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Avenger  作者: J.Doe
旧Avenger
9/107

....And Their Eulogies Sang Me to Sleep 2

 あるところに少年が居ました。

 痩せ細った、何処にでも居そうな少年が。

 しかしその少年は灰色の髪色ばかりの世界で彼は1人違う色を放っていました。黒色です。

 珍しい彼は日々、ヒトカイに攫われそうになる毎日を送っていました。

 彼が住むスラムという場所に同じような子供達がカゾクというものと暮しているのを見る度に、「自分は既にヒトカイに売られた後なのか?」と彼は考えてしまいました。

 カゾクに守られながら暮していた訳ではない少年は道に転がるシタイから物を抜き取り生きていました。

 しかし同じ事を考える人間は多く、少年はすぐに暮していけなくなってしまいました。

 少年はお腹をすかせて路地裏に座り込んでしまいました。

 オイシイ物なんて少年は知りません。ただ、一度で良いからお腹一杯、なんでもいいから食べてみたいと少年は祈っていました。

 砂も泥も、少年には食べられず吐き出してしまったので少年のその夢は未だに叶わずにいました。


「おや、どうしたんだい?」


 路地裏に座り込む少年に見知らぬ男性が声を掛けました。

少年は男にお腹がすいてしまった事をたどたどしい言葉で伝えると男は「じゃあうちにおいで。何か食べさせてあげよう」と言いました。

 少年はヒトカイには見えない男について行きました。

 そして男は彼の家に着くなり、少年をベッドに押し倒し少年の衣服を力任せに破いてしまいました。

 少年は怖くなってしまい、ベッドの横にあったグリップの付いた男の護身用と思われる鉄の棒で男を叩いてしまいました。

 男は床に倒れ、頭から赤い血を流しなら「てめえ!」と少年に叫びました。少年はその男が怖くなってしまい、鉄の棒で男をたくさん叩いてしまいました。

 少年が肩で息をする頃には男はもう動かなくなっていました。

 そして少年はいつものようにシタイからいろいろ抜き出してそこから逃げました。シタイから物を抜くのはいつもですが、人を殺したのは初めてでした。

 少年は他のニンゲン達は信用出来ないと思い、自分の身を守る事にしました。しかしあの時の鉄の棒は置いてきてしまい、少年は何も持ってはいませんでした。


 少年は路地裏に座り込み考えました。


 男のシタイから抜いたお金は全て食べ物に変えてしまい、もう残っているのは少しだけとなってしまいました。

 少年はお金を持っては居ませんでしたが、物を手にいれる方法は知っていました。盗みです。

 普段シタイからやっている事を生きているニンゲンからやるだけです。

 少年は早速スラムのお店でお腹一杯アルコールを飲み、眠っている人間の腰からお金とケンジュウを抜きました。

 そしていつもの路地裏まで逃げ、手に入れたケンジュウに少年は喜びました。これでもうヒトカイや恐い事をしてくる男に負ける事はないと。

 そして少年は盗みに味を占め、あらゆる物を盗んではその日に食べる物に変えましたがある日捕まってしまいました。


「こいつ、舐めやがって」

「しかし珍しい色だ、絶対に顔に傷をつけるな」

「でも黒だぞ? 高く売れるのは金だったはずだ」

「それでもだ。高いのは金だが、黒が安いかは分らん」


 大人達は喋りながら少年の体を殴り、蹴りました。

 少年はあまりの恐怖のあまり、頭を抱えて蹲り痛みを耐えていました。

 気絶しそうな程の痛みを永続的に与えられ、少年はただ耐え、そしてヒトカイの所に連れて行かれました。


「珍しい色だ。しかし傷が多すぎる、良くてこれくらいだ」

「おい、美しくはないがある意味金より希少なこれをそんな値段で売るとでも思ったか? 大体、顔には傷がついていないだろうが」

「馬鹿が、体の傷とて査定の減額になるのだ。脱がせて楽しみたい者なら傷跡1つでやめる」

「チッ、しょうがねえな」


 大人達はヒトカイからお金を受け取り去っていきました。

 少年は考えました。自分はこれからどうなるのだろう?、と。

 先ほどの男達にやられたようにたくさん叩かれるのだろうか?

 それとも前に出会った男のようによくわからない何か恐い事をされるのだろうか?

 嫌だ。埃だらけの床に蹲る少年がそう強く拒絶するその思いに答えるかのように、服に隠していたケンジュウの冷たい感触が少年の肌を刺激しました。

 少年は導かれるようにケンジュウを手に取ります。

 ヒトカイはまだこちらの様子に気付いていません。

 しかし、ケンジュウの扱い方を知らない少年は引き金が引けない事に焦ります。

 ガチャガチャ。少年は動く所全部に手をつけなんとかケンジュウが使えないか考えます。

 ガチャガチャ。焦りからからケンジュウをいじる音が大きくなってしまっています。


「おい、何を!?」


 少年のしている事に気付いたヒトカイが少年に向かって走り出します。

 ガチャガチャ。引き金はまだ引けません。


「クソ、何でこんな物を!」


 ヒトカイが少年のケンジュウを奪い取ろうとします。しかし少年はケンジュウを絶対離しませんでした。

 これがなくなってしまえば自分が終わってしまうことを理解していたからです。


「このクソガキが!」


 ヒトカイが座り込みながら必死に銃にしがみつく少年の腹を蹴ります。涙が出るほど痛いそれにも少年はケンジュウを離しません。

 しかしその揉み合いは唐突に終わりを迎えました。


「いい加減に――」


 ヒトカイが改めてケンジュウを掴む腕に力を加えた瞬間。


カチリ。


 少年はその音を理解し、引き金を引きました。

 響き渡る銃声。崩れ落ちるヒトカイと自分の握る拳銃を見比べて少年は微笑を浮かべていました。


+=+=++=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+==+=+=+=+=+=+=+=


 それから少年はヒトカイの財産を持って逃げました。

 あの路地裏から、大人たちから、あのスラムから。

 そしてあらゆるコロニーを巡りスリを覚えた少年は物を盗み、追われれば逃げ、逃げ切れなければ殺しました。

 少年の戦いはとても拙いものでしたが、ケンジュウの扱いに慣れた少年には簡単ではない事程度になっていました。

 盗んだお金や物は食べ物、弾丸に消えていきました。

 少年の欲は生きる事だけにひたむきでした。


 しかし、少年のそんな日々は終わりを告げました。


 いつもと同じようにすれ違う人間から財布を盗もうとした時でした。


「待ちな、坊主」


 少年の腕を掴んだ男が言いました。

 少年は驚きました。今までバレた事があっても盗む前に気付かれたのは初めてでした。

 恐くなった少年は盗んだお金で買ったガンホルダーからケンジュウを取り出しました。


「チッ、馬鹿が! こんな往来で!」


 少年の腕を掴んでいた男はそう言いながら少年の腕から手を離し距離をとりました。

 少年はその隙に男に背を向けて走り出します。

 せっかくヒトカイから逃げてきたのに、ここで捕まってしまえばおしまいです。

 男が追いかけて来ている事に気付いて少年はさらに慌てます。

 今まで殺してきたニンゲンとは違い、少年はその男は勝てる気がしませんでした。

 路地裏へ路地裏へと逃げ続けた少年でしたが、所詮は来て浅いコロニー。

 行き止まりにぶつかり、逃げ場を失いました。


「さて、坊主。悪いことしたら、ちゃんと償わないとな」


 少年を逃がさないように、唯一を道をふさいだ男が言いました。

 やるしかない。そう覚悟を少年が決め、少年が男へケンジュウを向け振り返ろうとした所、自分の物ではない銃声と今まで感じたことのないケンジュウへの衝撃にケンジュウを思わず手放してしまいました。


「判断が遅い」


 ケンジュウを拾うとした少年に男はタックルをかまし、ケンジュウを自分の後ろの路地へと蹴り込みました。


「場慣れしてるんだかしてないんだか。まあ、殺さずに済んでよかったよ」


 咳き込みながら地面に倒れる少年に近寄りながら男は言いました。

 しかしその目は油断をせず、指は引き金に掛かったままでした。


「悪いことしたら、なんて言うんだっけ?」


 しかし少年は答えない。答えられない。

 少年はそんなことを知りませんでした。


「……ハア。坊主、名前は? おうちは? 家族は?」


 少年にそんなものはない。

 じりじりと近づいてくる男に少年は怯えていました。

 元々勝てる気がしなかったと言うのに、ケンジュウがなくなってしまった今、勝てるわけがないのだ。

 男の圧倒的な存在感に後ずさる事も出来ない少年は先程のとは違う、覚悟を決めました。


「ああ……クソッ! いいか? 俺の質問にイエスなら縦に、ノーなら首を横に触れ。いいな? 嘘をついたら許さないからな」


 少年は男の行動に戸惑いながらも縦に首を振りました。


「まずお前は何かしらの組織に所属しているのか? 共犯は?」


 少年は首を横に振ります。


「それは組織などに口止めをされているのか?」


 少年は首を横に振ります。


「つまり組織等のバックアップのない単独犯という事か?」


 少年は出てきた難しい言葉に戸惑いながらも首を縦に振ります。


「自分と親の名前、年齢、住んでいる場所はあるか?」


 少年は首を横に振ります。


「……ならお前が消えて困る奴は居るか?」


 少年は首を横に振ります。


「これが最後の質問だ。今までの質問に嘘はついたか?」


 少年は首を横に振りました。


 殺されるのだろうか。


 聞かれた質問の内容から少年は死を予見しました。

 しかし覚悟さえ決めてしまえば今までのような死の恐怖はなく、何かほっとしたような気さえします。

 勝てないと思う程の相手を目の前にして、諦めがついたのでしょうか。少年には自分の心すら理解が出来ませんでした。


「いいか? お前がしていたのは窃盗と言う犯罪だ。俺はこのコロニーの防衛部隊の小隊長で、お前のした事を許すわけにはいかない」


 だから殺すのだろう。


 そう思っていた少年は男の次の言葉で驚くことになりました。


「それでだ、お前の身柄はコロニーCrossing防衛部隊第7小隊が預かる事とする」


 ニヤリ、と笑う男はこう付け足しました。


「逃げようとか考えるなよ? あと辛くない生き方が出来ると思うな」


+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+==+=+=+=+=+=+=+==++=


 それから男は入隊するのに必要な名前を少年につける事にしました。

 男が少年につけた名前はウィリアム。

 男はウィリアムにいくつか約束をさせました。


 仕事中は隊長、それ以外は自分をアディと呼ぶ事。

 アディがした様に見知らぬ子供であっても優しく接する事。

 入隊前にした質問の時の様に、聞かれた事に絶対に嘘はつかない事。


 名前を呼ばれたり呼んだ事のない少年は、ウィリアムはそれにとても戸惑いましたが防衛部隊で過ごしていく内に慣れていきました。

 訓練ではアディ小隊長にあらゆる銃器の扱い方のレクチャーを受け、それ以外ではアディにあらゆる常識を教えられました。

 迫害だけを受けてきた少年にはアディがとても恐く思えました。

 訓練中であれば平気で叩かれますがあの時の大人達て何かが違い、それ以外でもいろいろしてくれますがあの恐い事をしようとした男とは何かが違う。

 何よりアディは一度も少年を売ろうとはしませんでした。

 覚えたての言葉でそれをアディに尋ねた所、ウィリアムはアディに訓練以外で初めて叩かれ、そして謝られました。

 ウィリアムは何故アディがそうしたのかずっと理解が出来ませんでした。

 そしてウィリアムが防衛部隊に入って半年程経った頃、ウィリアムはアディにとある家族を紹介されました。

 ベルナップと言う一家の人間達はアディの家族らしく、ウィリアムはそこに何故自分が連れて来られたのか分からずじまいでしたが幸せそうなアディたちを見ているとウィリアムも幸せな気持ちになっていました。

 しかし、どういう意味でも目立つウィリアムは防衛部隊の中で目をつけられることになりました。

 アディが居ない訓練で時折向けられる実弾、アディが居ない時に支給されなくなる食事。

 ウィリアムは自分の立場を理解し、迷惑を掛けないようそれ以降ベルナップ家の人々と会う事はありませんでした。

 本当はアディとも距離を取るつもりだったのですが、そうすると食事の支給が完全に止まってしまう上に、アディがウィリアムを放っておいてくれずそれは出来ませんでした。

 その環境は過ごし易いとは言えませんでしたが、迫害され続けてきたウィリアムには気にならない程度でした。

 その生活が4年程続いたある時、ウィリアムに銃火器の窃盗の容疑を掛けられました。

 ベッドにウィリアムの知らない銃が隠してあったのです。


「お前は盗みを働いたことがあるか?」


 アディの上司であり、ウィリアムを嫌っている皮肉屋の大隊長がウィリアムに聞きました。

 ウィリアムはその銃を盗んだわけではありませんでしたが過去に盗みをして生きていて、ウィリアムはアディとの約束で質問に対して嘘はつけない為、首を縦に振りました。


「だろうと思っていたさ、この薄汚いこそ泥が!」


 大隊長はウィリアムの顔を殴ります。

 ウィリアムは勢いのまま壁に叩きつけられ、地面に崩れ落ちた所ウィリアムの腹部に大隊長の蹴りが入りました。


「お前のようなクズが! 我がコロニーを汚しているのだ!」


 そう言いながらも止まらない大隊長の足。やがて、満足したのか大隊長は足を止めウィリアムに言いました。


「お前のようなクズ、こそ泥に銃火器を盗まれたと知れれば防衛部隊の株は下がってしまうだろう。そこでお前のようなクズにもチャンスをやる」


 大隊長は手近な椅子に座りウィリアムを見下ろしながら言いました。


「見逃してやる、即刻このコロニーから出て行け。お前のようなクズに優秀な小隊長の進退を決められては困るのだ」


 大隊長の言葉にウィリアムは理解しました。

 結局自分はアディに迷惑を掛けていて、自分が消えればアディはもっと偉くなれるのだと。

 ウィリアムはアディがトレーシーと結婚する為に、偉くなってお金をたくさん稼がなければならないという話をされたのを思い出しました。

 ウィリアムは壁を頼りに立ち上がり、そしてそのままコロニーCrossingを後にしました。


+=+=+==++=+=++=+=++=+=+=+=+=++=+=+=+=+=+=


 その後ウィリアムはシェアバスを使い、とあるスラムに辿り着きました。

 このスラムはここら周辺で一番傭稼業が活発なスラムらしい聞いたのです。

 場所は旧リヴァプール。

 ウィリアムは自分が出来る事は盗みと戦いだけだと理解して、傭兵稼業を始める為にここへ来たのでした。

 防衛部隊時代に稼いだお金でウィリアムは携帯端末と、防衛部隊時代には上官しか装備を許されず縁がなかったパワーアシスト付きの服や、衝撃を殺してくれるコンバットブーツ、そして空白の戸籍を購入し、これから住まう住居を決めました。


 今日からここで生きていくのだ。


 少ない荷物を備え付けのベッドに置き、自分だけの部屋を見渡しながら思いました。

 ウィリアムは住居を借りる際にお喋り好きな管理人にいろいろ聞いていました。

 傭兵になるには組合に所属するのがベター。

 そうすれば所属した傭兵にあった仕事を紹介してくれるとの事でした。

 防衛部隊時代にミッションで救出、護衛、殲滅、撃退、撤退、時には私兵集団との戦闘とあらゆるミッションをこなしてきたウィリアムでしたがどんな難易度のミッションがあるが分からない以上慎重に選ばなければならないとと考え、まずは情報を手に入れる為に組合に向かいました。

 錆び付いた鉄の扉を開けて入った組合の出張所は綺麗とは言えなかった防衛部隊の詰め所よりも汚らしかったのでした。

 眉をしかめているウィリアムに灰色の髪の少年が話しかけてきました。


「おい、ここに入って俺に挨拶もしないのか?」


 あまりにも横柄な態度を取る少年にウィリアムは面倒臭さを感じました。

 こういう手合いの人間は防衛部隊にはたくさん居て、ウィリアムは一度我慢しきれず防衛部隊の人間を殴り倒してしまった事がありました。

 その時にアディに「口で何か言われる分には手を出してはいけない」と言い聞かされていたのでウィリアムはその少年を無視しました。


「おい、聞いているのか? それとも恐くて何も言えないか?」

「いや、羨ましくてさ。どうしてそんなに幸せそうなんだろうって思ってさ」


 4年程前には言葉もろくに知らなかったウィリアムでしたが、アディの教育の結果しっかりと喋れる様になり、皮肉に関してはその郡を抜いていました。

 それもそのはず。アディが居ない間、ウィリアムのそばに居たのは皮肉屋の大隊長だったのですから。


「ああ、お前の中身のなさそうな頭が羨ましいよ。俺みたいな考えることたくさんある奴は今日のことだけで精一杯さ」

「…お前、誰に喧嘩を売ってるのか分かっているのか?」

「分からないさ。どこまで有名人気取りなんだいお前は? それとも空っぽの頭じゃ他の人間の事も覚えてられないのかい?」


 1つの言葉に対して複数の言葉で返す。

 それが唯一ウィリアムが皮肉屋の大隊長に教わった事でした。


「てめえ……!」


 灰色の少年の顔がみるみる赤くなっていきます。

「おいおい、お互い文明人じゃないか。言葉で話し合おう。ただ浅学な俺がお前の稚拙な言葉を理解してやれるかはちょっと分からないけど」


 その言葉が切欠でした。

 灰色の髪の少年は言葉も発さずに、ウィリアムに殴り掛かりました。

 しかし同じ部隊の人間に死角から実弾を撃ち込まれていたウィリアムにはその程度不意打ちにもならず、少年の拳を避けて少年のひざ裏に足を掛けその顔を掴んで後頭部から床に叩き付けました。

 アディはウィリアムにこうも言っていました。「相手が暴力に訴えてきたら構うことはない、やっちまえ」と。

 床に叩きつけられた少年に彼の仲間らしい大人達が駆け寄る。

 ウィリアムはそれを無視し、受付に居た女に話しかけました。


「傭兵として所属がしたい」

「はい、ではまずお名前を」


 この時代、どこへ行っても名前だけは必要なようでした。

 ウィリアムはアディに感謝をしながら名乗りました。


「ウィリアムだ」

「えっと……ファミリーネームは?」


 ウィリアムにそんな物はありませんでした。防衛部隊時代はアディによって同じファミリーネームを名乗らされていましたが、今そのファミリーネームを使うのは得策とは思えず、ウィリアムは適当なファミリーネームを作りました。


「……ロスチャイルド。ウィリアム・ロスチャイルドだ」

「ではロスチャイルド様。これから組合とその所属についての説明をさせていただきます」


 女は説明しました。

 傭兵の負傷死亡は組合は一切責任を取らない。

 ミッションは組合が傭兵の実力で判断した内容のものを割り振る。

 組合の依頼以外を受けた場合、違約金を納入の上で追放。

 結果としてウィリアムは組合には所属しませんでした。

 組合が提示したウィリアムの報酬は依頼人からの報酬の3割。

 余りの少なさに「全員同じ取り分なのか?」とウィリアムが聞いたところ、「いいえ、ロスチャイルド様だけでございます」と受付の女は答えました。

 その言葉にウィリアムは言外に「邪魔だ」と言われている事に気付きました。

 おそらく原因はあの灰色の少年を倒してしまった事なのでしょう。

 傭兵の組合という場所で横柄に振舞っても許される存在。

 おそらくコロニーの有力者等の関係者。

 それを組合の中で恥を晒させてしまったウィリアムを組合は排除したかったのだろう。

 結果としてウィリアムはその思惑に乗り、組合に所属する事はありませんでした。

 そこからウィリアムの生活は困難を極めました。

 組合に来ないような小さな依頼から、汚い仕事、そして私兵集団への当て馬。ウィリアムはお金さえもらえば何でもしました。

 時には依頼人に裏切られ、その依頼人を殲滅して金目の物を奪うこともありました。


 裏切らなければ決して裏切らない。


 ウィリアムのルールはとてもシンプルでした。

 そしてウィリアムにとって転機となる依頼が舞い込みました。

 紛争地帯からスラムに逃げてきた移民達の護衛です。


+=+=+=+=+=+=+=+==+=+==+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+==+==+


「将来は子守でもやるかクソッタレ」


 ウィリアムは自らに纏わりつく子供達を引きずりながらスラングを吐きました。

 この時代の紛争は色を持つ人間を捕獲する為に起こる物が多く、移民のほとんどは灰色以外の髪色をしていました。

 ウィリアムの任務は移民達を狙う人買いや人買いが雇った傭兵から、移民の男達が彼女らと合流するまで守る事でした。

 護衛とは名ばかりで、基本は子守と荷物持ちがほとんどでしたが。

 最初は移民の子供達も皮肉とスラングしか話さないウィリアムを恐がっていましたが、アディとの約束で子供達に親切に接するウィリアムにやがて心を開き結果、纏わりつくように懐いていきました。

 しかし逃げた先でも人買いの手は移民達を逃しはしませんでした。


「何故私達がこんな苦しい目にあわなければならないの」


 移民の母親の1人がそう言いながら泣き出しました。

 子供達は寝静まり、起きているのは母親達とウィリアムだけ。

 ウィリアムは考えました。

 自分のような傭兵に懐いてくれる様な子供達が過去の自分のように人買いに狙われ、その恐怖の中で生きている。

 ウィリアムをこき扱うが、同時に子供達と同じように扱ってくれている母親達もその恐怖の中で涙を流している。


 アディなら、きっとこうする。


 ウィリアムは立ち上がりました。


「今夜、絶対にここから出ないで下さい。そして俺が帰ってきたとしても絶対に扉を開けないで下さい」


 ウィリアムはそう言い、移民達の住居から出て闇に駆け出していきました。目指すは人買いの組織の根城。

 この歳になっても未だに人買いに狙われているウィリアムはいざということを考えて、組織の根城を把握していました。

 組織の根城にたどり着く頃、ウィリアムはふと防衛部隊時代にやった訓練を思い出しました。

 自分対自分以外の隊員による室内戦。

 その時は結局負けてしまいましたが、ウィリアムは8割の隊員の無力化に成功していました。

 建物と塹壕は大きく違いますが、ウィリアムの作戦は変わりはしません。

 建物の裏に回りこみ、ボトムのパワーアシストをフルに動かして扉を蹴り飛ばしました。


「ガッ!?」


 運良く、建物を哨戒中だったのだろう組織の人間らしい男に飛ばされた扉が当たりました。

 ウィリアムはその男にハンドガンを向けながら動かないことを確認しました。

 そして男が持っていたサブマシンガンを奪い、そのスリングで肩に掛けました。

 建物の構造を把握していないウィリアムは柱の影に隠れ、左手にハンドガンを右手にサブマシンガンを持って待ち受けます。

 ウィリアムが扉を蹴り飛ばした時の男に反応した無数の足音が奥から近づいてきます。

 各個撃破がしやすい狭い室内において数の有利などあってない様なものだとウィリアムは考えていました。

 そしてその思惑は当たり、扉に当たり倒れている男の下に集まった3人の男達はウィリアムに背を向けています。

 ウィリアムは右手のサブマシンガンの引き金を引きながら、男達の露出している首を一閃する様に振りました。

 男達は首から血を噴出しながら倒れ、ウィリアムはその男達の腰についていたハンドグレネードを3つほど奪います。

 そして更に奥から近づいてくる足音に向かってそのハンドグレネードをピンを抜いて投げ、轟音と共に衝撃と熱波が辺りを包みました。

 建物内が静けさを取り戻すのを待ち、ウィリアムは足音がしなくなったのを確認して奥に進みました。

 敵がどこに隠れているのか分からない以上警戒しながらの進行となりましたが、ウィリアムは仮にも軍属の人間を相手にして来たのです。スラムのギャング風情では相手になりませんでした。

 そしてサブマシンガンとハンドガンで残りの組織の人間も駆逐した後、ウィリアムは他の扉と比べて頑丈そうな扉を発見しました。

 そしてウィリアムは柱に隠れ、ピンを抜いたハンドグレネード2つをその扉に向かって投げつけました。

 先ほどとは比べ物にならない、轟音と煙があたりを包みます。

 煙が晴れ、半壊した扉を蹴り飛ばそうと扉に近づいたその時、冗談のような銃声と共に発された弾丸が半壊した扉を打ち抜きました。


「く、来るな! 消えろ!」


 扉の向こうで怯えた声を上げる男の銃をウィリアムは知ってました。

 その銃はハンドキャノンと言い、冗談のような銃声とそのルックス、そして何より冗談のような威力を持つ代物でした。

 しかし、2発目以降が来ない事を考えるとその反動を知らずに使い体がもう使い物にならなくなってしまったのかもしれないと、ウィリアムは考えました。

 そしてハンドキャノンが空けた穴へサブマシンガンの銃口を差込み、引き金を引き無造作に銃口を動かしました。


「いやだ……! やめろ! やめ……!」


 銃声の向こうから命乞いと断末魔が聞こえ、そしてそれが絶えた後、ウィリアムは扉を蹴り飛ばして中に入りました。

 室内はサブマシンガンにより穴だらけになり、同じように穴だらけになった男の死体がありました。

 ウィリアムは床に散乱する机などの残骸を足でどけ、目当てのものを発見しました。

 銀色に光るハンドキャノンを両手で持ち、ジャケットのパワーアシストをフルで動かし視界に入った金庫に向け発砲すると冗談のような銃声が響き渡りました。

 パワーアシストでも殺しきれなかった反動で腕は大きく振り払うようにぶれてしまい金庫は大破せず、上の部分だけ抉られた様になくなっていました。


「本当に冗談みたいだな」


 そしてウィリアムはそのハンドキャノンを懐にしまい、金庫の中身を盗んで建物から逃亡しました。


+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+==


 数日後、人買いの恐怖から解放された移民達の下に移民の男達が合流しました。

 子供達はスラムから出てウィリアムと別れることを悲しみ、大人達はあの夜のウィリアムの行動に感謝しました。

 ウィリアムの任期が満了した事を知らない人買い達はこの移民を襲えば手酷い仕打ちが待っていると誤解し、手を出し辛くなるでしょう。

 男も女も皆ウィリアムに感謝し、依頼料を渡しスラムを去っていきました。

 そしてこの依頼によってウィリアムはフリーの傭兵の中では有名な人間となりました。

 ウィリアムの噂はスラムを出て、他のコロニーにも伝わっていきました。

 その噂を信じる者はほとんど居ませんでしたが、ただ1つ愚直にその噂を信じてウィリアムに依頼を出したコロニーがありました。

 そのコロニーの名はBIG-Cと言い、他よりも比較的裕福なコロニーで企業に狙われる確率が高いと言われているコロニーでした。


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