Green Eyed Monster/Screen Died Goner 11
『ウィリアム、聞こえているか?』
「こちらロスチャイルド。お嬢様達をシェルターへ避難させ、今現場に急行してします」
パワーアシストが起動した事により、スタンドアローンされていた端末。
そのスピーカーから漏れ出した依頼人の声に、ウィリアムは走りながら応える。
『すまないが走りながら聞いて欲しい。敵は歩兵のみで構成された企業の私兵大隊、だが隊長らしい男が異常なんだ』
「異常と言いますと?」
『片腕が巨大な掘削機になっている男なんだが、異常なほどに強い。銃撃は全て掘削機に防がれてしまう』
どこか憔悴しているチャールズの言葉を聞きながら、ウィリアムは相手の戦力を判断し始める。
相手は企業の戦闘歩兵、それもオルタナティヴにという技術によって生身に武装を追加した。
戦争すらあまりした事がないBIG-Cの人々に、それの相手をさせるのはあまりにも酷だろう。
「でしたらその男は俺が殺します。防衛部隊には他の歩兵達と避難誘導をお任せしてもいいですか?」
『どうやって引き付けるんだ? 相手はおそらく隊長格だぞ?』
「オルタナティヴで体に武器をつける奴なんてのはただの戦闘狂、挑発かまして他もついてくるようなら一緒に殺してやりますよ」
決して楽勝という訳にはいかない、という事実をウィリアムは相変わらず軽口で粉飾する。
企業の私兵1人でさえウィリアムにとっては相打ち覚悟の敵であり、オルタナティヴ武装をしている精鋭相手に勝機など見えはしない。
しかしウィリアムは金が続く限り裏切らないというスタンスから、その強敵を殺して依頼人の期待に応えなければならない。
『……すまない、面倒を掛けてしまう』
「それが傭兵の仕事です。お任せ下さい」
『敵の大隊は中央の街道を進んでいて、ターゲットはその先頭に居る。任せたぞ、ウィリアム』
「了解、どうかご無事で」
通信を切ったウィリアムは既に戦闘が開始されている中央の街道から、1本奥の路地へと入り込む。
既に中央街道は攻め込まれており、BIG-C防衛部隊は敵の撃退、もしくは殲滅しなければならない。
ウィリアムの任務は敵の隊長格の男の殺害、それを材料に敵戦力の戦意を折る事にある。
そして建物の隙間からウィリアムは、交戦状態にある中央街道の様子を見る。
真っ白なパワードスーツを纏う企業の私兵達、フロックスタイルに身を包むBIG-Cの防衛部隊。
その中に異彩を放つ1人の男が居た。
身長は180cmほど、血に濡れた灰髪をクルーカットにした偉丈夫。
見た事のないほどに頑強なパワードスーツを纏う鍛え抜かれているであろう肉体には、チャールズの言葉通り素の身丈と同程度の大きさの合金の塊が生えていた。
左腕の代替とされたそれは、合金の円柱のようなパイルバンカーだった。
ウィリアムはおもむろに足元の石を蹴り上げ、全力で男へと投げつける。
投擲された石はパイルバンカーの男の頭部を捉えるかと思われたが、合金の円柱がその軌道を読んでいるかのように石を叩き落してしまう。
ゆっくりと向けられる灰色の瞳。
殺気混じりのその視線を感じながら、ウィリアムは立てた親指を下に向けて首を描き切るように横に引く。
正しく殺意が交差したその瞬間、ウィリアムは路地裏へと踵を返し、灰髪の男は巨大な左腕を振り上げて追い縋る。
1本道の路地裏。わざわざ誘い込んだ決して広くはない戦場で、ウィリアムは振り向き様にハンドキャノンの引き金を引く。
追走者へと放たれた弾丸は、ターゲットマークが描かれた大質量の合金によって叩き落されてしまう。
言うまでもなく、初めて出会った強者にウィリアムは勝機を伺い続ける。
確かにウィリアムには生き残る才能はあったが、全てに対して勝ち続ける才能などありはしない。
「挑発してくれた割には逃げるだけか!?」
「ああ! 恐くてたまんねえんだよ、お前のモビー・ディックがよ!」
ハンドキャノンの弾丸と共に軽口を返しながら、ウィリアムは路地裏を駆け抜けていく。
その間にもハンドキャノンは3発の残弾を、男のパイルバンカーへと吐き出す。
しかし銃撃は1度も本人へと届く事無く叩き落され、ハンドキャノンは装弾数の全てを失ってしまう。
思わずウィリアムは舌打ちをしながらも、シリンダーから空薬莢を地面へと落とす。
しかし灰髪の敵対者は、弾丸の装填の為にウィリアムが僅かに速度を落としたのを見逃しはしなかった。
「余裕かましてんじゃねえぞ、クソッタレがァッ!」
左フックの要領で振るわれるパイルバンカー。
ウィリアムはしゃがみこむ事でソレを回避するも、合金製の杭は路地を形成している家屋の壁に突き刺さる。
そしてガチャリという重金属同士が噛み合ったような金属音がしたその瞬間、火薬が炸裂するような轟音と共にその壁を吹き飛ばした。
立ち上る土煙、散乱する瓦礫。
それらを作り出した破壊力に怯える事無く装填を終えたウィリアムは、作られたばかりの穴へと飛び込んで家屋内へと逃げ込む。
哨戒任務以外の予定はなかったためハンドグレネードは装備していない。
頭部を露出しているとはいえ、異常な身体機能のせいで打ち抜く事は難しい。
あまりにも薄い勝ち目にウィリアムが頭を悩ませていると、重厚な足音がその思考を踏み荒らすようにして家屋内へと踏み込んできた。
「ああチクショウ、たいしたイレギュラーだよテメエ」
感心したように、それでいてどこか気安く紡がれる言葉。
ウィリアムはゆっくりと立ち上がりながら、ハンドキャノンの撃鉄を起こす。
「買い被り過ぎだよ、化け物」
「おいおい、こっちは褒めてるんだぜ? ただのクソ生意気なガキかと思ったら、俺と本隊の分断を成功させてみせた。評価するぜ、あいつらが指示に従うような出来た人間だと思ってる事以外は」
軍隊として機能していないと言いながら、灰髪の男のパイルバンカーのスライドから巨大な薬莢を廃棄する。
それはあまりにも巨大で、ハンドキャノンの薬莢ですら比較にもなりそうにない。
「本当ならスカウトでもしてえところだけど、それ以上に俺はお前を殺したい」
「やってみればいい。殺してやるよ、それが俺の任務だ」
「……いいぜ。楽しませてやる、楽しませてみせろ!」
高笑いを上げた灰髪の男は右手を突き出すようにして、パイルバンカーを構える。
「壊殺者、全部ぶっ壊してやるよ!」
そう叫ぶと同時に壊殺者と名乗った男は、瓦礫が転がる床を蹴って飛び出した。




