真っ暗になるな」


 守屋の言う通りだ。このままじゃこんな山で遭難なんてことになってしまう。

 一番歩くのが遅かったのは、楓だった。山の景色をおろおろと見ながら歩いている。

 そういえば、この日輪山が楓の故郷だったな。懐かしんでるのだろうか?いや、表情を見るとそうは思えない。なにか不安がっているようにも見える。


「どうかしたのか、楓」


 いきなり名前を呼ばれ、楓は見るからに驚いた。


「いえ、なんでもありません」


「……お前の故郷だろ。もう少し嬉しそうにしたらどうだ?」


「もちろん嬉しいです。嬉しいんですが……前にいた時となんだか雰囲気が変な感じがして……」


 変な感じ?おれは感じないが。強いて感じるのは、薄暗い山は少々怖く感じるということくらいだ。


「それにほかの二匹、椿も柊もいる気配がないんです。山の中だったら、どんなに離れていても感じ取れたのに」


 子うさぎ同士の絆というやつか。楓はおれが今まで見たことがないほどに心配そうな顔をしていた。い

つも笑顔のやつだけにどうも不自然だ。

 こっちまで不安が感染してしまう。

 励ましてやりたいところだが、言葉が見つからない。根拠がないことは言えないしな。

 どうしようか考えていると、前を歩いていた鈴美音さんが「う~ん」と唸り声をあげた。


「おかしいな。葵ちゃん、これ、あそこにあった古文書全部デジカメで撮ったんだよね?」


「ええ、間違いなく全部撮ったわ」


 葛生さんを外に連れ出していたのは約一分。その間に早乙女は何枚も素早い動きで全ての資料を取っていた。同じところを見やすいように撮り直している写真も含め、おれの目から見ても全ての資料を撮っていたはずだ。


「今それを見てるんだけど……ないんだよね」

 気になったのですかさず聞いてみる。


「なにがないんですか?」


「五百年前、初めて子うさぎたちのことを知った葛生さんの先祖がどんな願いを叶えてもらったかと、それ以降願いを叶えた人がいたのかどうかの記録。五百年も経っているんだから、伝説が受け継がれている以上何人かの人が願いを叶えてもらってるはずだと思ってたの。私たちが元々持っていた資料には書いてなかったから、てっきり葛生さんが持っていた資料に書いてあるのかと思ったけど……」


「そんなに引っかかることッスか?」


 珍しい。守屋が鈴美音さんに対してイエスマン以外のことを喋った。


「なんかね。葛生さんが持っていた古文書によると、五十年ごとに楓ちゃんたちは現れているのに、最初の一回目と、その五十年後の二回目しかその記録が書いていない。しかも書いたのは、一回目と二回目とも同じ人なの。別に同じ人が書いても不思議はないんだけど、五十年後の記録にあるこの人が綴った文章にこう書いてあるの」


 鈴美音さんはデジカメの画面を指すが、遠くなのでわからない。

 それを察したのか、鈴美音さんは読み上げる。


「まあ、ここを今の言葉で訳すと、

『私は人が関わってはいけないモノに関わってしまった。五十年経ってそのことに気付いた。今頃気づいてももう遅い。すでにこの不思議な出来事を村中に教えてしまった。なんと愚かなことをしてしまったのだろう。子うさぎにとって私たち人間が干渉することは芳しくないことと私は思う。子うさぎたちは気ままに生きることが幸せなのだ。これから後、彼女らが人の手に渡らぬよう工夫しなければならない。そして彼女らが幸せに生きることを祈る。』

って書いてあるの。まるで葛生さんの先祖が、その後意図的に子うさぎの伝説を秘匿しようしているみたいに感じるんだけど……楓ちゃん、わかる?」


「いえ……申し訳ありません。願いを叶える前後の記憶がなくなってしまうので全くわからないんです」


 前も言ってたな、そんなこと。覚えていればこんなに苦労することはなかったのに。

 でも確かに引っかかるな。なぜ五十年後、後悔の念に駆られたのだろうか。

 人の手に渡らぬよう工夫、というのも気になる。一体どんなことをしたのか。


「こんなこと気にしても仕方ないんじゃないッスか?」


 守屋は気楽そうに言う。

 鈴美音さんはその言葉は耳に入っていないようだ。またも「う~ん」と唸り始めた。

 だがおれは守屋の言うことは正論だと思い、思考を止めた。守屋の言うとおり、こんなこと気にしても何もならない。

 それよりこんなどうでもいいことにまで考え込むようになるなんて、おれの無関心主義はどうも薄れてしまったようだ。いけない。調子を取り戻さなきゃ。


 山に入ってどのくらい経ったろうか。みんなの足取りも重くなり、口数も減ってきた。

今日の午前中に出発し、慣れない土地を歩いたから疲れがたまっていたんだろう。無理もない。

 おれ自身も足に疲れが溜まっているのを感じた。早く着かないかと思っていた時、おれの服を後ろからグイと引っ張られるのを感じる。振り向くとそこに楓がいた。


「どうした、楓」


 楓はさっきより一段と不安そうな顔をしていた。今にも泣きだしそうと言っても過言ではない。おれの服を掴んでいる手をよく見ると、震えているのがわかった。


「ゆと様……私、怖いです……」


 いつも元気な楓がこんな状態になるとはただ事ではない。さっき言っていた変な雰囲気というのが原因だろうか。


「楓?しっかりしろ」


 思ったよりおれは大声を出していたらしい。他の三人もおれ達の方を振り向いた。


「どうしたの甲坂君?楓ちゃんになにかあった?」


「何かあったというか……怖がっているんだ」

 

 楓は震えながら話し続ける。


「私、あの神社の『日輪』を見た時から、体の中でなぜか不安を感じ始めました。自分でもよくわからなかったので気のせいかと思ったのですが、山に入った瞬間、椿ちゃんも柊ちゃんも感じ取れないことに気づいて不安が大きくなって……。そしてこの山の得体のしれない雰囲気、これは異常です。私、自分の故郷なのにこの場所が……怖い……」


「楓、しっかりしろ」


 どう励まそうか考えていた。下手な言葉をかけるよりは黙っている方がいいとさっきは思った。だが楓の怯えようは尋常じゃない。言葉を選んでいる暇はない。

 楓の方を掴み、楓の目を力強く真正面から見て言い放つ。


「おまえは今、おれたちと一緒だ。何も不安がることなんてない。椿も柊にも、おれたちがちゃんと会わせてやる。もしお前に何かあったら、おれ達が全力で守る。だから安心しろ」


「……はい」


 力いっぱい楓は頷く。

 そして楓はおれの手をぎゅっと握った。おれもそれに応えて握り返す。

 思わずおれに似合わないことを言ってしまった。けれど、楓を安心させるためには仕方がない。

 先頭を歩いていた守屋が突然声を張り上げた。


「みんな!あったぞ。『日輪』だ!」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ