第二章 サークル活動開始 05話
今日の出来事を鈴美音さんに報告し、これで帰れるかと思った。
しかしそれは甘かった。鈴美音さんは「せっかくだから活動してこうよ!」と言ってきたのだ。さっきまでの男らしい雰囲気とはうって変わって、守屋はいつもの守屋になって「わかりました!」と同意するし、早乙女は無言で同意するし、反対するのはおれだけ。
「なに?ひょっとして今日のこと、よくやったと褒めてもらいたいの?」
鈴美音さんは不思議そうにおれの顔を覗いてくる。
どんな甘えん坊だおれは。
もちろん否定しようとする。そして言うだけ言って帰ろうかと思った。
しかし口が開く前に、鈴美音さんに先を越された。
彼女は背伸びして、おれの頭を撫でていたのだ。
咄嗟のことに何も言えなくなるおれ。
「はい、大変よく出来ました。ありがとうね」
「な、な、な……」
言葉が出ない。
「なにやってんだ甲坂!このやろう!鈴美音さんも手を煩わせやがって!」
おれじゃない。守屋がそう叫んでいた。
「いや、これは不本意だって!怒るなよ!」
そして数分間、108講堂の中を守屋から逃げる結果となった。
さっき友情宣言したくせに、今は敵か。
そんなに時間をかけず、守屋はおれを捕まえた。襟首を掴み、額にデコピンし、それでなんとか許してくれた。
もちろんそのデコピンはとてつもなく痛かったが。
そんなドタバタの後に通常の活動を行い、今はもう五時過ぎ。
おれは一人帰り道を歩く。
明日は日曜日。まず間違いなく、休みだ。明日こそは一日中休んでやる。
密かでバカバカしい決意だが、心に留めておく。
夜が近づいてくると寒くなってきた。今日は天気予報で暑くなると聞いていつもより薄着で来てしまったため、夕方の気温にはいささか肌寒さを感じてしまう。もう六月に入るというのに。
寒い風を身に感じながら、今日のことを振り返る。
今日は決して自分にとって無益なことばかりだった。理不尽にサークル活動とは違うことをやるし、不良に怖い思いをさせられるし、守屋から軽い暴力を受けるし、鈴美音さんからは子供扱いされるし、結局いつもと同じ活動を夕方までするし、良い休日とは言えなかった。
しかし、無駄な時間を過ごしたとは感じない。無益であったはずなのに、心のうちは充実感で満たされている。わかりやすく言うならば、今日は楽しかったのだ。
何事も必要以上に興味を示さない。関心を持たない。それがおれの生き方だ。
この生き方を決めたのはいつだったろうか、確か中学生の頃だ。まだ好奇心旺盛だった若かりし頃、とあることでこんな信条をいつの間にか持つようになっていたのだ。それから今まで、薄っぺらな友情関係を築き、時には恋愛感情も抱いたが、決して深い感情を抱くものではなかった。
今もそれは変わらないはずだ。だが、この充実感はここ数年味わってなかった気がする。
それが自分にとって良いことなのかわからない。まあ、どう考えても仕方のないことだが。
気がつくと、向こう側から子供たちの一団が歩いてくる。家に帰る途中なのだろう。
すれ近いざま、おれの生き方を決めたきっかけとなった出来事をふと思い出す。
そうだ。おれもこんな風にみんなと――
その思い出を拒絶する。もう忘れたいことだ。
あの、妖怪と過ごした日々のことは。
おれはもう、妖怪には関わらない。よりにもよって妖怪探求会なんてものに入部してしまったが、いつかはやめる。どんなに今日が楽しかったとは言え、いつかはなくなるのだ。
そして今度こそ、妖怪という名のつくものすべてから、関わりを断つんだ。
いつの間にか、自分の家のすぐそこまで来ていた。
この角を曲がれば、おれの安息の場所に着く。
そしていつも通り角を曲がると……
おれは仰天した。
誰かが倒れていたのだ。見ると小学生くらいの女の子だ。黒髪で赤い着物を着ている。
待て、こんな風貌の子がいることを、最近どこかで聞いた気がする。
あれは、確か暮木戸が言っていた……
そこで思考は中断される。倒れていた女の子がゆっくりと顔を上げ、こちらを見上げてきたからだ。
「あの、助けてくれませんか……」
ああ、これは現実ではない。ここはどこか漫画やアニメの世界なのだ。前に見た漫画でこんなシチュエーションの出会いが会った気がするし。
でなければこんな非現実で、定番な出会いはない。
そんなおれの思考を知りもせず、少女は笑った。
その顔を見て、おれは冷静さを少しずつ取り戻してきた。
よく見ると、目の瞳が赤い。顔立ちもどこか人間離れしている。何より人間の持つ雰囲気じゃない。
そうか。
この子は人間じゃない。妖怪だ。
昔、嫌と言うほど妖怪と会っていたからすぐにわかる。
おれは極力目を合わさず、その場を立ち去ろうとする。
が、できない。
体が動かない。その時ばかりはおれの信条の意義が、なぜか薄れていた。
どうする?
少女は見るからに弱っていた。このまま放っておけば死んでしまうかもしれない。
さあ、助けるか、助けないか。
どちらにせよ、なぜか嫌な予感しかない。




