第二章 サークル活動開始 04話
土曜日なので、公園で遊んでいる子供は多かった。おれ達が入ってくると、そそくさと遠くの方へ行ってしまう。親たちも、こっち側に子供が来ないよう注意し始めた。
まあ、こっちはちょっと重い雰囲気だから避けたくなるのも当然か。
「何の真似だよ。俺の邪魔をするなよ」
暮木戸は思いっきり守屋を睨みつける。
「こっちのセリフだ。何の真似だよ。いくら金を稼ぐっていっても、ああいう不良になるのは間違いだろ」
暮木戸は何か言いたそうだったが、声が出ない。きっと守屋の言うことが最もだと思ったからだろう。
「内海さんのために必死になるのはわかるが、もう少し頭を冷やして考えろよ」
「……おまえに俺の気持ちがわかるのか」
怒気をこめて暮木戸は呟く。
その瞬間、暮木戸は守屋に殴りかかった。
危ない、と叫ぼうとしたが、その前に事は終わっていた。
守屋は殴りかかってきた拳を押さえつけるのではなく、暮木戸の手首を掴み、自分の方へ引き寄せ、瞬く間に暮木戸の体を半回転させた。暮木戸は勢いよく地面に倒れこむ。
「どうした。得意の空手の技術がまるでなってないぞ」
今のは合気道なのだろうか。よく見えなかった。こんなことを一瞬でやりこなす守屋は、なるほどとても強いのだろう。五分で不良を何人も倒しただけある。
暮木戸は守屋を睨みつけている。見るからに悔しそうだ。
二人の睨み合いが続く。
この状況、おれはどうすればいいんだ。
下手したらこのまま二人は殴り合いを始める勢いだ。ここでなんとか止めた方がいい。
頭を働かせ、暮木戸を落ち着かせる言葉を探す。
そして、言葉を紡ぎ合わせ、一番効果がありそうな一言を口に出す。
「内海さんは、あなたと連絡が取れないって心配してたんですよ」
言った瞬間、今おれの存在に気づいたように振り向く。
本当におれがいることに気づいていなかったんじゃないだろうか。だって今まで目も合わせていないし。
ともかく話し続ける。
「いくらあなたが将来を見越して幸せを望んだって、今、大切な人を心配させたらいけないと思います。心配させたら、その時点であなたは彼女を傷つけているんです。そんな人が、将来も彼女を幸せにすることなんてできないんじゃないですか」
守屋のように、おれにも殴りかかってくることを覚悟した。
しかし、おれを少し見ただけであとは地面にうずくまってしまった。
「ち、くしょう……」
今にも泣きだしそうな、押し殺したような声だった。
「……言えなかったんだ。俺が今やっていることを。良い稼ぎをもらえると聞いて誘われるままにあのグループに入ったが、実際にすることを聞いて俺は自分を見失ってしまった。罪悪感に駆られていたけど、金を稼ぐために仕方なくて……」
うずくまるその背中を、守屋はポンと叩く。
「だが、お前は一線を越えなかったんだろ。ここでお前を止められてよかったよ」
その言葉で、暮木戸はポロポロと泣き出した。
守屋はおれに苦笑し、「悪いな」と短く謝った。恐らく、二人が喧嘩を始めそうな雰囲気を止めたからだろう。
別に、守屋たちのためじゃない。おれが巻き込まれるのが嫌だったんだ。
基本、おれは自分の利害しか考えないから。
それなのにおれに謝られると、勘違いされたようで気まずい感覚が残る。
「さあ、学校に戻ろう。内海さんがまだいるかもしれない。その時はちゃんと謝れよ」
守屋が暮木戸を立たせ、おれたちは公園を後にする。
おれ達が去る様子を、公園にいた子供たちが興味深げに見つめてくる。
ごめんな。君らの遊び場に入り込んで。
「ところで、おまえらはなにをやっていたんだ。危ないことだったんだよな」
学校へ向かう道中、守屋は一欠けらの配慮もなしに暮木戸に聞いた。
「ある少女を探し、捕まえろ、と言われていた。写真は今持っていないが、赤色の着物を着た黒髪の、見た目9、10歳の女の子」
苦々しい思い出を思い出すように、苦しげに言う。
「へえ、変わってるな。てっきり銀行強盗でも計画しているのかと思ったぞ」
「一ヶ月ほど前らしいが、多額のお金を前金でもらい依頼されたと誰かが言っていた。当てもないのに探せと言われて、俺たちグループのリーダー格だった男は最初断ったらしいが、かなりの大金を前金として出されて、即座に依頼を受けることにしたらしい」
なんだそれ。依頼した奴は危ないロリコンか。
「依頼した奴、なんだか悪趣味な野郎だな」
守屋も同じことを思っていた。
暮木戸は苦笑する。
「そうだ。俺も感じていたよ。最初は依頼主は親かと思っていたが、そうではないらしい。そもそも不良に頼む時点でおかしいよな。今思えば、どうか見つからないでくれと心の中で思いながら探していたな。稼ぎたい気持ちもあったのに、全く矛盾した気持ちだったよ」
おれは暮木戸と守屋の話に敢えて入り込もうとはしない。暮木戸にとっても、気が許せる友人である守屋とだけ話した方が気が楽だろう。
それにしても、着物を着た少女を探すなんて、変わった依頼主だ。大金をかけてまで探すということは、その少女を是が非でも捕まえたいと言う意思が伺える。
何か理由があるのか、それともやはり危ないロリコンか。
まあ、考えたって何がわかるわけじゃない。
気がつくと、学校は目前にあった。
暮木戸とは学校の門で別れる。内海さんは恐らく部室にいるらしい。
「悪かったな、面倒かけて」
「もう内海さんを心配させんなよ」
守屋は念を押すように言う。
暮木戸はそれを笑顔で答えた。
「それと、お前」
え、おれ?
「おまえも、迷惑掛けたな。お前の言葉で目が覚めたようなもんだよ。ありがとう」
律儀に一礼して彼は後を去っていく。
守屋とおれは、とりあえず部室に戻ることにした。
その途中、思わず口にしてしまう。
「おれ、別に感謝されるようなことしてないけどな」
守屋に聞いてもらいたかったわけじゃない。心の中で思ったことをつい口に出してしまったのだ。
そんなおれを守屋は意味ありげに笑う。
「いや、お前のあの一言でずいぶんと救われたよ。お前が口出ししなかったら、喧嘩していたところだ」
「でも、あれは自分が巻き込まれないためであって……」
「そうだとしても、暮木戸が立ち直れたのは事実だし、誰も傷つかないで済んだ。おまえのおかげだ」
守屋はおれの背中をバシッと叩く。
痛いって。
「そうだ。この際だから言っておこう」
「なんだ?改まって」
「お前、鈴美音さんの言うとおり、なんか持ってるわ」
「持ってるって、頭脳のことか?そんなのないって」
守屋は首を横に振る。
「そこそこの頭脳を持ってるのは認めるって前に言っただろ?いや、そこじゃなくて、鈴美音さんはお前の論理的な面を主張してたが、本当は論理的じゃなくて、なんというか……」
もどかしいな。何が言いたいんだ。
「お前に言われると妙に納得させられちまうんだよな。人に悟らせるっていうか」
そんなこと、今まで言われたことない。
おれのことを誰がどう思おうと勝手だが、そんな風におれの能力を高く買われたように言われるのは我慢できない。
「運がいいだけだよ。それにすごいって言うなら、守屋の腕っぷしの強さの方がすごいんじゃないのか」
わざと話を違う方向に持っていく。守屋はおれの誘導にうまく乗ってくれた。
「あれは昔から鍛えられたからだ。実家は道場でな。後継ぎとして教育されたよ」
そういや、実家の手伝いをしていると言っていた。
実家が道場で鍛えられたのなら、あの強さも頷ける。
「じゃあ、もしかしてその道場に暮木戸が通ってたのか?それで知り合って」
率直に思ったことを言う。
「そうだ。やっぱりお前、なんか持ってるわ」
守屋はにんまりと笑う。
これだけでそう思われるのは困る。せっかくおれの話から脱線させたのに、これじゃまたさっきの話に逆戻りだ。すかさず次の一手を出す。
「さっさと部室に行こうよ。鈴美音さんたちが待ってる」
「そうだな。今日のことを報告するか」
何の疑問もなく守屋は相槌を打つ。
こいつ、すぐにこっちの誘導に乗ってくれるな。
素直というか、疑わない奴というか、バカというか。
「なあ甲坂。お前を今日から、俺の『友達』として認めてやる。感謝しろ!」
そしてまた俺の背中をバシッと叩く。
だから痛いって。