Raedy To Flame/Heady To Blame 3
「重ねて申し上げますが、我々が人々のための梅雨払いとなりましてよ。モーラン卿率いるキャラバンの脱出支援、および企業に対する軍事攻撃を行うと言う事ですわ」
「そんな、本気ですか!? 企業と戦うなど正気とは思えない!?」
「遊びでこんな事は言いませんわ。わたくしは参謀として正しく事態を掌握し、勝利に辿り着く道を作っているつもりですの――だからこそ皆様には選んでいただかなければなりませんの。戦うか逃げるか、どちらを選んでも糾弾はさせませんわ」
あくまで冷静に、あくまで尊大に。ローレライは逃げることだけは許さないとばかりに透き通るような碧眼で、モーランの灰色混じりの双眸を見つめる。
戦場の恐怖を知っているからこそ及び腰の姿勢は仕方ないとは思う。だが命を張るのが自分たちである以上、中途半端な立場に居られては困るのだ。
穏健派が逃げるのであれば戦う意思のなさを粉飾でき、復讐派が戦う覚悟を決めるのであれば穏健派から目を逸らさせる事が出来る。
お互いにとってマイナスにならない提案をした以上、ローレライにしてやれる事はもうない。
そしてモーランは覚悟を決めたようにゆっくりと口を開いた。
「……どうやら、もう分かり合う事は出来ないようですね」
「当たり前だよ。誇りを持たぬ者と誇り高き僕達が分かり合える可能性など――」
「お黙りなさい、この考え足らずの日和見主義が」
吐き捨てるようなローレライの言葉に、ポズウェルは遮られた嘲りの言葉を余所に黙り込んでしまう。
その声色は冷たいものであり、戦う事は決めたもののポズウェルの側につく気はない事を現すようだった。
「モーラン卿、脱出の日時が決まり次第教えていただけまして?」
「もちろんだ、支援に感謝する」
約束通り糾弾を退けたローレライに、モーランは皮肉げに口角を歪めて立ち上がる。
脱出決行まで日時がある以上、素早く動いて戦力を増強しなければならない。
戦わずとも一緒に生きられる道を探そう。あくまで人道的な誘いを遮る事は誰にも出来ず、戦力強化は逃げる人々の生存率を著しく向上させるのだから。
「良かったのか、チャールズの娘よ」
「ええ、想定内ですわ。誰もがアロースミスのように自衛手段を持っていない以上、モーラン卿のお力添えは必須でしてよ」
去っていくモーランの背を横目にルーサムは静かに問い掛け、ローレライは当然のように肯定する。
戦力が減るのは悩ましい事なのは事実だが、戦う意思もない兵士は陣営の瓦解の原因になりかねず、復讐派の人々の家族を守る存在も必要なのだ。
どれだけ自分の判断が正気を疑われるものだとしても、上に立ってしまったローレライに浅慮な判断は許されない。
高貴なる者の義務。
それが父を追い詰め殺したのだとしても、ローレライはその先の答えに辿り着かなければならないのだ。
ただの女では傷ついた傭兵の隣に並び立つ事は出来ず、生き様を切り捨てるにはローレライは何も知らなさ過ぎる。
「いさぎが良くなったものだ、これも傭兵の小僧の影響か?」
「戦うだけなら誰でも出来ますが、勝利するというのはとても困難。それが企業ならなおさら。わたくしは負けたくないんですの」
そうか、とルーサムはどこか満足げに吐息をつく。
その言葉には復讐派の衝動から生まれた言葉とは違う、先を見据えているような覚悟を感じさせるものがあった。
親友が死に、その娘に重責を背負わせてしまった。
その事に責任を感じていたルーサムは安堵すると共に、杞憂とさせてくれた傭兵に含み笑いを落とす。
良くも悪くも、相変わらず狡賢い小僧だ、と。
「そんな事より、さっき言葉はどういうつもりだいローラ?」
「なんの事でして?」
「とぼけるな。君はさっき、僕をなんと評したと聞いてるんだ」
苛立たしげに指先でテーブルを叩くポズウェルに、ローレライは見当がついたとばかりに手を叩く。
「ああ、その事でしたのね――わたくしは卿を、考え足らずの日和見主義と申しましたわ」
「……自分の立場が分かっていないようだね」
「明確なミッションプランを示そうともしない小隊長のポズウェル卿、身銭を切って最強の傭兵を用意したアロースミス。立場について言及されるのであればお覚悟はよろしくて?」
ミッションプランを示さなかったのではなく、示せなかったポズウェルはローレライの返す刀に不愉快そうに顔を歪める。
たかだか小隊長でしかないポズウェルと、参謀となるべく教育を受けてきたローレライ。
どう好意的に見ようともポズウェルに言い返す言葉はなく、あるのは非だけだった。




