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子ウサギ妖怪との非日常的な日々  作者: 樫 ゆう
第三章 三匹の子ウサギ
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第三章 三匹の子ウサギ 02話

 そして今、おれは楓と一緒に学校に向かっている。

 昨日、楓を学校に連れてくるよう鈴美音さんから連絡があり、二日ぶりに楓を外に出した。わざわざ授業を終えてから家に戻って、楓を連れていくのは面倒だったが、部長命令だ。仕方ない。

 道中様々な物を見て立ち止まり、他の興味を持つ者を見つけたら下駄のカランコロンとした音を鳴らして歩く。全ての物に対してはしゃぐ楓。おかげで学校に着くのは遅くなりそうだ。

一緒に過ごしたこの二日間で、楓はとにかく好奇心の塊と言うことが分かった。家の中にいたらあらゆるものに興味を持って、いちいち説明するのがとても大変で、苦労した。例えば、「このテレビというものは、どうしてここと違う風景が見れるのですか?」とか、「この蛇口と言う物は、どうして井戸もないのに水が出るのですか?」とか、とにかく何でも聞いてくるのだ。それらの質問はいつも適当に受け流してきたが。


「人間の世界はおもしろいものがいっぱいありますね!ゆと様はこんな場所で暮らしていてとてもうらやましいです!」


「人間にとってはこの世界が当たり前なんだよ。別に羨ましがる要素ないと思うぞ。おまえも人間だったら同じ気持ちになるさ」


「そうでしょうか?私、こんな世界だったら歩くだけでも幸せな気分になれます!」


 人間と妖怪の感受性が違うのか。いや、きっと妖怪の中でもこいつだけがこんなにも好奇心旺盛なやつなんだろう。

 ふと時計を見る。早く学校に着かないと鈴美音さんに怒られそうだ。


「少し急ぐぞ。離れないようにしろよ」


「はい!わかりました!」


 そう言いつつも相変わらずキラキラした目で周りを見渡しながら歩いている。

 絶対わかってない。

 あきれつつ進むおれ。すぐ横に並んで歩き始めた楓の横顔は、いつも笑顔だ。


「あの、この前デンワでお話しされた鈴美音様と言う御方とお会いになるんですよね。どんな方なんですか?」


 なぜそんなことを、と思う。しかしすぐに思い至った。昨日連絡があった際、楓にせがまれて少しだけ鈴美音さんと会話させた。楓のその時の喜びようを見るに、難なく二人は打ち解けたようだった。それで彼女に興味を持って聞いてきたんだろう。


「人の気持ちを無視して、勝手に自分のことに他人を巻き込む人。付き合いはまだ短いけど、これだけははっきり言えるな」


「そんな、いけませんよ。他の人をそんな風に言うのは」


 叱られた。こんな小さい子に叱られるとは。

 おまえは鈴美音さんを知らないからそんなことが言えるんだ。


「他にもゆと様のお友達がいらっしゃるんですよね」


 楓の声は少し低くなった。顔を見ると、少し警戒しているのがわかる。

 友達と言うか、おれにとってはサークルのよしみの知り合いだ。まあいいけど。


「そうだ。あと二人いるんだけど別に悪い奴らじゃないから、安心していいぞ」


 楓が知らない人を警戒する理由はわかる気がした。約一ヶ月、知らない奴らから追いかけられていたのだ。数日前の暮木戸の件で知ったが、何人もの不良がこの子を探している。そんな中街を出歩くのは、危険な行為だ。

 本当は、楓が着ている赤い着物を目立つからどうにかしたかったのだが、生憎おれは女物の服なんて持ってないし、どうにもできなかった。

 まだ明るいし、大丈夫だろ。


「あとのお二人はどんな方なんですか?」


 おれは苦笑する。


「一人は男だ。とにかくうるさい奴なんだが、根は良い奴だ。もう一人は女で、とにかく静かな奴だ。でもたまに鋭いツッコミをかます時あるんだよなあ」


 そういえば、あの二人にこの子を会わせていいのだろうか。あの二人が妖怪のことをどの程度知っているのかは知らない。あの日、鈴美音さんがおれに妖怪のことを知っていると断言された日については話していないし、妖怪探求の活動はやってきたけど二人が妖怪について信じているのかもわからない。

 あの二人は妖怪のことを知っているのか?知らないのか?

 でも、それは鈴美音さんが知っているはずだ。どっちにしたって、鈴美音さんが連れて来いと言うのだから、問題はないのだろう。

 一応、妖怪と言うことは言わないでおくか。


「ところでゆと様。学校という場所はどんなものなのですか?」


 もうあれこれ説明するのは勘弁してくれ。


*****


 守屋と早乙女の反応が気にはなっていたが、実際はその不安は杞憂だった。

 今、楓は守屋と楽しくおしゃべりをし、早乙女も笑顔を見せないものの楓を無視するわけでもなくしゃべっている。

 着いたときはそれなりの不安を抱え、おれと楓は躊躇いながらも部室に入ったが、待ち受けていたのは鈴美音さんの笑顔と楓への歓迎の言葉だった。続いて守屋が元気よく向かい入れてくれた。

 そんな二人の歓迎ぶりと笑顔におれは気圧されたが、楓はいたく気に入ったらしく、それをきっかけに妖怪探求会のみんなとすぐに打ち解けた。

 鈴美音さんも楓がみんなと仲良くなるのを待っていたのか、すぐには楓を呼び出した要件を言わなかった。だがおれたちが来てから十分ほど経つ。そろそろ話を切り出してくるか。

 予想は的中した。


「甲坂君。『三匹の子うさぎ』の資料持ってきてくれた?」


「ああ、ありましたよ奇跡的に」


 最初、おれも言われた時はピンとこなかったが、なんとなく聞いたことがある気がした。 

 鈴美音さんとの電話の後、おれはこの間実家から送られてきた自前の妖怪資料を取りだ

す。もう二度と開くことはないと思っていた、手作りの本だ。パラパラと紙をめくり、目

当ての「三匹の子うさぎ」について調べたことが載っているページを見つけた。

 そして同時に、楓の正体にも気づく。

 このことは昨日のうちに鈴美音さんに電話で伝えておいたが、資料があるなら持ってき

てと言われてしまった。

それにしても小学生の時に作ったものだからか、字が汚い。まあいいけど。


「小学生の浅知恵で書いたものなんで、詳しいことは載ってなかった。それでもいいんですか」


「そうなの?詳しい方がよかったんだけど」


 そうですか。申し訳ない。

 おれの資料をざっと読む鈴美音さん。「字が雑ね」と一言感想を言われ、余計な御世話だと思う。


「ま、いっか。葵ちゃん!純!楓ちゃん!ちょっと話したいことがあるから聞いて!」


 鈴美音さんの掛け声に反応し、三人は一斉に鈴美音さんへと視線を集める。


「今日は、楓ちゃん本人もいることだし、妖怪探求会発足後初めての、ちょっと一線を越

えた活動を行いたいと思います。拍手!」


 パチパチと気のない拍手をするおれと早乙女。反対に守屋と楓は惜しみない拍手を送っ

ていた。


「さて、とりあえず確認だけど楓ちゃんは、妖怪なんだよね」


 ストレートに言うなあ。ていうか、楓が妖怪と聞いて守屋と早乙女の反応はどうなんだ?

 二人の横顔を見てみる。何事もなかったように平然としていた。

 鈴美音さんが前もって教えていたのだろうか。それなら納得が……いや、いかない。仮

に前もって教えていたとしても、相手が妖怪なんだから少しくらい動揺したりしてもいい

のではないか?

 となると、二人とも何らかの形で妖怪に対して免疫がある、ということか。

 とりあえずそれは今は置いておくか。


「はい!私は日輪山に住んでいる妖怪です。楓と申します。改めまして、よろしくお願い

いたします」


「礼儀正しい子だな」


 守屋が言う。おれもそう思っていたけどな、一緒に暮らすと意外とそうでもないぞ。


「で、もう一つ確認だけど、楓ちゃんは『三匹の子うさぎ』のうちの一匹なのかな?」

 楓はこのことについても素直に答える。


「はい!そうです」


 やっぱりか。おれも資料を見つけた際にまさかと思ったが。


「あの、『三匹の子うさぎ』ってなんスか?」


 守屋は手を挙げて鈴美音さんに聞いた。


「古くから伝承があるの」


 わざとらしく一呼吸おいて、鈴美音さんは話し始める。そうするのは、より意外性を持たせるためだろう。


「五百年ほど前からかな。(かえで)(ひいらぎ)椿(つばき)の名を持つ子うさぎを集めると……」


 またもったいぶって言葉を溜める。そういうのはやんなくてもいいから。




「なんでも、願いを叶えてくれるらしいの」




 思った通り、守屋はいち早く反応した。


「マジですか!すげえ。でも、ちょっと待ってください。三匹の内の一匹が楓ちゃんで、

それなら楓ちゃんは子うさぎのままじゃないんですか?どうして今人間になっているんス

か?」


 その答えは、確か今鈴美音さんが持っているおれの資料に書いていたはずだ。

 だが鈴美音さんは答えなかった。代わりにこう言った。


「それは甲坂君が知ってるよ」


 守屋の視線が一気にこっちに向く。守屋だけでなく、楓もワクワクした顔でこっちを見ている。


「なんでおれが……」

 

 ていうか、楓は当事者なんだからそんなに楽しそうに関わらなくても。

 まあ別に説明できないこともないので簡潔に話す。


「その伝説が本当なら、五十年に一度で子うさぎたちは姿を現す。ここ数百年ではわからないが、歴史的には数回、人間の前に姿を現していたそうだ。もちろん本当の姿は子うさぎだけど、一説によれば昔から人間と関わりを持ってきたせいか、人間に憧れを抱きかなり友好的な妖怪だったらしい。

 妖怪のほとんどは人間に化ける力を持つ。推測だけど、楓も人間に憧れて、人間の姿になったんじゃないのか?」


 全員を見渡す。今度は楓に注目が浴びる。当事者に確認するのが一番とみんなわかっているからか。

 そんないきなりのみんなからの注目に楓は嫌な顔せず答えた。


「そうです。私たち三匹、人間にとても興味を持っていました。まだこんなに四角い建物だったり、壁に違う景色が描かれていなかったような昔の時代ですが、人間の暮らしを見ているだけでとても楽しく、憧れを抱いていました」


 大げさな頷きと感嘆の声を出す守屋。どうやら納得したらしい。

 しかし、すぐにこっそりと守屋はおれに聞いてきた。


「なあ、壁に違う景色が描かれるってどういうことだ?」


「テレビのことだろ」


 確かに楓の表現はわかりづらい。

 鈴美音さんは咳払いをした。


「三匹の子うさぎの伝説について一通りみんな理解したところで聞いてほしいんだけど、私たち妖怪探求会は、やっぱりこうも直に妖怪がいるのだから、ここしばらくの活動は楓ちゃんと過ごし、三匹の子うさぎの伝説を探求したいと考えています!」


 楓と過ごす?楓と一緒に伝説を追うのか?

 疑問に思って質問する。


「具体的には?」


「楓ちゃんに今までの歴史を振り返ってもらいます。それを聞いて、私たちが独自に研究していきます」


 それを聞いて、鈴美音さんの意図に気づいた。

 今までの活動はどれも効率的ではなかったのはおれは感じていた。恐らく鈴美音さんも少しは感じていたんだろう。やる意味あるのかと思ったことさえある。しかし今は妖怪本人である楓がいる。しかも楓にまつわる妖怪伝説もある。これをテーマとして追求していけば、サークルの活動として少しは身が引き締まったものとなる。


「で、必要とあれば『願いを叶える場所』と呼ばれる現地に行ってみたいとも思っています」


 ちょっと待て。今のは聞き捨てならなかった。


「現地へ行く?どういうことですか」


 たしか、「願いを叶える場所」というものが存在するのは知っていたが、それがどこなのかはわからなかった。おれが作った資料には、そこまで詳しくは書いていない。当時書こうと思ったが十分な情報がなかったのだ。

 正体がわかってから、楓にも聞いてみた。しかし子うさぎ本人でも場所はわからないというのだ。願いを叶えてもらったという事実はあるものの、願いを叶えた際の記憶が無くなっているらしい。それが鈴美音さんならわかるのか。


「もちろん、それも調べるの。楓ちゃんの話と、私たちがやる伝説の調査を照らし合わせて、私達で推理するの」


 なんと面倒な。

 鈴美音さんの考えにあきれていた時、またもや守屋が手を挙げた。


「あの、その願いを叶える場所って決まってるんですか?三匹集めればいいってわけじゃないんスか」


「そう。決まった日時、決まった場所で三匹が揃わないと願いを叶えることができないの」


 鈴美音さんはちょっと残念そうに言う。

日時も場所もさっぱりだが、その時期になったら子うさぎは現れるというのでそろそろなのだろう。

だが、ふと思う。もしそのどちらも解り、かつ三匹を集めることができた場合、おれたちはどうするんだ?

 口に出して言おうと思ったが、返ってくる答えを聞くのがなぜか一瞬怖くなった。

 願いをタダで叶えるなんてろくなことはない。それに、子うさぎが実在したのは事実でも、願いを叶えるという話が本当だという確証はどこにもないのだ。

 そう思い込んだ。



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