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Avenger  作者: J.Doe
旧Avenger
8/107

....And Their Eulogies Sang Me to Sleep 1

 その数の大半を失った車両群が荒野を行く。

 傭兵の男の活躍により、機動兵器2機を撃破する事に成功した。

 スラム地区の崩壊によりコロニーから出て行く車両が後を絶たず、結果としてカモフラージュになってくれていた。

 何より機動兵器が2機も破壊されたのだ。しばらくは簡単に動く事も出来ないだろう。

 しかしローラの胸中は晴れなかった。


 父が死んだ。


 高貴なる者の義務《ノブレス・オブリ-ジュ》と共に生き、それをローラに教えた父が死んだ。

 この、人間が多すぎて物資不足になっている世の中において戦場で死んだ人間の死体が回収される事などない。

 そのせいか、ローラにはどうもソレを認識する事が出来なかった。

 そしてローラはスラムにありながらもかろうじて無事だった1台の車両に運転手を1人借りて武装とバイクと男を回収してローラは第2班とコロニーcrossingクロッシングを後にした。


 男の状態は酷いものだった。


 細かい火傷や傷が肌の露出しているあらゆる部分にあり、左腕は確実に折れていた。

崩壊した家屋の健在を添え木代わりに巻きつけ、急ぎナノマシンを注入した。状態次第ではすぐに骨もくっつくはず。

 しかし、余程ひどい戦闘だったのだろう。

 シートに横たわらせた男が着ているジャケットはボロボロで、ローラの腿の上に乗せた男の蒼白に染まった顔には寝る時ですら外さない眼帯がなかく、醜い傷跡に囲まれた左目が露出していた。

 未だに目を覚まさない男を見ているとローラの胸中にあらゆる疑問が浮かんでくる。


 男はもう目を覚まさないのでは?

 自分の父もこのように傷だらけで死んでしまったのか?

 何故男はあの時、ローラ嬢ちゃんと呼んでいた自分をローラちゃんと呼び、旦那様と呼んでいた父をチャールズさんと呼んだのか?

 明らかに古い物である左目の周りの傷跡はなんなのか?


 男に聞かなければならない事が、確めたい事があるのだ。


「早く、目を覚ましてくださいまし……」


 男に休息が必要な事くらいは分っていた。それでもローラはそう望まざるを得なかった。

 せめて寝ている間くらいは安らかに、とローラは男の長いとも短いとも言える見た事のない一筋の白髪が混じった男の髪を白魚のような指で梳いた。


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 それから数日後、警戒をしながらの移動の後にコロニーceasterに無事辿り着いたローラと第2班を迎え入れたのは第1班とBIG-C防衛部隊の生き残りだった。

 ローラは再会を喜ぶ前に男や第2班人間達の治療を命じた。ただでさえ減ってしまったコロニーの住人をこれ以上減らすわけにはいかなかった。


「息災のようだな、チャールズの娘」

「ルーサム卿もご無事で何よりですわ」

「ああ、我々はな。チャールズとあの傭兵の小僧はどうした?」

「……お父様は追撃から逃げ切れず亡くなり、お兄さんは機動兵器2機を相手にして重症を負われました」


 ルーサムの当然の質問がローラの胸を締め付けた。

 考えれば考えるほど嫌になりそうであった。

 大事な父は死に、傭兵の男には自身の事で混乱させた上であんな重症を負わせてしまった。


「……すまない、不躾な質問だったな」

「いえ、いずれお教えしなければならないことでしたわ」

「それでもだ。今日はもう休むと良い、チャールズの娘よ。少しすればお前は人々の感情と向き合わなければならない」

「どういう事ですの?」


 ルーサムの言葉にローラは首を傾げる。ローラが継いだのは戦闘における指令の権利であって、内政的なことはアロースミスの役割ではなかったはずだ。


「内政を担当してた連中のほとんどが死んだ。おそらく位が一番高いのは戦闘においての指令であるチャールズの娘、お前だ」

「ですが、BIG-Cはもうなくなってしまいましたわ」

「それぞれが散るなら散るその時まで舵を取る人間が必要だ。傭兵の小僧が来るまでは気付かなかったが、我々は世界の事を全く知らぬ矮小な存在だ。改めて寄り添ってしまった以上、元々の有力者に対応を求めしまうだろう」

「……皆は何を望んでいますの?」

「皆が感情に整理が付いた訳ではないが、防衛部隊の連中は復讐を望んでいる。傭兵の小僧がどうなったか教えた上でそれを望むかは分からないが」


 つまり、ローラに求められたのは「復讐を望む者達とそれ以外の混乱する者達の感情を受け止め、方針を決める」というものであった。


「……わたくしのような小娘にそのような大任は過ぎた物ですわ」

「しかし、我々のような老害がコロニーを殺したとも言える。チャールズの娘、首脳の座を引き継いだ訳ではないことは知っている。このような物を押し付けるような結果になってしまったのは悪いと思っている。だが、人々には旗が必要だ。お前のように新しい考えを持った人間がだ」


 ルーサムの言葉をアロースミスであるローラは「何を理不尽な事を」と跳ね除ける事は出来なかったが、それを進んで受けたいとは思えなかった。

 しかし傭兵の男を救う為に咄嗟にアロースミス当主を名乗ってしまった以上、これからもその重責はローラを苦しめる事になるだろう。


 もう、ローラは1人で立っていられる気がしなかった。


「疲れている所にいろいろすまなかった。まだ全てが決まった訳ではない、今日のところはゆっくり休め」


 そう言ってルーサムは去り、その場に1人残されたローラが思考の坩堝に陥りそうになったその時、ローラの視界に自らの母を捉えたが今の自分の表情を見せる訳にはいかないと急いでその場から立ち去った。

 ローレライ・アロースミスはもうアロースミスの当主である以上、誰かを不安にさせるような真似はもう出来なかった。それが自分の母であっても。

 何より、父が亡くなった事を母になんて伝えていいか、ローラには分からなかった。

 ローラはBIG-Cの車両群から背を向けるようにして歩く。


 これからは1人で生きていくのだ。


 今までのように父に頼ったり、傭兵の男に八つ当たりするような真似は出来ないし、してはらない。

高貴なる者の義務ノブレスオブリージュと共に生きる。

 父がそうであったようにローラはそう振舞わなければならない。


 それがたとえ自分を殺す事になったとしても。


 そして気が付けばローラの足は他の車両と隔絶された、傭兵の男が眠る車両へ向かっていた。その事実に気付いたローラは「まだお兄さんを頼る気か」と自身に失望する。

 傭兵の男が左目を押さえて倒れてから、ローラが感じた疑問も、男の問題も何1つ解決出来ていない。

 そんな状態の男に頼るなんていうのはアロースミスのすることではない。

 しかし、ローラの足は思いとは裏腹に止まる様子はなかった。

 男が眠るであろう車両に近づいたその時、ローラは聞き覚えのない音と複数人の男の声を聞いた。

 妙な胸騒ぎを感じ、車両へ駆け寄ると地面に倒れる添え木を付け直した傭兵の男とその男に暴行を加える男達が居た。


「おやめなさい!」


 ローラは駆け寄り勢いのまま傭兵の男に群がる男達を怒鳴りつけ、傭兵の男の傍へしゃがみ込む。繋がれていた点滴はその中身を地面に撒き散らし、血色が良いとは言えない顔は血と土で汚れていた。


「あなた方は自分達がなにをしているのかお分かりなのですか?」

「ハッ! 俺達を見捨ててよく言うぜ! 俺達は真っ先に逃げるあんたらを見たんだぜ?」


 この男が言っているのはおそらく空爆前の事だろう。高速で走るバイクで通信しているなんて事をその姿を見ただけでは理解できなくてもおかしくはない。


「……勤めを果たせなかったのは、この方ではなくわたくしですわ。責めるならわたくしになさい。それとも、眠っている人間にしか手を出せない程に貴方方の誇りは腐ったのですか?」

「てめえ! 誰よりも早く逃げ出したくせに!」

「結果はどうあれ、それをこの方にさせたのはわたくしの未熟故です。それをなんです? 結果的には2度も救われたその仕打ちがこれですの?」


 そのローラの言葉で男の怒りが沸点に達したのか男は懐の銃を取り出す。男の目が自らの傍で横たわる傭兵の男に向いているのを理解したローラは無意識に、それでいて今までで一番早く腰からハンドガンを抜き、男よりも早くその命を奪える準備を済ました。


「この期に及んでこの方を傷つけると言うのでしたら、わたくしも容赦はいたしませんわ」


 本気だ、と言外に付け足しながらローラは言う。

 周りの男達はまだ銃を取り出してはいないが、もしその気になられてしまえば勝ち目はない。最悪は2人共死ぬことになる。

 戦略シミュレーターにおいても、数少ない実践においてもこんな危機的状況はなかった。

 どう転んだところで不確定で不利な状況、ローラが覚悟を決めたその時。


「……チッ」


 男が銃をしまいそこから足早に立ち去る。男の仲間達もそれに続く。

 ローラは男達の後姿を見ながらルーサムの端末に傭兵の男に暴行を加えた男達がそちらに向かっているとインスタントメッセージを手早く送る。彼らの処遇はルーサム卿に委任すると最後に付け足して。


「……銃も口も成長したね……あんな皮肉いつ覚えたんだい?」


 右目だけを開けながら傭兵の男が吐き出すようにそう囁いた。


「お見苦しいところを。最悪な目覚めになってしまいましたわね」

「しょうがない……俺が彼らを見捨てたのは事実だ……」


 傭兵の男はそう言い、車両に掴りながら立ち上がる。その姿はとても痛々しい物だった。

 ローラは傭兵の男の体を支え、車両のシートに横たわらせる。


「どうやら無事にceasterに着けたみたいだね。安心したよ」

「お兄さんのおかげですわ。感謝を」

「構いやしないさ。俺も助けてもらったみたいだし、貸し借り無しだ」


 傭兵の男が自身の状態を確認しながらそう言う。そしてこの状態においてもその左目が開かれる事はない。


「あの後、何があったんですの?」

「おそらくそちらが掴んでいる情報と何も変わりはしない。機動兵器2機と交戦してなんとか生き残ったってだけさ」

「……それだけではないのでしょう?」


 ローラは迷っていた。あの時感じていた疑問を「お兄さん」に問い質す事で傭兵の男に負担を掛けるのではないか。しかしそう思う反面、傭兵の男は1人で大丈夫なのだろうか?と思っても居た。

 ルーサムにこれからの事を話されてからローラの心中はとても乱れていた。しかし、やる事が分かっているだけまだマシなのかもしれない。

 傭兵の男はあの時確実に自らを見失っていた。


「……いくつか思い出したことがある。そしてやらなければならない事も知った」


 だがそれを言う気はない、口には出されなかった言葉を理解しつつもローラは納得が出来なかった。

 他人の事情だ、自分が口を出していい理由はない。頭では理解が出来ている事に気持ちが着いて行かない。

 自分はこの傭兵の男をどうしたいのだろうか。考えるローラに答えは出ない。

 そして抑え切れない感情からローラは言葉を発する。


「……ならそれを聞かせていただきますわ」

「俺の事情だ、誰かに首を突っ込ませる気はない」

「知りませんわ、そんなこと」

「いや、知らないって……」


 傭兵の男は幼い頃の思い出させるようなローラの態度に苦笑する。

 しかし、今度ばかりは折れる訳にはいかなかった。

 あの赤い機動兵器との戦闘の後、傭兵の男はノイズ交じりのスピーカーを通して自らを知っている人間と言葉を交わした。

 そしてあの殲滅者デストラクターと名乗った女はノイズ交じりのスピーカー越しに、こう言っていてた。


 全てを知りたいのなら企業へ行け。アヴェンジャーである傭兵の男であれば邪魔はされても歓迎されない事はない。


 あの女は結局それだけしか教えずに死んでしまった。

 そして傭兵の男はあの赤い機動兵器との交戦暦があり、そして敗北していた。

 しかし何故傭兵の男は生きているのか? 何故アドルフ・レッドフィールドの記憶があったのか? 傭兵の男がそれを知る為には企業メモリーインダストリーへ行かなければならないのだろう。

 何より全てを話してしまえばローラは傭兵の男をどう思うだろうか。

 任期を終えて任地から出て行く傭兵の男の為に泣いてくれる様な優しい子だ、話せばきっと悲しみ、自ら巻き込まれるだろう。


「とりあえず、落ち着いたらここを出――」

「許しませんわ」

「具体的に言うと明日の昼過ぎに――」

「許しませんわ」

「……ちなみに俺のバイクはどこに?」

「この車両の奥に格納していますが、後ほど鎖で繋がせていただきますわ」

「この数日で何があった……」


 傭兵の男は右手で顔を覆いながら呟く。

 取り戻した記憶にも、再会してからの記憶にもこんなローラは男の記憶の中に居なかった。


「いいかい? 俺は傭兵で、任期はもう終えた。つまり俺は自由だ」

「傭兵はもう廃業なされたのでしょう? アロースミスとあろう者が負傷している恩人を荒野に放り出すような真似は出来ませんわ」

「じゃあ復帰だ。依頼を探しにスラムへ戻らな――」

「では依頼を受けてくださいな。コロニーBIG-Cの戦略指令の護衛と補佐、任期は対象が死ぬまでですわ」


 男は絶句する。

 この勝ち目の見えない舌戦をしてみせるローラに傭兵の男はローズの面影を見た。

 あの時わんわん泣きながらシェアバスの車両を追いかけていたあの少女はもうどこにも居ないのだと思うと男はなんだか寂しくなった。ちなみにそれを見ていた周りの乗客達は見下げ果てた目で傭兵の男を見つめていた。どんな誤解をされたのか恐ろしくて知る気にはなれない。


「ったくどうしたってんだ……」


 過去の苦すぎる記憶まで呼び起こしてしまったこの状況を傭兵の男は深く嘆いた。

 傭兵の男は至急戦闘の用意を始めなければならないのだ。

 邪魔はされても歓迎されないわけではない。

 つまり戦闘や潜入等で相手が満足しうる結果さえ出せばこちらが望む物を得られるかもしれないという事だ。

 その為にはここを出て企業の影響力のあるコロニーへ行き、優秀な装備を揃える必要があった。幸か不幸かトレーシー・ベルナップの為にため続けていた金はそれなりの装備を買えるほどになっていた。

 そして左腕もナノマシンを早い段階で使われたようで1週間もすれば骨はくっつきそうだった。

 早く動き出せば早く事を済ませられる。


「……行かせる訳にはいきませんわ」

「いや、何を言ってるんだ君は」


 冗談にもならない言葉をローラは本気で言い放つ。

 傭兵の男は意味も分からないまま過去を知る敵を討ち、疑惑が消えたわけではないが意味も分からないままかつての自分らしいものを取り戻した。

 しかしまだ左目の事やアドルフ・レッドフィールドの記憶等、自分が知らなければならない事が多すぎる。

 そしてもはや傭兵の男の生きる理由がソレしかない以上、失敗は許されないのだ。

 ローラに対して強硬手段に出る事に抵抗がある男は軽口の応酬でこの場を収めて、早く用意に取り掛かりたいがローラがソレを許さない。


「……分かった、話し合おう。俺は取り掛かりたい案件がある、そしてローラちゃんは補佐兼護衛が必要。つまり俺が代わりに組合に依頼を出しに行けば――」

「そういう事じゃありませんわ!」


 ローラの発した今までに聞いた事のないヒステリックな声色に傭兵の男は体をビクリと震わせる。


「……じゃないんですの……そうじゃないんですの……」


 消え入りそうな声でそう言って顔を俯かせすすり泣き始めるローラの様子に男は改めて右手で顔を覆った。


 いっそ怒鳴り散らしてくれた方が楽だった。


 傭兵の男には何が転んでこういう状況になったのか未だに分からないが、ウィリアムの行動理念を思い出した今、この状況は何より辛かった。

 しかし戸惑う反面、傭兵の男にはローラがとても羨ましかった。

 赤の他人ではなかったが、他社の記憶に踊らされて生きてきた傭兵の男が取り戻した記憶。だが男はそれを鵜呑みにする事は出来なかった。


 もしも、ウィリアム・ロスチャイルドの記憶ですら他人の物だったら?


 考え出すと何もかもへの疑惑が止まらない。

 もはや傭兵の男に自分など理解できず、自らの感情でさえ埋め込まれた物なのではないかと思えてしまう。途方もない不安に襲われるがその不安ですら作り物に感じ、嘆く事も出来やしない。

 しかしその上で恐怖や不安などは男を決して離したりはしない。

 そして今、傭兵の男はローラに恐怖を感じていた。

 その恐怖はアドルフ・レッドフィールドでなかった頃に感じていたもので、感じた対象はアロースミス夫妻。

 今でならあの時の恐怖が何から来るか理解が出来る。

 男は孤児で傭兵だ。生まれたその時から死ぬ時まで1人のはずだった。

 だが、アドルフ・レッドフィールドは違う。

 父と母と弟が居て、その全員が居なくなってからも両親の親友であったベルナップ家の人々が彼と共に居続けた。


 そして男が受け入れる事の出来ない2人の感情がグチャグチャに主張し始める。


 アドルフは家族を失う事を恐れ、ウィリアムは恩人を失う事を恐れた。

 アドルフは亡き弟の代替物を望み、ウィリアムは自らの庇護者を望んだ。

 アドルフは新しい弟の死を拒み、ウィリアムは自らが死ぬ事を望んだ。

 そして傭兵の男の中のアドルフの記憶は人と共にいる事を望んだが、ウィリアムはただ別れを恐れた。


 恐かった。あの時夫妻が自らを助け、夫妻が男にとって掛け替えのないものになってしまうのが。

 あの時兄代わりの男が死んだ時の気持ち悪さが、不愉快さが。


「……悪いけどもうここまでだ。やる事が出来た以上、君達に付き合っていられない」


 どうか彼女を憎んでくれますように、そう願い男が吐いた言葉にローラが反応する前に終わりにしようと車両の扉に右手を掛けたその時。


「そうやって……あなたもわたくしを置いていくんですの……?」

「……ちょっと待ってくれ、嘘だろ」


 チャールズ・アロースミスが死んだ。

 すすり泣きながら放たれたローラの言葉に男は状況を正しく理解してしまい、途端に兄代わりの男が死んだ時に感じた得体の知れない気分の悪さが襲い掛かってくる。

 傭兵の男は全てが上手く行くなんて思っていなかった。脱出を優先させた部隊が襲われるのも理解はしていた。

 しかし事実を受け入れられるかは別だ。


「……お父様が亡くなって……お兄さんも目が覚めなくて……ようやく目が覚めたと思ったら殺されかけてて……やっと話を出来ると思ったら出て行くって……」


 そして嗚咽と共にローラは言葉を続けた。


 「……ルーサム卿は……わたくしがトップだから……皆を纏めなきゃならないって……お母様に……お父様が亡くなった事を……なんて伝えればいいかなんて分かりませんし……」


 ローラの言葉は順不同で整然製に欠けていたが、かえってそれがいかにローラが追い詰められていたか男に理解させるものとなった。

 恩人と言えど赤の他人である傭兵の男が言葉を失ったのだ、ローラは今どんな気持ちなのだろうか。

 そして自らが突き放した少女はどれほどの絶望に沈んでいるのだろうか。


「……擦すっちゃダメだ」


 傭兵の男は涙が止まらない目を擦るローラの手を取ったが、ローラはその男の手を取り自らの頭の上に置いた。

 男はそのローラの行動に戸惑いながらもローラの期待に応えるべく、その美しい金髪の頭を撫でた。

 ただの別れなら何度も繰り返してきた。移民達とアドルフとベルナップ家の人々とそしてアロースミスの人々やBIG-Cの人々と。


 しかし、何故この少女との別れだけを自分は恐れているのだろうか?


「ハア……隣に座ってくれないか?」


 俺の負けだ、と溜息を1つ漏らして男はローラに促す。

 その際ローラの頭から離した手はシートに座ったローラによって定位置のように同じ場所に戻され無言で続きを促された。

 思わずこぼれた笑みを隠しもせず男は話し始めた。


「ほとんどは思い出したんだ。分からない事もいくつか残ってるけど」

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