Raedy To Flame/Heady To Blame 7
「いかがでしょう、パンツスタイルなんて久々ですの」
そう言って車両の奥から姿を現したローレライにウィリアムは思わず目を奪われてしまう。
白を基調にした配色のナポレオンジャケットとジョッパーパンツ、一目で質の良さを理解させてくる黒いフリルシャツとブーツ。細身に作られたそれらはローレライの均整の取れた美しいシルエットを露わにしていた。
「よく似合っているよ。ブーツとシャツは自分で用意したのかい?」
「ええ、ジャケットスタイルになるとお聞きしてましたので」
当然のように隣に腰を下ろしてもたれかかってくるローレライの言葉に、平静を装っていたウィリアムは訝しげに眉を顰める。
確かに、ジャケットスタイルになるというのはキャラバンを出る前に告げていた。
しかしローレライが用意していたシャツとブーツが、何故ウィリアムの居住区であるこの車内に置かれているのか。
着替えに行ったきりそれらを取りに行った様子はなかったローレライ、導かれる答えは1つだった。
「地図データは入手出来ましたの?」
「……ああ、予想よりも高くついたけどね」
ローレライの問い掛けに、ウィリアムは現実から目を逸らすようにポケットから端末を取り出す。
地図データがすぐにでも必要なのか、ウィリアムの歪んだ眉根に心当たりがあったのか。
その真意こそ分からないが、情報提供をしない理由はないウィリアムは端末に指を滑らせてローレライの端末へとデータを送信した。
そのデータはコロニーの簡単な地図と企業社屋の地図。いくつか穴あきがあるそれは売られていたデータでは一番詳細で、コロニーOdeonで金を使った物の中で一番高価だったものだ。この情報の為に内外問わず数人死んでいるらしく、その為に高額なのだとか。加えて言えばこれ以上の情報はもう出てこないだろう。
「この建物の配置を考えるのなら当初の構想通りに正面が我々、それ以外がレジスタンスという布陣となりますわね。この一番端のがウィリアムさんですの?」
「そうだよ、俺は排水設備からの侵入する。ただ、レジスタンスに関しては話に乗らない連中もいる筈だからそれは希望的観測の側面が大きいけど」
受け取ったデータを再生しながら問い掛けるローレライに、ウィリアムはわざわざ買って来たガスマスクに視線をやりながら答える。
これだけ汚染が進んだ世界だ、企業社屋の排水設備など何もかもが毒であってもおかしくはない。エンターテイメントを売りにしながらも、パワードスーツや機動兵器を製作する彼らに人間性を求めるだけ無駄だ。
「絶対乗ってきますわ。単独での機動兵器2機と交戦し、勝利するなどウィリアムさん以外には出来ませんもの。彼らにとってもこの上なく好機のはずですわ」
「……そうだね、あとは俺が上手くやればいいだけだ」
ウィリアムは嘆息交じりにそう言って、腰に腕を回しながら微笑むローレライの肩を抱き寄せる。
あの夜、ローレライが提示したものはウィリアムが欲してやまないものだった。
自分の存在の証明、暴力を行使する理由、いずれ他の何ものにも侵されない居場所。
あまりにも都合が良すぎるその提案にウィリアムは結論を出さずに入られなかった。
持たざる者達の為に力を手に入れた誰よりも優しい少女。
その優しさが自分に向いたのか、あるいは弱い人々の為に自分の身を捧げたのか。
どちらにせよ、ローレライを変えてしまった事にウィリアムは酷く責任を感じていた。
ローレライはあの夜からウィリアムが車両のシートに座れば今のように傍らに居座り、ウィリアムが外で機材をいじれば日傘と共に傍らに居続けた。
一緒に居たがるという点をだけを見れば幼い頃の焼き増しのように感じるが、そこにあるはずの見えない意図とローレライの様子がそれを否定する。
たとえるのなら、傷ついた獣の子をその親が庇護するような、室内で鳥籠から解き放った小鳥を見守るような。
ウィリアム・ロスチャイルドという乱指向性の兵器に首輪をつけたいだけなのかもしれないが、情で縛るだけであれば他にもやりようはあるはずなのだ。ウィリアム・ロスチャイルドもアドルフ・レッドフィールドも子供という存在を用意すれば容易く利用できるのだから。
何より、ウィリアム・ロスチャイルドという存在はローレライ達にとって厄介な存在のはずなのだ。
裏切る事さえなければ裏切らない。
その単純なルールはローレライ達にウィリアムを切り捨てる事を躊躇させてしまうだろう。恩情を与えられたウィリアムがローレライ達に銃口を向けるつもりがなくても。
企業を壊滅させられたとしても、企業が所有している軍需工場などがなくなる訳ではない。企業という首輪から解き放たれた私兵達は復讐者であるウィリアムを狙う可能性が高く、ウィリアムは役目を果たした後に姿を消さなければならない。
緑色の瞳はウィリアムが復讐者である事を示し続け、復讐者という名前は争いを招き寄せる。
平穏の訪れない一生を過ごす家庭でウィリアムは誰かを背負ってやる事は出来ない。
愛した女と偽者の弟を背負おうとしたアドルフのようにはなれない。誰かを傷付けてしまう事ではなく、見放されている事を恐れているだけの矮小な人間なのだ。
だからこそウィリアムはその有用性を見せつけた上で姿を消さなければならない。
ローレライ・アロースミスに牙を剥けばどうなるかを理解させると同時に、ローレライ・アロースミスが人質としての価値を持たない存在であると誤解させた上で。
未発達な体を金で預け、スラムの路地裏で寒さに凍えながら眠り、盗みを続けた日々。あの時の孤独を思い出したいとも思わないが、その薄汚い孤児こそがウィリアムなのだ。利己的で無教養で生き汚いだけの名無しの存在、それこそが今ここに存在している傭兵の正体なのだ。
ローレライが自分の肩を抱くウィリアムの手に手を伸ばし、ウィリアムはその華奢な指が穢れてしまうことを恐れるように手を離す。
空が汚染され光を失いつつある地上にありながらも美しく輝く彼女の金と、血で濡れても色を変えない自分の黒が相容れることは一生無いのだから。
傭兵はただ求められた結果を出し続ければいい、それが出来ない傭兵など無価値な存在でしかない。
そしてそれは戦いの中に居ない傭兵も同様だ。傭兵である自分に価値があるのならそれ以外を望む必要はない。幸いにも戦い続ける力だけは手にしているのだから。
血と硝煙で薄汚れた手を取ってくれた少女を想うのであれば、それ以外の選択肢はありえないのだ。




