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子ウサギ妖怪との非日常的な日々  作者: 樫 ゆう
第二章 サークル活動開始 
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第二章 サークル活動開始 03話


「残念……。甲坂君なら何かわかると思ったのに」


「あれだけの情報でわかれって言う方が難しいよ」


 鈴美音さんはおれを何だと思っているんだ。探偵とでも勘違いしているんじゃないか。

 だが、このまま何も言わないのは忍びないので、一応言うことにした。


「けど、暮木戸って奴が内海さんを巻き込みたくないって思ってるのは確かだよな」


 確認するようにみんなに言った。

 予想どおりみんな気づいていただろう、と思った瞬間、鈴美音さんの素っ頓狂な声が飛んできた。


「うそ!なんでわかったの?」


「え、これはわかるでしょ!」


 頭を左右に振る鈴美音さん。

 本当にわからないのか。


「だって、街中で内海さんに会った瞬間気まずそうだったんだろ。それだけじゃ断定しにくいけど、わざわざ電話で心配するなって言ってきたってことは、完全に内海さんを意識してるってことじゃん。ただ街中で見られただけなら電話までかけてこないよ」


 確証はないけど。


「それなら、不登校になっているのは内海さんが原因ってこと?」


「詳しくはわからない。内海さんに知られたら嫌なことをしているとも言えるし」


「そっか。ウ~ン」

 

 鈴美音さんは考え込むように唸った。

 沈黙。108講堂は静寂に包まれた。

 おかしい。

 今までこんなに静かになったことはない。いや、沈黙がなかったわけではないが、雰囲気がいつも違う。

 そうだ。あいつだ。いつも黙っていてもうるさそうな奴。

 守屋が静かすぎるのだ。

 先ほどと同じく真剣に何かを考えている。

 どうしたのか聞こうと思ったが、守屋は突然立ち上がりそれを阻んだ。


「鈴美音さん!俺、さっきのことでちょっと心当たりがあります」


 不意をつかれて鈴美音さんは目を見開いていた。


「心当たり?純、なんなの」


「心当たりと言うか、暮木戸正貴がいるところを俺知ってるかもしれないんです。なので、直接当の本人に聞いてこようかと思って」


「本当?じゃあさっそくみんなで行ってみよう!」


 ちょっと待って。なんでみんな?

 それにわざわざおれたちが向かう必要なんてないんじゃないか?


「なにも、内海さんに直接言えばいいんじゃないか?暮木戸って人がいるところをさ」


 それはおれ達に関係ないことだから正論だったし、これで早く切り上げたいというおれの願望でもあった。

 守屋は首を横に振る。


「いや、みんなでも行けないし、内海さんには教えられない。なにせ、俺が思っている場所は、女の子は行くべきじゃない。不良の溜まり場みたいなところなんだ」


「……そうね。私はともかく、葵と内海さんは連れていくわけにはいかないし」


「鈴美音さんも駄目です。ここは俺一人でいってきます」


 なんて勇気のある奴だ。不良の溜まり場に行くなんて。

 心の中で敬礼。守屋にグッドラック。

 しかし予期せぬ言葉が待っていた。


「なら、せめて甲坂君を連れて行きなさい。純一人じゃ喧嘩っ早いし不安だから。

 甲坂君。いいよね」


「は?え、そんなもちろん」


 駄目です、と言おうとした瞬間、守屋に腕を掴まれる。


「確かに俺一人じゃ大事になるかもしれません。わかりました!男なら大丈夫だろう。行くぞ!」


「ちょ!だからおれは行きたくないって――」

 

おれの言い訳は聞きもせず、勢いよく部屋を出る。おれは無理やりだが。


 

 学校を出て十数分経っていた。街中でトボトボと歩く。

 仕方なくだが、すでに行く覚悟を決めていた。やばくなったら逃げ出すだけだ。

 街中に出てからずっと沈黙だったが、唐突に守屋が話し始めた。


「おまえ、わかるか?暮木戸正貴が不良と一緒にいる理由」


 正直に答える。


「さあ、わからない。けど」


「けど?」


「なんとなく内海さんのため、って気がする」


 守屋は苦笑いした。


「察しが良いな。そうだ。あいつは内海さんのために不良と一緒に何かしている」


 いかにも知ったような口ぶり。何か知っているのか。そう問いかけた。


「ああ、暮木戸正貴は、昔からの俺の知り合いなんだ。二つ歳が離れているが、とても

気が合った。いや合っていた。ところが、だ。一ヶ月前、あいつと会った時、ある相談をされたんだ。

『金がほしい。内海のために必要なんだ』と言ってきた。実はあの二人は付き合っていてな。すでに大学を卒業したら結婚の約束もしているそうなんだ。ところが親は反対している。まだ早いと。それで、暮木戸は駆け落ちすることに決めた。その資金調達のため、金をできるだけ貯めたいと思ったんだろうな」


 すでに結婚の約束とは、なんて気が早い。

 歳が近い分、現実味を感じられる。


「相談を持ちかけられても、おれはどうすることもできなかった。しばらくすると、あいつは、どうやったのか不良グループに入っていたんだ。なにやら胡散臭いことをやり始めたようだった。だが、俺はそこまで深く知ろうとしなかった。

 そして今日。内海さんの様子を見て、俺はあの時力づくでも止めればよかったと後悔した。自分の彼女も心配させるようじゃ、ただのバカだ。何が結婚だ。いくら金が必要でも、俺はあいつを不良の中から引っ張り出させてやる」


 いつになく本気になっている守屋を見て、おれはどう答えようか迷う。

 話から察するに、守屋にとって暮木戸は大事な友だちなんだろう。

 ふと気付く。おれは友だちのためにそこまですることはあるだろうか。

 様々なことに対して、おれは無関心だし興味が湧かない。守屋のように他人を心配することなんて滅多にない。これから先もそうなんだろうなと決めつけていた。

けど、そんな人生……実に空虚じゃないだろうか。

いや、そんなことはない。おれはこの生き方で満足しているし、楽だ。適当に人付き合いし、適当に世の中を渡っていければそれでいい。それが普通の人生というものだ。

 そんなことを考えているうちに、前にいた守屋が足を止めた。


「着いたぞ」


 路地裏にひっそりとたたずむ、廃ビルだった。

 ドラマとか漫画とか見ていると、不良の溜まり場って言ったら廃ビルや工場跡地だと思いがちになるが、実際にもそうらしい。

 内心、結構ビビっている。足が震え始めた。

 笑うなら笑え。だって、面と向かって不良と向き合うなど初めてなのだ。ていうか、自分に関係あることならいざ知らず、知らない人の説得のためなのだから、無益以外何物でもない。


「なあ、やっぱり」


 おれも行かなきゃ駄目かと聞こうとしたが、その瞬間、入ってきた道に誰かが立っているのに気づいた。


「おい。誰だお前ら?」


 いかにも不良といった服装をしているサングラスをかけた男が言った。


「ここは俺達のアジトなんだ。なに入ろうとしてんだコラ」

 

 うわあ不良って本当にこんな言葉使うんだ、と、ある意味感心する。

 守屋は余裕をもって問う。


「悪いな。ここに暮木戸正貴っていないか?」


「暮木戸?おまえらあのヘタレの仲間かぁ?」


「……そうだ」


 その声の響きから、守屋が少し怒ったことを感じ取った。

 しかし見た目は冷静だ。


「あいつ、自分で金を稼ぎたいとか言って俺達のグループに入ったのに、『それはできない』とかわがままばっかり言うからよ。イラついてたんだよな。金を稼ぎたいなら、一つや二つの法律くらい破れってんだ。おまえもそう思うだろ?」


 相変わらず恐怖を感じていた。しかし守屋は冷静を保っているものの、怒りを貯めこんでいるような気がしてならない。


「……そうか、あいつはヘタレか。なら、おまえはどうなんだろうな」


 そう言って名前も知らない不良に近づく。


「あん?なに言ってんだてめ……!?」


 言葉が途中で途切れた。

 守屋の背中しか見えなかったからよくわからないが、どうやら守屋の一撃が相手の腹に当たったらしい。

 そのまま名前も知らない不良は倒れこむ。


「なあ甲坂。この中はちょっと危ないかもしれん。おまえはここで待っとけ」


「え、ああ、うん」


 意外な優しさに戸惑う。


「大丈夫か?一人で」


 いくら無関心主義のおれでも、目の前の知り合いが怪我をする危険を冒すところを心配する甲斐性は持っていたらしい。自然と心配する言葉が出た。


「大丈夫だ。むしろ、おまえがいたら巻き込まれるから面倒だ。しかし、なんでお前を連れてきたんだろうな」


 今頃それを言うか。

 まあ、いつも鈴美音さんの言うことをすんなり聞く奴だからな。後先考えず今回も素直に鈴美音さんの言葉に従ったんだろう。


「暮木戸がこの中にいたら、五分で連れ出す。それまで待っててくれ」


 そう言うと、ガチャリと廃ビルの中に入っていった。

 そこから五分の間は人のうめき声、叫び声、物がぶつかる音のオンパレードだった。このビルは二階まであるが、三分後には二階からも同じ音が聞こえてきた。その音の中で、守屋の声は一つも入っていない。

 どんだけ強いんだよ守屋は。

 五分が経った。宣言どおり、暮木戸正貴を引っ張って出てきた。

 守屋は傷一つ付いていない。お見事。

 暮木戸正貴は、背が高く、がっしりした体だった。空手サークルの副部長って言っていたから当然か。髪をワックスで立て、服も不良っぽく決めていたが、顔を見ると根は優しそうだなと感じた。


「来い。暮木戸」


「放せよ守屋!」 

 

 守屋は暮木戸の服の襟を掴み、別の場所へと移動する。

着いたのはすぐそばにあった公園だった。


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