第四章 助けた子ウサギに導かれて 01話
「ゆと様、ご気分が優れないのですか?」
やりすぎとも言える笑顔を作り、楓に答える。
「いや、大丈夫だ。気にするな」
そう強がってみたものの、本当はかなりつらい。頭がくらくらする。吐き気もする。だがこれを耐えるのが男の意地と言うもの。誰もが平気な顔をしているのに自分だけこんな状態と言うのは何とも情けない。ということで、なんとか誰にも気づかれないように顔を取り繕っている。
「楓ちゃん、大丈夫よ。一時間くらい車に乗ってるからって、甲坂君が車酔いなんてするわけないじゃない」
鈴美音さんは嫌味っぽくおれに微笑んだ。この人にはもうばれているようだ。
悪かったな。どうせおれは乗り物に弱いよ。
おれたち妖怪探求会一同ならびに子うさぎ一匹は、現在遠い道のりを車で移動している。
楓と出会って十日ほど経った頃、おれたちの活動は次の段階へと進もうとしていた。
「甲坂君の自前の資料、そして葵ちゃんの資料を調べて、さらには当事者である楓ちゃんの意見も聞いた結果、一通り概要は理解できました。なので、次の段階に進もうと考えています」
研究の成果が一通りまとまり、鈴美音さんは次の段階の現場調査に意欲を向けていた。
「でも、相変わらずその『願いを叶える場所』というのはわからないままじゃないですか?」
少しあきれたような声を出すおれ。
「申し訳ございません。私、子うさぎなのにその場所がわからなくて……」
すっかりここにいるのが当たり前となった楓。
いや、別にお前のせいとは言ってないんだが。
「楓ちゃんを困らせないでちょうだい。何回も言ったでしょ。子うさぎたちはその場所の記憶を持ってないって」
「わかってますよ。そういうことじゃなくて……」
弁解しようとするおれを華麗に無視し、鈴美音さんは続けた。
「場所はわからないけど、いくつかわかったキーワードがあるでしょ。そして、そのキーワードが含まれる地名がある。そこに行ってみようと思います」
おれの資料と早乙女の資料を読み解き発見した「願いがかなう場所」のキーワード。
「杜芝の地」と「三輪山」
この二つの言葉の意味は、この土地出身ならだれでもわかる。「杜芝の地」は「杜芝市」で、「日輪山」というのはその名の通り「日輪山」という山がある。
この二つは隣接しており、関係性が高い。恐らく解釈としては正しいはずだ。日輪山に関しては、楓たち三匹の子うさぎが元々いた場所、いわゆる故郷と楓本人が言っているため、間違いないだろう。
「というわけで、杜芝市、日輪山にさっそく行き、現地の情報を集め、この妖怪伝説を一気に読み解きます!」
ずいぶん気が早い。
まあ現地に行けば何か解るかもしれないというのは一理ある。
「あの、どうやって杜芝市まで行くんスか?電車ッスか?」
守屋が素朴な質問をする。
「電車でもいいけど、今回はドライブ感覚で車で行きましょう」
交通手段などおれはどうでもいい。それよりも、おれ達の中で誰か車を持っているのか?まだ二十歳にもなっていないおれ達に、車なんて持つお金なんてないはずだ。
そうなると、レンタカーでも借りるのだろうか。
「じゃあ葵ちゃん。よろしくね」
早乙女はコクリと頷く。
「え!早乙女が車持ってるの?」
意外な人物が車を持っていることに驚愕するおれと守屋。
「そう。十八歳の誕生日に買ってもらったんだよね~」
早乙女の口元が少し緩んだ。これは照れている証拠だ。
「怜奈、やめてよ……」
そして予想通り、楓も車の話に食いついてきた。
「私、この町に来るために車というものに乗りましたが、とても速くて驚きました!早乙女様も持っていらっしゃるのですね!」
楓が絡んできたせいか、口元の緩みを我慢できなくなったようだ。珍しく早乙女は微笑んでいる。
やはり早乙女が笑うのは慣れないな……。
「じゃあいつ出発にしようか」
こうして杜芝市と日輪山への日帰り旅行は計画された。
杜芝市へは車で約一時間半。途中険しい山道があり、どうやらそこでおれの車酔いは始まったようだ。おれ以外のみんなは元気だというのに、おれだけそうなるとはなんとも情けない。早乙女の荒い運転のせいだ、と言いたいが早乙女の運転は文句の一つが出ないほど上手い。ずっと安定している。おれはまだ免許を取ってないので車の運転方法を詳しく知らないが、きっとお手本のような運転なのだろう。つまり、車酔いをしたのはおれの三半規管が単に弱いからだといえよう。
「杜芝市まであとどのくらいだ?」
守屋、良い質問だ。おれもいつ着くのか知りたい。
「そうね。あと三十分ってところかしら」
助手席にいる守屋を全く見ずに答える早乙女。
あと三十分。余裕と思いたいが実際は苦しい。それに考えてみれば、杜芝市に着いてすぐに車を降りるとは限らない。一体いつになったら車から降りることができるのか。
そう考えていたら、天の声が聞こえてきた。
「葵ちゃん、次にコンビニ見かけたらそこで降ろしてくれない?飲み物欲しくなっちゃって」
「わかった……」
天の助けの声が鈴美音さんとは皮肉だ。しかしありがたい。コンビニに着いたらおれも買い物を装い、外の空気を思いっきり吸おう。
ちらりと鈴美音さんを見る。するとおれを見て微笑んでいた。まるで「感謝しなさいよ」と言いたげな顔だ。
お、おのれ……。悔しいが鈴美音さんの言葉に感謝するしかない。
ほどなくどこにでもあるコンビニに着く。おれは外に出て深呼吸し、背伸びをした。
助かった。空気が美味い。
一人安堵していると、横で楓が前方にある山を指差した。
「あの山、日輪山です!」
指先の向こうに、他の山と大して変わらない山が見える。
「よくわかるな。あんな遠くにあって」
「故郷ですから!」
そういうものなのか。
「きっと、あそこに椿も柊も居る筈です!」
久しぶりの故郷を見ることができたせいか、楓はいつもの高いテンションとは少し違った明るさを出していた。たぶん、懐かしいと感じているからだろう。
そして再び動き出す車。さっきより気分は良くなったから今度は安心だ。
途中、「ようこそ!杜芝市へ」という看板を見つける。どうやら市内には入ったらしい。
鈴美音さんもその看板に気づいたのか、提案してきた。
「市内に入ったみたいだし、調べられるところから調べましょう」
「具体的にはどうするんですか」
「そうね。思ったんだけど、『三匹の子うさぎ』の伝説の発祥の地なんだし、詳しい人がいると思うの。だからその人を探して、詳しく聞きましょう」
詳しい人がいるならそれほど苦労せずに済む。おれ達が見つけたキーワードの意味もきっと知っているだろうし、「願いを叶える場所」も解っているだろう。
「でもどうやってその人を捜すんですか?」
「ゆと君。自慢の頭を働かせなさい」
自慢の頭なんてない。
「こういうときは、昔からある市立図書館に行ってみるの。そしていかにも昔のことを知ってそうなお年寄りの職員さんを見つける。きっとその人は、この町のことなら何でも知ってるはずだよ!」
なんというか、どこかでありそうな考えだ。何かのドラマでも見たのか?
まあ何も当てがないよりはマシだけど。
「じゃあそこで決まりっすね。行きましょう!」
守屋はいつも鈴美音さんのイエスマンだな。
「私、図書館というものにとても興味があります!」
この町でも楓は興味津々か。
「それで?どこにあるの、その図書館……」
そうだ。その図書館がどこにあるか、誰も知らない。
少しの沈黙。
「……誰かに聞きましょう!」
市内を走ってみると、なるほど田舎と言うのにふさわしい場所だと感じた。一応ところどころ新しそうなマンションや都会にありそうな気取った店はあるが、田舎の雰囲気は隠しきれてない。しかしその雰囲気こそが、この町の魅力でもあるのだろう。おれも自然豊かな田舎の雰囲気は好む方だ。
そんな雰囲気を楽しんでいる今、おれと早乙女は車の中で図書館の場所を聞きに行った三人の帰りを待っている。
どうしておれと早乙女という不自然な組み合わせが残されたかというと、図書館の場所を聞きに行くと決まった後、すぐに鈴美音さんが聞きに行くと車を降り、女一人じゃ不安だと守屋が続いて降り、この町を歩いてみたいですと楓が二人に続いたため、おれ達二人が車に残ったというわけだ。
予想はしていたけど、車内は沈黙だった。
三人は三分ほどで戻ってくると踏んでいたが、戻ってこない。図書館の場所を聞くくらい、すぐに済みそうなものだが……。
どうしたんだろ?
すでに五分は経った。時計を見たのはこれで四回目。いい加減この車内の居心地が悪く感じ始めた。早乙女の凛としたオーラが車内に立ちこめているようだ。なんだかさっきより狭く感じる。
おれは決して自分から話すタイプではない。何もしゃべらなくてもいいならそのまま沈黙を保つ。だが今の状態は、何かをしゃべらなければならないという義務感を背負った気分となっている。これはやはり、早乙女のせいだ。
「あのさ、早乙女」
声をかけてしまった。早乙女のプレッシャーに耐えきれなかった。仕方ない。何を聞く?
「早乙女って、なんで妖怪探求会に入ったんだ?」
一応前から気になっていたし、これを聞くのは自然だと一瞬感じてそう聞いた。しかし言葉に出してからすぐ何か違和感を感じた。なんだ?
ゆっくりとおれの方を向き、早乙女はこう言った。
「甲坂君らしくないわね。人のことを詳しく知ろうなんて」
そうか、おれが感じた違和感はそれだった。興味を持たない、関心を持たないことがおれのモットーだったのに、いくら雰囲気に押されたからと言ってこんな発言をするのは、おれらしくもない。
確か守屋にも言われたな。最近のおれは芯がぶれてきてるようだ。
「ごめん」
「別にいい、謝らなくて。……そうね。簡単になら教えても構わない」
無理しなくていいよ、と言おうと思った。けれど実際には声を出せなかった。もしかしたら、本心では多少興味を持ったからかもしれない。
「……小学五年生のころだったかな。私の実家の神社の近くで本物の妖怪と出会ったの。それで、ちょっと困ったことになった。詳しくは言えないけど、結果的に私は妖怪に襲われそうになった。けどその時……」
「鈴美音さん?」
反射するかのようにおれは素早く彼女の名を言っていた。
その反応に驚いている早乙女。こんなに驚いている早乙女なんて初めて見た。
「どうしてわかったの?」
「え、と……なんとなく……」
そう言うしかなかった。本当のことだから。
「そう、怜奈が助けてくれた。そして怜奈は友達になってくれた。今でも彼女は、私の大切な友達……。だから怜奈が作る妖怪探求会に入ろうと思った」
守屋と、そしておれと同様過去について詳しくは教えてくれなかった。けれどその気持ちはやっぱりわかる。
やっぱり早乙女も鈴美音さんがきっかけなんだ……。
「満足?」
「あ、うん。ありがとな、話してくれて」
その直後、車のドアが開いて三人は帰ってきた。
「やっと場所が分かった。ちゃんとした道がわかるまでかなり時間かかったよ……」
「葵ちゃん、甲坂君、ごめんね。待たせちゃって」
「ゆと様、この町もとても興味深かったです!」
三人が各々の言葉を放つ。
「大丈夫。そんなに暇でもなかったよ」
そう言って、おれは帰ってきた三人を迎えた。




