Green Eyed Monster/Screen Died Goner 10
この日の分の教育課程が終わったのか、防衛部隊の詰め所の周りには子供達が溢れていた。
1時的に詰め所を預かっているウィリアムは纏わりつく子供達に苦笑し、その子供達を牽引してきたローレライは年上の幼馴染と熱心に話しこんでいた。
隊員の紹介の間だけとはいえ、防衛部隊の詰め所を預かる程度には寄せられた信頼。
BIG-Cの人間にとっては大したことのないそれも、スラム出身のウィリアムにとっては子供達のおかげで手に入れられた。
ウィリアムがあまりの情けなさに熱くなる目頭を押さえていると、詰め所にアサルトライフルをルーズに担ぐ1人の男が歩み寄ってきた。
「お疲れオリヴァー、恋人が待ってるぞ」
「お疲れウィリアム。待たせて悪かったね、サビナ」
いかにもお人好しそうな顔をした防衛部隊の男は、ローレライと話し込んでいたサンディブロンドの少女へと歩み寄って頬にキスを落とす。
茶化したつもりがオリヴァーのそれ以上の意趣返しに、ウィリアムは苦笑を深めながら肩を回す。
今度はウィリアムが子供達を連れて、哨戒任務に就く番なのだ。
それを察したのかローレライはすぐさまウィリアムの右手を取り、ウィリアムは詰め所内で仲睦まじく会話をする数少ない友人へと声を掛けた。
「行って来る、あんまりイチャついて職務を放り出すなよ」
「分かってるよ。そちらもご令嬢にかまけて、他の子から目を離すなよ」
皮肉交じりというには、皮肉の比率が高すぎる言葉の応酬。
そんな気安い会話にちょっとした楽しみを感じながら、ウィリアムは子供達を連れてBIG-Cの哨戒を始める。
ウィリアムは元々、単独でコロニー外周を哨戒していたが、子供達の安全面を考えてコロニー内部の哨戒に回されてしまった。
あまりにも傭兵の扱いに慣れて居ないであろう、元も子もないその判断にウィリアムは何度もチャールズに直談判した。
しかしその傍らに立つアロースミスの女傑によってその全ては却下され、ウィリアムは今もこうして子供達と共にBIG-Cの街並みを歩んでいた。
灰色がかった黒い瞳に映るのは、いつもと何も変わらない平和なBIG-Cの街並み。
だが傭兵と生きてきたウィリアムの意識は、懐かしい感覚に鋭敏になっていく。
脳裏でちらついているのだ。
人を弾丸で吹き飛ばし、その血を硝煙で覆い隠した戦場の光景が。
瞬間、ウィリアムの脳裏にジリジリと焼きつくような錯覚が走る。
「全員伏せろ!」
子供達は今までに聞いたことのない、ウィリアムの怒鳴り声に戸惑う。
戦争と傭兵というものをそれほど知らない子供達にとって、ウィリアムは優しいお兄さんでしかないのだ。
理解出来ないのは無理もないと考えるも、子供達を守らなければならないウィリアムはローレライと近くの子供を抱えて自ら伏せる。
そのウィリアムの行動に追従するように子供達が頭を抱えて伏せたその瞬間、コロニー市街地の一部が爆音と共に吹き飛ばされる。
上がる煙と響き渡る悲鳴を遠くに、ウィリアムは辺りを窺いながらゆっくりと顔を上げる。
「……やっぱり素人に任せるんじゃなかった」
ウィリアムは毒づきながら、思考を始める。
BIG-Cの防衛部隊は哨戒の甲斐なく、市街地に砲撃を許してしまった。
おそらく予想すら出来ていなかった攻撃に、BIG-C防衛部隊は恐慌状態に陥っているだろう。
だからこそウィリアムは子供達を時計塔の地下にあるシェルターへと連れて行き、戦闘に参加しなければならない。
ウィリアムは抱え込んでいた少女達を腕から解放し、膝立ちになって子供達の様子を窺う。
突然の事に呆然としているも、怪我はしていないその様子にウィリアムは安堵する。
そしてウィリアムは軽く指を鳴らして、全員の注意を自分に集める。
「いいかい。これから俺が君達をシェルターへ連れて行く、君達は俺からはぐれないようにしっかりついて来るんだ」
非常事態だという事を理解させながらも、決して萎縮してしまわないように口振りは優しく。
子供達と視線を合わせるウィリアムは、あの時アドルフにされたようにゆっくりと子供達に話しかける。
「何度でも言うよ、俺が君達を守る。男の子は女の子と小さい子の手を握ってあげてくれ」
聡明さゆえか、事態を正確に理解し、体が震えだしてしまったローレライ。
そのあまりにも小さく、華奢な手を握ったウィリアムはゆっくりと立ち上がる。
「いくぞ、絶対にはぐれるなよ」
再度子供達を見渡したウィリアムは、ゆっくりと、それでいて迅速に時計等へ走り出した。
初撃から砲撃が途絶えている事実から、おそらく戦闘車両は居ない。
しかし"砲撃が止んでいる"という事実が、ウィリアムに警戒心を深めさせていく。
BIG-Cが保有している有機プラントを傷付けないため、という理由ならば"まだいい"。
相手が企業の私兵で、BIG-Cの人々の記憶を奪いに来たというの可能性が高いのだ。
他のコロニーとは違い、豊かな物資と良質な教育を受けた人々の記憶。
それは他にはない、企業にとって魅惑的な商品なのだから。
遠くに渇いた幾重もの銃声を聞きながら、ウィリアムは時計等の合金製の扉を開けて子供達を中に入れる。
非常時には入る筈の誘導係が居ない事実に、ウィリアムは避難が遅れている事を理解し舌打ちをする。
ウィリアムは手近なシェルターのロックを解除し、分厚い金属製の扉をゆっくりと開く。
その中は決して広いとは言えないが、子供達を入れるには十分な広さだった。
「入ってくれ、ここに居ればもう安心だから」
シェルターという分かりやすい安全性。子供達は未だ鳴り響く銃声から逃れるように、次々と中へと入っていく。
しかしローレライだけは、ウィリアムのジャケットの裾を掴んだまま動こうとしない。
透き通るような双眸を飾る、大きな目からは止め処なく涙が溢れている。
だがローレライ家の次期党首としての矜持がそうさせるのか、小さな唇は嗚咽を洩らさないように固く結ばれていた。
「大丈夫だよローラちゃん。君もチャールズさんもローズさんも、俺が絶対に守るから」
掛けられたその言葉に、ローレライは違うのだと首を横に振る。
「……俺の心配をしてるのか?」
自意識過剰に感じてしまうウィリアムの問い掛けに、ローレライは躊躇いなく頷く。
人々の上に立つ道を行く事を運命付けられながらも、あまりにも優しすぎるローレライ。
涙を拭おうとする未来の指導者の小さな手を握り、ウィリアムはアロースミスの教育によって持たされたハンカチで涙を拭う。
「擦っちゃダメだ、それに俺は大丈夫だよ」
「ですが、お兄さんは――」
「俺は傭兵、リスクマネージメントも分の悪い賭けもお手の物だよ」
ウィリアムはローレライが理解してしまっているように、押され気味であろう戦況を感じさせない軽口を叩く
涙が染み込んだ真っ黒なハンカチをローレライに握らせ、ウィリアムは優しくローレライをシェルターへと誘う。
そしてローレライが振り返るより早く、分厚い合金製の扉を閉めたウィリアムはジャケットのパワーアシストをスタンバイする。
背後から合金製の扉が叩かれる音が聞こえるも、ウィリアムは振り向かずに意識を戦闘のものへと切り替える。
これから向かう戦場は正しく地獄であり、ウィリアムはそこで更なる地獄を作り上げる。
かつての救出任務でパワードスーツに対して有効だと証明されたハンドキャノン。
冗談のように大きいリボルバーをガンホルダーから取り出したウィリアムは、時計塔から飛び出していった。




