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Avenger  作者: J.Doe
旧Avenger
7/107

Fight Fire With Fire

 太陽が失われたこの地上を一番明るく照らす光は戦火である。

 太陽を奪った企業が起こした戦争が灯りを点すなんて良く出来た皮肉だ。

 ローレライ・アロースミスの心中は皮肉でも毒づいていなければ平静を保てないほどに乱れていた。

 この男は自分が知っている「お兄さん」ではない。

 肉体はおそらく「お兄さん」のものだろう。

 しかし、人格か何かが操作されている。


 ただそれが分らない。


 眼帯で隠されている左目が何で、男は自分の意思で隠しているのか、そうコントロールされているのか。

 そしてなんの目的があるのか。

 もし企業や私兵集団にコントロールされているのなら、ローラやBIG-Cの人間達はとっくに全滅していたであろう。

 ほとんどの人間が傭兵の男を信用している以上、連絡網を断ち部隊を1つ1つ殺していくことなど修羅場を乗り越えてきた男には容易いはず。

 マインドコントロールや、リモートコントール等による企業の操り人形である線は薄くなったが知らなければならない事が増えた。

 確実に言い切れるのは、彼はアドルフ・レッドフィールドではないという事だ。

 男がアドルフ・レッドフィールドである事はアドルフ・レッドフィールドを知っている女が否定し、男がウィリアム・ロスチャイルドであることはBIG-Cの人間が肯定した。付け加えるなら女は男を「あの時の子供」と言っていた。

 このコロニーcrossingのE3居住区の住民全員が違うルートで逃げているのに、来た道を引き返しているのはきっとこのコロニーの裏道も何も知らないからだろう。

 つまり「お兄さん」はコロニー居住区内の道を覚えていなかったわけではない。元々知らなかったのだ。

 ローラの視界に入る眉間に皺を寄せて荒い息を吐き、ただ必死にバイクを走らせる男の姿が目に入る。

 痛くて苦しいのだろう。

 きっとローラがこの人生で受けてきた苦痛などでは話にならないほど。

 その姿をを見てローラは一瞬でも疑った自らを恥じる。

 どうせ、左目の事を聞かなければ何も分りはしないのだ、とローラは思考を中断し今まで以上に捜索に頭を割く。

 このコロニーが閉鎖的な部分とそうでない部分があるのなら確実に第2班は居住区の外に居るはずだ。

 しかし、居住区以外は既にほぼ見て回っている。

 見ていないのは――


「スラム!」

「俺もそうだと思うよ、ローラちゃん。私兵部隊はコロニーの連中に任せて俺達はチャールズさんたちを救出して逃げよう」


 コロニーとスラムの違いはある程度財産を持つ有力者が運営を取り仕切っているか、そうでないかだ。

 有力者がしっかり取り仕切っていれば、シェアバスなどの誘致も出来、人が集まり栄えコロニーに活気が生まれる。

 なお企業の影響力が強いコロニーは私兵集団が常駐していて、治安は意識せずとも守られ、黙っていてもシェアバスなどが来る。

 そのコロニーで暮らせば略奪の対象にならないのだ。その分暮らすのは困難だが。

 そして、取り仕切る有力者が居なければ荒くれ者どもが好き勝手にし、事実上の無法地帯となる。

 司法が死んだ昨今ではあるが、それぞれがそれぞれのルールで生きていかなければならない以上、それはとても大きな違いであった。

 そしてBIG-Cやceasterのように大きいコロニーでなければスラム地区というのが気づけば出来ているものである。

 特にCrossingのように以前、私兵集団から襲撃を受けた地区の管理を投げ出したコロニーなら尚更だ。

 バイクは居住区を抜け、スラム地区の路地へ入る。

 そこに広がる男の常識では住居、ローラの常識では瓦礫が広がる景色は炎に塗りつぶされていた。

 男は速度を上げ、スラム地区のスラム地区の更に奥に進んでいく。

 炎が燃え、瓦礫が崩れ、その向こうから銃声と悲鳴、そして断末魔が聞こえた。

 ローラは反射的に自らの父とマコーリー卿の端末をコールするが反応がない。おそらく相手側の端末が壊れているかジャマーが散布されている。


「酷なことを言いますが、第2班の脱完了までの時間稼ぎをしていただく事になりますわ」

「了解。だけどあまりもちそうにない。出来るだけ早く頼むよ」


 路地からバイクが飛び出し、2人の視界に入ったのは横たわるBIG-Cの男達の死体と燃え盛る穴だらけの車体、そして対歩兵用の火炎放射器と機関銃がついた不細工な4つ足を持つ機動兵器だった。

 男は車体の後ろにバイクで回りこみ、バイクの速度を落とす。


「無事な車と運転手はどこですの!?」

「ローラお嬢様!?」


 バイクから降り、ローラが大声を挙げるとそれに気づいた男達が声を挙げる。


「話は後です! 無事な車両に乗れるだけ負傷者を乗せて、運転手は逐次脱出なさい! 時間がありませんわ!」

「しかしこの銃弾の中、脱出するというのですか!?」

「ならこのまま死ぬと仰いますの!? まだ生き残るという事を! あなた方は選ぶことが出来ますのよ!?」


 BIG-Cで残っていた防衛部隊の何割が空爆から逃れられずにその命を散らしたのか想像もつかない。

 そして刻一刻と彼らと、彼らを逃がす為に時間を稼いでいる傭兵の男の生存確率が下がっていくのだ。


「さあ! 早くなさい!」


 ローラが改めて大声を挙げてようやく状況が動き始めた。


+=+=+=++==++==+=+=+=+=+=+=+=+==+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=


 防衛部隊の影も見えない、コロニー自体にも捨てられたであろうスラムで男はバイクで住居の影に隠れながらアンチマテリアルライフルの狙撃を繰り返す。

 円形の広場を囲うように出来た住居の壁は、男にとっては都合がよかった。

 そして飽和攻撃しか出来ないあの武装の組み合わせの機動兵器であれば、スナイパー武装のいい鴨と言えた。

 アンチマテリアルライフルから放たれた徹甲弾が機動兵器の装甲を確実に貫く。

 しかし、それの終わりはとても早く訪れた。

 アンチマテリアルライフルのセミオートの機構が突如として動かなくなり、その銃口から弾丸を吐き出す事が無くなった。弾切れだ。

 荒野での戦闘ではなるべく弾丸を温存していたが、ceasterで一度補給している結局の所限りがあるものである以上、ここまで弾を温存できた事自体が幸運だろうと男は結論付ける。


「運がよければまた会おうぜ」


 男はそこにアンチマテリアルライフルを置き、バイカーズバッグからハンドキャノンを取り出した。

 アンチマテリアルライフルが弾切れになってしまった以上、男の武装はハンドキャノンとサブマシンガンしかない。

 一度深呼吸してから住居の影から飛び出し、ハンドキャノンをの引き金を引く。冗談のような銃声の後、半端ではない反動がパワーアシストに殺されきれず体を刺激する。


 体中に苦痛が走る。

 頭の殴られたところが、体に残る過去の傷跡が、焼けるように痛い左目が。


 男の意識は既に混濁しつつあったがそれでもかろうじて戦闘を続けられるのは、交差する記憶のヴィジョンが現実感を忘れさせるからだ。


 空腹に耐え切れず傍にいた人間をを殺して金を奪った。

 彼女とその家族と幸せな食卓を囲んだ。

 生きる為に武器が必要だと銃を持っていた人間から盗み走り去った。

 彼女と2人で広い居住区を走り回って遊んだ。

 盗みを続けたある日、大人達に捕まり殴られ蹴られ。その後人身売買の業者に売られそうになり、必死に逃げ出して気づいたら路地裏の泥にまみれて眠っていた。

 家族は居なくなってしまったが、面倒を見てくれる彼女の家族に見守られながら温かい布団に入って眠った。

 俺は誰だ? 俺はどっちだ?

 俺はウィリアム・ロスチャイルドなのか?

 アドルフ・レッドフィールドなのか?


 奥歯を食いしばり、止めと言わんばかりにハンドキャノンを装甲を砕き露となった機関部にお見舞いする。

 その銃声に辟易しながら、一度大きく爆破し燃えながら形を崩していく機動兵器を男は視界に捉えながら、ハンドキャノンの使った分の弾を補充する。

 男がどっちであろうと、戦いから逃げる事は不可能なのだろう。

 何故なら記憶のヴィジョンが展開されるその裏で最悪の事態のヴィジョンがずっと映されていたのだから。

 突然、炎のような赤を纏う物が轟音と共に飛来する。

 先程男が破壊した機動兵器を踏み潰すように現れた、全体的に細く流麗な赤い4本足の機動兵器。その両腕のような部分には歩兵の男には大口径の銃火器がらしいものが付いていた。


 『あら? 復讐者アヴェンジャーじゃないの!』


その赤い機動兵器のマシンアイが男を捉えて、外部スピーカーから搭乗者らしい女の声を吐き出す。


復讐者アヴェンジャー……?」

『ええ、そうよ。やっぱり生き残れたのね! 期待してた通りだわ!』


 赤い機動兵器に乗った女の反応を伺う限り、復讐者アヴェンジャーとは男の事らしい。不可解な名称と状況に男が眉間に皺を寄せる。


『あなたに賭けたのは正解だったわ』


 赤い機動兵器はそう言うと男と先程まで交戦していた機動兵器の残骸を更に踏み潰す。

 機動力はバイクを持つこちらが上だとしても、脱出完了の連絡が来ていない以上この機動兵器は男が引き付けなければならない。

 アンチマテルアルライフルはもう使えず、通用する兵器はもはやハンドキャノンのみ。しかし、撃てば撃つほど体に負担を掛けてしまう上に、リロードの手間を考えるとこちらの不利さが増すだけだった。

 しかし、男は問い掛けねばならない事があった。


「お前……俺を知っているのか……?」

『キャハハハハ! 知ってるのか!? 知らないわけないじゃない! だってあたしよ!?』


 赤い機動兵器に乗った女は男にとっては不愉快な笑い声を挙げながらその問いに答える。

 そして男はハンドキャノンを赤い機動兵器に向け、睨みつけながら言う。


「ならいいさ、俺を教えてもらおうか」

『いいわ! やってみなさいな! 殲滅者デストラクター、クリムゾン・ネイル。全て殲滅するわ!』


 男は引き金を引かずにそのままバイクを走らせる。

数秒してトップギアに入ったバイクは、機動兵器の銃火器に破壊される住居や瓦礫を背に進んでいく。

おそらくワンオフ機であろう機動兵器は、現在の傭兵の男が認識している限りでは初めての相手ではあったが基本は同じあるはず。

 この赤い機動兵器は例外的に旋回だけは早いようだが、基本的に機動兵器は遅いのだ。特にバイクを駆る男のような人間には特に。

 かと言って、どこかに隠れて銃撃というのも相手の大口径の銃火器を考えると出来ない。瓦礫ごと吹き飛ばされるのがオチだ。

 結局男はヒットアンドアウェイで戦い続けるしかないのだが、ハンドキャノンの欠点を考えるとそれも長くは続かない。

 そんな状況にあっても男の脳裏の記憶のヴィジョンは止まらない。

 記憶の中のアドルフ・レッドフィールドは装甲車相手に戦闘を繰り返していたが、弾切れのライフルを苛立たしげに塹壕の地面に落とし、手で持てる程度の瓦礫を掴み、装甲車のグレネードランチャーの銃口に投げ入れて暴発させていた。

 思えば過去、男も同じような事をしたがこの記憶からもしその発想が生まれたのだとしても、こんな原始的ではないと信じたいと男は皮肉めいた言葉を胸中で1人ごちた。


『ねえどうしたの!? 逃げるだけなの復讐者アヴェンジャー!? せっかく手に入れたんだからソレ使えばいいじゃなあい!』


 女の不可解な発言に男は疑問を感じる。

 最近手に入れたアンチマテリアルライフルは既に弾切れで、バイクは既にフルスロットルだ。

 何を言っているのか分らない。だが、それが最後の切り札になりえる事が男は理解していた。

 そして脳裏のヴィジョンがかつて守らなければならないと誓った少女のヴィジョンを写す。

 ヴィジョンの中の少女が叫ぶ。

 

 (お兄さん! その目はどうなさったのですか!?)


 左目だ。今まで何の意識もせずに無視していいたが、この左目はきっと普通ではない。

 あくまで健常な人間として戦ってきた男がそれを使いこなせるかは分らない。

 何より、ローラが見たらどう思うだろう、男は何故か命の危機の前には無用であるものに引っ掛かってしまった。

 だが、男は自分を知るまで死ぬわけにはいかなかった。

 ハンドキャノンのグリップを掴んだままの左手で力任せに眼帯を引き剥がす。熱を持った左目が開放されて少し、気分が変わったが左目をあけた瞬間今までの痛みすら生温かったのだと理解する。


「……ッ!」


 頭が痛い。声すら出ない。

 今まで感じていた殴られた箇所が痛いわけではなく、脳が軋む様な痛みが男を襲う。

 それでも男はバイクを止めず、勝機を探し続ける。

 そして住居の壁の隙間に差し掛かり、左目の緑がかった視界に赤い機動兵器を捉えた瞬間、男の脳裏のヴィジョンを全て吹き飛ばして情報の羅列が走る。


 敵性戦力/中距離旋回特化型機動兵器

 装備/アサルトライフル/マシンガン

 ウィークポイント/胴体と脚部を接合する旋回部分


 一瞬の情報との逢瀬を終え、男は回り込ようにバイクを赤い機動兵器に向けて走らせる。

 そして男は無造作にハンドキャノンを赤い機動兵に向ける。

 赤い機動兵器も男に気づき銃口を向けようとするが、脳が焼付きそうな程の情報を一瞬で脳に流し込まれた男にはそれは遅すぎる。

 旋回機構の継ぎ目にハンドキャノンを撃ち込む。その弾は赤い機動兵器の装甲を抉り、胴体と脚部の狭間にその身を埋める。

 ご自慢の旋回機構が死んだと気づいた時にはもう遅い、男は既にそこを離脱し物陰に隠れてハンドキャノンを弾を装填する。


『すごいじゃない復讐者アヴェンジャー! やっぱり貴方は最高よ!』


 戦況を変えたとは言え、男の苦痛が消えたわけではない。

 女の不愉快な賞賛に歯を食いしばり、男は改めてバイクを走らせる。


復讐者アヴェンジャー! 貴方何が知りたいの!? どうせつまらなかった! 死ぬだけだった人生じゃない!』

「お前に……答える義務はない……!」


 男は叫ぶだけで苦痛が増す脳の軋みに耐える。

 例えそうだったとしても男は自分を知りたかった。

 長年恋焦がれていたと思っていた女には自分を否定され、守り続けてきた少女には知らない自分を教えられた。


 もはや男に自分など、分りはしなかった。


 男はアドルフ・レッドフィールドだったはずだ。

 だが、アドルフ・レッドフィールドの記憶にはローレライ・アロースミスは存在しない。

 そしてウィリアム・ロスチャイルドの記憶にはトレーシー・ベルナップは深くは存在しない。

 男には確かに戦闘の経験があったが、ウィリアムの傭兵の経歴はあまりに短い物だった。

 男は確かに成人したばかりだったが、アドルフは十数年間過酷な状況で戦い続けてきたはずなのだ。

 男がどちらかを信じようとする度にどちらかが裏切った。


『そう言うなら私を殺す気でいらっしゃいな! キャハハハハッ!』


 男のイメージ通り企業の尖兵たる女は狂っていた。

 脳裏のヴィジョンの整理が進んだのか、左目のヴィジョンにデータベースのような物が表示される。


 気持ちが悪い。


 そこにない物が見えるのは蜃気楼やそういった原因があって起こりうる現象ではあるが、自分の中に文字が表示されるというのはとても気持ちが悪い。

 その文字が示すのは男の私兵集団との交戦暦。

 ウィリアム・ロスチャイルドは過去に7回私兵集団と交戦している。

 1回大隊をBIG-Cにて殲滅し、4回小隊を殲滅し、2回護衛目標をつれて脱出し、2会敗走し、その内の1回は空爆により完膚なきまでに敗走した。

 そしてアドルフ・レッドフィールドは46度の私兵集団との交戦暦があり、7回大隊を敗走まで追いやり、12回小隊を殲滅し、18回小隊を撃退し、10回追撃戦と迎撃戦で敗走し、1回戦死していた。

 トレーシー・ベルナップが言っていた事は事実だった。

 アドルフ・レッドフィールドは確かに死んでいる。


 なら、俺は何だ?


 答えのない問いかけが男の胸中に響き渡る。


 だが、考えるのは後でいい。


 男はハンドキャノンの残弾を確認しつつ、銃撃から逃れ続ける。


復讐者アヴェンジャー! もっと私を楽しませて頂戴! 私達が貴方を変えたように! 戦況に変革を!』


 旋回機構が壊れてこちらを補足仕切れない機動兵器がマシンガンの弾を無茶苦茶にばら撒く。

 男の左目の視界に大小の瓦礫の破片が散らばる図がスラムの広場の見取り図の上に表図される。

 その図が引っ込み、左目の視界には破壊され飛び散る瓦礫にターゲットマーカーがつく。

 男はそれを一番確実な弾道で全て撃ち砕いた。

 ハンドキャノンの弾丸は瓦礫を更に大小の破片に分け、その破片は砂塵となり機動兵器に襲い掛かりマシンアイの視界を殺した。

 サーモグラフィーや動体センサーは機動兵器が辺りを破壊し燃やし尽くしたせいでもう使い物にはならない。

 残りは視覚と聴覚。視覚は殺し、聴覚は機動兵器自体が出す騒音により元々役にも立ちはしない。

 普通ならこれはもう詰みの状況であるが私兵集団の、特に機動兵器乗り達にはその考えは通用しない。


『やっぱり! やっぱり貴方最高だわ復讐者アヴェンジャー!』


 ここに来て赤い機動兵器が無茶苦茶な動きをし始める。

 キャタピラのタイプより強度が大きく劣る4脚を無茶苦茶に振り回し、辺りのもの全てを破壊し始める。

 男はパワーアシストを反射神経とリンクさせ、撃ち落し切れない瓦礫を左手で払う。

 しかし、ジャケットに鋼繊維樹脂が編み込まれているとは言え、結局は人間の腕だ。

 既に頭痛により体の感覚が麻痺し始めて居る男の体でさえ左手の違和感を訴え始める。

 タイムリミットは近い。

 男は苦痛が増す事を覚悟して、砂塵の向こうに見える赤い機動兵器を注視する。


 情報更新/

 敵性戦力/中距離旋回特化型機動兵器

 重欠損箇所/旋回機構、マシンアイ

 軽欠損箇所/脚部関節、センターシャフト


 センターシャフト?


 男が名称に疑問を持ち、ついそこを注視してしまうと赤い機動兵器の構成が表示されてしまい、男は更なる頭痛を抱える事になった。

 しかし疑問は氷解する。

 人間で言う腰に当る部分にある旋回装置を破壊した際、その中のシャフトを弾丸が傷つけていたようだ。

 既に無茶苦茶な飽和銃撃をしているのだ、もしセンターシャフトを破壊して真っ二つになった上で赤い機動兵器が止まらなくても暴れるあの4つの足がないだけマシだろう。

 男は少し離れた瓦礫の裏ですばやくハンドキャノンに弾丸を装填し、またバイクを走らせる。

 あの破壊力だ。少し離れたくらいの距離など無意味だろう。

 今までの人生で経験した事のない程の頭痛の中にあっても男は思考を止められない。

 この期に及んでも男はまだ有利な立場に立てず、元々不利な状況を不確かな情報で渡り合っているだけなのだ。いつ覆されてもおかしくはない。

 マシンガンの弾1発。下手をすればその余波でさえ致命傷になりえない。

 機動兵器の持ち味は大雑把で高威力の飽和攻撃。だから先の機動兵器もそういう装備をしていたのだろう。

 しかし方針が決まればこれももうおしまいだ。

 1つの狂いも許されない数式のように。しかし答えに辿り着くのが必然であるように。

ただ自らが思い描く勝利に向けて駒を進めるだけの戦闘。


 さあ、予定調和を始めよう。


 男はハンドキャノンのグリップを咥え、マシンガンの弾の餌食になって地面を跳ねた瓦礫を半身を乗り出して捕まえる。


 こんな原始的なのは最初で最後だ。


 建物の間の隙間から赤い機動機動兵器が見えた時、見当違いの方向にある瓦礫の壁にそれを投げつけた。

 男が投げつけた瓦礫が崩れた音に、赤い機動兵器が反応する。


『そこに居るのね!? 復讐者アヴェンジャーアアアアアア!ッ!』


 女は嬌声のような声を挙げながらその方向を2丁の銃で乱れ撃つ。

 最早廃熱が上手くいっていないのか、マシンガンの照準が甘くなっている。

 だが、男にはそんなこと関係ない。

 楽しそうに嬌声を挙げる、機動兵器の後ろに回りこむ。

 そこまで近づいても気づかれない事に溜息を1つ着いて、男は右手に持ち替えたハンドキャノンの全弾をセンターシャフトに撃ち込んだ。


+=++=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+==+=++=+=+==+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=


 ローラは発見した負傷者達を連れて、コロニーcrossingから荒野へと脱出していた。

 襲撃された直後に逃げ出した者達も居たらしく、第2班全員がそろっている訳ではないが上等ともいえる成果だ。

 持ってきた救急用のナノマシンを負傷者に投与してから先程から傭兵の男に撤退を、自らの父に合流を伝えようとしているのだが、通信が繋がらない。私兵集団が居た事を考えるとジャマーが展開されている恐れがある。

 考えてみれば、個体数が少ないと聞いていたBIG-Cやceaster周辺で見た事がないあの不思議な生き物を何故crossing周辺で6体も出会う事になったのか。


 私兵集団が襲撃の前段階として放っていた? という事は企業はあの手の生き物を作る手段を持っている?


 憶測でしかない疑問がローラの脳裏をよぎる。

 傭兵の男が以前話してくれた情報からcrossingが襲撃された理由は分る目星は着く。

 おそらく逃げおおせた第2班の抹殺。

 傭兵の男は私兵集団を『アレは限界まで戦争というゲームで遊び、その上で勝利したいという子供の感情が組織になったような物』と評した。

 しかし部隊の感情で動けるわけがない以上、指揮官クラスの人間が同行しているはず。


 たとえば、「お兄さん」と交戦していたあの機動兵器。


 それが確認したにも関わらず逃げおおせたというのなら彼らにはきっと面白くはないだろうと予想はつく。

 それだけではない気がするが、ローラには流石に検討もつかなかった。


「ローラお嬢様! 交戦が停止したようです!」


 超高感度望遠レンズでスラム地区を観察させていた防衛部隊の兵士がローラに告げる。


「……どうなっていますか?」

「赤い機動兵器が燃えているのが確認できます」


 赤い機動兵器?


 ローラが男に戦闘を任せて脱出した時にはそんな色の機動兵器など居なかった。

 つまり傭兵の男は2機の機動兵器と戦ったという事だ。

 生きていれば奇跡、死んでいるのが当然と言える状況であった。


「急いでスラム地区へ向かいます! 最低限の装備を車に積んで2,3人程着いてきて下さい!」

「ローラお嬢様本気ですか!?」

「当たり前です! あの方はわたくし達の為に1人であんな物2機と戦ったのですのよ!? 来たくないのならば結構ですわ!」


 スラム地区へ向かわなくても、他の第2班へと連絡を待ち続ける人間が必要だ。ならばそちらへ回せばいい。

 ローラのそう纏めた考えを防衛部隊の兵士が粉々に砕いた。


「申し上げにくいのですが…ここに居る者意外で第2班の生き残りはもうおりません」


 その男の言葉にローラの思考は真っ白になる。


「最後尾の数台の車両が追撃により殲滅されました。他の者達もスラム地区の襲撃で……」


 その事実をローラは受け入れがたく、元気な父の姿を脳裏に想像してしまったが同時にそれに気づかされる。

 父は部下が逃げるのを優先させ、自らを最後とするだろう。

 共に散った部下が居たとは言え、彼らはおそらくチャールズの腹心。傷を負ったチャールズを放っておきはしないだろう。

 考えれば考えるだけその事に現実味が増してくる。

 しかしローラは膝を折ってしまう分けにはいかなかった。


 父はローラにBIG-Cの人々を託した。

 「お兄さん」は戦い、傷つききっとまだあそこに居る。


「……お父様が亡くなったのであればアロースミスの党首はわたくしです。そしてアロースミスとして、恩人を見捨てるわけにはいきませんわ」


 ローラは灰色の空を仰ぎ見て、涙を霧散させた。

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