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子ウサギ妖怪との非日常的な日々  作者: 樫 ゆう
第四章 助けた子ウサギに導かれて
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第四章 助けた子ウサギに導かれて 03話

 その神社は「東郷神社」といい、図書館から十分ほど車で行った先にあった。

 そこは小高い山だった。車から降りて、長い長い石階段を上った先に目的の東郷神社があった。木々で囲まれたその場所は、階段を境に外界から切り離された、神聖な空間を思わせる。


「あれかな?図書館の人が言ってた神社って」


 階段を登りきった先に見えたのは、少々大きめの古びた神社だった。


「へえ、結構雰囲気出てるな」


 守屋は素直な感想を述べる。

 神社の前には広大な広場があり、神社の荘厳さを一層感じさせる。

 それだけなら絵としてモノになっていただろう。しかし、それを邪魔するものがその広場の中心にあった。


「あれ、なんだろ?」


 鈴美音さんが指さした先にある。変わった形の石碑。一見、大きな岩の上に輪っかの形をした石が乗せてある。さほど大きいものではないが、威圧感がある。


「……さあ?」


 いかにも奇妙だ。

 長い目で見れば灯ろうのような形に見えなくもない。かなり譲歩しているが。

なにかこの形に意味でもあるのか?



「その石碑に興味がおありですか?」



 おれ達五人の誰でもない別の声が聞こえた。その声がした方を見ると、長身の、神主姿の男が立っていた。

 その男に対して、いち早く鈴美音さんが口を開く。


「ええまあ。あの、この神社の神主さんですか?」


 その男は、人当たりの良さそうな笑みで問いに答える。



「はい。私はこの神社の神主の、葛生(くずう)と申します」


 神主、と聞くとお年寄りのイメージが浮かぶが、この男はそれほど年をとっているようには見えない。青年、というのはいささか言い過ぎだが、見た目はそれくらい若そうだ。二十代前半から後半といったところだろうか。


「突然押し掛けてきて申し訳ございません。私、鈴美音と申します」


 鈴美音さんって、初対面の人にはかなり丁寧だよな。

 図書館の時もそうだった。いつもの天真爛漫とはうって変わって、お嬢様らしい凛とした姿勢と表情で挨拶を交わしている。

 おれとの初対面は失礼極まりなかったのに。


「私たちは大学の妖怪探究会というサークルなんです。この町には、『三匹の子うさぎ』という妖怪伝説を調べに来たんです。図書館の渡来さんという方にこの場所とあなたを紹介されました。」


 また人が聞いたら恥ずかしいようなことを・・・・・・。また馬鹿にされそうだぞ。

 しかし意外なことに、葛生さんの反応はよかった。「へえ」と一言漏らし、笑みを浮かべていたものの図書館の渡来とは全く違うもので、純粋に興味から出たものだったように思えた。


「大学って言ったけど、その小さな女の子は?まさか大学生とは言わないよね」


 楓はビクッと体を震わせ、おれの後ろに隠れてしまった。誘拐されかけて以来、まだ知らない人には必要以上の警戒心を持ってしまうのだろう。


「この子はおれの……」


 妹、と言おうと思ったが、年齢が離れすぎてる気がする。かといって親子とは言えないし……。なんと言おうか。

 そう考えていると、鈴美音さんはすかさず言った。


「婚約者です」


「!?」


 いきなりわけのわからないことを!


「へえ。これはまた、なんというか……年の差カップルといいますか」


「いや葛生さん、彼女の冗談ですよ!本気にしないでください!」


「私……そんな、ゆと様のお嫁さんだなんて……」


「楓、おまえも本気にするな!」


 こんな茶番が続き、最終的には楓を「従妹」ということにした。

 葛生さんはこの様子を見て終始笑っていた。どうやら冗談とわかっていた話に乗っていたようだ。

 信じてもらえただろうか。こんな茶番を仕掛けた鈴美音さん本人は、なぜかおれに向かって小さくVサインをしているが、なんでそんなことを……。


「渡来さんの紹介ですか。わかりました。どうか中にお入りください。詳しいお話をお聞かせしましょう」


 葛生さんは礼儀正しい。こんな得体の知れない若者の集団が突然押し掛けてきたというのに、おれ達を神社の中に招き入れてくれるなんて。

 神社の前の広場を歩いている途中、文句の一つを言ってやろうと、鈴美音さんの近くまで歩み寄る。


「なんであんなこと言ったんですか?冗談でもああいうこと言わないでください」


「でも、あれのおかげで葛生さんと打ち解けることができたんだよ。感謝してほしいな」


 この人はほんとに自分勝手だ。人のことも考えてくれ。

 ふと、おれの服を小さな力で引っ張っていることに気づく。楓だ。


「あの、ゆと様、私、別に気にしてませんからね……」


 だからおまえも本気で受け取るな。


「あれ、楓ちゃん、赤い顔してる?もしかしてさっきのこと、まんざらでもなかったんじゃない?」


「そ、そんなことありません!」


 鈴美音さんも楓をからかうな。

 ていうか今の会話を聞いていたのか、後ろにいる早乙女の視線が妙に殺意を持っているような気がするのだが。目が「楓ちゃんを困らすな」と言っている。早乙女、おれに非はないと思うぞ。だからおれにそんな殺意を向けないでください。


 通された部屋は、よくTVでも見るような、仏壇とかが置いてある大きな畳の部屋だった。今はこの部屋に、おれたち妖怪探究会と子うさぎが正座してさっき部屋から出て行った葛生さんを待っている。

 なぜ正座なのか。自分でもわからないが、最初に正座で座った鈴美音さんと守屋、早乙女、そして楓を見て、自分もしなければならないという強制観念を持ってしまったからだ。

 まあ、人様の家で待ってる時は正座の方が礼儀正しいのだろう。にしても、どうも正座は慣れないな……。

 数分後、五人分のお茶を持って葛生さんは現れた。


「お待たせしました」


「そんな、お茶なんでいいですよ。おかまいなく」


「いいんですよ。最近神社にやってくる町の人も減りましてね。お客さんが訪れるのは久しぶりで嬉しいんです。どうかもてなしを受けて下さい」


 なんだかやりにくいな。ここまで丁寧に扱われると、滅多なこと、妖怪について聞きにくくなってしまう。さてどう切り出そう。

 しかしその心配は杞憂だった。おれ達には遠慮がない部長がいるのだ。


「さっそくですが、『三匹の子うさぎ』についてお話していただけませんか?」


 鈴美音さんは物腰こそ丁寧だが、目は好奇心でキラキラしている。どれだけ聞きたいんだ。

 葛生さんもおれ達と向き合う形で正座し、一息ついて話し始める。


「みなさん、この町がその伝説の発祥の地ということはご存じだと伺いました。では、この町の誰がその話を伝えてきたのか、お分かりですか?」


 全員、首を横に振る。


「実は、この神社の神主。つまり私の先祖がその伝説を伝えてきたのです。

 この伝説は何百年も前から存在します。私は願いを叶えてくれる子うさぎの妖怪が本当にいたのかは、知りません。私だけでなく、前神主だった父、その前の神主だった祖父、誰も知りません。しかし、初代の神主ただ一人は、この直に三匹の子うさぎと会ったことがあるようです。そしてその人が伝説を継承してきました。まあ、真偽はわからないのですが……。

『三匹の子うさぎを集め、相応しい場所にて願いを唱えよ。さすれば、その者の願いを叶えん』という伝説。結構昔は、子供たちにその伝説を童話として聞かせる親たちが多かったようですが、今はもう子供たちにこの話をする大人はいませんね。渡来さんたちの世代の方までしか知らないようです。一説では、子供にこの話を聞かせることによって、簡単に願いは叶わないから自分の力で願いを叶えるということを諭す意味で作られた話だと言われています。……この伝説については当然お調べになったんですよね」


 代表して鈴美音さんが「はい」と答える。


「それで幾度も調べましたが、やっぱり大部分はわからないんです。それさえ解ければ、『願いを叶える場所』がわかると踏んでいるのですが……。葛生さんはわかりますか?」


 鈴美音さんはおれ達がまとめた資料を葛生さんに渡す。


「では、あなた方の考えを教えていただけませんか?」


 おれ達はお互いに顔を見合わせる。目と目で会話し、代表してまた鈴美音さんが答えた。


「『杜芝の地』というのはその意味のとおり杜芝市のことだと思います。『日輪山』というのも、その名の通り日輪山のことだと思います。ほかにも記述があったんですが、『願いを叶える場所』に関係しているようなものはなく、それか古すぎて紙が劣化しすぎていたのか、読めないところも多くありました」


 葛生さんは意味深な笑みを浮かべた。


「そうですか。では、とっておきのものをお見せしましょう」


 そう言って、懐から何か取り出した。それは古そうな紙を折りたたんだもので、広げると結構な大きさだった。それには、おれ達も調べた「三匹の子うさぎ」の伝説を綴ったものがちゃんとした文章で残っており、その横に大きな図のようなものが載ってある。


「これは……地図?」


「そうです。約五百年前の地図です。これは代々この神社に伝わる、『三匹の子うさぎ』の伝説に深く関わるモノだと伝えられています。ここを見てください」


 葛生さんが指さしたのは、「杜芝」と言う文字だった。


「見てわかる通り、この辺りが昔の杜芝です。今とは若干町の面積が違いますが、大体は同じでしょう」


「なんだか奇妙な記号みたいのがいっぱいあるな」


 守屋が久しぶりに口を開いたので、思わず顔を見てしまう。地図をよく見ようと眉間に皺を寄せている守屋は、なんだか奇妙で噴き出しそうになった。


「はい。この地図に書かれているこれらの記号は、『三匹の子うさぎ』の伝説に重要な意味を持つようです。いくつかは意味がわかるのですが、全部は残念ながらわかりません」


 杜芝市に来る前、車の中で暇つぶしに杜芝市の全体的な地図を見ておいたおかげか、奇妙な記号が書かれた所の大体の位置関係は把握できた。かなり古い地図でも、見た感じはたいして現在の地図と地形はほぼ変わっていないようだ。


「甲坂君。なにかしゃべりなさい」


 小声で鈴美音さんはおれを促す。おれを見る目が怖い。


 おれだって今考えてるのに。仕方ない。


「全部奇妙な記号みたいなものですが……この鳥居のような記号がある場所は、ここのことですよね」

 確認のためにとりあえず口に出してみる。


「ええ、そうです」


「そうすると、ここから北西の方にある変な「へ」のような形をした記号が、日輪山ですか」


「……はい」


「ここまではおれでもわかりますが、この、奇妙な丸の形をしているモノ。これは何でしょうか?」


 おれが指さしたのは、日輪山を表す記号のすぐそばに書いてある奇妙な記号だ。この記号だけはどう考えても何を指しているのか分からない。


「わからないのも無理はありません。それは『三匹の子うさぎ』を集めた上で、願いを叶えるのに重要な役割を持つモノなのです」


 葛生さんはまたもや懐から何か取り出した。

 また折りたたまれた紙だ。


「そちらに書かれているのは簡単な略図なのですが、こちらに書かれているのは詳しく書かれたものです」


 書かれていたのはさっき地図で見たモノの詳しい絵だった。ところどころ文字が書いてあるが、よく読めない。


「これは『日輪』と呼ばれていたそうです」


「これが『日輪』?日輪山となにか関係が?」


「はい。実は日輪山はこの『日輪』と呼ばれる石碑があった山だからこそそう名付けられたのだと言われています。この『日輪』は、三匹の子うさぎを拘束するための妖術が施された、『拘束具』と伝えられています」


 なんだか話が眉唾なものになってきた。妖術?そんなものがこの世にあるのか?

 そんな心の声が届いたのか、葛生さんは苦笑いした。


「わかっているとは思いますが、この伝説はあくまで伝説です。妖術など、本当にあるとは思いません。真に受けなくても結構ですよ。ああ、こんな伝説をお調べになっている時点でそれくらいのことはわかってますか。妖怪なんて、現実にはいませんしね」


 それを聞いて少し反論したくなる。

 葛生さんは口ぶりからしてこの伝説を信じていないようだが、元々妖怪の存在を知っていた上、真横にいる子うさぎの妖怪にも出会ってしまったおれの立場上、そのことを打ち明けてみたくなる。

 できるわけないか。信じてはもらえないし。


「話が逸れましたね。で、この『日輪』の役割は子うさぎを拘束し、子うさぎから力を引き出すためにあるんです。その力を元に、願いを叶えると言われています」


 もう少し華々しく願いを叶えてくれるのかと思いきや、子うさぎを拘束して叶えるなんてロマンがないな。逆に生々しい。


「あっ!」


 その声に驚く。声を張り上げたのは鈴美音さんだ。


「この神社の広場にもありましたね。その『日輪』というもの……」


 そういえば、あった。


「あれは先祖が本物を模して作ったものです。この神社はその伝説の発祥といわれていますからね。そう言われていた先祖も、発祥した者として形として残したかったのでしょう」


 偽物か。そんな理由でこんなもの作るなんで昔の人は何考えていたんだろう。


「あの、この資料借りてもよろしいですか?」


 鈴美音さんは遠慮なく申し出る。


「すいません。ここから持ち出すのはちょっと……」


 至極残念そうな、ため息をつく鈴美音さん。にしても大げさすぎる。


「そうですか……。それと、すいませんが御手洗いの場所、教えてもらいませんか?」


「はあ……出て右に行って次の角を左に……」


「わかりません。すいません、案内してくれませんか?」


 鈴美音さんの突然の態度に葛生さんは明らかに困惑していた。それでも「はあ」と言って立ち上がり、律儀に鈴美音さんと一緒に部屋を出た。

 にしても気になるのは、出る前に鈴美音さんが早乙女に向かってウィンクしたことだ。何か意味があるのかと思っていたら、早乙女はデジタルカメラを取り出し、瞬く間に全ての資料を写真に収めた。

 なるほど。資料を借りれないとわかったから、一計企てて写真に撮って資料を持っていこうというわけか。

 恐るべし鈴美音さんと早乙女のコンビネーション。


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